第三章:双刀炎舞⑥
燃え盛る炎に包まれたキリュベリア城。その主塔前では大乱戦が繰り広げられていた。
前線で剣を振るうリザードマンであるフレイア。そして上空よりハーピーのヒロに持ち上げられたケンタウロスのリリーが弓矢にて援護射撃を行う。
凄い。主塔の窓より外の様子を伺っていたレナスは感心していた。元より亜人は人間より優れた身体能力を持ち、その多くが人間が数年の過酷な修練を積む事で辿り着く領域に生まれながらにして到達している。
初めて目にする亜人と言う存在、その強さ。種族故、と言うだけではきっとない。あの魔王キルトの息子、木刃の魔剣士であるハルカの仲間であるからこそ、彼女達は強いのだろう。
そんな彼女達の主人であるハルカは、炎帝イリュデリデと対峙していた。
「ふん!」
イリュデリデが仕掛ける。
炎を宿した大剣が唸りを上げてハルカへと襲い掛かった。鋭く空を切り裂くその音からは、その一撃にどれだけの威力が秘められているか物語っている。たたでさえイリュデリデが手にしている大剣は剣と言うよりも鉄塊と呼ぶに相応しい質量、それでいてその刃は極限にまで研ぎ澄まされている。
更にイリュデリデが斬撃を繰り出せば、その軌跡に従って紅蓮の炎が追従する。炎帝の異名を持つ魔王だ、この程度の事は出来て当たり前なのだろう。不運にも炎帝の射線上に入ってしまった魔物は真っ二つに切り裂かれ追従する炎によって跡形もなく燃え散った。
並大抵の武器ならば武器ごと両断され、同等の武器を手にしていたとしても圧倒的な力の前に身体がついていけず骨は砕けるだろう。仮に受け止められたとしても燃え盛る炎が追撃を加えその高熱によって肉体は焼かれてしまう。
イリュデリデの攻撃を受けてはならない。
その事にハルカは対峙する前より気付いていたに違いない。
右へ、左へ。絶え間なく振るわれるイリュデリデの炎剣を全て躱す。まるで最初から手の内がわかっているかのような、恐るべき見切りの鋭さ。一見すれば防戦一方を強いられているが、確実にイリュデリデとの間合いをハルカは徐々に詰めている。
そして唐竹に打ち落とされる一閃が繰り出された瞬間、ハルカは身体を回転させながらイリュデリデの側面へと回り込み斬撃を回避。更にその回転による遠心力を加えながら横薙ぎに剣を払った。
ハルカの斬撃は、確かにイリュデリデの左腕を捉えた。
ただ相手が魔王、炎帝イリュデリデである事を忘れてはならない。よほどの達人でもない限り、先の一閃は躱せないだろう。現にイリュデリデもハルカの横薙ぎを躱せなかった。だから左腕を盾にすることで致命傷を避けたのだ。
ハルカの斬撃はイリュデリデの左腕を切断するまでには至らず、半分程で刃は止まっているが骨まで達している。傷口から血が流れ、赤い雫となって地に落ちる。
「……くっくっく……はぁっはっはっは! どうしたこの程度か?」
ダメージを受けているにも関わらず、イリュデリデの顔には余裕の表す不敵な笑みが浮かべられていた。
「所詮最弱の魔王の息子。この程度の攻撃で我を倒せると思うとは滑稽だぞ!」
腕を振り払う事で刃を外し、あろうことかその負傷している腕を振り上げハルカに鋭い拳打を見舞った。
鈍く重い音が、はっきりとレナスの耳にまで届く。
ハルカは右腕で防御を取った。だがその圧倒的な筋力と攻撃対象に炎の追加攻撃を与える一撃に耐えられず、結果ハルカは大きく吹き飛んだ。皮膚が紫色に変色し歪な方向に折れ曲がる。
「ぐあぁっ!」
地面に身体を打ち付けながら何度も転がり、なんとか体制を立て直したハルカ。
「貴様よくも我が夫ハルカを!」
フレイアが魔物を蹴散らし、そのままイリュデリデへと斬り掛かった。
イリュデリデはそれを大剣で防ぐ事も避ける事もせず。素手で刃を掴み斬撃を受け止めた。
「何をするつもりだリザードマン。よもや貴様、この我と戦うつもりではあるまいな?」
「夫を守るのが妻である私の役目。貴様にハルカは殺させない!」
「ならば貴様から葬り去ってやろう! 燃え散れ亜人が!!」
紅蓮の炎剣がフレイアの剣を両断する。折れた刃が宙へと舞い、綺麗な断面図から発火した炎が瞬く間に鋼鉄を溶解し、燃やし尽くす。
その凶刃が今度は彼女へと向けて襲い掛かる。剣で防げなければ盾で身を守ろうとも同じ事。
(このままじゃ斬られる!)
