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第一章:初めてのお使いは人攫い②

 アルトロスと共にハルカは彼の私室、ではなく作戦会議室へと足を運んだ。食堂で私室にくるように言ったのはキルトに余計な心配を掛けさせない為の彼なりの配慮なのだろう。確かに作戦会議室では重々しい話かとイメージしてしまうが、幾度と訪室した事のあるアルトロスの私室ならばキルトが心配する事は何もない。

「それで……勉学方針なんて嘘なんだろ? 本題は?」

「無論だ。今回貴様に話すのは、いよいよ契約を果たす時が来たと言う事だ」

「あ~……そうだったなぁ」

「今日に至るまで我らは貴様を主の子息として敬い守り続けてきた。そして成人を迎えし今、今度は貴様が我らに応える番だ」

「へいへいわかってますよ」

 キルトは魔王の中で最も最弱として認知されている。その理由は他の魔王は我こそが一番だと他の魔王と抗争したり世界を征服する為に人間と戦争をしている中で、全く闘争心や野望と言った物が全くないからだ。その証拠に花を育てるのが好きと城の前を一面綺麗な花を植えたりしている。実に魔王らしくない、だからと言って今更魔王らしい事をしろと言う気もハルカにはない。何事も平和が一番なのはどの世界でも共通だ。

 しかしその考えに反発して数多くの配下がこの城から出て行った。魔王の配下として共に人類を虐殺し世界を闇色に染め上げると言う夢が彼らにも少なからずあったに違いない。その夢を実現させる為に一人、また一人と出ていき、気が付けばこの城にはハルカを含めて数えられる程度になってしまった。

 キルトの性格上魔王には向いていない。それこそ花屋でも経営している方が似合っている。そもそもそんな性格だとわかった時点で今まで見限らなかったのは何故か疑問視すべき点ではあるが。

 そんな中でもアルトロスと残る二人の将軍はキルトの元に残った。かつて命を救われた恩に報いる為に彼女に仕え、そして誰もが恐れる魔王としてのし上がらせると言う夢を抱いている。それ故に今のキルトのやり方に言葉に出さずとも誰よりも納得していない。

 だからこそ、自分の出番が回ってきた。

 ハルカはアルトロスに保護されキルトの子供として振る舞い続けた。幸い日本人特有の黒髪と黒い瞳であった為バレる事もなくキルトからの寵愛を受けた――だが精神は大人である為排泄介助をされる事は勿論、経口摂取が可能になるまで母乳を与えられていた事に日々恥辱を味わい続ける羽目にもなった。

 そうして昨日に成人を迎え、いよいよ旅立つ時が来たのである。

「オーファンからの手紙には子供であるリリィが大軍を率いヴェルフッド大陸の最北端にあるノースブリッドの王子を攫い手篭めにしたそうだ。その時の被害も味方を誰一人失う事のない完璧な指揮だったらしい」

「ふ~ん……って本人が見る前に勝手に手紙読んだのかよ」

「なに、キルト様は抜けているところがある。多少の細工をしても見破られる事はあるまい」

「……本人のいない前だと普通に毒吐くよなアルトロスは――それで何か? 俺はそれよりももっと凄い事をしろって事でいいんだよな?」

「そう言う事だ。貴様にはこれよりキリュベリア王国の姫君を攫ってもらう」

「おいおい、キリュベリア王国を相手にするのか?」

 キリュベリア王国はヴェルフッド大陸にて最大と言われている大国。ドラゴンを単身で倒しドラゴンキラーの称号を得たフルド、絶対の生還率と勝率を誇るガムンドと言った数多くの猛者、英雄を世に放った場所でもある。故にキリュベリア王国は別名として英雄製造国などと呼ばれていたりする程才にある人材に溢れた国でもあった。

 その様な国の姫を攫う、これがどれだけ困難を極める事か言うまでもない。かつてこのキリュベリア王国に戦争を仕掛けに行った魔王が数多くいるが運が良くて敗走、悪くて全滅させられている。

