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第一章:初めてのお使いは人攫い➀

 二組の男女が森の中を駆け抜ける。一人は腰に剣を携えた剣士、そしてもう一人は背中に矢筒を背負い右手に弓を携えた女弓兵。そんな彼らは森の中を駆け抜け、その先に待ち構えていた物に足を止めた。

「ね、ねぇ……本当に私達だけで大丈夫なの?」

「だ、大丈夫だって! 今まで俺達頑張っていろんな事乗り切ってきたじゃないか!」

 不安げな色を顔に浮かべる女弓兵に、剣士は安心させるような優しい口調で励まし、目の前に聳え立つ魔王城に視線を向けた。

 二人はまだ駆け出しの冒険者であり、当然まだ無名のひよっこだ。そんな彼らは自分達の名を売る為に魔王討伐へと乗り出した。ヴェルフッド大陸に数多く存在し人に仇名す存在を討てば、誰もが憧れる英雄の称号が授与され大陸に魔王を討伐した者として名を知れ渡らせる事が出来る。その名声を得んとする輩は数多くいる、逆に討伐に向かい帰ってこなくなった者も同じく。そんな危険な場所へと剣士と女弓兵は赴いた。一世一代の大博打に打って出たのである。

 そんな二人は森を抜けた先に待ち受けていた光景に、目を丸くする。

 ヴェルフッド大陸の最東端に位置する魔王キルトが支配する領域。魔王は凄まじい魔力を有し闇の魔法を自由自在に操る。その魔力の影響によって自然は枯れ大地は荒野や猛毒性を誇る沼地へと変わり果て、その一帯は常に暗雲に閉ざされ陽が昇る時間帯であっても闇夜のように薄暗い。しかし彼らが目にしているものは草木や花が生い茂る緑豊かな大地、空は雲ひとつない快晴で気候も大変過ごしやすい環境である。

「……なんか、魔王がいるって場所とは思えない光景ね」

「う、うん……。確かにそうだね」

 魔王城がある事が不自然な程の光景に剣士と女弓兵は魔王城へと近付いた。敵を寄せ付けない為の落とし扉は上げられ跳ね橋が下ろされている。その跳ね橋を渡り奥へと進み中庭へと足を踏み入れ――そこで一人の少年と彼らは遭遇した。

 一見すれば十代後半を迎えたばかりの少年だが、漆黒の闇を体現しているかの如く鮮やかで綺麗な黒髪、それと同じく黒の瞳を彼は持っていた。そんな少年に剣士と女弓兵は各々得物を手に戦闘態勢へと入る。

「き、君が魔王なのか?」

 剣士が尋ねる。魔王キルトを目にするのが初めてである彼らだが、魔王とその血族に見られる最大の特徴とも言うべき黒色の髪と瞳を少年が持っている。それ故に少年が魔王キルトであると剣士は思った。

 そんな剣士に少年は苦笑いを浮かべて首を小さく横に振る。

「いやいや、残念だけど俺は“まだ”魔王じゃない。本当の魔王なら今頃玉座でのんびりと裁縫している筈だ――それよりもわざわざこの場所を攻めてきたって事は……お前ら駆け出しか」

 少年の指摘に剣士と女弓兵は一瞬目線を逸らし、また直ぐに少年へと向ける。彼らが魔王キルトを狙った理由は、少年の言った通り駆け出しであるからである。各魔王に付けられたランク、その中でも魔王キルトは一番低いFランク――魔物で言うなればスライムと同等の危険性であると認定されている。つまり超が付く程の初心者が他の魔王を倒す為の練習としてオススメされている程の簡単な相手なのだ。

 即ち剣士と女弓兵にとって魔王キルトの攻略は英雄としての道を踏み出す為の一歩であり、その資格があるか否かを試される登竜門でもある。それに従えば目の前の少年はその登竜門を潜る者を阻む守護者。

