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第三章:双刀炎舞②

 大陸一と謳われる五角形型の二重城壁によって守られた城塞都市――キリュベリア王国。総人口一万人を超える城下町は、その住人の活気に満ち溢れ、さながら祭りが行われているかの如く賑わっている。それに伴い自分の商品を購入してもらう為にアピール合戦を繰り広げている店主同士。特に外を出歩く為の、冒険の必需品である武器屋がどの店よりも熱を出している。我の造った武器こそが最強である、防具が優れていると店の前を通る人々に声を掛けていた。ハルカも声を掛けられ興味本位から立ち寄り武器に対するこだわりを聞かされ、適当に切り上げる。

 当然、今所持している太刀や悪食よりも優れている武器は何一つない。所詮は人間が造った武器、人外が造った武器には到底及ばない。

「それにしても随分と賑わっているなぁ」

「私もキリュベリア王国に来るのは初めてですが……こんなにも大きな場所だったとは」

「私も初めてかなぁ。でもなんだかお祭りみたいでワクワクしちゃうね!」

「ねぇねぇハルカ! ボクあれが食べてみたい!」

「……皆目的忘れてないよな?」

 本来の目的を忘れて観光気分の三人にハルカは呆れつつも優しい笑みを浮かべながらキリュベリア王国を観光する。

 アルトロスより与えられた任務であるキュリベリア王国の姫の拉致。初めて訪れた場所である為地理は勿論、肝心な目標ターゲットの顔すらもわかっていない状態。インターネットでキーワードを検索して調べる、と言った事が出来ない以上、情報も何もかもは全て現地調達する必要がある。

 一先ず観光も兼ねて全体を把握する為に偵察を行う。侵入及び脱出ルートの確保、警備体制や兵力の調査。城の見取り図も可能ならば入手したい。

 力に自信がある者なら己の強さを示し、反乱分子が現れるのを抑制する意味合いも込めて、真正面から大軍を率いて戦争を仕掛け大混乱に乗じて誘拐する、と言う方法はもう古い。

 今回の任務は侵略ではなくあくまで目標ターゲットの捕獲。誰にも気付かれず、痕跡を残さず、無駄な犠牲を出す事なく任務を遂行する――即ち潜入任務スニーキングミッションが基本となる。

 従って敵に見つかる事は勿論、交戦する事もしてはならない。失敗すれば増援を呼ばれ、仮にその場から逃走出来たとしても次からは警備を強化され任務が困難となる事は避けられない。

 だからこそ今は情報収集する事が最優先事項。潜入任務スニーキングミッションの基本は偵察から始まる。中世時代の世界観故に科学力は遥かに衰えている、がそれを補うのが魔法と言う文明だ。そしてそれに代わる人材をハルカは揃えている。

「とりあえず数日はここに滞在して徹底的に偵察任務を行う。皆の力が頼りだ、俺に力を貸してくれ」

「無論です」

「アタシに任せて!」

「ボクも頑張るからね!」

「よし、じゃあとりあえず作戦会議を立てる為にまずは――腹ごしらえからするか」

 丁度いい具合に腹部より空腹を知らせる情けのない音が鳴り始めてもいた。情報収集も大事だが自身の健康管理は更に大事。事に移す前に体調不良で倒れてしまっては元も子もない。何より魔王城にいた時と比べて吸収ドレインする事が極端に減り人として経口摂取する機会が増えつつあった。旅の途中どんな魔物や山賊が現れてもフレイア達が率先して全て倒してしまい、ハルカ自身が相手をする機会が殆ど減ってしまった事が主な理由である。

 ハルカとしては、亜人とは言え女性から守られる事に納得していなかった。女性を守るのは男の役目であり、何より乳児期に垣間見た第二の母親が死に際に浮かべた笑みが脳裏に浮かび上がり、後悔の念が押し寄せてくるからでもあった。

 あの時は赤子だったから仕方がなかったと、そう言ってしまえばそれで終わるだろう。しかし精神が赤子とは違い物事を理解出来た場合、記憶にない過去として片付けられない。

 今はまだ、彼女達を超える相手が現れていない。だがもし、それこそソロムのような強大な力を持った悪魔や魔王が現れた時は――自分がこの手で彼女達を守り抜く。二度とあの時のような後悔をしない為にも。ハルカは己の再度誓うように拳を握り締めた。

「さっき町の案内屋に聞いたらまんぷく亭って言う場所が美味しいらしい。そこに行ってみるか」

「やったー! ハルカ大好き!」

「お、おいヒロいきなり公衆面前で抱き着くな!」

「……ハルカ、私と言う女がありながら」

「浮気するのはアタシ関心しないなぁ……」

「町中で暴れようとするなよ。じゃあ早速そのまんぷく亭に――」

「きゃっ!」

 不意に、少女の短い悲鳴と共に身体に小さな衝撃が走った。視線を下げれば、そこには一人の少女が涙目を浮かべてながら臀部を擦っていた。どうやらぶつかり尻餅をついたらしい。