「確かに小僧の言う通りあの国は我ら三魔将の力を以てしても難攻不落。だが異世界より転生したと言う小僧の知識とその武があれば造作もなかろう?」

「簡単に言ってくれるな……」

「わかってはいると思うが貴様に拒否権はない」

「わかってるっつーの。やります、やらせて頂きますよ――やり方は俺の自由でいいんだろ?」

「勿論だ。貴様がやりやすいようにすればいい――では話も決まったところで、貴様に渡しておきたいものがある」

 アルトロスが手を翳す。すると何もない空間から木箱が現れた。召喚の魔法を使ったのだ。

「これは?」

「小僧が欲しがっていたものだ。完成したのは、つい最近だがな」

 ハルカは木箱の蓋を開ける。まず最初に一振りの剣……否、太刀を手に取り鞘よりすっと抜き放つ。

(……刃長は大体二尺四寸ってところだな)

 造りは鎬造り、刃文は乱刃・小丁子、ごく普通の標準的な型である。刃は厚さと重さを兼ね備え、切れ味と強靭さを重視して造られている事が伺える。

 魔王の養子となっているが魂は人間のままだ。相手からすればそんな事お構いなしに殺しに掛かってくるだろう、それでも同じ人間を殺める為に剣は振るいたくはない。それ故にドレインアードの亜種を討伐クエストを受けた冒険者達に混ざり一部を譲り受けると言う条件の元協力し、ドレインアードの亜種を討伐後早速一部を持ち帰り自軍の鍛冶師によって木刀へと加工してもらった。それが非殺傷を目的とする悪食である。

 だがこの世界には人間だけでなく様々な魔物が存在している。従って殺傷を目的とした武器もまた必要とされる。従って注文した太刀がそれらを考慮されてこの様な剛刀へとなったのだろう。

 ハルカにとってこの手の太刀は使った事がない。夜斗守悠として愛用していた太刀は比較的軽く、扱いやすさを考慮された代物であったからだ。特にその様に仕上げてくれと注文した訳でもないが、与えられて使い続ける内に身体がそれに馴染んだ。

 だからと言ってこの剛刀が扱えない訳ではない。足りない部分は技術で補い、後は実戦で身体に憶えさせる。

 ただその全体より発せられる風格は名刀、名剣と並ぶ代物である。それもその筈だ、この太刀を造ったのはこの陣営に残り絶対的な腕前を持つ鍛冶師が打ったのだから。基本となる素材も勿論大きく関わってくるが、やはり要となるのはその鍛冶師の技術力。

 そもそも日本刀と言う武器は西洋で見られる両刃造りの剣がであるこの世界にて存在していない。それはハルカが転生する以前よりも前から長い時を生きているアルトロスより証明されている。夜斗守悠として、祓剣流の剣士として、刀を振るう以上その武器についても勿論知識はある程度はある。それを一度伝えただけで短期間の間で我が物として完璧な代物に仕上げてしまうのは、やはり鍛冶師の技術力があってこそと言えるだろう。

 ただ――

「足りないな」

「何がだ? まさか不満があるのか?」

「まさか。俺が予想していた以上の出来栄えだよコイツは――でもなぁ……」

 他と比べてしまう事は、造った相手にとって失礼なのは重々理解している。しかしそれでも、足りないのだ。

 夜斗守家が使う刀は普通の刀ではない。

 古来より契約している佐雁一門作。かの有名な村正とは兄弟弟子であり、人を斬る事に執着し刀を打った村正に対し初代佐雁晃國さがりかがくには“人非ず存在”を斬る事を目指し刀を打った。その思想から村正とは違った意味で師に反発し飛び出す。だが戦場で大いに活躍し様々な伝説を残した村正に対し、晃國は表舞台で活躍する事はなかった。

 夜斗守家が個人契約を結んだのは、その常識を逸脱した思想を気に入ったからとされているが、恐らく似た者同士だったからだと考えられる。

 片や人非ず者をも斬る刀を目指した刀匠、片や神をも斬る事を目指した剣士。剣士は剣がなければその技を振るう事が出来ず、刀は振るい手がなければその真価を発揮する事が出来ない――だからこそ、夜斗守と佐雁は契約を交わしたのかもしれない。

 その契約は現在も続き、十五歳の誕生日に悠も自分だけの太刀を貰った。

 確かに佐雁一門の打った太刀は、練習等で用いている普通の真剣とは異なり禍々しい雰囲気を醸し出していた。持ち手の心を惑わし狂気に陥れる殺戮機械へと変貌させてしまう妖気。そして夜刀神と言う化物やくがみとの戦いにも耐え切る強度と肉体を切り裂き骨を断つ切れ味を誇っている事を、あの戦いで本当の意味で理解した。

