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「お願いだから……」
一瞬、湊のか細い声が、俺の耳元に届いた。
その祈るような声のトーンに、胸の奥がちくりと痛んだ。
「お願いだから、普通に私の知ってるパターン構築で普通に二人同時プレイでクリアしてよぉ……っ!」
湊が吐露している言葉は、思いのようでもあってまた想いのようでもあった。
言いきった湊が、きゅっと固く唇を結んでいた。
湊も俺も、それきり何も言わなくなった。
見つめ合う俺たちの横で、タイトル画面からデモ画面に切り替わったであろうことが、耳から入ってくる音でわかった。
夜風が、障子をかすかに揺らしていた。
(……バカだな、俺は……)
俺は、湊の泣き顔から目を逸らせなかった。
愚かにも、その泣き顔を可愛いとさえ思ってしまっていた。
湊にそんな顔をさせているのは俺なのに、である。
(俺は……)
しばらくは、デモ画面のステージを進む格好いいBGMと敵キャラの破壊音とパワーアップ音などが鳴っていた。
「……」
そして間もなくして、自機が墜ちる音がした。
(……ああ)
以上が、俺の身に起こった夏の夜の悲劇である。
後日談として二人同時プレイでゲームクリアに至った話は、別の機会でいいだろう。





