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イフの言葉を聞いた時、不意に俺の脳内ではあるBGMが、流れ出していた。
サックスとピアノが主旋律を担う、恋の物語が不意に始まってしまいそうな切なげな曲調である。
「待てって!」
俺は、叫んでいた。
風が、俺たちの髪を揺らしていた。
「……離してください」
短い言葉だった。
短いがゆえに、鋭さが凝縮されているように感じだった。
拒絶色の声に、俺は、胸が苦しくなった。
研ぎ澄まされたナイフを胸もとに突きつけられているような息苦しさである。
「……」
無言の返答をされて、俺も、黙るしかなかった。
今までにいさかいや喧嘩がなかったわけではない。
人並みに月並みに、いろいろとあった。
いろいろな表情を見てきたが、こんな表情を見せられたのは、初めてだ。
怒ったりすねたり文句を言ったり、そのような時は、俺たちは当事者そのものであり、そういう表情を見てきた。
しかし、今見ているのは、まったくして他人行儀の顔だ。
いつも近くで見ていた笑顔がすべて幻か何かだったのではないか、そんな言葉が頭の中をよぎった。
「いきなりどうしたんだ?」
俺は、納得がいかずそう聞き返していた。





