第二章:モンスター娘でハーレムパーティー②
フレイアと言う仲間を得たからハルカは早速魔王城より近い小さな村――ノティストの村へと訪れた。人口は約百人程度、男達は田畑に汗水を流し女達は川で談笑を交えながら洗濯をし、子供達は無邪気に笑い声をあげて遊んでいる。そんなのどかな光景が広がっている村にハルカはフレイアと共に足を踏み入れた。
常識に考えれば、魔族が村へとやってきた事を村人達は歓迎しない。女達は悲鳴を上げて子供達を連れて逃げ出し、男達は恐怖に足を震わせながらも農具を武器に愛する妻と子を守らんと立ち向かおうとするだろう。
故にハルカはフードを深く被り顔を隠し、フレイアに右腕に組み付かれながら村の中を移動する。
「ハルカ、魔王の血族である貴方が人間の村にいて大丈夫なのですか?」
「問題ない。それに情報を得る為にはどうしてもこう言った場所に寄る必要がある――悪いなフレイア。こんな格好をさせて」
人間は亜人を毛嫌いしている。差別ならまだいい方、場所によっては亜人を見つけ次第捕らえて殺す事を法律として定めている国もある程だ。子孫繁栄の為に人間の雄を襲い攫うと言う習性がある以上彼女達は無実だと言い切る事は難しい。従って亜人を町へと連れて歩く場合、首輪を装着させ鎖で繋ぐ事を義務付けられている。人間の手によって従僕と化している証として示す事で周囲に安全であると促すのだ。当然ハルカとしてはこのような制度を許してはいないが、今後の行動を考えフレイアの身の安全を守る為にも、法律に従うしかなかった。
「いえ、気にしないで下さい。私達が人間の町を自由に歩く為にはこうするしかありませんから」
「悪いな。村を出たら直ぐに外すからな――それからどうしてお前はさっきから俺の腕に組み付いてるんだ? 正直歩きにくいんだけど」
「仲間だからです」
「いや普通仲間ならこんな風にはしないだろ」
「正妻の座に就く者の特権です」
「いや意味わからん」
一切迷いのない言葉で返すフレイアにハルカは呆れた口調で返した。
そんなやり取りをしながら村の中央に設けられた居酒屋へと向かう。各村には必ず居酒屋がある。居酒屋と言っても単に飲み屋ではなく、村に訪れた冒険者用の簡易宿泊施設でもあり、またその冒険者達の情報交換場所としても使われている。
キリュベリア王国までの道のりはまだ長い。一国と戦争をする気は毛頭ないが現段階で攻略するのは不可能。無駄な犠牲を出す事なく交渉の元城へ連れて帰るのが一番望ましい結果だが、そうならなかった場合最悪拉致する必要がある。その為にも仲間は多くいた方がいい。
仲間になってくれるかもしれない亜人に関連する有力な情報を得る為には危険を冒してでも人がいる場所に踏み込む必要がある。
居酒屋へ入ると、中は既に多くの冒険者で賑わっていた。これならば何か面白い情報を得る事が出来るだろう。空いている席に腰を下ろし、ビールを注文する。日本なら未成年だがこの世界では既に成人している。人生初の飲酒に胸躍らせながら、運ばれてきた木製ジョッキを満たす白い泡の立った黄金色の液体をハルカは恐る恐る口へと含んだ。
「……苦いな。本物のビールもこんな感じの味なのか?」
眉を顰めつつ、喉を鳴らしビールを食道へと流す。口腔内に広がる独特の苦味と下を刺激する炭酸。日本で汗水流し働いている男達は仕事が終わった後枝豆や焼き鳥をお供にビールを飲むが、とても楽しんで飲めると言う味ではない。飲み慣れていないと言う事もあるだろう、それでも好きになれない味だった。
「ハルカはビールを飲むのは初めてですか?」
「まぁな――でも多分今後は飲まないだろうけどな。口に合わん」
それでも、注文した物を残すと言うのはビールだけでなくそれを出してくれた居酒屋の店主にも、そして材料の生産者にも失礼に値する。責任を以てビールを一気に飲み干し、口直しとしてハルカはリンゴジュースを注文した。
その時、新たな来客者が居酒屋に入ってくる。傷だらけで筋骨隆々の肉体に立派な黒髭を生やし大斧を背負った大男。その右手に握られた鎖は一人の亜人の首輪へと繋がれていた。
