第三章:双刀炎舞⑤
眠りに就いたキリュベリア王国。その城下町をハルカは迅速かつ静かに移動する。
レナスとの一騎打ちにて勝利し連れて帰ると言う予定は、衣服が敗れるというラッキースケベとアリッサの乱入により取り消しとなってしまった。
あの一騎打ち以来“黒薔薇”の姿を見ていない。アリッサの報告によって夜な夜な危険な事をしていたのがバレた彼女は軟禁状態になっていると見ていい。
これからする事は誘拐だが、レナスにとっては救出になるかもしれない。
元よりレナスと一騎打ちをする事自体が予定外だった。此方は最初からキリュベリア城へと潜入し誘拐するつもりで作戦を立てていた。だから当初の予定通り今晩作戦を決行する。
従って今回はリリー達も引き連れての隠密行動だ。予め下調べしておいた最短かつ安全ルートを通り見回りの目から逃れながら目的地であるキリュベリア城へと到着した。
正面からの潜入は勿論不可能。わざわざ見つかりに行くようなものである。
巡回路を見張りが行き来する。その姿が視界より完全に消えたのを確認しハルカはリリーに視線を向けた。
「任せてハルカ」
頷いたリリーが弓を手に構える。弦に番えるのは矢ではなく長いロープで繋がれた鋼鉄製の銛。
リリーの指より離された弦。その勢いに乗って射出された銛は一直線にキリュベリア城へと向かって飛翔する。返しの付いた鋭い先端が城壁を砕き刺さる。
「それじゃあ予定通りによろしく」
「お気を付けてハルカ」
「無理しちゃ駄目だからね!」
「むにゅう……眠いよぉ……」
「ははは……行ってくる」
一人緊張感の欠片もない様子だが仲間に見送られながらロープを引っ張り抜けない事を確認し、ハルカはそれを使って聳え立つ城壁を登り始める。見張りをしている兵士一人一人の行動パターンを徹夜で観察を重ねそこから警備が手薄になる時間帯と場所を特定しての潜入。
城壁を登り切ると直ぐに物陰に身を潜めながら周囲に敵兵がいない事を確認する。
「こちらハルカ。無事に敵の本拠地内部への潜入に成功した。これより作戦を開始する」
誰に言うわけでもなく呟いた後、ハルカは主塔を目指す。
何事も気分は大切である。今の自分は蛇のコードネームを持つ隻眼の英雄だ。そう思うと自然と気分が高揚し誰にも見つかる事なく任務を完遂出来そうな気にもなってくる。
足音と気配を殺し周囲を常に警戒しながら静かに、それでいて迅速に進む。
「ッ!」
前方より兵士が近付いてくる。薄暗い為まだ相手は此方に気付いていない。
ハルカは素早く装備品として携行していた木箱を被りその場で立ち止まる。
木箱越しから感じる兵士の気配。その距離が零まで縮まり――そのまま遠ざかっていく。気配が完全に消えた後木箱から出て、安堵の息を一つ漏らした。
(ふぅ……この緊張感マジでやばいな)
単独であるのに対し相手は多数。見つかれば瞬く間に包囲され成す術がなくなってしまう。英雄製造国と言われている場所にいる以上今まで戦ってきた相手とのレベルも大きく違う。それはアリッサやレナスと戦っているからこそよくわかる。
負けるつもりは毛頭ない。だが人間である以上一人で戦い続けるにも体力に限界がある。何より潜入任務において戦闘は勿論自身の排泄物と言った痕跡すら残す事は御法度なのだ。
絶対に見つかってはならない。ハルカは暗闇に身を潜めつつ主塔との距離を縮めていく。
やがて聳え立つ主塔の入口が見えた時、ハルカは暗闇に身を潜め様子を伺った。
主塔内部へと入る侵入ルートは正面扉の一つのみ。窓もあるが鉄格子が施されいる為侵入ルートとしては使えない。その為には正面扉前にいる歩哨をどうにかする必要がある。
数は四名。装備は重鎧にラウンドシールド。武器は右手に握られている幅広で肉厚の刃が月光を浴びて怪しく輝くパルチザンと腰に携帯されているショートソードが一振り。装備の質と主塔の警護を任されている辺り戦闘能力は高いと判断していい。
