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「改めてそんなふうにはっきりととうとうと言って、もうこれ以上俺の胸をえぐらないでくれるかなっ?」
と、俺は、言った。
悪意のないイフの真面目すなわち真摯な指摘は、よく研ぎ澄まされたナイフのようなものだ。
よく刺さるしよくえぐれる、そう、切れ味抜群だ。
俺がいた世界の様々な雑貨が売っている調理器具コーナーで休日だけ出現する実演販売のおやじさんが見てくださいよ奥さんこの切れ味ばつぐんでしょうトマトだってほらこんなにざくざく切れちゃうそれにちょっと堅めの玉ねぎだってほらすっと入っていくでしょうと言いながら紹介している包丁ぐらい、思いきりのいい切れ味だ。
「『……タクティクスマイル……やっべ、まったうまいこと言っちゃったよ、俺!』という、さらにさらにイキってしまうような、そんな気分的なものですか?」
イフが、ぴしっとサムズアップしながら言った。
どやああというSEまで聞こえてきそうな勢いだ。
何ということだろう、何をわかっちゃいましたと言わんばかりの得意げな顔つきでサムズアップしているのだろうか。
サムズアップするところではないのではないだろうか、いやするとことではないだろう。
「ぎゃああああああああ……! 追い打ち、ダウン攻撃、死体蹴り、どれもかれもノー! 拒否するっ! 断固拒否!」
俺は、ぶんぶんと頭を振った。
大人Aと大人Bがいたとしよう。
大人Aは、大人Bにどうしても指摘したい事柄があったとしよう。
それでも、大人Aは、その事柄を指摘しないことがあるのだ。
なぜなら、大人Aは、その事柄を指摘することで、大人Bが落ち込んだり傷ついたりすることを知っているからだ、あるいは両者の関係が悪くなることを知っているからだ。
それを遠慮とか打算と呼ぶ声もあるだろう。
しかし、それは処世術の一つなのだ。
人間関係を円滑にする優しさの一つでもあるのだ。
処世術の半分は優しさでできているのかもしれない、人生によく効く薬のごときものかもしれない、一家に一箱は備えおきたい薬のようなものかもしれない。





