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撃沈

作者: CLIP

待ち合わせの時間が過ぎた。

やっぱり嘘だったのか、オレはからかわれたのか?

そう思いながら、何度も携帯を確認していた。

美裕からの連絡はない…


HFサイトのチャットで出会った美裕

最初はその他大勢で話していたけど、ある晩、二人きりで話す時があって

そのままツーショットに移動して

明け方まで、髪の話、お互いの話をして、少し気を許したのか

フリーメールだったけど、美裕はアドレスを教えてくれた。

それからは、毎日仕事から帰ると、

美裕からのメールが着ているかチェックするのが日課になった。

それがいつしか携帯のメールになり

一度も声を聞いた事がないまま、オレと美裕はかなり親しい【メル友】になっていた。


「髪を切りたいの…」

美裕が、そんな事を言い出したのは、1ヶ月ほど前だった。

「美容院行って来れば良いじゃん」

オレは、HFの性質上、少しはドキドキはしたものの、普通にそう返信した。

「帰って来たら、詳しく聞かせてよ」

追伸で、そう送った。

「いつも行っている美容院じゃなくて…床屋さんが良いのかなあ~

…だって、思い切り短くしたいんだもん。もうどうしよう、って言うくらい短く…」

美裕から着た返信に、オレはめちゃめちゃ驚いた、で、ドキドキした。

頭の中では、お笑いのタカアンドトシのトシが『ドッキリかっ!』と突っ込みを入れていた。

意味わかんね~けど、それくらいビックリしていた。

「短くって…ベリショとかにしたいわけ?」

「ううん…ベリショなら、いつもの美容院でも出来るもん。もっと…」

「もっとって…まさか刈り上げとか?」

「刈り上げでもいいけど…出来ればもっと…」

「刈り上げよりもっとって…坊主になっちゃうじゃん(笑)」

あえて(笑)を付けた…すごい動揺している自分がいた。

「うん…坊主にしたい…」


そりゃHFのサイトで知り合った訳だし、そう言う願望があるのも知っていたけど

仕事の事とか、友達の事とか、全然関係ない世間一般の目とか、本音とか建前とか

願望と現実は違うとか、そんなのは承知の上だったし

どこぞのサイトの掲示板で『坊主にしちゃいました』なんて言う書き込みを見ても

『ハイハイ、ご苦労様』って覚めた目で見ているオレにとっては

同じ趣味を持っているからって、美裕が本気でそんな事を言い出すとは思いもせず…。

「ウソだろう?ってかそんな事出来るの?」

と返信するのが精一杯だった。


夜遅く、メールが着た。美裕だった。

「決めた!やっぱりやる!!…けど、勇気が出ないし、ひとりじゃ恥ずかしい

…ヒロくん一緒に付いてきてくれないかな?」

ヒロくんとはオレのこと?そりゃオレは博人だから、美裕には『ヒロくん』と呼ばれていたけど

オレに一緒に付いてきてって…一度も逢った事もないし、声だって聞いた事ないぞ

「決めたって…オレに一緒にって…それは本気?冗談ではなくて?」

マジに受けて『ウソに決まってるじゃん!』と笑われるのはイヤだし

でも、今まで数ヶ月メールしてきて、美裕がそんないやなヤツだとは思えないし…。

すっかり目が覚めたオレは、携帯を握り締めて、布団の上に座り、返信を待った。

「ずっと考えて決めたんだけど、ひとりで行く勇気がなくて…だから付いてきて貰いたいなあ~

って思って、でもそんな事頼めるの、ヒロくんしかいないし…ダメかなあ???」

!!!

美裕の?マークと同じくらい!マークがオレの頭の中に浮かんだ。

ま…マジですか、この展開…

こんな(美味しすぎる)展開を真に受けて、騙されるんじゃないの?オレ…

そう思う気持と、今まで付き合って来た(メールのみ、だけど)美裕の感じからして

そんな騙すなんて事はしないだろう、と言う気持ちが、ぐるぐる回っていた。

「あ…鼻血…」

あまりに衝撃的な出来事に、付いていけなくなったオレの身体が軽く壊れた。

「オレはいいけど…もう一回良く考えてからにした方が良いよ。またメールして」

ティッシュで鼻を押さえながら、そんな事は隠して、いかにも紳士的な返信をしたオレだった。


で、その後も何度もメールをやりとりしたけど、美裕の気持ちは変わらなかった。

とにかくやってみたい、今やらなくちゃ、この先はずっと出来ないと言い

オレが「本当に良いの?もう一度だけ良く考えたら?」と言い続けたのに呆れたのか

「じゃあどっかの掲示板に書き込みして、付いてきてくれる人を探すから良い!」

とまで言い出した。いや、それはダメだろう!