 神すらも斬った太刀と、魔法や異世界特有の金属によって造られた太刀とでは訳が違う。ハルカが知る限り今現在手にしている太刀は最高の一振りと言えよう。妖気とも言うべき魔力がこの太刀からも感じられる、が人間の造った佐雁晃國には風格から太刀に込められた妖気から到底及ばなかった。

「……それでも俺が知る限り最高傑作だよコイツは。有難く使わせてもらうよ」

「ヤツが造った武器にハズレは今までない、本人も切れ味は保証すると言っていたぞ。それとよくわからんが小僧が注文した機能を鞘にも細工しておいたそうだが」

「上出来だ」

 世界で一振りしかない、侍の魂とも言うべき太刀を鞘に収めてハルカは満足そうに腰に差す。続けて衣服へと手を伸ばした。上下共に黒と赤を主体としたコーディネート。十字状に白の線が入った黒の半袖Tシャツとその上から羽織るフード付きのロングコートは燃え盛る炎の如く鮮やかな赤色。七分丈の黒のズボンに同じく黒色のレザーブーツ。魔族としての闇をイメージした衣装にハルカは口笛を軽く吹いた。

「いいセンスだ」

「衣服はアミルトが手掛けた――繊維は」

「他金属と合金化させる事で様々な特質を見せるガイファスを繊維状にした物を使用しています。耐久性は勿論ロングコートには軽量性を、他には柔軟性を考慮して仕上げております」

 アルトロスの言葉を遮るように、一人の女性が作戦会議室に現れた。

 三魔将の一人アミルト、別名“赤に染める者”。一見すれば白いドレス調で露出強な衣装に身を包んだ美しい女性でしかないが、その頭に生えた小さな双角が人外である事を証明している。その強さはかつて千の大軍をたった一人で壊滅し自身は勿論大地を血で赤く染め上げた程の実力者。彼女の異名はその武勇伝より来ている。

 そんなアミルトは四六時中無表情で近付きがたい雰囲気を醸し出しているが、話してみると心優しく、ハルカは頼れる姉のような存在として見ていた。

「流石三魔将一の家政婦、いい仕事してるよ――パーフェクトだアミルト」

「感謝の極み……だったでしょうか」

「そうそう。わかってるね」

 鎧とは敵の攻撃から身を守る為の防具。それがあるとないとでは大きく生死を左右する――それはあくまで人間であった場合。この大陸に生息している魔物や魔物が鋼鉄で出来た鎧を破壊することなど造作もない。中には特殊な魔法が込められた物も存在するが、本当にその効果を発揮する物は古の時代より存在する物だ。付与魔法とは年月が経てば経つ程より強力なものとなる。鎧に魔導士による魔法で何年、何十年と付与させた物でなければ防具の類は所詮気休め程度なのかもしれない。

 それ以前にハルカは今まで鎧と言う物を纏った事もなければ、それを想定した戦いも学んでいない。郷に入っては郷に従え、と言う言葉があるが今まで蓄積してきた経験から無理に馴染ませる必要はないと判断した。

「早速着替えてみますか」

 今着ている衣装を脱ぎ――それを雪のように白い肌を紅潮させ鼻血を流し呼吸を荒げたアミルトとそんな彼女に呆れた様子で溜息を吐くアルトロスに見守られながら新しい衣装へと着替えた。

「どうよ?」

「大丈夫です、問題ありません」

「有難う――寧ろアミルトが大丈夫か?」

「……兎に角、これで全てが揃ったな――では小僧、貴様は早速キリュベリア王国へと赴くのだ。認めたくはないが、種族がどうであろうと貴様はもうキルト様の子息であり次期魔王としての座を継ぐ資格を持つ者だ。故にそれ相応の行動を示してもらわねばならない」

「別に要らないし欲しいなら喜んで譲るけど?」

「拒否権はないと言った筈だが? それとも記憶や人格を無理矢理書き換えられ我らの傀儡と成り下がりたいか?」

「へいへい、了解しましたよっと」

 転生してから十六年、精神年齢が三十路後半に差し掛かった今日、遂に冒険へと旅立つ。ただそのシチュエーションが魔王を討伐しに行く為に、元の世界に帰れる方法を探す為にと言った王道的設定と真逆の事を行う事になるとは夢にも思っていなかった。

 キリュベリア王国の姫の誘拐。どの様な方法でこのクエストを成功させるか。ハルカは小さく溜息を吐いた後自室へと戻り旅に出る準備に入った。

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