第二章:モンスター娘でハーレムパーティー➀
人生初の子離れを体験するキルトに何度も引き止められ、説得するのに三時間を費やし、ようやく魔王城より出発したハルカはキリュベリア王国を目指して広大な平原を徒歩で移動する。次期魔王の座を継ぐ者としての修行は己を磨く為でもあり魔王キルトの息子は誰よりも優れているのだと証明する為だと、実に適当な理由を述べてなんとか納得させる事に成功した。
城で飼い慣らしている魔物を使えばキリュベリア王国まで短時間で着く事が出来るが、ハルカはそうしなかった。現在城には行動を共にしてくれる仲間が皆無。三魔将は魔王城にて冒険者を待ち構えキルトの護衛と言う役目がある為持ち場を離れる事は当然出来ない。それ以外で戦闘に参加出来る面子は、自分を除いて一人もいなかった。
アルトロスより与えられたもう一つの任務、それは道中で仲間になってくれそうな人材をスカウトしてきて欲しいとの事だった。キリュベリア王国の姫の誘拐が成功したとしてそれでキルトの魔王としての株が上がれば自然と配下に加わりたいと願う輩も出てくるだろうが、同時に危険と判断し大規模な軍勢が侵攻してくる可能性もある。そうなった際直ぐに対応出来る為の人材が必要なのだ。
その人材集めとしてハルカはあえて徒歩でキリュベリア王国を目指していた。冒険物のゲームでは物語序盤は徒歩なのは当たり前。中盤より船が手に入り終盤で全てのフィールドを自由に移動出来る飛行系統の乗り物が手に入るように、それに従って歩いて移動する。人材を集めるのならば尚更だ。原石と言うものは案外道端に転がっていたりする。
その中でも集めなくてはならない種族をハルカは限られていた。
このヴェルフッド大陸には数多くの種族が共存し合っている。
まず基本となる魔物――古くから人間達と共存している種族。独自の生態系と縄張りを持ち基本自ら人間に襲い掛かる事はまずしないが、それは自らを『黒キ王』と名乗った最初の魔王が現れる以前の話。
大陸で最初に現れたとされる魔王が魔力によって作り出した人工生命体達。地を這うもの、空を飛ぶもの、水中で泳ぐものと実に多様であり魔物と大差ないが大きな違いは人間に対して明確な殺戮本能を剥き出す事にある。
『黒キ王』が人間の手によって討たれ、残された魔物達はその支配から逃れ野生へと解き放たれた。そして他種族と交配をする事で子孫を残し新たな新種を生み出し現在に至る。近年ではこの魔物に対する被害が増大しており、討伐隊や討伐を目的としたクエストを引き受けた冒険者達をよく目にする。
そんな魔物の中でも人語を理解し、知能が高く人間に当たる種を悪魔と呼ばれる。アルトロス達三魔将やオークのグリムラもそれに部類され、また比較的人間を素体としている者が多い。
そして亜人――『黒キ王』による侵攻によって起きた環境汚染、そして討伐された後大陸中に散らばった残留魔力の影響によって生態系が変化した野生動物が更なる進化を遂げた種族の総称。容姿は悪魔同じく人間型で人語を理解し高い知能を持ち一部動物としての特徴を残している。
そんな亜人は何故か雌の個体種が多く人間の男性を番として子孫を残すと言う習性を持つ。
一見すれば悪魔と亜人は同じだが、大きな違いは魔力の差。悪魔はその膨大な魔力故にどれだけ有能な魔導士であっても何節にも及ぶ詠唱を必要とするが悪魔はそれを吐息するのと同じ感覚、即ち無詠唱で発動する事が出来る。
一方亜人は魔力を持たない。その代わりとして生まれながらにして武術に関する天賦の才と身体能力に恵まれ、また一族特有の魔法とは異なる特殊な能力を持っている。そして悪魔の多くが凶暴かつ非常に好戦的であるのに対し亜人は好意的な者が多い。
アルトロス達三魔将達が今大人しいのは魔王キルトに魂から忠誠を誓っているからであり、もしいなければ他の悪魔達と同様暴虐非道の限りを尽くしていたに違いない。
この中で仲間にすべき種族は、亜人。