「確かにウチは練習場なんて言われてるけど止めておけ。お前らが思ってる程ウチの母さんは甘くはない。このまま挑めば間違いなくお前ら……殺されるぞ」

「う、うるさい! ボク達だって相応の修羅場を潜って来てるんだ、Fランクの魔王相手に負けるもんか!」

「そ、そうよ!」

 意気込む剣士と女弓兵を前に、少年はただただ呆れた様子で大きな溜息を吐いた。

「OK、それじゃあ早速俺の母さんと殺り合えるかどうか、そのテストをさせてもらおうか」

 少年は腰に携えていた得物を抜く。

「な、なんだその武器は?」

 剣士が間髪入れず尋ねる。少年が手にした武器は剣士と同じく剣、そこから彼の得意分野が剣術である事は一目瞭然だが、その武器そのものに剣士が疑問を抱く要因があった。少年が手にしている兼剣は鉄でも何でもない、木だ。綺麗な弧を描いた片刃の剣を想定して造られたそれは明らかに実戦用ではなく訓練用。そんな武器を手に少年は剣士の問いに静かに答える。

「俺は無益な殺生は好まないんだ。だから痛い思いをしてもらって五体満足で帰ってもらう、それが俺の流儀なんだよ」

「ふ、ふざけるな!」

 剣士が地を蹴る。剣を振り上げ少年の頭上へと振り下ろし――

「なっ!?」

 大きくバランスを崩し剣士は勢いよく地に倒れた。剣が少年の唐竹に振り下ろされるよりも迅く、木剣が剣士の胴を捉えていたのだ。木製である以上頭部や過剰なまでに打撃を与えない限り木剣では命を奪う事は出来ない。出来ないが、剣士は這いつくばったまま起き上がれずにいた。

「な、なんだ今のは……体の力が、急に……!」

「あぁそうそう、最初に説明しておけばよかったな――俺のこの木刀、悪食って言うんだけどドレインアードって呼ばれる木の魔物が原材料なんだよ。その中でも最も樹齢の高い奴を選んで作ったコイツは剣本来の斬撃力が皆無の代わりに叩いた奴の生命力を吸収ドレインする事が出来る」

「そ、そんな武器があるなんて……!」

「でもこの武器は結構不憫なんだぜ? だってこれで相手の生命力を吸収ドレインしてしまうと腹が減らなくなるんだ……飯を食うのが好きな奴にとっちゃ結構辛いんだよなこれが――それより体力がごっそり持って行かれたから満足に動けないだろ」

「くっ!」

「おっと、こっちもチェックメイトだ」

 放たれた弓矢を素手で掴み取り、第ニ射を放とうと女弓兵が弦に矢を番えるよりも早く間合いを詰めた少年は悪食で右太腿を叩いた。剣士と同じく生命力を吸収ドレインされた女弓兵も力なく倒れる。

「さてと、これでゲーム終了。そして試験結果は不合格、と言う訳で帰っていいぞ」

 倒れる剣士の前に少年は小さな小瓶を二つ置いた。中を満たす薄緑色の液体はポーション、服用する事によって自己治癒能力を飛躍的に向上させ、疲労や精力の回復、一時的に空腹を紛らわせる効果を持つ薬である。当然敵からポーションを差し出されると言う行為に剣士が疑問を抱かない筈もなく。

「ど、どうしてボク達を助ける!」

「言っただろ? 俺は無益な殺生は好まないんだ。それを飲んで回復したらさっさと帰れ――お前らだってここで死ぬつもりなんか更々ないだろ?」

「ぐっ……」

 剣士の目頭に涙が浮かぶ。Fランクの相手に、ましてや相手に情けを掛けられる。これ程の屈辱はない。

「あぁ心配するな。ここはFランクなんて呼ばれてるけど、それは危険度の話であって実際はAランク以上だ。だからそう落ち込む必要はない、レベル一の状態でいきないラスボスに挑むのと同じだからな。悔しかったらこれを機にもっと強くなって装備を整えてこい。今のお前らじゃ、俺に何百回挑もうが勝てない」

 木刀を腰に収め踵を返し去っていく少年。その後ろ姿を見えなくなるまで見つめ、やがて剣士は与えられたポーションを口に含むとゆっくりと立ち上がる。奪われた体力がある程度戻り動けるようになった剣士は残されたポーションを手に女弓兵へと歩み寄り、それをゆっくりと飲ませる。

「……強くなろう。今よりもずっと……アイツを倒せるぐらい、もっと強く……!」

「……うん!」

 立ち上がる女弓兵をお姫様抱っこしながら魔王城を後にした。




◆◇◆◇◆◇◆




 城の設けられた一室。家具の類は一切置かれておらず、ただ広いだけの殺風景な空き部屋。その中央に座して壁に掛けられた逆さに飾られた十字架に腰から木刀を抜き、それを膝前に置いて一礼し、刀礼を済ませる。