金色のポニーテール。翡翠色の綺麗な瞳に聖母の様に優しくて美しい顔立ち。そして豊満な胸と、立派な馬の下半身である彼女は半人半馬の亜人――ケンタウロスである。
ケンタウロス族は主に狩猟等で生計を立てており、性格は酒好きで好色で粗暴。しかし戦闘能力は極めて高く、特に弓を用いた戦いとなれば同じく弓を用いた戦法を得意とするエルフをも上回ると言われている。その狙撃能力は例え標的が一キロ以上離れていたとしても確実に、尚且つ狙った箇所を的確に射抜く事が出来る。それ故にケンタウロスは蒼風の狙撃手と呼ばれ恐れられている。
大男の鎖に繋がれたケンタウロスもまた銀色に輝く弓と、矢筒が腰に携帯されている。
そんなケンタウロスが何故首輪に繋がれているのか、ハルカは疑問を抱いた。そう言った性癖の持ち主でお楽しみ中、とあれば口出しする必要は何処にもない。だが鎖に繋がれ家畜同然の扱いを受けている彼女の顔は、悲しみと絶望に満ち溢れている。
「よぉ店主。何か面白い情報ねえかい?」
「情報ねぇ――ここから南に進んだ場所につい最近発見されたって言う遺跡がある。そこは昔『黒キ王』が魔物達を強める為に造った修練場と言われていて、中にはもの凄いお宝が眠ってるって噂が流れている。でもそのお宝欲しさに行った連中は誰一人帰ってくる事はなかった――全くツケも払わず逝ってしまってオレは一体誰に請求すればいいんだか。」
「遺跡か……ならもの凄いお宝が眠ってるな! このギース様が全部根こそぎお宝を手に入れて今までのツケを店主、アンタに払ってやるよ!」
「はいはい、期待してないで待ってるよ――だからってツケは絶対にしないからな。つい二日前に来た奴もそう言って戻ってこなかったんだ。もし緑色の服を着て胡散臭い面をした男を見掛けたら力ずくで連れてきてくれ」
「わかってるわかってる! おいさっさと遺跡に向かうぞ駄馬!」
「……はい」
退店するギースと名乗った大男とケンタウロス。その背中を見送り、丁度同じタイミングで運ばれてきたリンゴジュースを一気に飲み干し、ハルカは席を立った。
「もう行かれるのですか? まだ情報が……」
「いやいい。俺達の次の目的地は決まった――俺達も向かうぞ、その遺跡にな」
自分の勘が正しければ……。彼女を仲間に出来るかもしれない。ハルカは急いでギースとケンタウロスの後を追って遺跡へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
ノティストの村より南へ進むこと半日。日は沈み青かった空は今は夕日によって茜色に染め上げられている。その夕陽によって照らし出される地下へと続くだろう入口は石が等間隔に綺麗に積まれており、明らかに自然に出来たものではない。
「ここが例の遺跡に繋がる入口だろう」
「馬の蹄も残されています。恐らくあの居酒屋にいたケンタウロスのものでしょう」
「見た感じあいつらが入ってそう時間は経っていなさそうだな。俺達も急ぐぞ」
「あの、ハルカ。どうして私達もこの遺跡に? 未来の妻として貴方に従いますが、しかし仲間を集める事を優先事項としているのなら、寄り道している暇はないのでは……」
「お宝には俺は興味は……まぁどんな物なのか見たいぐらいの興味はある。でもこの遺跡に俺が求めている仲間がいる」
「仲間……ま、まさかあのケンタウロスを仲間に加えるおつもりなのですか!?」
「あぁ」
驚愕に目を見開くフレイアに、ハルカは遺跡へと入る為の準備に入る。
「しょ、正気ですか? あのケンタウロスには既にあの大男がいるのですよ!?」
「知ってる」
フレイアの言っている事は尤もである。ケンタウロスが子孫を残す場合、必要となる子種は勿論人間から採種する。つまり人間が背中に乗っている場合、それは彼女達がその人間を生涯の伴侶として認めた証なのでもある。即ちギースのあのケンタウロス、二人の関係はそう言う事だ。それを相手から奪おうと言うのだから、フレイアが驚くのも無理はない。