レナスが思わず窓から身を乗り出した次の瞬間、上空から放ったリリーの矢がそれを妨害。更に体制を立て直したハルカが駆け出しフレイアを抱え離脱。矢を防ぐ事に意識を向けたイリュデリデの反応が遅れ、標的を失った凶刃は虚空を鋭く切り裂いた。
「……よかった」
安堵の息を漏らす。ハルカは兎も角として彼女達との面識は今日が初めてになる。しかし目の前で誰かが殺される光景を目にするのは避けたい。
「何をしているレナス! 早くこっちへ!」
「…………」
下着姿から鎧兜で身を固めた父、ロイに促されレナスは窓より離れる。
ネグリジェ姿の母、ジルを守るように片腕の中に抱きながら先行するロイの後に続きレナスは“黒薔薇”としてキリュベリア城を抜け出す際に使っていた抜け道を使って城外への脱出を――促した。
「……お父様、お母様、先に逃げていて下さい」
「馬鹿な! 何処へ行くつもりだレナス!」
何処に向かうのか。決まっている。主塔で命を駆けて炎帝イリュデリデと戦ってくれている彼らの元へだ。
魔人であり人々から忌子として嫌われている彼らが、結果この国の為に戦ってくれている。本来この国の民である自分達に変わってだ。誰からも讃えられず、逆に漁夫の利を得んとする絶好の機会を与える事をわからない彼ではない。
そんなハルカ達に全面的に押し付けて自分だけ逃げる事が出来ようか。答えは否。レナスは収めた剣を再び鞘から抜き放ち踵を返す。
「待ちなさいレナス! 戻ってくるんだ!」
「お断りしますお父様! 私は彼らの……ハルカの援護に向かいます」
「何故お前があの魔人の手助けに行くのだ!」
「ハルカは! 彼は他の魔王や魔人とは違います! もしハルカが他の魔王達のように同じなら私達を逃がす為にイリュデリデと対峙しなかったでしょう。その証拠に彼は今あの炎帝と戦っています」
「だ、だが……!」
「……お父様。以前より私はずっと疑問を抱いてきました。魔人とは……本当に悪なのかどうか。黒髪と黒い瞳を持っただけで忌子とされ生まれて間もない赤子の命を奪う事は、本当に正しい事なのでしょうか?」
「…………」
ロイは答えない。レナスは言葉を紡ぐ。
「ハルカは確かに変わっています。でも魔人としての強さの中に私達人間と変わらない、優しい心を持っている……一度刃を交えた私にはそれがわかります。だからもしここでハルカを見捨てたり裏切ったりすれば、きっと私は一生後悔する……そんな気がするんです」
「し、しかしだなレナス。それこそ演技なのかもしれぬのだぞ!?」
「……お父様、お母様を頼みます!」
「あ、レナス!」
ロイの言葉を待たずしてレナスは武器庫へと立ち寄り一振りの剣を掴むと出入り口へと急いだ。
主塔より外を出ると、乱戦の中ハルカに止めを刺さんと歩み寄るイリュデリデの姿が飛び込んできた。
「させないわよ!」
地を蹴り上げ跳躍。その間にフレイアへと向かって武器庫より取ってきた剣を投げ渡す。
「それを使いなさいリザードマン! 得物無しじゃキツいでしょ!?」
「感謝する!」
剣を受け取り魔物へと駆け出すフレイア。その姿を視界の端で見届け、落下速度を加えなががらイリュデリデへと剣を打ち落とした。
「我の邪魔をするのは誰だ!?」
けたたましい金属音が鳴り響く。大剣で斬撃を受け止めたイリュデリデが、レナスの顔を見た途端口元を歪め不気味な笑みを浮かべる。
「ほぉ、まさかキリュベリア王国の姫君が我に戦いを挑む愚か者とは思いもしなかったぞ」
「ハルカは貴方なんかに殺させないわ。ハルカを倒すのは、この私よ炎帝!」
「吠えるな小娘が!!」
「きゃあ!」
大剣を豪快に薙ぎ払い、レナスごと剣を弾き飛ばしたイリュデリデ。
息つく間もなく、全てを燃やし尽くす紅蓮の炎が飛んでくる姿が視界に飛び込んできた。地上ならばまだしも空中では身動きが取れないければ、最強の技であるセイグリットフロウラスを発動させる時間もない。
直撃する。レナスは防御の構えを取り来るべき高熱とダメージに備える。
「さ、させるか!」
不意に、ハルカが吼えた。その手から何かが投擲される。
炎とレナスの間に入るように投擲されたのは彼の持つ非殺傷武器である木刀、悪食だ。吸収の効果を持つ悪食がイリュデリデの炎を受け止める。
木と炎とでは当然相性は悪い。イリュデリデの炎を受けた悪食は吸収しきれず数秒後には完全に燃え散ってしまった。だがその数秒と言う時間はレナスが地上へ降り立ち体制を立て直すだけの猶予を作るのに充分だった。