 木刀を手に取り、立ち上がり、構える。

 五行の位の中で尤も基本的な型、正眼……中段の構えを取る。そこからゆっくりと上段に構え、呼吸を整えて、肺に散り込んだ空気を鋭く一気に排出しながら大きく踏み込み木刀を打ち落とす。

 空気を切り裂く重い音と共に袈裟に打ち込まれる木製の刃。それを終えるとまた元の位置にすり足で後退しながら、同じ事を繰り返す。固まった筋肉と冷えた肉体を温める為の準備運動であり基本動作。そして日課でもある。

 毎朝朝食前には必ず素振りを行う。適度に身体を動かし空腹を此方から促進させる為にこれだけは欠かせられない。

 ここ最近毎日のように冒険者がやってくる。最初は一週間の内に一組程度だったのが、気が付けば一日に何十人とくるようになった。それも一人ではなく、五人から多い時で十人以上のパーティーを組んで挑んでくる輩も。そんな相手は駆け出しの冒険者ばかりではなく、かつて相手にし修練を積み装備を整え優秀な仲間を集めてリベンジしに来た懐かしい顔ぶれで占めている。

 それをいつもハルカは一人で相手にしていた。前向きに考えれば色んな相手と戦えていい経験になるが、その度にいつも悪食で相手をしないといけない為に食事が摂れないまま一日を終える、などと言う日も偶にある。

 相手の生命力を吸収ドレインする悪食は非殺傷を目的とする武器としては文句なしの武器ではあるが、生命力を吸収ドレインしそれを己の糧として変換してしまう為に食事を摂らなくても済むと言う最大のデメリットをハルカは抱える事にもなってしまった。

 三大欲である食欲、性欲、睡眠欲……この内の食欲をハルカはほぼ剥奪されている状態にある。吸収ドレインによって空腹を満たし栄養としている事を見れば問題ないが、舌と心までは全く満足されない。人は何かを食べてこそ初めて満腹感と共に満足感をえる事が出来る。だから城門を開く午前九時までに身体を必死に動かし少しでも空腹にする必要があった。悪食で腹を満たすより、食事をして満たした方が断然いいのは言うまでもない。

「よしっ! それじゃあ早速食堂に行くか!」

 腹部より空腹を訴える情けのない音が鳴ったのを合図に、ハルカは悪食を腰に収め空き部屋から飛び出した。目指す場所は勿論、食堂である。既に食堂へと続く廊下には食欲を促進させる匂いが漂っていた。今日の朝食のメニューを想像し、口腔内で多量に分泌された唾液を飲み込み、ハルカは食堂の扉を勢いよく開けた。

「おはようハルカ」

「おはよう母さん」

 既にテーブルに就いていた桃色のショートボブに黒のドレスに身を包んだ少女が優しく微笑んだ。彼女こそがハルカの母親であり魔王キルトである。一見すれば十五~六歳程の人間の少女と変わらない容姿と童顔であるが、実際年齢は百を軽く超えている。早い話が年齢詐欺のロリババアと言う奴だ。

「オハヨウ、坊チャン」

「おはようグリムラ」

 ハルカが席に着いたと同時にオークが料理を運んでくる。薄汚れた緑色の肌に見上げる程の巨体、顔は醜悪で見るものに恐怖を与える恐ろしい魔物で獰猛な性格だが、争いを嫌う温厚な性格と実にオークらしくない。身の丈と同等の武器を操り敵を一撃でなぎ倒すその腕力も趣味であり本業である料理へと生かされている。そんな見た目に反して料理の腕前は天才と言っても過言ではない。

 魔物が調理した料理だからと言ってゲテモノではなく、食べる物の視覚と味覚をも満足させる、それこそ超一流のレストランでも充分に通用するだろう。

「ではでは、いただきます」

 そんな彼が運んできた料理にハルカは目を輝かせ、両手を合わせ食前の挨拶を済ませると早速箸を手に食事を始めた。熱された鉄板の上で音を立て香ばしい匂いと湯気を立ち上らせているのは、つい最近この付近に迷い込んできたドラゴンの肉を大胆に使ったステーキ。それと焼きたてのパンに加え熱々のスープ。城内に設けている農園から取った自家栽培の野菜を使ったサラダが今日の朝食だ。