そんな事したら、すぐにでも相手は見付かるだろうけど、それはダメだ!

「だからヒロくんにお願いしてるんじゃん、今度の日曜日決行!ヨロシクね」

美裕に押し切られる形で、嘘のような話がまとまってしまったのだった。


『日曜日、午後1時にY駅西口の○○屋前で待ち合わせね』

その時、美裕は初めて自分の写真を送ってきた。

すげー可愛い~とは言えないけど、普通よりちょっと上…いや、ちょっとのもう少し上か

イヤ、そんな事は良いんだ(良くないけど)

こう言う場合、オレの写真も送るのか?オレは…顔で勝負しているタイプじゃない

けど、待ち合わせ場所で逢って「きゃーっ」と逃げられるようなタイプでもない(と思う)

でも、それはあくまでも主観的に見ての話で、もし当日そうなったら悲しいし

だったら先に送って「こんなんだけど、本当に良いの?」と聞いておいた方が良いのか、とか

何度も何度も撮り直して、ようやく画像を送信した

「オレはこんなヤツです。OKだったら、行きます」と、ちょっと情けない言葉を添えて…

「やだー顔で判断した訳じゃないよ。メールでいっぱい話して、ヒロくんだったら…って思ったんだもん

当日ヨロシクね。逃げないでよ」

ヒロくんだったら…オレだったら何?その続きが聞きたいけど、聞く訳にもいかず

オレはその事と、当日の事を考えて、また鼻血を出したのだった。

あ~毛細血管弱ってる…せめて当日は出さないようにしないと…

ただの変態になってしまう…



待ち合わせの時間10分過ぎ…メールもない。

「やっぱり、オレ騙されたのかなあ~」

そう思った時だった、向こうから走ってくる女性、顔を見ようと思っているうちに

どんどん近付いてきて、オレの手前3メートルくらいの所で立ち止まった。

目が合う…彼女、美裕だ。

「ヒロくん?」口がそう動く、オレは頷く。

ホッとしたように笑顔が浮かび、近付いてきて『はじめまして』と頭を下げた。

「あ、こちらこそ、はじめまして…」オレもお辞儀をする…めちゃめちゃ緊張している

「昨夜眠れなくて、でもきが付いたら寝てて、寝坊しちゃった、遅れてごめんなさい」

写メールで見たより、目が細い…イヤ、そんな事はどうでも良くて(良くないけど)

動いて喋っている彼女が、あの散々メールで話していた美裕と言うのが

何だか信じられない気もする、けど、これは夢じゃない。

「とりあえず…お茶でもする?昼飯は?食べた?」

「起きて支度しながらパン食べたから、お腹は空いてない…けど、いきなり行くのも…」

「そっか、じゃあどこかで茶飲んでから…」

良くわからないけど、相談もしないといけないし、もう一度確認もした方が良いかもしれないし…


「何度も考えたけど、やっぱり坊主にしようと思う」

入ったファーストフード店は、ざわついていて隣の席の声も聞こえないくらいだったけど

さすがに声を落として、美裕はそう言った。

「中途半端に刈り上げとかにするより、どうせなら、ね」

「坊主って…そのあとどうするの?会社とか友達とか…」

「カツラがあるし…あ、今はウィッグって言うんだっけ?一人暮らしだし、親は田舎だし

実はもう用意してあるんだ、今の髪型と似たやつ。結構高いの買ったから、判らないと思うよ」

今日は帽子を持って来たから、それを被って帰る、と言った。

今の髪型…肩下くらいのシャギーが入った「ごく普通の髪型」だった。

「そこまで準備して、気持ちも変わらないなら、何でオレが…?」

付いて行く訳?と聞きたかった…真っ当な疑問だ、と思う。

「うん、しようって決めても、床屋さんの前に行って、店に入って『坊主にして下さい』って

言うのはすごい勢いがないと出来ないし、やっぱりやめようかなあ~とか

言えたとしても『やめた方が良いですよ』とか『本当に良いんですか?』とか

何度も確認されたら、決心が鈍るかもしれないし…そう言う時にいてくれたら

勢いが付くじゃない?」

オレは勢いを付けるための役か?跳び箱の前に置くロイター板か?

