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「盛り上がっているねえ」
不意に、後ろから声がした。
俺とテーブルを挟んで向かい合っているイフの顔が、こわばった。
はじめて見るイフの表情である。
(なんだ?)
と、俺は、思った。
冬の時期に、締め忘れていた窓ガラスの隙間から冷たい風が入り込んできたような、あまり好ましくない感じを受けた。
「……こんばんは」
と、イフが、声のしたほうへ静かに頭を下げた。
俺が振り返ると、男性が立っていた。
年齢は、俺のよりも少し上ぐらいだろうか。
タイトになでつけているオールバックが、様になっていた。
スーツのようなかっちりとした服を着ていて、みなりがいいというのが、第一印象だ。
足元を飾っているのは、きちんと磨き込まれた黒の革靴である。
「やあ、こんばんは。イフ」
と、男性が、柔らかく言った。
男性の言葉づかいは、優しく丁寧な調子なのだが、その調子がかえって気になった。
イフの顔も、曇ったままだ。
男性の胸元を飾っているのは、ポケットチーフだろうか。
胸ポケットへのそのひと挿しが、男性の装いをさらに華やかに引き立てているようだ。