 箸で器用にステーキを掴み、それを豪快に齧り付く。口腔内に広がる塩と胡椒だけのシンプルな味付けにドラゴンの肉そのもの味が合わさり、咀嚼する度に肉汁が溢れ出る。当然その味は――

「う、美味ぇ~!」

 頬を緩ませ、二口目は一口目よりも大きく口を開けてドラゴンの肉へと齧り付いた。

「焼き加減も味付けも問題なし。流石この城の料理長だよ、パーフェクトだ」

「ヨカッタ、褒メテモラエテ」

「もうハルカちゃん行儀悪いわよ」

「ごめん母さん。でもやっぱり俺はこの箸の方が使いやすくていいや」

 親子としての会話を楽しみながら、ハルカは豪華な朝食の時間をキルトと過ごす。

「ところでハルカちゃん」

「何?」

 パンに手を伸ばそうとした時にキルトに話し掛けられたハルカはその手を止め顔を向け、母の顔を見て目を丸く見開いた。優しい笑みを浮かべてはいるがその眼は全く笑っていない。光を失い闇色に黒く濁らせた瞳を静かに動かし、逃がさないと言いたげに見つめてくる。

「昨日の夜ハルカちゃんの寝顔を見に行ったんだけど……その時カエデ、カエデって呟いてたわよ? カエデって変わった名前だけど雰囲気からして女の子よね? 夢の中にまで出てくるその女は……一体誰なのかしら?」

「……えっと」

「まさか……ママに隠れて女の子と交際なんかしてないわよね?」

 キルトから徐々に魔力が放出されていく。普段は魔王とは思えない程温厚だが、事息子が絡むと情緒不安定に陥り、その時に限って魔王らしく圧倒的力で解決しようとする。そうなってしまえばキルトの中に敵味方の区別は完全になくなってしまう。

 本人の中にその記憶が完全に欠落してはいるが、一度我が子を失っている経験から味わった絶望と悲しみの感情だけが深層心理に残されているのだろう。誰しも大切な者を失う事を恐れてはいるが、彼女の場合その恐怖が誰よりも大きくなって襲い掛かるのだ。

 二度と我が子を失いたくないと言う強い気持ちがあるからこそ、彼女を責める事は誰にも出来ない。だからと言って暴力で解決する事を妥協出来る筈もない。

「……前に話したと思うけど、多分前世の記憶が関係してると思う」

 発言を誤れば何をしでかすかわからない。ハルカは慎重に言葉を選び、キルトの顔色を伺いながら静かに答える。

「多分……妹なんだろうな。俺が兄貴で、そのカエデって言うのが、多分妹……だから無意識の内にカエデって言ったんじゃないかな」

「……そう。じゃあ恋人はいないのね?」

「日頃城の中にいるのにどうやって作れと……」

「……でも、無意識に言っちゃうって事は、ハルカちゃんは一人っ子で寂しい?」

「いや、別にそう言う訳じゃ……。所詮過去の記憶、大切なのは今……この時間だ。それに俺には母さんやグリムラ、それに皆がいる。だから寂しくなんかない」

「本当に立派になったわねハルカちゃん……ママは嬉しいわ」

 涙を流すキルトにハンカチを差し出すグリムラ。一先ず難は去った。ハルカは小さく溜息を漏らし、残ったドラゴンステーキを口いっぱいに頬張った。

「失礼します」

 扉が開き、猛禽類の頭部をした悪魔であり三魔将の一人であるアルトロスがやってきた。

「おはようアルトロス。どうかしたの?」

「おはようございますキルト様。実はハルカ様に勉学方針について少々お話があります、朝食後私の部屋にてお待ちしております――それとキルト様……またこの様な物が」

 言って、アルトロスは手にしていた一通の封筒をキルトへと差し出した。

「誰から……オーファンから?」

 差出人の名を口にした途端、その顔にハッキリと嫌悪感を浮かべるキルト。オーファンとは彼女と同じく魔王であり、同時に何かしら嫌味を言ってくる輩である。実力はAランクよりも上であるAAAでその性格は高慢。弱者を罵り自身を絶対とするある種魔王らしい魔王。そんな相手からの手紙であれば、当然ロクな事が書かれていない。