「確かに傍から見ればそう言う関係なんだろう――でも、あのケンタウロスが望んだ形じゃないのは確かだ。これでも人を見る目はある方だ、だから……間違いない」
「……まさか、私と言う女を置いてあのケンタウロスと結婚するおつもりなのですか?」
すらり、とフレイアの腰から剣が静かに抜き放たれる。
「ちょ、誰もそんな事言ってないだろ! 早とちりするな!!」
「では要りませんよね私以外の仲間は。私さえいればどんな強敵すらも打ち破れます。だから早く次の目的地に行きましょうそうしましょう」
濁った瞳でゆっくりと近付いてくるフレイア。
殺される。そう直感したハルカは慌てて弁解した。
「ご、誤解するなフレイア! 確かにケンタウロスの狙撃能力と機動力は戦力として仲間に加えたい、それは素直に認める! でもそれで嫁にする訳じゃないし、何よりフレイアがいるのにその理由で選ぶと不公平だろ?」
「……そのお言葉、信じてもよろしいのですか?」
「俺がケンタウロスが欲しい理由は純粋に一緒に戦ってくれる仲間としてだ。例え向こうから伴侶となってくれと頼まれたとしても贔屓するつもりはない」
「……それを聞いて安心しました」
剣を鞘へと収めるフレイアに、ハルカは安堵の溜息を小さく吐いた。
雌しかいない亜人からすれば人間は欠かせない存在。その貴重な子種提供者である人間の雄を後からやってきた亜人に奪われると知れば、当然渡すまいと妨害し、最悪身内同士による争奪戦が起こる。
争奪はハーレム系統の創作物では男性に人気のシチュエーションだ。ハルカもそのシチュエーションが好きな人間である。しかしあくまでそれは創作であるからであり、実際に起きて欲しいとまでは思っていない。作者のご都合主義によって比較的ハッピーエンドで終わる事が出来る創作に対し、現実では一つ選択肢を誤れば血みどろのデッドエンド一直線は避けられなければ、やり直しも効かない。
今後亜人を仲間にしていく上で気を付けなければならない事が増えた。ハルカは松明に火を灯す。
(そう言えば……俺ってこれが初ダンジョンになるんだよな)
冒険物の醍醐味とも言えるダンジョン。迷宮のように入り組んだ中に跋扈する魔物の数々。その危険を抜けた先に待ち構えている宝とそれを守護する番人。敵側がダンジョンを攻略すると言うのも珍しいが、ともあれようやく冒険らしくなってきた。ハルカは口元を緩め、幼子が玩具を買い与えられ喜ぶかの如く瞳を輝かせながら、松明の灯りを頼りに遺跡の入口に足を踏み入れる。
長く続く階段を下り、最初にハルカを出迎えたのは巨大な空洞であった。その規模は実家である魔王城と同等の広さはある。そして長く続く岩で出来た長い橋を超えた先にある建物こそが目的地である遺跡。かつて『黒キ王』が魔物の強化を目的として建てられたとされる修練場だ。
「あれが修練場か……予想してたのより大きいな」
魔物専用と言う事だけあるのか、修練場と言うよりは一種の要塞或いは、受刑者を自由から遠ざける監獄の様にも見える。ショベルカーやクレーン車等の重機類がないこの時代でこれ程の建造物を作れたのは、魔法と言う便利な文明があってこそだろう。
果たして古の時代、『黒キ王』がどのように魔物達を鍛えていたのか。考えれば考える程興味も、妄想も尽きない。
そんな場所に今から己が足を踏み入れようとしている。ファンタジーの醍醐味であるダンジョンの探索。中には恐ろしいモンスターや仕掛けが待ち構え、しかし居酒屋の店主が言っていたように金銀財宝やレアなアイテムが手に入る可能性もある。
ハルカは修練場へと続く長い石橋を渡る。その中央は半径百メートル程の円形状となっており、一体の巨大な石像が設けられていた。
重量感溢れ禍々しい形状をした鎧に身を纏い右手に一条の槍を携え戦車に搭乗した三メートルはある騎士像。その戦車を引っ張り騎士が左手に握っている手綱の先には全長五メートルはあろう巨体に獅子を思わせる不気味な怪獣像が四頭の首輪と繋がれている。まるで今にも動き出しそうな出来栄えだ。
(コイツ……動いたりしないよな?)