魔物は基本飼い慣らす事は不可能だが、悪魔にはそれが可能である。元を辿れば同種族であり、そして強い魔力に惹かれて自然と群がり魔物達は服従する。しかし人間であり魔力が全くないハルカにはそれは不可能であった。魔眼の類やケタ外れの魔力、更には普通の人間には扱えない最強魔法が扱えたりとラノベ主人公の特権とも言うべきチート能力は何も与えられていない。あくまで普通の人間のまま、異世界へと転生した。従って魔物達は人間であるハルカに普通に襲い掛かってくる。
例え魔王キルトの子供であったとしても、彼らがそれを理解する術はない。
悪魔を仲間にするのも不可能。人語が理解出来る分交渉次第でなんとかなるかもしれないが、最弱と呼ばれるキルトを見て従おうとする輩はまずいない。かつて数多くの悪魔が城から去っていったのがそれを物語っている。
では同じく人間を仲間にする、と言う方法も勿論不可能。敵対している魔王側に下る事は人類に対して反逆行為も同じ。黒髪と黒い瞳と言う日本人の特徴……以前に夜斗守悠の時と全く同じ容姿である以上人間すらも仲間にする事が出来ない。
だからハルカは亜人を主体に探す事に決めた。
その人材集めだが、魔王城を後にしてから早三日。
「全然誰にも出会わないな」
辺りを見回しても人間も魔物の姿は見当たらない。上を見上げれば空は相変わらず雲一つない快晴、太陽が燦々と輝きその陽光を背に浴びながら鳥達が優雅に広大な青の中を泳ぎ、心地良い微風が平原を駆け抜け露出している肌を優しく撫でていく。これではまるで冒険と言うよりもピクニックに来ているようにしか感じない。それはそれでいいのだが、やはり冒険となるのならばもう少しスリルが欲しいと思うのは男の性。
ゲームのように経験値や戦利品を得るような事はないが経験にはなる。その経験すらも積めないでいる状況にハルカは退屈を感じていた。
「いい加減そろそろ魔物とか出ないかな。この際スライムでも何でもいいから」
誰に言うわけでもなく愚痴を零す。
そんなハルカの愚痴を神が拾ったのか。
「よぉ兄ちゃん。いい服着てるじゃねぇか、それに腰の変わった剣もなかなかの上物じゃねーのか」
数人の男達に絡まれた。見るからに悪人面。男達の装備品の質から見て冒険者、と言うよりは盗賊や野盗の類に入るだろう。
「見る目があるな。でもこれはお前らの様な奴に渡すつもりはない。どうせお前達の言い分は命が惜しければ云々って話だろ? だったら答えはノーだ、やるなら早いとこやろう」
野盗達は一瞬驚いた顔を浮かべるが、直ぐに不敵な笑みを浮かべる。
「馬鹿だな兄ちゃん。こっちは六人、そっちは一人だけだぜ?」
「一人で充分すぎるぐらいだ……って言ってもお前らみたいな低脳のクズには相手の実力を見抜く事は不可能か」
「あぁ? なんだとテメェ!」
「もう一度言ってやろうか? お前らみたいな低脳のクズには一生理解出来ないって言ったんだよ。一度で理解出来ないようじゃ本格的におしまいだな」
「こ、この野郎!」
一人が剣を抜き放ち襲い掛かる。
唐竹に振り下ろされる剣。その一撃をハルカは悪食の柄頭で受け止め間髪入れず内に払う事で刃を逸らし、左手を筒とし滑らせながら右手で柄頭を押し上げ野盗の喉仏に切先を鋭く叩き込んだ。
「ぐえぁっ!」
咳き込みながら後ろによろめく野盗。その隙を逃さず抜刀する要領で悪食を振るい男の右肘を打つ。
――祓剣流兵法、旋。
流れる様な動作で瞬時に防御と攻撃を行うカウンター技。本来ならば太刀の柄頭ではなく鍔の部分で受け止め、また抜刀すると同時に敵を切り捨てるのだが、相手は野盗とは言え一応人間。従って非殺傷対象として悪食を使用した。
とは言え、吸収効果はともかく木刀と言えど本気で打ち込めば骨をへし折る事ぐらいは出来る。無論相応の技術を持っている場合、に限るが。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