 何か嫌な予感がする。直感したハルカは食堂から離れる為に食べる速度を速める。その中でキルトは封筒に収められていた手紙を取り出し黙読していく。その手が小刻みに震え始め――

「な、なによなによ馬鹿にしちゃってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! ウチのハルカちゃんだってもっともっと凄いんだからぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 大声で泣き出した。このやり取りは自分とオーファンの子供が生まれた頃から始まった。大方今回の手紙も我が子に対する自慢する内容が書かれていたに違いない。魔王と言う立場にしてやる事が実に子供じみている、勿論それに悔し涙を流している我が母も然り。ハルカはドラゴンステーキを水で流し込み席を立った。

「そ、それじゃあ母さんお先に……後グリムラもご馳走様!」

 既に二枚目のドラゴンステーキを運んできていたグリムラに手を合わせて謝罪し、ハルカはアルトロスと共に食堂を後にする。息子として慰めるべきかもしれないが、首を突っ込み余計にややこしくなる可能性が充分あった為に放置する事にした。

「……それじゃあ早速大切な話を聞かせてもらおうかアルトロス」

「落ち着け“小僧”。ここで話すのもアレだ、私の部屋に行くぞ」

「了解了解」

 魔王の息子に対し上から物を言う態度を取れば、それは主に対する最大の侮辱でもある。しかしアルトロスがその様な態度を取るのには理由がある。だからこそハルカは全く気にしていない。

 何故ならばキルトとは真の親子ではなく、アルトロスとは母親の部下とその子供と言う関係以前に互の為に契約した間柄であるからだ。




 ラノベ小説で多くの作品が異世界……ファンタジーを題材としている。剣と魔法の世界、凶悪な魔物やドラゴン、魔王と言った男なら誰しもが一度は憧れる幻想。その幻想を自分だけの世界観の元ラノベと言う形として世に出ている。その中で大きくジャンルをわけるなら召喚、転生だろう。中にはその世界の住人として物語が始まるパターンもあるが、特に多いのはこの二つだと思う。

 召喚は文字通り異世界側から何かしらの手段で招かれる事だ。魔王を倒す勇者として選ばれたが為、訳もわからずある日突然異世界に来ていた、なんて言う設定も多く使われている。そして転生は生前……即ち地球人としての記憶や知識、経験を継承したまま異世界の住人として生まれ変わる事。魔法と言うファンタジーに地球で得た知識や経験を活かし窮地を乗り切り中にはとんでも兵器を作り出して無双するチート物もある。

 ファンタジーは男の心を魅了する不思議な魅力がある。興味のない人間でも物は試しと読めばどっぷりとハマるケースもある。生前の友人がそうであったように、そして自分自身がそうであるように。謂わばラノベそのものが魅了チャームの魔力をやどしている、と考えればそれはそれで面白いし妙に納得出来もする。

 閑話休題それはさておき

――夜斗守家は代々剣術道場を営んできた家系である。

 門外不出の剣術、祓剣流兵法ふつるぎりゅうへいほうの創設者である旧姓……“葉桐”叢雲は“天人龍神悪鬼羅刹をも斬る”と豪語し我が剣こそが最強であると知らしめんと数多くの戦場に姿を現し、桶狭間の戦いで千人もの敵の首を撥ね千人斬りの鬼神と言う伝説を作り上げた。

 そんな夜斗守家にはある習わしがあった。

 今より数百年も昔にまで時は遡る。当時葉桐家当主は重い病に掛かり、命は取り留めたものの男性機能を失ってしまった。子孫を残せない事は一大事である、その事に嘆き我が代で祓剣流兵法が廃れてしまうのかと嘆いていたところ、手を差し伸べる者がいた。

 名は夜刀神――その存在は人に非ず。双角を生やした巨大な白蛇の姿をしており、絶対勝利を司る戦神と崇められる一方で破滅、憎悪と言った禍力を司る疫神の一種である。

 夜刀神は己の持つ神通力にて葉桐家に勝利を、そして失われた男性機能を復活させる代わりに守り神として崇め戦場に出た時は百人の死体を差し出せと要求してきた。

 時は戦国時代、国内で争いが起き人間同士が殺し合う事が当たり前であった時代だ、当主ははこの契約を承諾し、無事に子孫を残す事が出来た。

 そして約束に従い合戦がある時は敵味方問わず求められるがままに力を貸し、猛威を振るったと言う。後に旧姓である葉桐を夜刀神を信仰する事から夜斗守やとがみと性を改め、同時に周囲から鬼の一族としても恐れられた。

