客⑥僕
最近忙しく、遅くなってしまいました&だいぶ長くなってしまいました。申し訳ないです。
今回は、過去編①です。これからも読んでいただけると嬉しいです。
ある六月の日。
その日は、用事があるからと言って、いつも星野としている本屋散策を断った。だけど本当は用事がある訳では無く、かといって家にすぐ帰るのも嫌で、なにか暇つぶしはないかなぁ、なんて考えながら街をぶらぶらと歩いていた。
くねくねとした道を進む。道はどんどん狭くなっていく。この先は行き止まりなんじゃないか、なんて思って路地裏の角を曲がると、すぐに少し広い道に出た。
通りには名前の知らない会社のビルが沢山見える。
その中で、ほんのりと光を放って建つ1軒の喫茶店があった。喫茶店の前の花壇には紫色のスミレの花が揺れていて、ドアには木のプレートが掲げられている。
なんというか、一言でいうと、地味な喫茶店だ。
こんな所に人が入るとは到底思えない。
ちらりと上を見ると、看板には掠れた字で”葉川喫茶"と書かれている。
僕は気がつくとその店に吸い込まれるように入っていった。店内は意外にも綺麗で、客は自分の他には誰もいなかった。僕はあたりを見回して、なんとなくカウンター席に座った。
「あの、すみません」
返事はない。
…いない、のか?
厨房の方をちらりと見たが人がいる気配はない。
僕は貧乏ゆすりをしながら待っていたが、すぐに我慢出来なくなりテーブルに手をついて立ち上がると、回れ右をしてドアに下がっているプレートを見た。
openって書いてあるよな…?
「…!!」
何を考えていたのだ、中からプレートを見てopenだと…?
僕は慌てて荷物をまとめ、喫茶店からすぐに出ていこうとドアの方を再度振り向いた。
「あれ、お客さんですか」
「わっ!!」
自分のすぐ脇に茶色の紙袋を抱えた男性が立っていた。僕は驚いて背中から床に思い切りダイブしてしまった。
めっちゃ痛い…
男性は大丈夫ですか、と言うと手早く荷物をカウンターに置き手を差し伸べた。僕は照れくさかったがその手をとり、そして立ち上がって、彼を見た。
頭髪は白髪で、服装は紺色ポロシャツに黒いズボン、と言った感じで、年齢は50代ぐらいだろうか、そんな感じがするが、もっと若くも見える。
「今コーヒー、お持ちしますね。」
「あっすみません、休みの日なのに…」
「いいんですよ、緩くやってますから。いつでも来てください」
僕は軽く会釈して、マスターであろう、男性の顔を見た。彼は僕の顔を見ると、なにか考える素振りをして、僕の顔に顔を近づけた。
「はて、君のことを見たことがあるような…、たしか梶田くん?でしたか…」
僕は自分の家の苗字を名乗ることが嫌だったので、適当に、「山田です」と答えた。
「…あぁ、そうでしたか!申し訳ない、どうも物忘れが酷くて…歳のせいだとは思いたくないですが、どうも最近は多くて」
僕は薄く笑い、内心では疑われていないことにほっとしていた。
僕の親は二人共医者で、この辺りでは名の知れた名医であり、だからこそ、僕を疎ましく思っていた。
親は僕を病気と言い、どうにかしてそれを治そうとしてくる。家は息苦しく、落ち着くことなど出来ない。家の外でも病気のことを知ると皆、変な目で僕を見てくるのだ。
…ただ、僕にとって星野との時間だけが"自分"を感じることができた。だがその時間はもう来ないだろう…
僕は心の中で深いため息をついた。
「どうかされましたか?」
マスターは僕の前にコーヒーを置きながらそう尋ねた。
僕は少し考えた後、
「実は友達と好きな人が同じになってしまって…」
思い切ってマスターに話してみた。
マスターは僕の話を一通り聞き終えると、「うむ」と言い、僕の前を通過してCDコンポを触った。CDが回り、空間に音が溶けだす。
…よく分からない外国語のバラードの曲だ、…でもなんか良い
「いい歌でしょう」
「ですね
…なんというか、この店に合っている、そんな風に感じます」
「そうでしょう、そうでしょう。この曲はコーヒーにもあうんですよ、もちろんカフェオレやココアにも」
マスターは嬉しそうに頷いた。
「好きなんですね」
「はい。始めはあんまり好きじゃなかったんですけどね、最近は目覚ましにもこの曲を使ってます」
「目覚ましですか、起きれるんですか?」
僕が顔を上げると、マスターはニッコリと微笑んだ。
「いやぁ、意外にもぱっちりと目覚められるんですよ。何事も色々試してみるものですよ、案外合ってしまうものです」
「そう…ですかね」
「そうです、拍子抜けするぐらいですよ」
なんだかこそばゆくて、僕はついつい笑ってしまった。随分久しぶりに笑った気がする。
「気に入ってくれましたか」
「はい。気に入りました」
僕とマスターは顔を見合わせ、互いの顔を見て笑った。
この日から、僕はこの喫茶店をお気に入りの店として、たびたび通うようになった。