枝を強くへし折った音が平原に木霊し、野盗はその場に座り込み折れた自分の右腕を庇いながら悲痛の叫び声を上げ続けた。
「こ、この!!」
「……挑んでくるな、とは言わないし来るなら来るで俺は全力でお前達を切り捨てるだけ。お前達も野盗として人を襲う以上自分が返り討ちに遭うかもしれないって事を理解した上でやってるんだよな?」
ハルカは被っていたフードを外した。フードは目立つ黒髪と黒い瞳を隠す為の物。それを自ら外し魔王の血族としての証をあえて見せる事で相手の戦意を喪失させる事にした。
「コ、コイツ魔人だったのか!?」
野盗達は短い悲鳴を上げ、二~三歩後退する。この時点で既に野盗達の戦意が最早ないに等しい状態にあると言う事を物語っていた、が後一押し分の脅しは掛けておく必要があるだろう。ハルカは悪食を腰に収め、太刀の柄に右手を添え鋭く野盗達を睨みつける。
「最後のチャンスだ。お前達に選ばせてやる――道を開けるか、それともここで死ぬか。もし後者を選ぶなら、死に方も好きなのを選ばせてやるけど……どうする?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!!」
「に、逃げろぉぉぉぉっ!!」
情けのない悲鳴を上げながら野盗達は一目散に逃げ出した。
「やれやれ……」
野盗達が逃げたのを見送り、ハルカは大きな溜息を吐く。記念すべき最初の遭遇が野盗とは、運がない。人間が相手だったとしてももう少し骨のある相手だったならばまだしも、スライム同様倒しても経験値が一しか貰えなさそうな相手に勝っても嬉しくもなんともない。
「やっぱり物語序盤だからか……?」
「そこの男、少し待て」
「ん?」
今度は一人の少女が話し掛けてきた。それはハルカにとって今正に欲していた人材であった。
凛とした顔立ちに蛇の様な金色の瞳。白く綺麗な肌、その手足は完全に人ではなく緑色の鱗に覆われ鋭い爪を生やしたソレはまるでドラゴンを思わせる。そんな彼女は女性の胸の形に合わせて打ち出された金属製の胸当――通称おっぱいアーマーを装備し、左腕にはラウンドシールドが装備され、腰に一振りの剣を携えている。
彼女は人間ではない。リザードマンだ。
リザードマンとは蜥蜴と人が混ぜ合わさったような種族。誇り高き武人でもあり、剣や盾と言った武器の扱いに長けた近接戦闘のエキスパートとも言われている。
何故か女性であってもリザード“マン”と呼ばれるている事が今でも疑問視されている。普通ならリザードウーマンだが、兎に角リザードマンで総称されている。
そんなリザードマンは日々修練を怠らず、高みを目指し常に闘いの場を欲している。
ここが人間達から違う意味で嫌われている理由にもなる。
一言で説明するならば、リザードマンと言う種族は戦闘バカなのだ。
基本リザードマンは人間を襲ったりはしない。仮に旅先で出会ったとしても絡んでくる事はまずない。逆に人間もリザードマンは強い戦士である事を知っている為、干渉しようとしない。
だが、もしリザードマンの目に戦士として留まってしまった場合、その時は問答無用で試合を挑まれる。挑まれた相手に拒否権は一切無し。勝つか負けるか、白黒はっきりさせるまでリザードマンはしつこく付き纏ってくる。仮に負けたとしても試合である為敗者の命を奪う様な真似はしないのだが……痛い目に遭わされる事には変わらない。
これが、リザードマンが人間達より嫌われている理由である。
(でもリザードマンか……仲間にするには丁度いいかもな)
近接戦闘のエキスパートであるリザードマンが仲間に加われば、これは大きな戦力となる。特に彼女の場合、口による交渉を必要としない為に仲間にもしやすいだろう。結果によっては確実に仲間として加えられる事が出来る。
「俺に何か用か?」
「私の名はフレイア。その黒髪と黒い瞳……それと来た方角から考えて、貴方が魔王キルトか」
「その息子だけどな。俺の母さんに何か用か?」
「いや、その息子に会いにいく予定だった」