 だが時代が進み、第二次世界大戦の後に終戦となり、人を殺す必要が無くなった夜斗守は夜刀神との契約を破棄しようと相談を持ち掛けた。しかし夜刀神は契約を破棄する事を許さず、破棄すれば一族を滅ぼすと脅迫をしてきた。

 やむ得なしに夜斗守家は長男を除く子供が十五歳になった時生贄を差し出すと言う形で泣く泣く契約を継続してきた。

 そんなお伽話の様な契約が平成と言う現代となった今でも受け継がれていると知ったのは、悠がまだ十五歳の頃。普段使われる事もなければ暮れの大掃除の時も掃除されず、両親に訪ねても知らない、余計な事を知らなくていいと答えない蔵の存在に幼少期特有の好奇心が働き、悠は両親が不在の時を狙って中へと忍び込んだ。

 そこで偶然にも家の藏で夜刀神に関する資料を見つけ父――源一郎に問い質し、契約によって五つ歳の離れた妹が生贄に捧げられる事を知った。

 無論悠は信じていなかった。その様な風習は現代の様に科学的根拠を以て解明される事でも、当時の人間からすれば神仏或いは妖怪はては悪魔の仕業であると言う認識が占めていた。故に神頼みや祈祷と言う非科学的存在に縋ったのである。それに従いその様な契約は実在しないと父に論した。

 しかし源一郎は真実だと怒鳴った。夜斗守源一郎が厳格であり、そしてこの世で最も強い剣士おとこだと悠は認識している。その源一郎おとこが夜刀神と言う神に恐れを抱いている。その姿に悠は驚き、同時に信じざるを得なかった。

 妹が生贄に捧げられる――その驚愕の事実を知った悠は立ち上がった。まだ小学生の妹が五年後には生贄として捧げられる。共に暮らしてきた家族が、純粋に兄に甘えてくる妹が、五年後にいなくなる、その事態は何としてでも避けなくてはならない。

 悠は学校を卒業し、進学せずに山に篭った。三年後に向けての修練を行う為である。

 夜刀神……果たして存在するのか否か、わからない存在を討ち取る為の修練。第三者が聞けば夢の見すぎだと心底呆れ嘲笑うだろう。だが彼の心には妹を守り、己を犠牲にしてでもその元凶たる夜刀神を討つと言う使命感で燃え上がっていた。

 そして運命の日、悠は遂に夜刀神に戦いを挑んだ。

 全身を己と夜刀神の血で赤く染め上げながら死闘を演じた末に悠は勝利した。神に人間が勝つと言う、歴史上……神話上最大の下克上を成し遂げたのだ。

 神とは古の時代より絶対的な存在であり、人智を超えた力を持つ存在、つまり人間では神に勝つ以前に戦う事すらも不可能。

 その不可能を可能に変え、更には倒してしまった。

 夜刀神が弱かった、と言う事はまずない。もし倒せる程度の相手ならば先祖が退治している筈だ。それが不可能であったからこそ契約を継続し続けている。

 実際に戦いを挑んだからこそ、その神の力の凄まじさを身を以て理解する事も出来た。祓剣流兵法が本当に天人龍神悪鬼羅刹をも斬る魔剣と化したのか、それともたった一人の妹を守ると言う執念が神の力さえも上回ったのか。いずれにせよ悠は夜刀神の呪縛から一族を、妹を解放した――己の命を引き換える事によって。

 そんな悠に待っていたのは死であり、そして第二の人生。それこそがファンタジーを題材とするラノベ作品で見られる転生であった。

 夜斗守悠としての記憶、知識、経験を保有したままこのヴェルフッド大陸と言う剣と魔法の異世界の住人として、新たな人生を得たのである。

 だが、異世界の人間として転生した事に気付き驚愕したのも束の間――第二の母親となる女性に捨てられると言う転生して最速で訪れた人生最大の危機に悠は襲われた。捨てられた場所は魔王がいると言うゲームで言えばラスボスがプレイヤーを待ち受けているダンジョンの手前。ゲーム終盤ともなればそれに相応しい手強い魔物が次々と襲い掛かってくる。そんな場所に悠は捨てられた。