ゲームでは特定のイベントを発生させると動き出しそのままボス戦に突入する、などと言ったパターンは王道である。ハルカは太刀で石像を小突き様子を伺った。
石を軽く音がただ虚しく鳴るのみで、石像は微塵たりとも動かない。当然である、石なのだから自分で動ける訳がない。だがその手の知識と経験がある分余計な事を考えてしまう。
「……何をしているのですか?」
「いや、コイツ動き出さないだろうなって……」
「ただの石像が一人で動く筈がありませんよ」
苦笑いを浮かべるフレイアにハルカは咳払いを一つ零し、気を取り直して橋を渡り終え修練場内へと足を踏み入れる。
出迎えたのは広々としたエントランスホール。当時のままなのだろう、至る所に無数の骸が無造作に転がっていた。朽ち果て損傷した鎧兜に身を包む姿は、古の時代魔物を鍛える為に練習相手として『黒キ王』に捕らわれ、志半ばで命を落とした者達である事は安易に想像出来る。
そして道は左右と中央の三つ。中央にのみ重々しい鋼鉄の扉が設けられている。左右の扉の前には足跡が残されているが開けられた形跡は見られない。ハルカは扉を開けようと試みるが、押しても引いても鋼鉄の扉が開く様子は見られない。
恐らくギースも開けようとしたが開かず、諦めた。そして唯一開いている中央の扉が空いた為にその奥へと進んだに違いない。
「ハルカ、ここに地図があります!」
「でかしたフレイア。地図があるのは有難い」
フレイアが見つけた地図は既に長年放置されていた事もあり破損状態が酷く、殆ど文字が読めない。だが辛うじて見えるイラストからギース達が向かった部屋の先が闘技場である事が判明した。
「闘技場か……そこにお宝があるとは思えないが、唯一あそこしか開かないなら行くしかないな」
「行きましょうハルカ。大丈夫です、どんな相手であろうと私がお守りいたします」
「期待してるよ。でも俺を助ける為に自分を犠牲にするなんて真似はやめてくれよ? フレイアが俺の大切な仲間なんだからな」
「ハルカ……――そう言えばそこに丁度いい感じの机がありました。大きさは勿論私達二人が横になり激しく乱れても丈夫に出来ています。少しそこで横になって休み――」
「さぁ行くぞフレイア。時は金なり、善は急げだ!」
「…………」
装備を外そうとしているフレイアを置いてハルカは先に階段を降りる。
降りた先で再び待ち構えていたのは既に開かれている鋼鉄の扉。
その扉を抜けた先で待ち構えていたのは再び広々とした空間だった。エントランスホールに比べるとやや狭く、左右には檻が幾つも設けられている。
それは人を閉じ込める為の物と言うよりは大型の猛獣を対象にしているかのように大きい。恐らくこの先にある闘技場では人間だけでなく捕らえた野生の魔物達や、『黒キ王』自らが作り出した魔物同士とも戦わせていたのだろう。その証拠に檻の中には明らかに人間のものではない歪な骸が幾つか残されている。
魔物同士で戦わせ最後まで生き残っていた魔物を軍勢に加える。そのやり方はまるで蠱毒だ。そんな選手控え室とも言える部屋の奥にある扉は今まで目にしてきた無機質な鋼鉄の物ではなく、恐ろしい骸骨か悪魔を思わせるデザインをしている。正にボス戦が待ち構えていると言わんばかりの扉に、ハルカは小さく鼻で笑った。
「この扉を抜けた先に……一体何が待ち構えているのでしょう」
「それは行ってからのお楽しみだな」
不敵な笑みを浮かべ、ハルカはその不気味な扉を開く。
扉を開けた瞬間、周囲に設けられていた松明が一人でに炎を燃え上がらせた。その明かりによって照らされたのは、広々とした部屋の中央に設けられた円形状の舞台が待ち構えていた。そのリングに向かって続く細い石橋があり、向こう側にも橋があり何処かへと通ずる扉が見える。
その下、高さ五メートル程の落下地点にあるのは無数に突き刺さった刃。引き分けも慈悲もこの場では許されない。殺すか殺されるか、手にした武器かリングアウトして下で待ち構えている刃の餌食となるか……二つの一つの敗北条件。そんな過酷な中魔物達の修練の為に捕らわれ強制的に戦わされてきた者達はどんな心境だったのだろう。