「俺に?」
「ある奇妙な噂を聞いた――駆け出しの冒険者の練習場としてあるような場所だと言われているがその息子がランクFとは到底思えない程の強さを秘めていると。魔の血族とは思えない素振りに加え挑んできた冒険者達を必ず生かして帰らせる……そんな魔王の子供に私は興味を抱いた」
「それで、フレイアは俺に一体何の用があるんだ?」
「我らリザードマンがどのような種族か、知らない筈もあるまい?」
フレイアが腰の剣を静かに抜いた。刃長凡そ二尺程の西洋剣。片手で振るう事を想定して造られた片手打ち造り。
片手で振るう得物を選んでいるのなら、相手は速度を生かした戦法を得意とする筈。
そして盾の役割は勿論相手の攻撃を防ぐ事だが、それだけではない。盾は相手を殴打する鈍器にも瞬時に化す。
そしてフレイアが剣を抜いた瞬間、周囲の空気ががらりと変わった。
ここからはもう会話は不要。対戦を放棄して逃げる事は許されない。自分は今リザードマンに戦いを挑まれている。そして目の前にいる相手を倒すか、それとも逆に負かされるか、それが決まるまでは闘いは終わらない。
「なるほど、つまり俺で腕試しって訳か」
「この勝負、受けてくれるな?」
「挑まれた以上断るつもりはない。それにもしかしたらお前は俺が捜し求めている人材かもしれないしな」
腰に差していた悪食を抜く。仲間にしようとする相手に真剣は勿論使えない。
「それが貴様の得物、なのか?」
「あぁ、もう一つの方は俺が本当に斬るって思った時しか抜かないようにしてるんだ」
「なるほど。その木剣だからこそ今まで貴方に挑んだ相手は生きて帰って来れたと言う訳か」
「そう言う事だ。無益な殺生は嫌いなんだよ俺は――それじゃあそろそろ始めるか。わかってると思うけど、手加減とか要らないからな? 最初から全力でこい」
「言われるまでもない――そう言えば、まだ貴方の名を聞いていないが」
「そう言えばそうだったな。俺の名前はハルカだ」
悠の名前が付けられた由来は両親は女の子が欲しいと願っており、その時に考えられていた名前が悠であったからだ。しかし長女として生まれてくる筈だったお腹の子は流産してしまい、そこで次に生まれてきた男の子に悠の名を名付けた。それが今の悠である。
悠とは“はるか”とも読めれば“ゆう”と呼ぶ事も出来る。男女共に違和感のない名前として名付けたが、両親は悠と呼ぶ事に決めた。
悠自身特に何も気にせず寧ろ悠と言う漢字に格好良さを感じ気に入っていた――が学校に出れば男子の癖に女の様な名前だと馬鹿にされ喧嘩に発展する事態を招く事も多々あった。だからと言って悠に己の名を改名する気など更々ない。第三者がどの様に言おうと親が考えて名付けてくれた自分だけの名前、それをどうして改名出来ようか。
馬鹿にするなら馬鹿にさせておけばいい。その思いで悠は今まで生きてきた。
そして転生先でも同名が名付けられると言う奇妙な偶然が重なった。
「ハルカ……旧エルラド文字でその意味は確か“照らす者”だったか――では、推して参るぞハルカ!」
先の先を取ったフレイアが地を蹴った。
ハルカは一瞬驚愕に目を見開いた後、直ぐに素の表情へと戻る。
相手の一歩は歩法ではなく跳躍に近い。たった一歩で既に間合いを半分にまで縮めてきた。近接戦闘に長けていると言うだけありその身体能力は侮れない。
だからと言って別段驚く事はない。相手は人間ではなく亜人でありリザードマン。身体能力が人間よりも遥か上を行っているのは当然の事。亜人は基本人間よりも強い。その事は既にアルトロスとの稽古で学習している。
悪食を正眼に構え、フレイアを見据える。
「はぁっ!」
ショートソードが唐竹に打ち落とされる。速い、が見切れない程の剣速でもない。ハルカはバックステップをして回避する。そのまま間合いを空け構え直す。
「シッ!!」
フレイアがまたも攻撃を仕掛けてくる。
先程同じく上段からによる唐竹。
今度は右に飛び回避する。
