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葉川喫茶  作者: 百川歩
11/13

七夕の日



7月7日、七夕の日、願いが叶う日。

僕は一つの願いを胸に、学校へ向かった。


言うぞ、言ってやるぞ。

何度も何度もそう呟いて、教室のドアを開けると心地良い風が吹いたような気がした。






午前の授業が終わり、午後の授業もあっという間に終わって放課後になった。荷物をまとめ、僕が立ち上がると、ちょうど竹内さんも立ち上がった。


「沼田くん、ちょっと屋上に行かない?」


「僕だけ?星野は?」


「うん。沼田くんにちょっと話したいことがあって」


彼女は僕が答える前に、「来てね、待ってるから」とだけ言って教室を出て行ってしまった。

僕は星野の姿を探したが、すでに教室にはいないようだったので、もしかしたら屋上にいるのかも、と思いそこへ向かった。


あの日の屋上は強い風が吹いていた。ドアは風で押されているためか重くて開かず、肩でドアを押し開けた。

屋上に出ると、竹内さんが一人…他は誰もいなかった。


「星野、来てないよね?」


「うん、いないよ」


「そう…」


「今日さ、先に家に帰って待っててくれない?ちょっと星野くんと喋りたいことがあって…」


「え……、なんで……?」


「…分かるでしょ?お願い」


僕は一瞬脳が停止したがすぐに答えは見つけることが出来た。

…あぁそうか、二人は……。


「えっと…すぐに沼田くん家に向かうから…」


僕の耳にはもう何も届いていなかった。僕は遅かったのか。願いはやっぱり叶わないのか。目の前が暗くなる。あぁ、ぁぁ…。


「僕は行っちゃいけないのか…?」


声を絞り出し、辛うじて言葉を発した。返答は分かっていた。なのに僕は受け入れられなかった。


「ごめん」


身体が急速に熱くなって、目には今までにない程の力が入った。僕は竹内さんの顔を見た。彼女は笑っていた。僕の身体を、黒い毒虫が這った。たくさん、たくさん這った。僕の身体は毒虫のものになった。

次の瞬間、僕は彼女を思い切り突き飛ばしいていた。彼女は抵抗もせず、泡のようにすっと屋上から消えていった。


そして、ズンと鈍い音が耳の奥に響いた。


気づけば、僕は彼女の死体を見下ろしていた。僕は死んでいる、と他人事のように思った。僕は、僕の顔は自分では見ることはできなかったが、恐らく笑っていた。恐怖は、なかった。風だけが僕を殴るように吹きつけていた。

血が流れ出し、中庭のタイルはどんどん赤くなっていく。それに伴って僕は真っ黒く染められていく。悪党はまだ微笑みをそれに向けていた。竹内さんだったものにわらわらと人が集まり始めても、僕はそれを見続けていた。

ふいに、中庭にいる誰かが顔を上げた。僕と目が合った。自分の顔がひきつるのを感じた。


「星野…」


僕を見る星野の目は鋭かった。それは、考えるまでもなく憎悪の目だった。その目を向けられて、ようやく僕は自分のしたことを理解した。身体が小刻みに震えだして、気がつくと僕はそこから逃げ出していた。


走っていた。ただただ走っていた。闇雲に、無我夢中で、行く宛もないのに、ただ走っていた。今更、罪悪感が出てきた。後悔も出てきた。涙も出てきた。虫のいいやつだ、と肩に乗った毒虫が言った。その通りだった。罪を償わなきゃいけない。逃げてはいけない。そう思っていた。それでも、僕は走り続けていた。


「沼田」


突然誰かに呼び止められた。いや、僕は誰だか分かっていた。彼のことは知っていた。誰よりも。だからこそ…

僕はゆっくりと後ろを振り返った。


「星野…」


「………」


星野の目は今までにないくらい冷たい目をしていて、僕のことを真っ直ぐに見ていた。


「僕は…」


「やっぱり、友達だと思っていたのは俺たちだけだったんだな」


僕は必死に彼の方を見た。彼は太い万年筆を握りしめていた。新しいものだった。


「うん、僕は星野のことを友と思えなかった、僕は…」


「そうか、俺は…お前を…、いやもういい。もう話すことは無い」


星野はキッパリと言い放った。もう僕の顔は見ていなかった。


「星野、いいか聞いてくれ僕は…


ドブッ


あ…れ…?

自分の腹部から何やら赤い液状のものが出ている。

あったかくて、きもちがいい。

星野はただ、冷徹な目をして僕を見ていた。手には赤い万年筆が握られていた。


あぁ…


僕は耐えられなくなり、その場から逃げようとして…喫茶店に行こうとして、後ろを向き数歩、よろよろと進もうとした。背中に激痛が走り、また液が僕から漏れ出す。


痛い、痛い、痛い、痛い


背中からは焼けるような痛みが永続的に続いている。痛い、痛い、もう何もしたくない。そんな思いとは裏腹に、足はただ一点を目指して歩み続けている。


腹と背中から大量の血が流れ、意識が朦朧としてきた。僕の頭ではあのバラードが流れ続けている。

あのバラードの歌詞、なんて言ってたんだろう…

喫茶店に着いたら聞いてみようか。


道はだんだんと狭くなる。体を引きずりながら、無限にも感じるその道を進む。




あの角だ、あの角を曲がればすぐだ、また、聞いてもらわなくちゃいけない、相談しなくちゃいけない、仲直りしたいんだ、星野と。僕は、僕は…




……


…あ…………る…




僕はそこで絶命した。



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