【100 クーロ、ツヴァンソ、ルーラ】
【100 クーロ、ツヴァンソ、ルーラ】
〔本編〕
「いったい、何なんだ!!」
軍議の席から退出し、コロンフル軍の陣に戻ってきたとき、我慢できなくなってツヴァンソが、そう喚いた。
「ツヴァンソ! 夜も遅い! そんな大声を出すな! 兵たちも何事かと、こちらを見ている!」
「兄様! あんな言い方されて腹が立たないのですか?!」
ツヴァンソは、たしなめようとしたクーロを睨みつける。
「結局、ヌイ殿とはああ言った御仁なのであろう。我々は、ヌイ殿の戦績は知っていても、性格までは知らなかったということだ! ヌイ殿の激しさは、敵だけでなく味方にも平等に向けられているのであろう」
クーロが、ツヴァンソにそう説明する。
「それはそうなのかもしれませんが……」
ツヴァンソは声のトーンは少し下がったが、それでも納得をした顔ではなかった。
クーロからしても、ヌイのあのような理不尽な言い方は腹に据えかねるものであったが、それよりツヴァンソがヌイに対してここまで怒りを露わにしているのは、それはそれで少し痛快ではあった。
今まで、ツヴァンソにとっての憧れの存在であったヌイが、ツヴァンソを頭ごなしに罵倒したのであるから……。
これでツヴァンソは、少なくともヌイへの憧れは無くなるであろう。場合によっては、大嫌いになったかもしれないと……。
「私、決めました! 私はヌイ殿のお嫁さんにはなりません!!」
「……」
クーロは声にこそ出さなかったが、ツヴァンソのこの発言で天にも昇る心地となり、歓喜の声が漏れるのを必死になって堪えた。
今は、あの場で自分たちを罵倒したヌイに感謝したい気持ちになったぐらいであった。
「私の実力をヌイ殿に知らしめ、ヌイ殿を跪かせ、私の婿にさせてやる!」
「はい?!」
クーロが素っ頓狂な声をあげる。
ツヴァンソの思考回路のぶっ飛び方に唖然とした。そして同時に少し前の喜びが反動となり、クーロは前以上に落ち込んでしまった。
「まずは、あのでかい黒女を、ヌイ様の傍から引き離してやる!」
ツヴァンソが、陣中の兵士には全く理解できない事柄を高らかに宣言する。
クーロの鼓膜は、ツヴァンソの大声の宣言で強烈に揺すぶられていたはずであるが、彼の脳は、ショックのあまり思考そのものを放棄していたので、その宣言の内容をクーロが理解することはなかった。
「フフッ! ツヴァンソ様は愉快なお方ですね!」
クーロとツヴァンソの後ろから突然声がする。
二人がびっくりして振り返ると、そこには先ほどヌイに真っ向から意見を述べたルーラが立っていた。
「ル、ルーラ様!」
クーロの感情が三度激しく揺り動かされる。
今しがたのツヴァンソの発言で、大いなるショックを受けたクーロにとって、その次の瞬間、目の前に秘かに憧れている女性が微笑みながら立っている光景に、クーロは感情の整理が全くつかなくなり、大いに動揺してしまったのであった。
「さ、先ほどは、あ、ありがとうございました。ル、ルーラ様にああ言っていただかなければ、わ、我らはあの場から立ち去らなければならなかったでありましょう。ち、ち、父マデギリークの顔に泥を塗ることにならなくて、ほ、本当に良かったです!」
「喜んでもらえて、言った甲斐がございました。私は、ヌイ殿の不遜な物言いに非常に怒りを覚え、つい一言申し上げてしまいました。また、それ以上にあなたたち二人を軍議の席から締め出すのは、私たちのためにならないと、私が判断したからなのです!」
「ルーラ様、ありがとうございました」
ツヴァンソも素直にルーラに謝意を述べる。
そう言えば、軍議の後、助け舟を出したルーラに感謝の意を全く述べていないという失念に、今さらながらに気づいたクーロとツヴァンソの二人であった。
それほどヌイの暴言は、クーロとツヴァンソの心を沸騰させていたのであった。
「……しかし、ルーラ様。私たちをあの席から排斥することが、ルーラ様のためにならないとはどういうことでありましょうか?」