空を切った諸刃の刃。その刀身が振り終えた瞬間横に寝かされる。
追撃の横薙。だが、これも既に想定済み。ハルカは悪食の峰を手で支えながらフレイアの横薙を防いだ。
一撃目となった唐竹は、先の一撃よりも勢いが弱かった。つまりフェイント、相手をわざと任意の場所に避ける様に誘い込み、そして本来の太刀筋である二撃目を当てるつもりだったのだろう。
「様子見とは言え私の剣を初見で躱せたのは貴方が初めてだ。それにその木剣……我が剣を受けても断てない強度から察するにただの木ではないな」
「ご名答。ちょっと特殊な木を使ってるから強度も鋼鉄並みにある」
ハルカはフレイアの剣を払い除け自ら間合いを開けると悪食を右上段、やや右肩に担ぐように構えた。
フレイアが先の先を取ろうと足に力を込める――その瞬間、ハルカは地を蹴り上げた。五歩分はあった距離を瞬く間に詰め、構えていた悪食を袈裟斬りに打ち落とす。
祓剣流兵法は最初に足腰の修練により始まる。最初の三年間は兎に角体力作りを重点的に行われ、自然と言う人の手が施されていない道をひたすら速く走る事により、体力と同時に足腰を鍛える。
そしてその基礎が終わると、今度は自然の中に身をおいての戦技修練を行う。この目的は足場等が不安定な状況下の中でも支障なく闘える技術を身に付ける為だ。斜面、木の枝の上、岩場など、兎に角あらゆる状況の中でも問題なく、尚且つ迅速に敵を討つ技術を身に付けていく。よって祓剣流兵法の修練は、基本道場と言う場所を使わない。使うとすれば刀を振るう基礎中の基礎を学ぶ為だけ。もしくは他流派との試合を行う事ぐらいなものだ。実家にある道場もたまに素振りを行う為にしか訪れていない。
そうして修行を行い身に付いた身体能力、脚力からなる瞬足の歩法を縮地と夜斗守の剣士は呼んでいる。
――祓剣流兵法、翔。
常人離れした脚力から成せる突進力、それに合わさり極限まで抑えていた殺気の塊を放出する事によって、初見の相手ならばその速さと勢いに困惑し判断能力を鈍らせる。例えそれが一瞬であったとしても、夜斗守の剣士にとっては充分に攻撃が出来る時間である。この歩法こそが既に技でもあるのだ。
「なっ!!」
フレイアは驚愕しながらも、左腕の盾で悪食による袈裟斬りを防いだ。
金属を叩く鈍い音が平原に鳴り響く。ハルカは舌打ちをしバックステップで素早く間合いを空け再び悪食を正眼の構えに取る。やはりリザードマン、そう簡単に一太刀を浴びさせてくれる程甘くはない。そして求めていた人材で間違いない事が証明された。
「今のは驚いたぞ! 魔力による強化もなく純粋な身体能力でまるで飛んでくる矢の様な歩法を見せた剣士は生まれて初めて目にした!」
「そいつはどうも」
興奮した面持ちのフレイアに苦笑いを浮かべつつも、ハルカは沈思する。
人間と亜人の体力は大きく差がある。従って長期戦は避けなくてはならない。このまま闘いが長引けば長引く程、此方の体力は消耗し劣勢となる。故に、次で終わらせる必要がある。
しかし真っ向から挑めば確実に勝機はない。フレイアに勝つ為には正攻法ではなく、意表を突いた行動に出る必要がある。その時に生じる隙こそが唯一の勝機。
(だったら……あれしかないか)
ハルカは構えを解く。その様子にフレイアは一瞬眉を動かし、疑問を孕んだ顔を浮かべる。
「構えを解くとは……どう言うつもりだ?」
その問いにハルカは答えない。口を閉ざしたまま手にした悪食を――フレイアに目掛け投擲槍の様に投げた。
狙いは顔面。放たれた矢の如く真っ直ぐと悪食は進んでいく。
「己の得物を投げただと!?」
真っ直ぐと飛ぶ悪食。それをフレイアは盾で防ぐ。
金属音が鳴り響き、盾によって防がれた悪食は宙を舞う。
「こんな戦法で私に勝てると思っているのかっ!?」
「あぁ思ってる――俺の勝ちだフレイア」
フレイアの水月に腰から鞘ごと抜いた太刀の柄頭を軽く当てる。
「い、いつの間に……!」
