62 久しぶり、商店街の喫茶店
最近、あたしの家の近くのファミレスが多かったけれど、今日は久しぶりに沢渡さんの家がある商店街の喫茶店で会った。
話は3日前にさかのぼる。
「ふーん。で、国道沿いにあるマンホールに落ちて死んだ女性はいないかと」
「はい。3年くらい前なんですけどそんな話聞いていませんか?」
というのが彼に電話で話した相談内容だ。一応調べてみると言ってくれた。
そして現在、喫茶店のテーブルにはロイヤルミルクティーとブレンドコーヒーが乗っている。
「まあ、結論からいうとそんな話はなかったよ」
それを聞いてがっくりとあたしは項垂れる。
「だだ、けが人はいたらしい」
「え!」
「マンホールに落ちかかって軽傷を負ったらしい。20代後半の女性だそうだ。近くのガソリンスタンドの店員が覚えていた」
「落ちかかった・・・。その後どうしたんですか?」
「普通に家に帰ったらしい」
あらら、マンホールに落ちたところであたしの記憶は終わっているのにその後どうなったんだろ。
え?ってかあたし生きてるの?などと混乱していると沢渡さんが話をさきにすすめる。
「俺はそれよりも身元不明の遺体の方が気になるんだが」
「はい?どっかの暗い穴にでも落ちてたんですか」
「なんで穴にこだわる」
だって最後の記憶が!とはさすがに言えない。
「三年前のその頃、町口駅で飛び込みがあった。30歳前後の女性。身元不明の轢死体」
「・・・いや・・・それは、ないでしょう」
うん、記憶にない。まったくない。それに百歩譲って、いくら何でも家族が不審に思って名乗りでるでしょ。天涯孤独じゃあるまいし。
「あんたが調べたいのは、3年前に俺の隣の部屋に住んでいた女性だろ」
「・・・はい」
ばればれですよね。
そのころ沢渡さんはまだあそこに住んでいなかった。
「まあ、どういう関係か知らないが」
沢渡さんの端正なお顔の眉間にしわがよる。うん、機嫌悪くなったよね。わけのわからない話だもん。うまく説明できてないし。正直に話したら怒り出すか、病院おくりにされかねない。
「あの部屋に俺の前に住んでいた人間に会ってきた。お隣の203号の女性から借りた傘を返し損ねたといっていた」
「はい?」
思わず間抜けな返事をしてしまった。なにちょっと待ってそれどういうことよ。前にあたしがでっち上げた嘘を根に持ってるの?
いやいや、そんなことより、警察ってすごいなあ。どうやってそこに行きついたの。ついでに203号のというか前世のあたしの家族が今どうしているのかも調べてほしい。
「出かけに傘が壊れてて困っているところかしてくれたそうだ。彼はそのあとすぐに旅行にいった。かえってきたら返すつもりだったが、彼女は留守でそれっきりだといっていた」
彼ってことは男性か。いまいち記憶があやふや。たかが三年半前なのに。
「そのまま行方不明なんですね」
もうちょっと早く知りたかったな。
「これから先は仮定の話として聞いてくれ」
素直に頷いたが、何故だか聞くのが怖い。
「俺は轢死したのは中山さんだと考えている。自殺で処理されているが、当時、突き飛ばされたように飛び出しという目撃証言もある。だが遅い時間帯で酒によった人間の証言だったので採用されなかった。まあ、家族が名乗り出ないのは賠償金を恐れたからだろう」
すごくショックだ。やっぱり、誰にも愛されてなかったんだ。過去から心を抉られる。これが決定事項ではないはずなのに、何故だかふに落ちた。
でも三年前に隣の人に傘をかす?自分の記憶を探ってみる。確か隣には茶髪・夜でもグラサン・無造作ヘアでホストのような身なりの若造がとなりに住んでいたような。
残念ながら傘をそのひとにかしたかどうかは覚えぼえてない。靄がかかったように曖昧だ。だけどあの頃見知らぬ人にもやたら親切にしていた覚えがある。多分、とても寂しくて、誰かに優しくして欲しかったのだ。
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この話にはまだ続きがある。彼女にはまだ伝えていない。
彼が旅行から帰ると1階に住む主婦の長話につかまったという。
「203号の感じのいい方、どうしちゃったのかしら。昼間っからお酒臭かったり、2階の窓から吸い殻投げ捨てたり、火事になったらどうするのよ。まるで人がかわったみたい」
すっかり派手になって挨拶もしなくなったとこぼしていたらしい。




