26 弟
結局あのあと沢渡さんとは、今まで一番気まずい別れとなった。駅まで送ってくれた。なぜそんなところだけ紳士なのだろうか。自宅のあるマンションについたわたしはエントランスを通って、エレベータに乗る。わたしの部屋は3階にある。
廊下にでると部屋の前に人影が・・・。
弟の修一だ。何やら紙袋をもってたっている。
「なにやってるの?こんなところで」
「姉さんこそ、こんな遅い時間までなにしてたの」
非難するような口調。
「図書室で勉強してたの。修ちゃんと違ってバカだから」
とわたしが言うと怪訝そうな顔をした。そして紙袋をわたしに突き出す。
「これお母さんから。ちゃんと届けたからね」
紙袋の中を見るとちょっとおたかそうな缶詰などの食料品が入っていた。お中元とかお歳暮のおすそわけのようだ。弟はエレベーターへ踵をかえした。そっけないな。
「ちょっと待って上がってお茶でものんでいきなよ。せっかく来たんだし」
わたしは部屋のドアを開けた。修一が恐る恐る中を覗き込む。
「どうしたの。早く上がれば?」
わたしはすたすたと部屋へ入りお茶の支度を始める。
「コーヒーでいい?」
が返事がない。
「どうしたの修ちゃん?」
「・・・この部屋。すごくきれいになってる。それに変なにおいもしない」
「ああ、さすがに人の住む環境じゃないから掃除した。ははは」
弟はこわごわソファーに座った。前のソファーは汚れてたばこ臭かったので捨てて、新しくかったものだ。今思うと業者に頼んで掃除するレベルだった。よく頑張ったなわたし。
「寒かったでしょ。修ちゃん」
二人分のコーヒーをソファの前のローテーブルに運ぶ。弟はかりてきた猫のようにおとなしい。
こんな子だったけ。
夏休みに家族で食事した時は口が達者で小難しいことばかりいってた気がする。
「コーヒー飲んだら?」
ミルクと砂糖も並べてやる。
「・・・」
本格的に黙り込んでしまった。間が持たない。
「あっ、修ちゃんおなかすいた?有り合わせのもので良ければ何か作るよ」
「・・・」
弟反応なし。さて、どうしましょう。
「修ちゃんて呼ぶのやめてくれるかな」
おっ、やっとしゃべった。姉さんどうしようかと思ったよ。そこが気に入らなくて口を利かなくなっていたのね。
「じゃあ、修一」
「修」
「・・・うん。わかった。修」
呼び名にこだわるお年頃なのかしら。思春期だし。母が修ちゃんと言っているからわたしもそう呼んだのだけれど。違ったのかな?
「あ、そうそうお茶請けなかったね」
わたしは手づくりのクッキーを皿においてだした。この子、手づくりとか食べなさそう。今度、急なお客様用に市販のお菓子を買っておこう。む?意外食べてる。あ・・・完食。
「やっぱり、おなかすいてた?何か作るよ」
確か冷蔵庫には卵とハムとレタスがあったな。
「いいよ。もう帰る」
その言葉が立ち上がりかけたわたしを止めた。
「そう?ごめんね。何もおもてなしできなくて」
といったら、修がわたしをみたまま固まった。うーん、この子、こんな子だったかな。頭がよさそうな外見は、そのままなのだけれど。今日は行動がおかしくないか。法事の時はそつなくみえたのに今日はやたらとフリーズする。前世で弟がいたわけではないのでわからないが、男の子はこんなものなのだろうか。無理やり自分を納得させる。玄関に見送りに出ると弟が初めてわたしの目を正面から覗き込んだ。
「あなた、誰ですか」
「え?」
今度はわたしが固まる番だった。
「ポゼッション・・」
と彼はつぶやいた。
「気にしないで、ぼくは今の姉さんがいい。絶対に」
弟が帰ったあとポゼッションの意味を調べた。
所有、占有・・・憑依・・・悪魔がとりつくこと。