そんな事を考えたオレの顔を見て、美裕は慌てて付け足した。

「て言うか…ヒロくんに一緒に付いてきて欲しかったって言うのもあるし…」

やばい…弱っている毛細血管が、少しだけ疼いたような気がする…

とにかく、今日はもってくれ、毛細血管!


「ココでいいの?」

繁華街からかなり歩いた所、商店街の外れにあった床屋の前で聞く。

(真ん前だと怪しまれるから、本当はもう少し離れていたけど)

「うん…こう言う店が良かったんだ。白衣を着た頑固そうな職人ぽいオジサンがいて

古い、でもがっしりとした、美容院のとは全然違うイスがあって

袖なしの真っ白いカットクロスで、年季が入った道具が並んでいて…」

店の前を見ただけで、良くそこまで想像出来るなあ~と思うし

その描写…CLIPさんの小説の読みすぎじゃ…?

「大丈夫?もう行く?」

心なしか、美裕は震えているように見えた。

「やっぱり緊張するね~ちょっとごめんね」

そう言って、美裕はいきなりオレの手を取って、握った!!!ビックリするほど冷たい…

「大丈夫、って言って…」

美裕が前を向いたまま呟く

「だ、大丈夫…」言って欲しいのはオレの方かっ!と思うくらい声が震えそうだった。

何のために来たんだか…と思いつつも、一世一代の決めセリフ

「オレが付いているから…」決まった!か?

ぷっ…吹き出したように笑うと、美裕はオレの【手を引いて】店のドアを開けた。


「いらっしゃいませ」

美裕の言っていた通り、白衣を来たオヤジがそう言って迎えた。

いきなり入って来たオレ達を見て、ほんのちょっと驚いたような顔をしたが

(店に入る直前に、手は離していたけど)

すぐに愛想の良い笑顔になった。

頑固な職人、って感じじゃないな、こりゃ…

「今日は彼氏の方ですか?」とオヤジさんはオレの方を見て言う。

「いえ…彼女の…」

彼女の髪を切ってやって下さい、とそれこそ小説の中に出てくる男なら

こんなドキッとするようなセリフも、すぐに出るんだろうけど、オレはそんな訳にもいかず

口ごもっていると、横にいた美裕が、はっきりとした口調で言った。

「私です。カットをお願いします」


「若い女性が、こんな店に珍しいですねえ~」と最初は笑っていたオヤジさんも

美裕が、イスに座るが早いか、これまたきっぱりと

「坊主にして下さい」と言ったもんだから、さすがに驚いていた。

「お嬢さん、坊主にって…だって、こんなにキレイな髪なのに、若いのに…」

と、なぜかオヤジさんの方が、しどろもどろになっている。

若いのに、は関係ないと思うけど、それだけ驚いているって事だろうし…

オレは、はっきり言って何の役にも立たず、と言うか

美裕は、自分でさっさと話を進めているし

誰がいざとなったら勇気が出ない、とか、決心が鈍るかも、なんて言ってたんだよ…

と心の中で、オヤジさんに同情したり、美裕に突っ込みを入れたりしていた。

「良いんです!決心してきたんですから、思い切ってやっちゃって下さい!」

美裕は、少しだけ引きつっているようにも見えるけど、それでもしっかり、そう言った。

「思い切ってねえ~そう言われてもねえ~」

オヤジさんの方が煮え切らない様子のまま、美裕の髪を触って

前髪を上げたり、襟足の髪を持ち上げたりしながら、様子を伺っている。


決めて来たんだから、早く引き受けてやってやれよ!

オレが、そんな事を考えていると、途方に暮れたような顔をして、オヤジがオレの方を見た。

「いいんですか、本当に坊主にしちゃって…」

オレに聞くのかー!そんな重大な決断を、オレに迫るのか?