驚愕の声を漏らすフレイア。作戦が無事に成功した事にハルカは安堵の息を漏らした。
最初の一撃目は投擲によるフェイント。飛んでくる攻撃に相手の意識を向けさせながら、同時に己も間合いを詰める。 縮地の技を以て相手の間合いに接近し、相手の意識が防御をすると言う事に向けられている最中に二撃目を打ち込む。
――祓剣流兵法、飛霞。
この技の一番重要な事は、投擲した武器と間合いを詰める速度がほぼ同時にある事だ。
遅ければ反撃を受け、速すぎればフェイントの意味が無くなる。絶妙なタイミングが成功の鍵を握るのだ。
幸いにもフレイアは盾で投擲した悪食を防いだ。そうすると必然的に盾を己の眼前まで持っていかなくてはならなくなる。そうする事で視界は完全に覆われ、相手の姿をも隠してしまう。そして盾が顔から外されるまでの間は充分に間合いを詰められるだけの時間があった。
本来この技は脇差、或いは懐剣で刺突を行うが最初から相手の命を奪うつもりはないので、鞘でも充分である。
「勝負あり、でいいよな。これが柄頭じゃなくて短剣とかだったらどうなってたか、フレイアも理解はしているだろ?」
「…………」
悔しそうな顔を浮かべるフレイア。だが、程なくして諦めた様な表情を浮かべると共に戦意が静かに収まっていく。
「まさか……あの様な闘い方があるとは……」
「悪いな。正攻法じゃ勝てないと思ったから少しばかり小細工させてもらった」
ハルカは地に落ちた悪食を拾い腰へと差す。フレイアも悔しそうに、それでいて何処か満足そうな顔を浮かべ剣を鞘へと納めた。
「噂通り……いや、それ以上の強さだった。まだまだ己が修行不足である事を教えられた――貴方ならば私も納得出来る。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
頬を赤らめ口調を改める今の彼女は戦士としての顔をしていない。一人の雌として、強い雄に求愛する顔だった。リザードマンは挑んだ相手に敗北した場合、その相手を自分の夫として慕う習性を持っている。
それは種族としての本能とも言える。自分より強い相手との子供が出来ればその遺伝子を受け継いでいるから優秀な子供が出来る。優秀な子孫を残そうとするのはどの種族でも共通して見られる。
だからと言ってそんな理由で結婚を承諾出来る筈もないのだが。
彼女に限らずリザードマンの場合は強い男だから、と言う理由で結婚を申し込んでいるに過ぎない。そこに果たして真の愛があるか、と問われれば微妙だ。夫婦とはお互いを信頼し、愛し合い、そしてその愛があってこそ生まれた子供を育ててこそ夫婦と言えよう。生前の父と母がそうであったように。
「悪いけど結婚する事は出来ないな。まだ成人したばかりだし、それに俺はもっと色んな世界を見ておきたいんだよ」
精神年齢を考えればハルカは既に三十路を超えている。日本であれば完全に負け組であり童貞のまま。童貞のまま三十路を超えれば魔法が使えるようになる、などと言う面白い話があったが、だからと言って転生した先で使える事はなかった。
閑話休題。
ヴェルフッド大陸の住人として転生してから、ハルカは魔王城の外から出た事が一度しかない。その一度と言うのが過保護な義母や口うるさく常に監視している三魔将の眼から逃れドレインアードの亜種を討伐しに行った時のみである。
従って成人した今、転生したこの世界を隅々まで見たいと言う願望をハルカは抱いていた。
夜刀神と言う存在を知るまで、夜斗守悠は幻想、即ちファンタジーの世界に憧れを抱いていた。子供ならば誰しもが一度は憧れる魔法、ドラゴンや恐ろしい魔物、妖精、精霊、etc――人間の創造によって想像された存在達、実在しないからこそ人々の心を惹きつける魅力を持っている。その世界に今自分はいるのだ。