ハルカは違う。己が傷付いても誰かを守ろうとする優しく強い心を持っている。今この場に両親がいない事を悔やみながら、レナスは剣を構え直しイリュデリデと対峙する。
ハルカは私が守る。そう強く決意しながらセイグリットフロウラスの構えを取った。
イリュデリデが異変に気付いたのは、レナスが剣を構えたその直後であった。
背後から向けられる殺気。鋭利な刃を向けられている錯覚すら与える鋭く研ぎ澄まされている。その殺気の主は先程腰に差していたもう一振りの武器でレナスを守った魔王キルトの息子。
そして振り返った直後、一陣の疾風が通り過ぎたと感じ、右肩に痛みを憶える。見れば鎧ごと肉体が綺麗に裂けて出血していた。
「なっ!」
イリュデリデは驚愕に目を見開く。疾風の正体はハルカが視認速度を超える迅さで動いたが故に生じた突風。そして右肩を切り裂いたのは左手にした剣による一撃。先程左腕で受けた斬撃とは大きく性質が異なる。今までになかった明確な殺意が、今の一撃には孕んでいた。
「……思えば俺は今まで、誰かに対して殺意を向けて剣を振るった事がなかった。人間に対しては当たり前、魔物と戦う時も殺気は向けても心の奥底から殺してやりたいと思った事は一度もなかった。でも今俺はお前に対して初めて殺意を抱いた――お前は……フレイアを殺そうとした」
左手に握る剣の切先を静かに向ける。
「だからお前は……俺が殺す」
ハルカが動いた。
間合いを詰める為に脚に力を込めたと認識した瞬間、斬撃が飛んできた。
「がぁぁぁっ!!」
左肩から縦一直線に切り裂かれた肉体。辛うじて骨まで到達してはいないが肉は完全に裂かれていた。だらだらと流れる血が腕を伝って指先から落ちるその感覚は不快極まりない。
「き、貴様ァァァァァァァッ!!」
イリュデリデが吼える。
持てる全ての魔力を総動員させて全力の攻撃をハルカへと繰り出す。その射線上に自軍の下僕がいようとも知った事ではない。逆にこの炎帝と呼ばれるイリュデリデに仕えているのだからなんとか出来て当たり前だ。それが出来なければただの役立たず、雑兵もいいところだ。
だがどれだけ炎を放とうとも燃え散るのは全て自軍の下僕のみ。ハルカは恐るべき迅さ、それに加えて壁や魔物の上を足場とした縦横無尽な動きで全て回避している。そして間合いに詰められたと認識したと同時に繰り出される神速の剣戟はイリュデリデを捉えて離さない。
「こ、こいつ……!」
新たに訪れた二つの異変にイリュデリデは冷や汗を流す。
ハルカが剣を振るえば振るうほど、その剣速は加速され、その一撃は鋭く重いものへと変貌していく。
一撃目が来たと認識した時には既に第二の斬撃が違う方向から襲い掛かってくる。まるで同時に攻撃が放たれているかのような剣速は正に神速と呼ぶに相応しい。
そして剣と言う斬る事に特化した武器であるにも関わらず受け止めれば刃を通し伝わってくる衝撃は巨大な鉄槌を受け止めるかの如く重い。
そんな剣を振るうハルカが、笑みを浮かべていた。
目は氷のように冷たく硝子のような無機質を醸し出しているが、その口元には笑みが浮かべられている。闘いを、何かを斬る事を、殺す事を愉悦としている魔王の顔だ。征服や侵略と言った行為を好まない性格から危険度がFと言う魔王として屈辱的なランクを与えられた魔王キルトの血を引く子供とは思えない凶暴、残忍性にイリュデリデは新たな感情を憶えた。
心が震え、考えた事もなかった撤退の二文字が脳裏に過ぎる。脆弱な人間が抱きやすい感情――恐怖。
「この我が……この我があのような小僧如きに恐怖を抱くだと!!」
イリュデリデは否定するように叫んだ。
第二の『黒キ王』としてこの大陸を支配する資格を持った自分が、最弱の魔王の血を引く子供に恐怖を抱く。有り得ない。そんな事はあってはならないのだ。
「いちいち吠えるな。お前は人生はここで終わる」
神速の剣戟を自ら終わらせたハルカが、左手の剣を腰の鞘へと収めた。そして無残に折れた筈の右腕をゆっくりと上に掲げ、勢いよく振り下ろす。骨と骨が打ち合うような音が鳴り響くと、何事もなかったかのように右腕を動かす。紫色に変色していた皮膚も今では元通り綺麗な肌色へと戻っていた。
回復薬も魔法も使わず完治させるとは信じ難い自己治癒力である。