鏡の中の美裕は、オレの顔を見て、頷く…その目は間違いなく

「ヒロくんに任せる」と言っている(ような気がする)

「本人がそう言っているんだから、言うとおりにしてあげて下さい」

はあ~~~ここで

「いいんだ、遠慮なく、思い切り坊主にしちゃってくれ!」

とちょっと偉そうには言えないオレ…

それでも、オレがそう言ったからか、オヤジさんは、美裕にもう一度だけ確認すると

ようやく納得したようで、支度を始めた。

オレは、待ち合いのイスの、美裕が良く見える位置に座った。


「すいません、最初にベリーショート位にしてからやって貰えますか?」

美裕が、オヤジさんにそう言う。

「良いですよ、その方が途中で気が変わっても、大丈夫だし…」

いきなり前でも後ろでも、バリカンを入れてしまってから

「やっぱり止めて」と言われても困ると思ったんだろう、少しホッとしたような顔を浮かべる。

「気は変わりませんけど、バッサリ切られるって言うのも、味わってみたいから」

美裕は、そう言うと、鏡越しにオレを見て笑った。

長い髪を一気に、坊主にするのも、だけど、ハサミでとりあえず短くされるのも好きなんだろうな

同じHF同士だから通じるのか?オヤジさんひとりが、不思議な顔をしていた。


「じゃあ、まずは短く切ってからね」

霧吹きで濡らした髪を、くしで梳かし、いよいよカットが始まった。

耳の横の髪を掴んで、指で挟むと、耳が見えるくらいの位置で切った。

20センチくらいの髪が、ばさっと落ちる。

自分で言ったものの、いきなりのバッサリに、はっとしたような顔をする美裕…

切り始めたらこっちのもの、と言うように、オヤジさんのハサミは次に耳の後ろの髪を切った。

そのまま後ろ…指で挟んでは、ジョキッと切り落とし、その度に長い髪が落ちる。

くしで持ち上げて、、指で挟んで、切る。髪が落ちる…

その繰り返しで、美裕の長い髪は切り落とされ、あっと言う間にショートヘアになっていた。

横はわずかに耳に掛かるくらい、後ろも襟足がやっと隠れるくらい、長いのは唯一前髪だった。

「どうします?もっと短く切ります?それとも…」

様子を伺うように、オヤジさんが美裕に聞く。

美裕は、あっと言う間に変わってしまった自分の姿をまじまじと鏡の中に見ていた。

「いえ、もう良いです。お願いしたとおり、坊主にして下さい…」

そう言ってから、その前に、とオレに写真を撮って、と言った。

手渡された美裕の携帯で、カットクロスを付けたままの美裕を写す。

「ありがと。じゃ、続きお願いします」

お礼はオレに、あとの言葉はオヤジさんに向けて、だ。


「長さは?長めにしておく?」

いよいよバリカンの準備をしながら、オヤジさんが聞く。

「うーん…あまりツルツルは好きじゃないけど…でもあまり長めじゃつまらないし…」

好きじゃないとか、つまらないとか、普通初めて坊主にする女の子が言うセリフじゃないぞ!

とオレは、なぜかハラハラしながら、その様子を見ていた。

「じゃあ、1センチくらい?」

「えーっ、1センチじゃつまらないし…」

だから、つまらない、と言うのは止めろよ(と心の中で突っ込む)

「じゃあ6ミリ」とオヤジさん

「3ミリだと?」と美裕

「かなり短くなるよ…ツルツルじゃないけど…」

「でも、すぐに伸びるよね?」

「そりゃ伸びるけど…」

しつこいけど、誰が決心が鈍るだって?オヤジさんと対等に、いやそれ以上に話してるじゃん…

オレはただ、待ち合いのイスから、その様子をボーっと見ていた。

「じゃあ、3ミリで!どうせなら、うわーっ、どうしよう、って感じにしたいし」

「はいはい、わかりました」

美裕の様子に、すっかり圧倒されたのか、バリカンの用意をする

スイッチを入れて、じゃあいきますよ、と言った瞬間…

「あー!やるなら後ろからやって!」

いきなりのでかい声…オレとオヤジさんは同時にびくっとしてしまった。

「あ~後ろからね、はいはい…」

オヤジさんは、もうすっかり慣れた様子で、美裕の言う通りにするようだった。

「だって、トップは最後の…」

最後の何だ!まさか最後の楽しみに取っておくの、と言うつもりだったんじゃ…?