冒険は幾つになっても男の浪漫。ましてやそれが剣と魔法の世界ならば尚更の事と言えよう。故に結婚と言う人生の墓場に入るつもりは、今のハルカには毛頭なかった。何より、過保護なキルトがそれをまず許さない。彼女を認めさせる事が出来れば可能だろうが、それが出来る女性が果たしてこの世界に何人いるのか、そもそも存在しているのかすら怪しいものであった。
「私とは……結婚してくれないのですか?」
「俺じゃなくてもいきなり出会って直ぐの相手から結婚してくれって言われても、わかりましたって言う奴多分いないぞ。だから結婚はとりあえず諦めてくれ」
「……そうですか」
顔を俯かせるフレイア。申し訳さい気持ちを半分抱きつつ、ハルカは本題に入ろうと口を開き――それよりも早く俯かせていた顔を上げると、フレイアが剣とは別に携帯していたナイフを鞘から静かに抜き、それを逆手に持ち替えた。両手で握るナイフの切先が向けられるのは、己の心臓。
「ちょ、お前何やってんだ!!」
「妻として認められない以上、その者は自らの命を絶ち永遠の愛を示すのが掟……私は貴方の為にこの命を捧げる事に後悔も躊躇いもない……!」
「自害するとかマジでやめて! いや本当に洒落にならないから!」
自殺しようとするフレイアをハルカは必死に引き止める。結婚出来ないからと言う理由で目の前で自害される光景など目にしたくもない。世間は亜人が一人勝手に自害したとしか認識しないだろうが、当事者となれば話は別だ。
「では、私の夫に?」
「いや、だからそれは……」
「……思えば短い一生だった」
「だぁぁぁぁぁぁぁっ! わかった! 夫は無理だけどとりあえず友達の関係から始めようとそうしよう!」
「……友達?」
今にも心臓にナイフを突き刺そうとした手を止めフレイアが小首を傾げた。
「俺はフレイアの事をよく知らない、それはお前だって同じだ。それに結婚に至るまでの過程として最初はLine友……って言ってもわからないか――交換日記から初めてそこから友達、恋人、それから夫婦と関係を深めていくもんだ。だからいきなり結婚とか無理だけど、友達としてなら俺は全然OKだぜ?」
「……わかりました。ならば貴方の言う通り、まずは友人としての関係から始めます」
自害するのを止め嬉しそうに微笑んむフレイア。その笑みは今まで目にしてきた中でとても綺麗で、美しい。自分でなくとも男達は彼女に見惚れるだろう。
「ところで私を探し求めていた人材と言うのは一体……」
「え? あ、あぁ、そうだったそうだった――フレイアには俺の仲間になって欲しかったんだ」
「私を……仲間に?」
「あぁ――知っての通りウチは駆け出し冒険者の練習場なんて言われている程魔王として世間体から馬鹿にされている。母さん……魔王キルトは世界征服とか全く興味ないけど、まぁその部下が納得していなくてな、中にはそんな魔王を見限って城から出て行った奴も沢山いる。だから仲間となってくれる奴が俺には必要なんだよ」
「なるほど――私は既に貴方の物、ならば未来の夫を支えるのは妻として当然と務め。これより一振りの剣と盾となり貴方の前に立ちはだかる障害を切り裂き、そして全てから守る事をここに誓います」
「ま、まぁ適度に頼むよ。他所から馬鹿にされっぱなしの陣営だけど、よろしくな」
「はい!」
これで最初の課題である仲間を見つける事に成功した。まだまだ数が足りないが、大きな戦力を手に入れたのは間違いない、が問題は城に連れて帰った後にある。純粋に仲間になると言うだけなら問題ないが、嫁になると公言している以上キルトがどんな反応を示すかわかったものではない。連れて帰って早々血の雨が城内に降り頻らないようにフレイアとは入念に打合せする必要があるだろう。
「ここで魔王キルト様にいいところを見せてハルカとの結婚を……フェヒヒ」
「…………」
「私、頑張りますからねハルカ!」
「あ、うん、まぁ……よろしく」
一先ず仲間を得る事が出来た。フレイアを仲間にした事は決して間違いではない。そう己の言い聞かせながら、ハルカは口元を引きつらせた笑みを浮かべフレイアと握手を交わした。