剣を鞘に収めたまま身体を落とし柄に右手を近くに置く。その奇っ怪な構え、にも関わらず全身を通して伝わってくる強烈な殺意の塊は最初に向けられたものとは比べ物にならない。
アレは必殺の類だ。イリュデリデはそう理解する。
「なんだその構えは……我をどこまでコケにするつもりだ小僧ォォォォォォォッ!!」
この場にいる全てを燃やし尽くす勢いで全魔力を放った。巨大な炎の波がハルカへと襲い掛かる。
「――蒐極抜刀、神威」
迫り来る炎を見据え静かに呟き、鞘に収められた剣が抜き放たれる。
一閃。神速を以て抜き放たれた刃は全魔力を込めた炎を容易く断ち切り、そして術者にも必殺の一撃を浴びせた。
「――――」
全身から力が抜けていくのを感じ、視線は自然と剣を振り終えたハルカから満天の星へ視界に収める。
ゆっくりと、だが確実に死が迎えに来ている。大量の出血に伴い失われていく温度がそれを物語っていた。
「――――」
死にたくない。炎帝と恐れられ第二の『黒キ王』とならんとしていた自分が死を恐るとは情けない。その資格は最初からなかったらしい。
イリュデリデは静かに目を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆
イリュデリデ達の強襲より翌朝。キリュベリア王国は早速復興作業が行われていた。
大将であるイリュデリデが討伐された瞬間より町や城内で戦闘を繰り広げていた魔物達は蜘蛛の子を散らすように撤退。数多くの犠牲者が出たもののキリュベリア王国崩壊と言う最悪のシナリオは避ける事が出来た。
そして現在、ハルカ達はキリュベリア城内の一室にて疲れと傷を癒していた。魔人がキリュベリア王国に、それも国王のいる居城に滞在するなど本来なら有り得ない話だが昨晩の一件とレナスとアリッサの口添えもあり客人としての対応を受けた。当然使用人や他の兵士からはいい目を向けられはしなかったが、国王からの命令とあれば彼らも従わざるを得なかった。当然居心地はよくなかったが、久し振りの入浴とベッドでの就寝は最高だった。
そのキリュベリア城の玉座の間にて。ハルカは国王ロイ・キリュベリアとの謁見を交わしていた。
「それじゃあ何かとお世話になりました。俺達はこれで帰ります」
「う、うむ……――時に魔王キルトの息子よ」
「なんですか?」
「何故君はあの時我々の為に戦った? 君は魔人であり謂わば我々とは敵対関係にある筈。にも関わらず我が娘レナスを守っただけでなくこの国をも、あの炎帝より命懸けて戦い守ってくれた。それは何故だ?」
「……魔人だからとか、そんなの俺にとっちゃどうでもいい事だ。別に今回の一件で俺を信じろとか謝礼をしろとか、そんな事を言う気は一切ない。何が正しいのかは、それを決めるのは国王……そして人間達だ。それでも俺達を悪だと思うのなら、それならそれで俺は構わない。どう思われようが俺は俺の信念を死ぬまで貫くだけだ」
「…………」
「……でもこれだけは覚えておいてくれ。俺達魔人も、皆人間の父親と母親から生まれたのだと言う事を――それじゃあ失礼します」
そう言い残してハルカは玉座の間を後にする。
開かれた扉を潜ると心配そうな表情を浮かべていたフレイア達が一斉に駆け寄ってきた。
「大丈夫でしたかハルカ!? 何処かお怪我は!?」
「俺なら全然問題ない。それじゃあそろそろ帰ろうか。当初の目的は、まぁ果たせなかったけど多分満足してくれるだろ」
「早くハルカの城に行ってみたいしね」
「ねーねー美味しいご飯食べさせてくれるの?」
「あぁ、俺の城には腕利きの料理人がいるんだ。だから期待していいぞ」
会話を交えながら廊下を歩く。
すると前方よりレナスがやってきた。昨晩見た戦闘服とは異なり美しいドレスに身を包んだその姿はキリュベリア王国の姫として彼女だ。
「もう、行っちゃうのね」
「あぁ、そろそろ帰らないとな。なんか色々と悪かったな」
「いいわよ。結果としてアンタがいてくれたから助かったわ――でもなんか、寂しくなるわね」
「まぁ暇が出来たらいつでも遊びに……って気軽に言えないわな。でも何か縁があったらまた会うこともあるだろ。それじゃあ元気でな」
「ハルカもね。言っておくけど私はまだアンタに負けてないんだから、憶えてなさいよ?」
「さぁ? もう忘れたな」
お互いに小さく笑い合い、ハルカはレナスに見送られながらキリュベリア王国を後にする。帰りを待ってくれているだろう、家族のいる我が家へと。