さすがに、オヤジさんが背後に回り、さっき短く切ったばかりの襟足の髪に触れると

美裕の身体がびくっと震えたような気がした。

「じゃあ、刈っちゃいますよ」

オヤジさんが、お約束のように、最後の確認をする

うんうん、小説のようだ…オレはオレでいよいよその光景を見て改めてドキドキしてきていた。


襟足の髪の内側に、バリカンが潜り込む。そのまま上にゆっくりと上がっていく

バリカンの音、ジジジ…と髪を刈る音、そして髪が落ちていく音…

途中で休めることなく、バリカンはつむじの方まで上がっていった。

ベリーショートにしたとは言え、ばさっと音と立てて髪が落ちる…

その後には、言ったとおり「3ミリ」に刈られた髪…地肌がうっすらと見える

オヤジさんは、またバリカンを下に戻すと、その隣の髪を刈る

美裕は…黙って下を向いている…初めてのバリカンの感触を楽しんでいるのか、

それとも、やっぱりショックを受けているのか…オレの場所からだと顔が見えないからわからなかった。

カットの時と同様、手捌きが良い。あっと言う間に後頭部の髪をすっかり刈り上げてしまっていた。

そのまま耳の後ろから前に向かって斜め上に刈っていく。

次は耳の上、そしてもみあげから、こめかみに向かって、サイドの髪をすっかり刈ってしまう。

残るは、反対側のサイドの、前髪、トップの髪だった。

美裕が顔を上げて、自分のその様子を見つめている。

交渉の末決めた「3ミリ」は思ったよりも、長かったのか、短かったのか…?

さすがに真剣な顔をして、自分の半分だけ坊主になった姿を見ている。


残ったサイドの髪を刈って、いよいよ前髪からトップにバリカンが入る。

最初は真ん中…呆気ないほど簡単に、トップの髪が刈り落とされ

またその隣、反対側…頭頂部に残ったわずかな髪も、数回バリカンを動かしてすべて刈られた。

オヤジさんは、刈り残しがないか、じっくりと確かめながら、同じ所にバリカンを当てる。

「はい、こんな感じで、どうかな?」

バリカンを止めて、オヤジさんがそう言うと、美裕は頷いた。目がちょっと潤んているように見えた。

シャンプーをして、襟足をキレイに剃って貰って、終了。

オレは、目の前で、「生バッサリ」(それもかなりすごいヤツ)が起きていたのに

なぜか興奮することなく、ちょっとどきどきしただけで、普通に見てしまっていたとに、

そこで初めて気が付いた。

クロスを外されて、イスから立ち上がった美裕は、くりくりになった自分の頭をそっと撫ぜて

「えへへっ」と笑った。


…すごい可愛かった…






それからどうやって家に帰って来たのか、良く覚えていない。

いや、店を出て、帽子を被った美裕が、オレの手を握り、「ありがと」とにっこり笑って言って

「じゃあ、ココからバスで帰るから」と、さっき来た道とは反対側の方に向かって走って行ってしまって

オレは、この後どこに行こうか、とか、もしかしたら触らせて貰えるかな、とか

(あ、頭だよ、頭!何もいきなりそんな事は考えてなかったし!だから「そんな事」ってなんだよ)

思っていたのに、あっと言う間に置き去り状態にされて、しばらくぼーっとしていて

仕方ないから帰るか、と電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、帰ってきたんだ(と思う)

Y駅って…美裕が指定したんだけど、うちから2時間以上掛かったし…ぶつぶつ…


夜中、美裕からメールが着た。珍しく長いメールだった。オレは読んで泣いた…




「ヒロくん、今日はどうもありがとう。ずっとしたかったことが出来て良かった。これで心残りなく

お嫁にいく事が出来ます。田舎に帰って、結婚します。伸びるまではカツラで隠して

ベリーショートくらいになったら、取れば良いし。旦那さんになる人は優しい人だけど

さすがにHFを打ち明けるのは、勇気がいるし。結婚しちゃったら坊主にしたくても出来ないだろうし

だから、今やって良かった。私、幸せになるから・・・」


…泣いたのは、自分が情けなかったからだ!

本当に、本当にオレは【ただの付き添い】だったんだ!!ただの気の良いHF仲間だったのか?

それも付き添いらしい事も何もせず、HFとして楽しむ余裕もなく(それが悔しい)

ぼーっと街に置きざりにされて…そして「お嫁に行きます、幸せになります」って…

こんな事なら、やっぱり、一度くらい触らせて貰えばよかった~!あ、頭だよ、ほんと。

と怒っていても、仕方ないし、オレは精一杯の、気持ちを込めて

美裕に、おめでとうの気持ちを伝えようと、メールを返信した



『Mail System Error 次のあて先へのメッセージはエラーのため送信出来ませんでした…』

オレが返信を打っている間に、アドレス変えるか?普通…

触るのは諦めるから、せめてビフォー&アフターの写真だけでも送って欲しかったよ…美裕ちゃん…

脱力…そして、ショックのため鼻血…撃沈…やられたぜ(泣)



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