 後に知った、自分が捨てられた理由――それは黒髪と黒い瞳を以てして生まれた為であった。家系や血統を問わず生まれ持って天賦の魔力を持ち超越した異能を持った子供……『黒キ王』を始めとする全ての魔王に見られる黒い髪と瞳。

 百年に一度と言われる日、その髪と瞳、更に一定の年齢を迎えると不老の肉体へと変わる体質を持って生まれた子供は、国に禍いを齎す凶星の元生まれた子は『魔人』と呼ばれ処分されるよう法律で定められていた。

 即ち悠は転生後も日本人特有の黒髪と黒い瞳を持った子供として転生してしまったが為に捨てられたのであった。

 申し訳なさそうな表情で呟くように謝罪し走り去さっていく女性を、赤子である事も忘れて悠は呼び止めるが彼女が戻る事はなかった。

 助けを呼ぼうにも呼べない状況に悠は必死に思考を働かせた。無論転生した事や捨て子にされた事と立て続けに起きた出来事に脳が処理しきれない状態では良案は生れず。また生まれたての赤子では満足に一人で動く事も出来ない。

 そんな時に現れた、恐ろしい異形の怪物――ヴェルフッド大陸に存在する人に仇名す存在……魔物。魔物からすれば餌が転がっているのも同じだろう。楽をして今日の糧を得る事が出来る。そんな魔物達に赤子だから見逃すと言った慈悲は持ち合わせていない。本能に忠実なままに生きる、それは動物と大差ない。

 転生して直ぐに訪れる二度目の死に悠は強く目を閉じ――不意に訪れた浮遊感に見開くと、そこには先程捨てた張本人である母親の姿があった。我が子を捨てると言う罪悪感に忌子であり処分する法を破る事を決意し戻ってきたのだ。

 籠を抱え森の中を駆け抜ける彼女の背後より魔物が追跡する。餌を横取りされたとなれば当然奪い返そうとする――が、か弱い人間の女性となれば寧ろ獲物が増えたと喜んでいたのかもしれない。

 人間と魔物、その能力の差は歴然である。は人間が住むのに適していない過酷な環境下の中でも生きていける優れた適応能力を持つ。その中で育った肉体は当然人間を凌駕するのは言うまでもない。それを補う為に武術であり、剣や鎧と言った武具であり、魔法と言う神秘の力で人間は身を守る。それでも純粋な身体能力であれば、人間は魔物に勝つ事は出来ない。ましてや武術の心得も肉体を鍛えてもいない女性であれば尚更の事。

 瞬く間に魔物に追い付かれその凶刃を彼女は背中から浴びた。防具も何も纏っていない、ただの布の服が瞬く間に朱に染め上げられていく。糸が切れた人形のようにがくりと、両膝を地に着き――それでも我が子を渡さんと更に強く抱え込み己を盾として魔物に抵抗した。ただの人間であるが故の精一杯の抵抗、しかしその瞳に宿る意志の強さは魔物を怯ませる凄みがあった。母は強し、我が子の為ならば身を呈して守る事も厭わないとは正にこの事を言うだろう。

 そうして何の力もない人間に恐怖を感じたのか、魔物はそのまま逃げるように立ち去った。そして残された女性は大量の冷や汗を浮かべ大粒の涙を零し、一度でも捨てた事に対する謝罪の言葉を弱々しく口にした後息を引き取った。瞳から輝きが失われ、しかし我が子を心配させまいと優しい笑みを浮かべたまま静かに。

 悠は、泣いた。第二の母親であった彼女の死に対して。本来なら目の前にある命を守れた筈が守られ、何も出来ずに見ているしかなかった悔しさに対して。その泣き声を聞きつけた一匹の悪魔と出会う――それこそが魔王キルトに仕えている三魔将の一人、アルトロスであった。

「……どうかしたのか小僧」

 不意に、アルトロスが尋ねてくる。そこでハルカは我へと返った。

「……別に。ただ、ちょっと昔の事を思い返していただけだ」

 懐かしむように、しかし何処か悲しげな笑みを浮かべながらハルカは答えた。

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