「大丈夫か?」

 ハルカは手を差し伸べる。ぶつかってきた少女は十代後半程。綺麗な水色の長い髪に何処か神秘的な美しさを醸し出している。そして胸はヒロと同等に大きい。そんな彼女はおずおずと差し伸べた手を掴みゆっくりと少女を立たせる。背後より突き刺さる六つの視線は、一先ず無視する。

「あ、有難う御座います……あ!」

 ぶつかった衝撃で脱げたフードを慌てて少女は深く被り直す。

「あ、あのぶつかってしまってごめんなさい。大丈夫でしたか?」

「俺なら問題ない。心配するな」

「そ、そうですか。では私はこれで失礼します。あの、本当にごめんなさい」

 何度も頭を下げながら去っていく少女の背中を見送り――

「……リリー、さっきの子から目を離さないでくれ」

「どうして? まさか……ナンパするつもりなの?」

「馬鹿。そうじゃなくて尾行する為だ」

「尾行? どうして?」

「……確固たる証拠がないから断言出来ない。強いて言えば勘だ、少し離れて俺達は尾けるぞ」

 小首を傾げる三人を促し、ハルカは先程の少女の足取りを追った。




 少女の背後を、数十メートル距離を空けてハルカは尾行する。

「ハルカ、次の角を右に曲がったわよ」

「了解した」

 リリーの持つ驚異的な視力とケンタウロス故の身長を生かせば見失う事はまずない。人ごみで溢れかえっていれば尾行対象しょうじょから此方の姿が見える可能性は極めて低い。

 リリーの能力を最大限活用した方法で尾行を続ける。

 少女の行動は至って普通。町を見て回り興味の惹かれた物があれば立ち寄って購入。周囲の目を気にしながら立ち食いをし、また別の場所へと移動する。一見すれば普通に町を見て回って買い物をしている風にしか見えないが、その行動の中にはある不可解な点もあった。

 キリュベリア城をまるで避けるように行動している。キリュベリア城を横切れば直ぐ目の前にある店に行く時も、人目を避けるように迷路のように入り組んだ路地裏を通って遠回りをする始末。

 尾行を続けてから一時間が経過。ここにきてようやく、少女は唯一訪れなかったキリュベリア城へ彼女は向かった。キリュベリア城へと近付くと深くフードを被り頭を下げ顔を隠しながら移動し、南側へと消えていく。

「ハルカ、キリュベリア城に行ったよ」

「やっぱりな――今日のところはこれぐらいにして引き上げよう」

「あの、何故あの少女を尾行したのか理由をそろそろ教えてくれませんか?」

「……あの子がキリュベリア王国の姫だからだ」

「えっ!?」

「ど、どうしてわかったの!?」

「一つは勘。後は行動パターンからキリュベリア城へと消えた事から推察した」

 姫が退屈な城暮らしに飽きて変装しお忍びで城下町へと繰り出す、と言った手法パターンは王道的と言える。その王道的な状況に出くわすとはハルカ自身も思っていなかった。

 ともあれ勘は見事に的中。目標ターゲットの顔も憶えた。後は侵入するまでの入念な計画を立てる必要がある。

「ねえハルカァ……ボクそろそろお腹空いたよぉ」

「あぁ、そう言えば飯を食いに行こうって言ってたよな。それじゃあちょっと遅れたけど早く行くか」

「ようやくご飯だぁ!」

「全く……品がないですねヒロは」

「ホントホント」

 女性が羨む抜群のプロポーションを持ちながら精神はまだ幼さを残しているヒロ。そんな彼女の喜ぶ姿にリリーもフレイアも呆れた様子だが、幼い姉弟を見守る姉のように優しい目で見つめていた。

「おいまた出たらしいぞ」

「あぁ、今回でもう十五件目みたいだな」

「……ん?」

 ふと聞こえてきた住人達の話し声にハルカは足を止めて耳を傾けた。

「謎の女剣士通称“黒薔薇”。夜のみに現れて悪行を犯す輩に天誅を下す正義の味方に目をつけられたら最後――昨晩も強姦しようとしていた外から来た冒険者がボコボコの姿になって城門前に捨てられてたらしい」

「マジかよ……えげつないな。別に自分が何かした訳でもないのに最近夜外に出るのが怖いぜ全く」

「でも噂によると凄く美人らしいぜ? “黒薔薇”にボコボコにされた奴の中に素顔を見た奴が一人だけいたらしい」

「美人で謎に包まれた女剣士か。出会うのなら普通に出会ってみたいよな普通に」

「……謎の女剣士“黒薔薇”か……」

「ねぇハルカ何してるの! 早くご飯行こうよご飯~!」

「わかったわかった、今行く」

 ヒロに急かされハルカは急ぎ足でフレイア達の元へと向かった。

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