64 近くの公園で 怪談の続き
「金井の言ったこと気になってる?」
「まあね」
学校の帰り道。なぜか滝川君と帰ることになった、流れで。
もう、好きに噂すればいいさと開き直った。
いま駅のそばにある団地内の小さな公園でベンチに座っているところ。
「一見、突拍子のないこと言っているように思えるけど金井の言い分もわかるな」
「そう?」
綺麗な夕日が不安をあおった。
「佐伯が急に変わったことの説明になる。まあ、解離性同一性障害、もしくは強いストレスからって考えるほうが一般的な気がするけど」
「解離性・・・?」
「『21人のビリーミリガン』って本しってる?多重人格者の話」
これはきっと滝川君、あたしのことちょっとおかしな子と思っているわね。当然かも。
しかし、とことん観察対象なのね。
「まあ、ポゼッションとか言われるより、そっちの方がましだけど」
「そうかな?おかしいと思われるよりいいんじゃないか」
「だって、ポゼッションって憑依って意味でしょ。それじゃ、まるであたしが悪魔みたいにとりついてるみたいじゃない」
ぞっとしない。
弟の修に続き金井君に言われるとさすがに気になる。
「なるほどね。そういうとらえ方もあるね。でも金井が言ったのは違う」
「どういうこと?」
「あくまでもネットの噂なんだけど。別人と魂が入れ替わることが稀にあると言われてる」
「入れ替わる?それじゃ・・・」
言いかけてやめた。あたしのもとのアラサー体にはこの体の本来の持ち主ヒナの魂が入っているの?なんて誰にも聞けない。
彼女の体を乗っ取ったってこと・・・怖い。滝川君は淡々と語る。無表情には見えないのに何を考えているのか読めない。
「たださ、同じ時間で同じ世界でもし入れ替わりが起きたのなら、当然自分の体を返してくれてって、当人があらわれるだろ」
「そうよね」
その通りだ。この体の持ち主はおばさんの体と入れ替わったのだから抗議の一つもしてくるはず。しかもお金持ちから一気の貧乏人で無職。
「そう、だからこの世界と似た違う時間軸・次元で魂の交換が起きているんじゃないかと言われている」
「はい?」
さすがに理解を超えた。
「つまり、佐伯におきた現象がポゼッションだとしても、その体の持ち主が自分の体を返せとは言ってこない、言ってこれないってこと」
「・・・」
ちょっと混乱しているけれど。それってこの世界であたしを探しても見つからないってこと?ならこれ以上自分やその家族を探そうとしているのは間違いなのね。
つまり不可能。確かに目覚めたとき三年がたっていた。あたしにとって都合がいいってことになるのかな。
「ほっとした?」
まるで表情を読んだようだ。ときどきこの人は全部わかったうえで話しているのではないかと思う。でもそんなことありえない。
いくらあたしの表情が読みやすかったとしても。
「まあ、これは怪談とか都市伝説と思われてるけどね」
そう聞いて少しがっかりする。でもちょっと考えれば当たり前。じゃあ、あたしに起きているこの現象は・・・。
「多重人格か、ストレスっていうのが有力ってことね」
なんだか。自分の足元が揺らいだ気がした。崩れていく砂の上に立っている気がする。
「それは早計かもしれないよ」
「え?」
「なんたって。リアリストかつ優秀なハッカーの金井が言うんだから」
いまなんか、滝川君が金井君を認める発言をしたようなきがする。
彼がにっこり笑う。
「あんまり、深く考えすぎないほうがいいよ。自分の存在を認識しているのは結局は自分しかいないんだから。佐伯は揺らがないで」
滝川君のいうことは謎めいて、少し意地悪な気がした。
あたりにはすっかり夜のとばりが落ちていた。