ハルカはキリュベリア城周辺で予め拾っていた石ころを取り出し、それを投げた。
綺麗な弧を描きながら投擲された石ころが地面に落ちる。
「ん? なんの音だ?」
「……確認する。ついてきてくれ」
「了解した」
物音に反応した見張りが石ころの落下地点へと意識を向け警戒しながら移動し始める。その隙にハルカは正面扉へと向かい内部へと侵入した。
二階入口を潜れば広々としたホールが出迎えそこから上下へと続く階段が待ち構えている。当然目指すべき場所は上層階。一階や地下は食料庫や宝物庫とされている事が多いが今作戦には一切関係ない。また実の娘をそのような場所に閉じ込める親もいないだろう。
階段を上がり三階の居住層へと足を踏み入れた。
右に扉が一つ、左に扉が二つ、そして奥には上層階へと続く階段。
左側にある部屋のどちらかがレナスの私室となっている筈だ。ベッドが激しく軋む音が聞こえてくる右側の扉は確実に違う。
ハルカは左側の扉の一つに耳を当てた。
「もう……く。アリッサ……裏切り……」
微かに聞こえてくる少女の声。それはレナスのものだった。
ハルカはドアノブに手を伸ばし扉を開ける。
だが扉は開かない。鍵が掛かっている。
「仕方ない」
ハルカはコートの中からピッキング道具一式を取り出した。
冒険に出た中で遺跡やダンジョンを通る事は絶対にある。その中でもしまだ誰にも発見されていない宝箱を見つけたとしよう。発見出来た喜びと中に何が収められているのか期待に胸を膨らませながらいざ開けようとするが鍵が掛かっていた。
宝箱を開ける鍵は勿論持っていない。では壊してしまえばいいと思うかもしれないが、万が一その宝箱に正当な方法で開けられなかった場合爆発する仕掛けでも施されていたとしたら。そうなってしまえば中身を手に入れる事なく失い、爆発に巻き込まれて自分も負傷する可能性もある。
そこでハルカは昔動画サイトで見ていたピッキングのやり方を思い出しながら実物を使い幼少期より練習に練習を重ねてきた。アルトロス達からは壊せば済む話をわざわざ面倒な真似をする事に無駄だと呆れられた。
そう。馬鹿丁寧に鍵を見つけて開ける必要は何処にもない
ゲームはシステム上そのように設定しておかなければゲームとして成り立たない。なんでもかんでも壊して宝箱の中身をゲットするゲームと言うのも斬新だが、苦労して手に入れた時に味わう喜びも達成感も得られない。
従ってハルカはなんでも壊せばいいと言う物ではないとアルトロスに論し、遂に独学で身に付けた。
そのピッキング技術を今、使う時がようやく訪れたのだ。
使い慣れた器具を鍵穴へと差し込み開錠する。掛かった時間は僅か三秒。
我ながら手馴れたものだと実感しながらハルカは静かに扉を開け――
「ちょ、貴方……!」
人差し指を口に当てて驚愕に声を荒らげようとするレナスに指示した。直ぐに理解した彼女が静かに頷き、ハルカは音を立てないように扉を閉める。
部屋に軟禁されていた彼女は白いネグリジェを纏っている。その姿は“黒薔薇”としての好戦的な性格を一切感じさせない。
ピンク色の天幕付きのベッドや可愛らしいクマのぬいぐるみと言った物で飾られた部屋は年相応の少女らしさとお淑やかさを醸し出している。
「助けに来た……って言うのはちょっと違うか。お前を誘拐しに来た」
「私からすれば助けに来てくれたのも同じよ。でもよく侵入出来たわね……入口は近衛兵が守っていたのに。それにこの部屋の鍵だってお父様とお母様の私室に保管されているのよ?」
「これでも俺は何度も過酷な潜入任務をこなしてきたから慣れてるんだよ。この程度の警備と施錠ならEASYモードも同じだ」
「? 言っている意味がよくわからないけど兎に角助かったわ。私を早く連れて行ってちょうだい」
「……誘拐する俺が言うのもなんだが、本当にいいんだな?」