そんな思いを胸に抱きながら、ハルカは橋を渡り中央舞台へと向かう。最大限に注意を払い周囲に視線を配りながら進み、舞台の中央へと立った。
「……ん?」
ふと、ある違和感にハルカは眉を顰めた。
舞台に転がっているのはこの遺跡に挑んだ冒険者達の装備と思われる剣や盾が転がっている。しかし肝心の死体が何処にも見当たらない。時間が経過しているならば当然肉体は腐敗しやがて塵と化す、が骸までも消える筈がない。
そしてその装備品らには、濁った黄緑色の液体が付着していた。
「まだ新しいな……それにこの服……」
ギースと居酒屋の店主との会話の中に出てきた一人の男の存在。胡散臭い面をしているかは別として、装備品の中に酷く損傷した緑色の服がそこに残されている。仮にこの装備の類が店主の言っていた男だとして、それでもたったの二日で肉体が完全に消えてしまう現象はまず科学的に有り得ない。ならばこの現象は何かしらの事象によって起こされたもの。その答えは付着している濁った黄緑色の液体にある。
「……ッ!」
液体に触れた悠の顔が僅かに歪む。白い煙を上げ熱された鉄の上で肉を焼く様な音と共に、触れた指先は僅かな火傷を負っていた。
「……毒、か」
全てを理解し、ハルカは静かに残された装備品に向けて手を合わせた。
この遺跡に挑んだ冒険者達に与えられたのはあまりにも残酷な死だ。生きたまま強力な毒で肉体を溶かされる……痛みは勿論、目の前で己の肉体が溶けていくと言う光景を目の当たりにさせられたその者の心境は計り知れない。
もしこれが自分であったならば、とハルカは不敵な笑みを浮かべつつもその頬に一筋の冷や汗を流していた。
「ハルカ!」
フレイアが剣を抜き放ち叫ぶ。その視線は上空へ向けられている。彼女の視線を追ってハルカも上を見上げる。
天井に大きく空いた穴、その暗闇で翡翠色に不気味に輝く四つの光が輝いた。
次の瞬間、獣とは異なる不快感を与える呻き声が地下闘技場内に反響した。
それに伴い天井の穴より、この修練場に巣食う今の主が姿を現す。
蛇の様に長く鎧の様に固い外皮に覆われた胴体に無数の脚、鋼鉄ですら簡単に噛み砕いてしまいそうな突出した長い鋏状の口、その奥には無数の小さな牙が並んでいる。蛇の様に巨大な怪物――その正体は全長十メートル以上はあろう巨大な大百足の魔物だった。
「な、何だあの怪物は!?」
「百足を知らないのか? 百の足って書いて百足って言って油に漬けると――」
「そんな情報どうでもいいです! 来ます!」
大百足が咆哮を上げ、その強靭な顎と鋭い牙で噛み付こうとしてくる。
ハルカ達は大百足の攻撃を避ける。標的を失い代わりに攻撃を受けた地面が、まるで強力な酸を掛けられたかの様に音を立てて溶けていた。この毒によって挑んだ冒険者は溶かされ殺されたのだろう。付着していた毒に触れただけでも危険だと言うのに、直接受ければ即死は免れない。
ハルカは直ぐに攻撃へと転じる。限られた足場に加え下は剣山地獄、ならば早急に討伐する事は当然。
「ふっ!!」
先にフレイアが大百足の身体に斬り付けた。
金属音が鳴り響く。振り下ろした彼女の一撃は大百足の身体を切り裂かず、その外殻によって受け止められ逆に刃こぼれを起こしていた。
蛇の様に長い胴体をうねらせ強靭な顎と毒牙を以て襲い掛かる大百足の攻撃を見切りながら、ハルカも続いて悪食を振るう。木刀である為斬撃力は当然望めない、が吸収で大百足の体力を奪い動きを封じる作戦へと出た。
しかし、大百足は平然とした様子でハルカへと襲い掛かる。
「コイツ……吸収が通じない!」
顎を開き襲い掛かる大百足の頭部を足蹴りし、その勢いで跳躍しハルカは咬撃を回避する。当たりさえすれば相手の体力を吸収する悪食の魔力を、大百足は上回る魔力耐性を誇っている。つまり悪食ではこの魔物は倒す事は不可能。
ならば、残された道は一つしかない。
