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後はない、まさに背水の陣である。
否がおうでも、ぴりぴりとした緊張感が、頭から足まで駆け巡っていく。
頬が緊張でひりついていた。
手足も、わずかに痙攣しているのが、わかった。
「……あの」
遠慮がちな幼い声が、耳もとに届いた。
「どうした?」
俺は、自分自身の緊張を塗りつぶすように、はっきりとした口調で聞いた。
抱きとめられている恰好のイフは、うつむいていた。
「顔……近いです……」
と、イフが、小さくつぶやくように言った。
俺とイフ、お互いの髪が風でばさばさと揺れて、時々絡まった。
ふわっとシャンプーのようないい香りが、俺の鼻孔をくすぐった。
「……」「……」
空中でしばし見つめ合う二人の図である。
たしかに、俺とイフの顔は、近かった。
近いも近い、お互いの息が届くくらいの超至近距離である。
「……あの……」
抱きとめているイフが、上目づかいに俺を見た。
普段の生真面目なはっきりとした口調は消えうせて、消え入りそうな声だ。