ツヴァンソがそうルーラに尋ねた。
「確かに、ルーラ様のおっしゃった“私たち”とは、ルーラ様とあとどなたのことでありますか?」
続けて、クーロもルーラにそう尋ねた。
「二人とも、ルーラと呼んでいただいて構いませんよ!」
ルーラは微笑みながらそう言い、そして続けた。
「“私たち”とは、我がソルトルムンク聖王国全ての民のことです! むろん、その中にヌイ殿も含まれます!」
このルーラの真意は、クーロとツヴァンソの想像の域をはるかに超えており、二人はしばし言葉が続かなかった。
「……ごめんなさい! 全くの説明なしに、話が飛躍してびっくりなされたかもしれませんね。……でも、それは私があなた方二人を認めているということなのですよ」
ルーラはそう言うと、またにっこりと微笑んだ。
「私があなたたちに注目し始めたのは……」
ルーラの話が続く。
「実は最近のことなの!」
「最近と申しますと……、もしや!」
「クーロ様が今思った通り、ドクサ地方攻略の時のあなたたちの活躍でね!」
ルーラはまた、にっこりと笑う。
クーロの今日会うまでのルーラのイメージは、鋭敏で表情一つ変えることなく冷徹に策略によって敵を嵌めていくという、いわゆる軍師タイプの人物であり、噂で語られている整った顔立ちも相まって、いわゆるクールビューティーな美人として認識しており、クーロはそこに惹かれていた。
しかし今、自分の目の前で話しているルーラは、温かく優しい笑顔の似合う女性であったため、その自分のイメージとのギャップに戸惑いながらも、そのギャップ故に、さらにルーラに魅了されたクーロであった。
「る、ルーラ様! クーロ様はやめてください。クーロと呼び捨てていただければ……」
「分かりました! クーロ。……でも、クーロもルーラと呼び捨てにしないと、またクーロ様に戻りますよ」
「分かりました。ルーラ!」
クーロは自分の顔がみるみる真っ赤になっていっているであろうと思いながらも、それを止める術を持ち合わせていなかった。
「それでルーラ! あなたが私たちのことを知ったのは、そんな最近なのですか!」
クーロの横でとげとげしい声が聞こえる。声の主はツヴァンソであった。
「そうよ、ツヴァンソ!」
ルーラが微笑みながら話し続ける。
「私は、ソルトルムンク聖王国とジュリス王国が同盟を結び、ドクサ地方をミケルクスド國から奪取するという作戦を聞いたとき、それは十中八九失敗すると踏んでいたの。いくら、ブーリフォン聖王子様とマデギリーク様のお二人が参戦しているとはいえ、他国との共同作戦など、そんな簡単にいくはずがない。それも、ドクサ地方の五つの砦を攻略するなど……。唯一成功する方法とすれば、何回も増援を出し、十年近くの歳月をかけ、砦を一つずつ地道に攻略するしかない。しかし、そのような長期戦は急造の二國共同作戦では、必ず破綻すると……。つまり失敗すると思っていたの。それが、わずか九か月間で成し遂げてしまうとは……。それで私はドクサの戦いに非常に興味を持ち、いろいろ調べたの。その調査でクーロ、ツヴァンソあなたたち二人が率いる中隊の存在を知ったというわけ!」
ルーラの言葉には、同世代の活躍を素直に喜んでいる感情が多分に含まれていた。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長)
コロンフル(マデギリーク将軍の副官)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)
ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子)
プリソースカ(ヌイ軍の司令官)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
ドクサ地方(ジュリス王国領)




