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葉川喫茶  作者: 百川歩
7/13

客⑥僕

最近忙しく、遅くなってしまいました&だいぶ長くなってしまいました。申し訳ないです。


今回は、過去編①です。これからも読んでいただけると嬉しいです。

ある六月の日。

その日は、用事があるからと言って、いつも星野としている本屋散策を断った。だけど本当は用事がある訳では無く、かといって家にすぐ帰るのも嫌で、なにか暇つぶしはないかなぁ、なんて考えながら街をぶらぶらと歩いていた。


くねくねとした道を進む。道はどんどん狭くなっていく。この先は行き止まりなんじゃないか、なんて思って路地裏の角を曲がると、すぐに少し広い道に出た。


通りには名前の知らない会社のビルが沢山見える。

その中で、ほんのりと光を放って建つ1軒の喫茶店があった。喫茶店の前の花壇には紫色のスミレの花が揺れていて、ドアには木のプレートが掲げられている。

なんというか、一言でいうと、地味な喫茶店だ。

こんな所に人が入るとは到底思えない。

ちらりと上を見ると、看板には掠れた字で”葉川喫茶"と書かれている。


僕は気がつくとその店に吸い込まれるように入っていった。店内は意外にも綺麗で、客は自分の他には誰もいなかった。僕はあたりを見回して、なんとなくカウンター席に座った。


「あの、すみません」


返事はない。

…いない、のか?

厨房の方をちらりと見たが人がいる気配はない。

僕は貧乏ゆすりをしながら待っていたが、すぐに我慢出来なくなりテーブルに手をついて立ち上がると、回れ右をしてドアに下がっているプレートを見た。

openって書いてあるよな…?


「…!!」


何を考えていたのだ、中からプレートを見てopenだと…?

僕は慌てて荷物をまとめ、喫茶店からすぐに出ていこうとドアの方を再度振り向いた。


「あれ、お客さんですか」


「わっ!!」


自分のすぐ脇に茶色の紙袋を抱えた男性が立っていた。僕は驚いて背中から床に思い切りダイブしてしまった。

めっちゃ痛い…

男性は大丈夫ですか、と言うと手早く荷物をカウンターに置き手を差し伸べた。僕は照れくさかったがその手をとり、そして立ち上がって、彼を見た。

頭髪は白髪で、服装は紺色ポロシャツに黒いズボン、と言った感じで、年齢は50代ぐらいだろうか、そんな感じがするが、もっと若くも見える。


「今コーヒー、お持ちしますね。」


「あっすみません、休みの日なのに…」


「いいんですよ、緩くやってますから。いつでも来てください」


僕は軽く会釈して、マスターであろう、男性の顔を見た。彼は僕の顔を見ると、なにか考える素振りをして、僕の顔に顔を近づけた。


「はて、君のことを見たことがあるような…、たしか梶田くん?でしたか…」


僕は自分の家の苗字を名乗ることが嫌だったので、適当に、「山田です」と答えた。


「…あぁ、そうでしたか!申し訳ない、どうも物忘れが酷くて…歳のせいだとは思いたくないですが、どうも最近は多くて」


僕は薄く笑い、内心では疑われていないことにほっとしていた。

僕の親は二人共医者で、この辺りでは名の知れた名医であり、だからこそ、僕を疎ましく思っていた。

親は僕を病気と言い、どうにかしてそれを治そうとしてくる。家は息苦しく、落ち着くことなど出来ない。家の外でも病気のことを知ると皆、変な目で僕を見てくるのだ。


…ただ、僕にとって星野との時間だけが"自分"を感じることができた。だがその時間はもう来ないだろう…


僕は心の中で深いため息をついた。


「どうかされましたか?」


マスターは僕の前にコーヒーを置きながらそう尋ねた。

僕は少し考えた後、


「実は友達と好きな人が同じになってしまって…」


思い切ってマスターに話してみた。

マスターは僕の話を一通り聞き終えると、「うむ」と言い、僕の前を通過してCDコンポを触った。CDが回り、空間に音が溶けだす。

…よく分からない外国語のバラードの曲だ、…でもなんか良い


「いい歌でしょう」


「ですね

…なんというか、この店に合っている、そんな風に感じます」


「そうでしょう、そうでしょう。この曲はコーヒーにもあうんですよ、もちろんカフェオレやココアにも」


マスターは嬉しそうに頷いた。


「好きなんですね」


「はい。始めはあんまり好きじゃなかったんですけどね、最近は目覚ましにもこの曲を使ってます」


「目覚ましですか、起きれるんですか?」


僕が顔を上げると、マスターはニッコリと微笑んだ。


「いやぁ、意外にもぱっちりと目覚められるんですよ。何事も色々試してみるものですよ、案外合ってしまうものです」


「そう…ですかね」


「そうです、拍子抜けするぐらいですよ」


なんだかこそばゆくて、僕はついつい笑ってしまった。随分久しぶりに笑った気がする。


「気に入ってくれましたか」


「はい。気に入りました」


僕とマスターは顔を見合わせ、互いの顔を見て笑った。




この日から、僕はこの喫茶店をお気に入りの店として、たびたび通うようになった。

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