ヒナとゆかいなお友達
困ったことに相変わらずオタクの金井君、廊下の隅や教室の端からねばこっこい視線を向けてくる。
ここは6組で彼は8組のはず。なんでいつもこの教室の隅にいるんでしょうね。いいかげん誰か突っ込んであげて!追いかけると逃げるから、放置すればなにか言ってくるかと待っているのだが、何も言ってこない。
参ったな。
授業もおわり自席でちびちびとミルクティーを飲んでいるとちょいちょいと肩を叩いて来る奴がいつ。
「やあ」
笑顔の渚だ。なぜか少し照れている。
「どうしたん?」
「いやーなんか。この間は悪かったなと思って、うちなんか変に妬いちゃってヒナに八つ当たりみたいなことしちゃって」
渚のさっぱりしたところが好きだ。いつも思ったことをストレートにいってくれるから、楽。
しかしなぜ照れているのだろう?
「いやいや、そんなことはいいけど。なんか話あるんでしょ」
とりあえず先を促してみる。
「そうなんだよ」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに渚の顔が輝く。心なしか頬を染めたりする。なにそれ恋する乙女なの。
「あのさ。思いきって由奈にいってみたんだ。うちも由奈のことが大好きって」
「・・・・」
あれ、そんな話でしたっけ?
「そしたらね。由奈もうちのこと大好きだって」
やはり恋する乙女の顔。わたし何か余計なことしたかな。言ったなあ・・・愛してるだとかなんだとか・・そういえば。まあ、あれだ、仲良しは良いことなのだ、きっと。
今日は由奈と渚、アイドルグッズを買いに行くらしい。短い間だったけれど由奈の送り係、お役御免かな。渚スキップしながら教室でていったし。わたしは一人、自席で伸びをする。教室内も人がまばらになってきた。そろそろ帰るか。
おや?視線を感じて振り返ると金井君後ろに座っていた。怖いよ!気配消して近づくのやめてくれるかな。ひと呼吸おいてから声をかける。
「で、何の用なの」
目を合わせようとして避けられた。やはりこれは何か恨まれているかな。
「あたし、最近記憶が飛んでていろんなこと忘れてるんだよね」
「それは、噂できいてる」
うわっ、しゃべれるじゃん。うちにこもっていて聞きとりづらい声だけれど。
「で、何?」
「約束したんだ。ヒナさんと」
はい?ヒナさんですと。親しかったんかい。
「えっと、わたしどんな約束したっけ?」
怖いよ。ヒナちゃん何を約束していたの?ちょっと不安。
「だから、その一緒にお茶しようって」
なんだそれだけか。あたしはほっと胸をなで下ろす。しかし疑問だ。どうしてヒナがオタク風な金井君とそんな約束をしたのだろう。
「なんでそういう話になったんだっけ」
「本当にまったくおぼえてないの?」
ん?金井君、いまちょっとずる賢い顔しなかった。
「あとは、えっと・・デートに・・」
「ちょっと待ったあ」
金井くんが言い終わらないうちに待ったをかけた。
「今なんかどさくさに紛れてつけたそうとしたでしょ」
「ちっ」
金井君、舌打ちやめて。何のオプション付けようとしたのだよ。よくよく話を聞くとヒナはパソコンの設定をやってもらう代わりにお茶の約束をしたらしい。そうあのおぞましい写真の入ったパソコンだ。それも4月に約束して以来、金井君を放置。
「じゃあ、マックでおごるからそれでいい?」
「え!ほんとに僕と行ってくれるの」
金井君が驚いたような顔をする。
「だって、そういう約束でしょ」
わたしはさっさと帰り支度をした。これでもう付きまとわれることはないと思う。マックへいく途中。沈黙かなと思っていたが、金井君はひたすらパソコンの話をした。まあ場が持つからいいのだけれどね。
二人で同じセットをとった。ポテトをリスみたいに頬張りながら
「なんかヒナさんってかわったよね」
という。
「へえ、どこらへんが」
「まず自分のことヒナって言わないよね」
わたしのポテトをつまむ手がぴたりと止まった。まじかそれは知らなった。一人称ヒナか。なぜいままで誰も突っ込んでくれなかったのかな。特に女子。
「ああ、そうだっけ。子供っぽいからやめたそれ」
「ふーん、そう」
こくこく頷いている。納得いただけたかな。
「それとあの時はパソコンのこと興味があるから
いろいろと教えてって言ってたけど。今は興味ないみたいだね」
「・・・・・」
返す言葉もない。しばし沈黙。
「・・・ちなみに金井くん、何部?」
「パソコン部だけど・・・。それに僕のこと下の名前で呼んでくれてた」
「!」
「ああ、いいよ。無理しなくて。その分じゃ僕の名前なんておぼえてないよね」
弱々しく笑う。ヒナと付き合っていたってことはないよね。
「あのさ、ぶっちゃけヒナさん今の方がいいと思う。前は前でもちろんかわいかったけど。僕、女子に優しく声けられたのって初めてだったし・・・。でも何だかヒナさん、パソコンの設定してあげたら突然変わっちゃって、もう話しかけてくるなって、迷惑そうで」
そうなのですよ。そういう子みたいです。返す返すヒナが申し訳ございません。
「でも、なんだか最近、話しかけやすそうな雰囲気で保田さんとかとも仲いいから、勇気だして、思い切って話しかけてみたんだ」
保田さんは保田渚。渚のこと。
「じゃあ、このあいだ逃げたのって、なんで」
「あ、いやそのものすごい勢いで追いかけてくるから・・その情けない話なんだけど怖くって」
ああ、今度はわたしがごめんさいだ。金井君、災難だったね。ヒナにはいいように使われるし、わたしには校内追いかけまわされるし。
そのあと渚の話題になった。渚とは小学校からずっと同じ学校でからかわれると時々かばってくれていたらしい。渚、男前。
そのあと何やかんやと話が結構盛り上がり、気づけば2時間ぐらいたっていた。帰り際に「僕、女の子とこんなに長く話したの初めて」だなんて、そんなちょっと悲しい感想いわなくていいから。
話してみるとなかなかいい子だった。
その後、ねばつく視線は感じなくなった。その代りぎごちなくだけれど金井君が時々、話しかけてくれるようになった。マックで話した時のように打ち解けられは
しなかったけれど、仲良くなれそうな気がした。
その時はいろいろなことが良い方向に流れていくのではないかと思っていた。