(遂に、こいつを使う時が来たか……)
ハルカは悪食を腰に収め、代わりに太刀を鞘から静かに抜き放つ。
ヴェルフッド大陸で唯一である異世界の技術と材料を以てして打たれた太刀。その切れ味を今、実戦で試す時が訪れた。
大百足が咬撃を仕掛けんと長い胴体をうねらせ仕掛ける。ハルカはその大百足を眼中に収め、その場から動く事なく刃にたっぷりと己の唾を塗りつけると、静かに太刀を上段へと構えた。
縮まる距離。そして双方間合いへと入った刹那――ハルカは鋭く息を吐きながら、上段に構えていた太刀を打ち落とした。唐竹に振るわれた太刀、白銀の閃光が縦一文字に走り抜け、大百足の頭部を斬った。その斬撃は頭部のみならず、その切れ味の鋭さ故に唐竹斬りによって発生した真空波が大百足の胴体から尾に掛けて一直線に切り裂いた。
一刀両断され大百足が剣山地獄へと落ちていく。フレイアの剣と悪食による吸収をも無効化させた筈の肉体は、無慈悲にも数多の刃に貫かれその刀身を紫色の血で染め上げた。死んだ事によって硬質化の魔力が解けた、と考えるべきか。
そんな大百足の魔物に対する興味も、直ぐに別の物へと移される。
「……晃國程じゃないけど、最高の切れ味だなコイツ」
手にした太刀に視線を落とし、ハルカは不敵な笑みを浮かべる。自軍が誇る鍛冶師の腕前を疑っていた訳ではない。ただ予想していたよりも遥かに上をいっていただけだった。斬った感触が殆ど手中に伝わってこない程恐ろしい切れ味を宿す太刀は、人間では作り出す事はまず不可能。
「帰ったら思いっきり甘えに行くかな」
城に残され今も工房に篭もり鉄を打ち続けている彼女の姿を脳裏に浮かべながら、血払いしハルカは納刀した。
「あ、あの魔物をたったの一撃で……凄いですハルカ! 流石私の将来の夫だけはあります!」
「いやだから仲間な? そこ間違えたら駄目だからな」
「ですが、どうして刃に自分の唾を?」
「……一種の、なんだ、呪い的な?」
滋賀県大津市にある三上山にはこんな伝説が存在する。琵琶湖に住む龍神よりその勇気と強さを見込まれて、大百足を退治して欲しいと頼まれた俵藤太は三上山より現れる大百足に矢を放つも全く通用せず、残り一本という所である話を思い出した。それこそが、唾をに塗ると言う行動。
人間の唾液には大百足を溶かす作用がある。それを思い出した俵藤太は鏃にたっぷりと唾を塗りつけた矢を力一杯に引き放つと、寸分の狂いなく大百足の眉間に命中し見事退治することに成功した。
その伝説をふと思い出し、試しにと実行してみた訳ではあるが効果はなかった。唾を付けただけで魔物が倒せれば魔法と言う力は必要ない。夜刀神と言う非現実的存在と相対し、ならば大百足の伝説もまた事実だったのではと思ったが……所詮は人による作り話だったらしい。
「……それよりもギース達は何処に行った? こっちに来たんじゃなかったのか?」
辺りを見回してもギースとケンタウロスの姿は見当たらない。
その時である。奥の扉の向こうより男の悲鳴が聞こえてきた。
「ハルカ!」
「急ぐぞフレイア!」
扉を抜けて長い廊下を駆け抜ける。その先に待ち受けていたのはまたも広い空間。他の部屋と違い何処か神聖さを感じさせるその中央で、ギースとケンタウロスが何体もの大百足の魔物に取り囲まれていた。負傷しているのか右肩を庇い地面に座り込んでいるギース、そしてケンタウロスは弓に矢を番え大百足の魔物達に放っているが彼女の放った矢は虚しく硬質化の魔力によって守られた外殻の前に弾かれる。腰の矢筒にも矢は数えられる程度しかない。
「くっ……こうなったら!」
ギースがカバンの中から何かを取り出した。赤色の液体で満たされた平底フラスコ。それをケンタウロス目掛け投げつけた。
直撃しフラスコは割れ、中に満たされていた赤い液体が彼女の身体を濡らす。すると大百足の魔物達が一斉にケンタウロスへと視線を向けた。今まさに重傷を負い安易に仕留められるギースを視界に収めていた者でさえケンタウロスへと標的を定めた。
