54 学校にて 理科室でコーヒータイム
「ヒナさーん」
すぐ後ろの席からひっそりと呼ばれた。
ふりかえると金井君の恨めしそうな顔。
「ひどいなあ。昨日すっぽかすなんて」
「あっ!忘れてた。ごめーん」
本当にうっかりしてた。昨日は理科室でコーヒーを飲む約束をしていた。
沢渡さんのことで頭がいっぱいだったのですっかり忘れていた。
今日はわざわざあたしのクラスまで迎えにきてくれたのね。
「じゃ僕、理科室で待ってるから」
そういうとコソコソと去っていった。
あたしと一緒にいくのは嫌なのね。
理科室の扉をガラリとあけるとコーヒーの芳醇香りがした。理科室には部員が5,6人いて教卓のそばでほそぼそとミーティングをしていた。一番うしろの隅のテーブルでお約束の様にロートとビーカーでコーヒーを入れている。
このコーヒーは部費なのか自腹なのか。
「で、一昨日は付き合ってとか言われたの?」
「え?誰に?」
「誰にって滝川だよ。あっミルクはないけどいい?」
そう言いながら、紙コップにコーヒーを注いでくれた。砂糖がわりにザラメが置かれている。カルメ焼きでもつくるの?
「全然そういう話じゃないよ」
「じゃあ、どんな話」
「どんなっていうとあたしも実はよくわからないのよね。とりあえず心理学に興味あるみたい」
「それすっごく話すっ飛ばしてない?」
ジト目で金井君がこちらを見る。
「ああ、その前に里沙たちとまた付き合ってるみたいだけどやめた方がいいって言われたかな」
何だか彼話しやすいのよね。
「それは僕もそう思うし、心配だよ」
高校生の金井くんに心配される中身アラサーあたしってなに?かなり痛いわよね。
「それにね。なんだか最近呼び出されることが多くてね」
「知ってるよ。東棟三階トイレ前でしょ」
「なんで知ってるの?」
「東棟三階トイレは、僕の憩いの場なんだ」
「はあ?」
「つらいことがあったり、考え事したいときあそこに籠るんだ」
…なるほど。じゃ結構話聞いてたわけね。
すると金井君がはっとする。
「べっ、別に立ち聞きしてたわけじゃないよ。話してるとこにたまたま僕が居合わせてただけだよ!」
汗をかきながら必死に弁明する。
別にせめてないからというよにあたしはうんうんと頷く。
そのとき、教卓側のドアがあき、女生徒が入ってきた。
「ちわーすっ!」
元気のいい挨拶。なかなか可愛らしい子だ。
部員の男の子達が落ち着きをなくし、理科室が一気に華やいだ。
うーむあたしは邪魔なのではなかろうか。
何となく『内輪』的な空気を感じ腰を浮かせた。
「あたし、そろそろいくね」
「えー!今来たばっかりじゃん」
金井君が駄々をこねる。
「あっそうだ!あのさ。ヒナさんと同じクラスに芦原って派手でうるさい女子いるじゃん」
「芦原がどうかしたの」
「なんだか、佐藤とか三宅に脅されてた」
「え?なんで?」
「タバコ吸ってる写真で」
「そんな事で?無視すればいいのに」
芦原らしくない気がする。むしろ自慢しそうなイメージがある。
「芦原、大学の推薦ねらってるらしい」
詳しい詳しすぎる。
「何でそんなこと知ってるの」
「だから、僕の憩いの場所にあいつらが来るんだよ。で三宅からそのことねちねち言われてた。そんでもって仕方なくヒナさんのこといろいろ報告してるみたい」
嬉々としてやっているわけではないことがわかると何となくほっとした。
「金井君がいろいろ教えてくれて助かってるけど。そろそろ憩いの場かえたほうがいいかも」
「僕もそう思うんだけど、なかなか候補が見つからなくて」
なかなか彼も不憫だ。あたしも一人になりたいときあるからその気持ちはわかる。
「だってさ。最初に目を付けた旧校舎の裏は誰かにコクるとき呼び出す場所でしょ、次はゴミ捨て場のそばの空き教室で今やカップルがいちゃつく場所。で挙句の果てに東棟のトイレはいまやあいつらの巣。何だか僕どんどん追いやられてる気がする」
「それは・・・災難ね」
「ほんとさ、リア充爆発しろって感じ」
ちょっとふてくされてしまった。
里沙たちってリア充なのかな。だとしたらリア充って本当に何なのだろうね。
「あのお。佐伯先輩でしたっけ」
さっきはいってきた女子生徒だ。
「ここ理科部の部室なんでそろそろ部外者は出てもらえますか?」
笑顔で後輩に追い出されそう。
「え?上野さん、ヒナさんは僕のお客さんだよ。なんで・・・」
「ああ、ごめんなさい。長居しちゃってあたし帰るね。ご馳走様」
金井君の言葉をさえぎった。これ以上迷惑かけられないものね。
あたしは逃げるように理科室をでて昇降口に向かった。




