魔法少女になりました。
メアリ・フェナードは齢6歳になる少女である。サラリとした黄金色の髪に、ハシバミ色のクリリとした大きな瞳、白い肌に、ほんのりピンクに色づく薄紅色のリップ。
メアリは鏡を見ながらうっとりと呟いた。
「今日も可愛いわ、私。」
メアリの呟きは空気に溶けて消えた。
メアリは普通の少女だった。メアリはアリエス王国、ロバーナ領、西町ディバナに生まれ育った。
アリエス王国は海に面する小さな国であり、ロバーナ領は山に面する下級貴族が治める小さな土地。その中の更に田舎と揶揄される西町ディバナ。
特筆すべき事など何一つない、穏やかだけが取り柄の百姓家に産まれたメアリは、けれども親の愛を兄妹と共に平等に分け与えられてすくすくと育っていた。メアリがメアリでない自分を思い出したのは、5歳を半年ほど過ぎたあたりだった。3歳になる妹とおままごとをしている際に、まるで自然に、呼吸をするのと同じような感覚で、ふと思い出したのだ。
(ああ、そういえば自分は日本人だったな…)
その思い立ったかのような記憶は、そのきっかけと連動するかのようにするすると紐づけられて思い出された。メアリは小さな王国の片隅にある町で暮らす少女であると同時に、かつて日本と呼ばれる国でその国ではまだ若い頃に病気にかかって死んだ成人女性だった。
かつての自分、前世を思い出したメアリがまず思ったのは、自身の容姿についてだった。
サラリとした黄金色の髪に、ハシバミ色のクリリとした大きな瞳、白い肌に、ほんのりピンクに色づく薄紅色のリップ。前世ならば道行く誰もが足を止め、振り向いて、そして魅了されたであろう容姿。
そう、けれどそれは前世ならばの話である。黄金色の髪もハシバミ色の髪もこの国では当たり前で、純粋なアリエス王国民であれば、むしろそうである方が自然であった。子供故の赤く艶のあるリップ故に可愛さがあるが、しかしこれもアリエス王国民の子供であれば当たり前。メアリが特別可愛いと持て囃される事はない。
それに、姉の贔屓目かもしれないが可愛いさで言えば断然妹の方が可愛い。純粋なアリエス王国民でありながら、黄金色の髪に隔世遺伝でもしたのか、青い瞳。頬っぺたいつも可愛らしい赤で染まり、唇はつやつやぷるぷるで林檎色。当然、皆んなに可愛がられていた。
それでもメアリは自身の顔が好きであったし、前世の自分がなりたかった自分の姿が鏡の前にあった時の高揚感は今でも続いている。流石に慣れてきたので、時折再確認する為に見るくらいではあるが、鏡は必需品であった。
特に今世の自分が持っているものの中で、メアリが一番好きだと思えたのは、小さな自分の手から溢れる星屑であった。小さな金平糖のようなキラキラと輝く星屑が手から溢れるのを見た時、メアリは感激した。母親と父親は困ったような顔をして掃除をしていたが、その意味をメアリは暫くして気付いた。
星屑は自分の意思で出せるが、出した後は砂に紛れてしまえばその輝きを失う。しかも、汚れにしかならない。そしてこの程度ならば幼い子供は全員出せるのだ。
魔法を使える者は多くいるが、その多くが役に立たないような魔法しか使えない。それがこの世界の常識だと知ったメアリは絶望する。
特別な存在になれたと思っていたのに、実際は大した事はない存在だと思い知ったのだ。
そんなおり、妹が初めて魔法を使ったのは、メアリが橋から川に落ちそうになった時だった。メアリの身を案じた妹が必死に手を伸ばしてメアリを浮かせたのだ。初めてメアリは妹に対して嫉妬したが、まあ、それはそれ、これはこれである。
なんてことのない町のしがない百姓一家であるフェナード家に奇跡が舞い降りたと妹を持て囃す一族あげてのお祭り騒ぎにまでなった時は戸惑う妹に同情した。
自分はこれくらいが身の丈にあっていて、それでいて、可愛らしい魔法を使えるようになって、これ以上何を望めると言うのだろう。
メアリは気付いていた。理解していた。
妹が特別な存在であること、自分はなんてことのない魔法少女であることを。それでも良かったのだ。メアリは自分自身に与えられた全てに満足していたから。
メアリが自分自身について全て悟りきってから数年。メアリはその世界では普通の、けれど前の自分からしてみればかなり美しく成長していた。パッと目をひく美しさはないけれど、常に笑顔を浮かべるメアリはその愛嬌を武器にして実家の稼業を売り子として支えていた。美しく才能溢れる妹は、既にその力を見初められて王都にある学校と学びに出ていた。
華々しい将来を約束されていたはずの妹が、その道を妬む者によって汚され、無惨な姿で家へと帰ってくるまで、メアリはただの魔法少女として、その平凡な生を甘んじて受け入れていた。
メアリは魔法少女である。
どこにでもいる平凡な町娘が、平凡な力を持っているだけの魔法少女。
しかし人と違うのは、メアリが前世を持っていたこと。
「 魔法少女(転生者) 、なめるなよ…」
愛と正義をつらぬく、かつてのメアリが愛した少女達。彼女達ほどの力はなくとも、メアリ《魔法少女》は立ち上がる。
妹を奪った世界に復讐するために。
メアリ・フェナードは平凡な町娘で、平凡な魔法少女であった。つい、数刻前までは。