「お前は囮役だ! 俺が逃げるまでに時間を稼いどけよ!」
「なっ!?」
ギースの行動に、ハルカは驚愕の感情を声に漏らした。居酒屋で目にした瞬間から二人が真の伴侶でない事はわかりきっていた。だが少なくとも行動を共にする仲間を自分の保身の為にいとも簡単に切り捨てたその行動は、人間を殺さないと誓っている事すらも忘れてしまいそうになる程怒りを憶えさせた。
「ハァ……ハァ……せいぜい俺の役に立ってくれよこの駄馬」
「おい待てよ、何処に行くつもりだ?」
「えっ? ぐあっ!」
逃走を図るギースにハルカは素早く縮地で間合いを詰め悪食で右足を打ち抜く。吸収による効果と足に攻撃を受け派手に転んだギースの胸倉を掴み上げる。
「な、なんだテメェは!」
「仲間を置いて何処に行くつもりだ?」
「仲間だぁ? あんな駄馬仲間でもなんでもねぇよ! 昔俺がいた盗賊団の親分が気まぐれで捕まえたのを無理矢理押し付けられたんだ! あんな奴どうなろうが知るか!」
「そうか……――俺は人間に対しては不殺を心掛けている。でもお前のようなクズは死ぬべきだとも考えてる――仲間を簡単に切り捨てるような奴は特にな」
ギースのカバンを漁るハルカ。そしてケンタウロスに投げた物と同じ赤い液体のフラスコを取り出す。その硝子に映るギースの顔には明らかな恐怖の色が浮かび上がっていた。
「な、何をするもりだ!」
「俺自身の手でお前は殺さない――だから代わりにあいつらから裁きを受けてくれ」
コルク蓋を開け、赤い液体をギースへと掛ける。すると大百足の魔物の何体かが標的をギースへと変更した。どうやらこの赤い液体は魔物を引き付ける効果がある薬らしい。
「テ、テメェ……ふざけんじゃ……!」
「じゃあなクズ野郎。生まれ変わって出直してこい!」
大百足の魔物へと向かってハルカはギースを投げた。それを合図に一斉に大百足達が飛びつく。
「や、やめろ! やめて……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
ギースの断末魔が上がったのもほんの僅か。直ぐに肉を溶かし、噛み千切り、骨を砕く不快な音が室内に鳴り響く。その音が静まったのを見計らい、ハルカはギースを喰らった大百足達の魔物を太刀で切り捨てた。
因みに太刀は唾を付けずとも大百足の魔物を斬る事が出来た。
仲間が殺された事でケンタウロスに襲い掛かろうとしていた大百足の魔物達も視線を自分へと向ける。それでいい。ケンタウロスは仲間になってくれるかもしれない逸材。スカウトする前に殺されては意味がない。ハルカは不敵な笑みを浮かべ、太刀を正眼に構える。
「そいつには指一本触れさせない」
「ど、どうして……どうしてアタシを助けてくれるの?」
「それはここから出てから話す。まずはこいつらをなんとかするぞ」
「ハルカ! 唾を刃に付けた状態で戦うと私の剣でもこの魔物を斬る事が出来ました!」
「マジでか!? 俵藤太スゲーなおい!」
フレイアによる三上山の大百足退治の伝説が真実として証明された事に驚愕に目を見開きつつも、ハルカは地を蹴り上げ残る大百足の魔物達を一刀の元切り捨てた。
全ての大百足の魔物を倒したハルカはケンタウロスを連れて地下修練場を後にした。結局居酒屋の店主が言っていたお宝は特に見つからず、危険のみがあっただけと言う、正に骨折り損の草臥儲けである。しかし他の冒険者ならそうかもしれないが、自分にとっては有益であった……とは、まだ判断出来ない。有益となるか無益と終わるか、ここからは交渉術の高さで決まる。
「さてと、とりあえず怪我はないか?」
「…………」
地下修練場を脱出にしてから一言も口にしないケンタウロスはその問いに答えない。
彼女からすればギースは望んでいない主人であった。だが曲がりなりにも伴侶であった相手から裏切られたと言う事実にその心は深く傷付いている。
「……さっきの質問の答えだが、俺は今訳あって仲間を集めている。あの居酒屋で見た時ピンと来たんだ、彼女なら……お前なら俺の仲間になってくれるかもしれないってな」
フードを脱ぐ。魔人である事がわかるとケンタウロスは驚愕に目を見開いた。
「まずは自己紹介だな。俺の名前はハルカ、駆け出し冒険者の練習場と言われている魔王キルトの息子だ。そしてこっちは俺の仲間のフレイア」
「魔王の……子供」
「そうだ。さっきも言った様に俺は仲間を集めている――ウチの魔王キルト、つまり俺の母親になるが実に魔王らしくなくてな。そんなんだから城にはもう殆ど仲間と呼べる奴は残っていない」
「…………」
「そこでウチの三魔将が他の魔王や人間を見返す為にキリュベリア王国の姫を攫ってこいって無茶苦茶な任務を俺に与えてきた。当然俺一人じゃ不可能、だからこそ仲間がいる。無益な争いや犠牲を避けて成功させる為にもな」
「アタシに……戦争の為の兵力として加われって言うの?」
「いやそんなつもりは毛頭ない。確かに俺は魔王キルトの息子だ、がだからと言って人間と争う気も他国に侵略する気も更々ない。ただ色々と俺にもあの場所には恩があるんだよ、だからその恩を仇で返すような真似もしたくない……言っている意味がわからないと思うけど、まぁそんな感じだ」
ハルカはそっと右手を差し出す。
「俺はお前に仲間として加わって欲しい。勿論俺はあのギースのように裏切らない事を誓う――お前には選ぶ権利がある。もし俺の仲間として加わってくれるなら俺と握手を、信じられないのなら俺は素直に諦める」
「…………」
「俺と一緒に来てくれないか?」
「……一つだけ聞かせて。もしアタシを仲間としてじゃなくて、偶然あの場に居合わせただけだったら……貴方はどうしてたの?」
「助けていた」
即答する。何故なら損得勘定なしに彼女を助ける気持ちは嘘ではないからだ。
「仮に仲間にする必要がなかったとしても、目の前で魔物に襲われている奴を見つけたら助ける。それが人間だろうと亜人だろうとだ――それに一言付け加えるなら、お前みたいな綺麗な奴があんな魔物に食い殺されるのが我慢出来ない」
「ッ……」
「浮気ですか……?」
「だからなんでそうなる! フレイアは話をややこしくしそうだから黙っててくれ!」
腰の剣を抜こうとするフレイアを抑えていたその時――ケンタウロスが涙を流している姿にハルカは困惑した。
「ど、どうした? やっぱりさっきので何処か怪我でも……!」
「ア、アタシ……亜人で、いつも周りから気持ち悪い化物って言われ続けてきて……だから、綺麗だって言われたのが生まれて初めてで……!」
「それを言うならば私もです。ですが私はハルカと言う運命の人と出会いました、魔王の息子……国に禍いを齎す凶星と恐れられる魔人でありながらその心は太陽のように暖かく優しい温もりで満ち溢れている。だからこそ私は彼を夫――」
「仲間!」
「……として慕い加わる事にしました」
不機嫌そうに言い終えるとフレイアは頬を膨らませ顔を背ける。危険行為に及ぶかと思えば子供らしい仕草も見せる姿は、思わず頭を撫でてしまう程可愛らしく感じた。猫のように気持ちよさそうに目を細めるフレイアの頭を撫でながら、ハルカはケンタウロスに声を掛ける。
「俺からすればお前は充分美人の類に入るぞ――まぁそれは置いといて、人間に裏切られたばかりで俺の事を信用出来ないのはわかる。それでも……俺の仲間として、一緒に来てくれないか?」
もう一度、右手を差し出す。その手をケンタウロスは――そっと握り返した。
「アタシは貴方に命を救われた……だからその恩返しをアタシはしたい。アタシの名前はリリー、これからよろしくねハルカ!」
「あぁ、こちらこそよろしく頼むぞリリー!」
嬉し涙を浮かべ微笑むリリーに、ハルカも優しい笑みを浮かべ返した。
「ハルカは渡しませんからね!」
「俺は誰の物でもないっつーの!」
「ぎゃふん!」
猛犬の如くリリーを威嚇するフレイアの頭に、ハルカは手刀を軽く打ち落とした。今時ぎゃふんと言う言葉を使う輩がいた事に、ちょっとした新鮮さを憶えた。