「いいわよ。こんな自由のない縛られた生活を強いられるぐらいなら外に出た方がいいわ」
「……何度も言うが目的を達成したら速攻でお前をキリュベリア王国に送り返す。そこから先はお前の好きにすればいい。そのまま城暮らしするのも、俺と別れた後一人旅に出るのもお前の自由だ」
「そんな事は貴方に言われなくても後で決めるわよ――さぁ早く行きましょう。私の武器は四階の武器庫に取り上げられているの。まずはそれを回収しに行かないと」
「了解した。急ぐぞ」
「って着替えるからちょっとあっち向いてなさいよ……!」
「えっ? あぁ、はいはい」
レナスに指摘され、ハルカは彼女に背を向ける。
背中越しに聞こえてくる物音。今振り返れば確実にレナスの裸体を拝む事が出来る。事故とは言え目にしてしまったレナスの裸体。蒼月の神殿にて蒼い輝きに照らされたその姿は犯しがたい神聖さを醸し出していた。故にハルカの脳裏には今も尚鮮明に焼き付いている。
一国の姫の着替えを生で見ると言う死罪に相当するが、だが誰にも真似出来ない事をやってのけた人物として後世にまで悪い意味で語り継がれていくだろう。アルトロスとしても内容が内容だけに、魔王の息子の所業として納得はしてくれない筈だ。
「ちゃ、ちゃんと後ろ向いてなさいよ。絶対にこっち見るんじゃないわよ……!?」
「わかってるってから、口を動かす暇があるのならさっさと着替えを済ませてくれ。女って言うのはどうしてこう身支度に時間が掛かるのやら……」
今ここでレナスの裸体を見るのは簡単だ。ただ振り返る、これだけでいい。
だが何事にもシチュエーションと言うものは重要。今ここで見たとしても、蒼月の神殿で目にしたような神聖さはきっと感じられない。
暫くして物音が止み――
「も、もういいわよ」
レナスの許可が出た所でハルカはやれやれと溜息を吐きながら振り返った。
その姿は黒を主体とした“黒薔薇”としての衣装とは大きく異なっていた。青を主体とし橙で縁どられた生地で作られたノースリーブとミニスカート。その上に纏われている女性に乳房の形に打ち出されたマント付きの胸甲……所謂おっぱいアーマーが装着されていた。
聖蒼の姫騎士。今のレナスにはこの言葉が的確だ。
「似合ってるな。“黒薔薇”としての格好よりこっちの方が断然可愛いと俺は思うぞ」
「か、可愛いってなによ! それより早く行くわよ。時間がもったいないわ!」
「仰せのままにお姫様」
着替え終えたレナスを連れてハルカは四階へと向かった。
ロウソクに灯る小さな炎達の輝きが照らし出す武器庫には文字通り武器と言う武器がそこに保管されている。
「何処にあるのよ私の剣……!」
「これはまた大量に保管されてるんだな」
レナスが我先にと己の剣を探し始める中、ハルカも遅れて物色し始める。
剣、槍、斧……国王と国を守る為に保管されている武器は並大抵の冒険者ならばなかなか手にする事が出来ない、どれも上質で高価なものばかり。
刀を主兵装としている以上西洋剣を使う気もなければここにある武器が欲しいと言う気もない。強いて言うなればどのような武器が使われているのか興味から手にとってはそれを己の太刀と比べていた。
「……やっぱりウチの鍛冶師が作った刀の方が優れてるな」
「あ、あった!」
己の剣を見つけたレナスが喜びの声を上げた。
「よし、それじゃあさっさとこの城から脱出するぞ」
「わかってるわよ!」
目的を達成しロウソクの灯り全てを消すと入口へと向かって素早く移動する。
階段を下りて三階へ。未だ聞こえてくるベッドが激しく軋む音を耳にしながらそのまま二階のホールへ。そして入口に近付き近衛兵達の気配がないかを確認し――
「ぐあっ!」
「な、何を……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「今のは!?」
扉越しに聞こえてきた断末魔にハルカは外へと飛び出した。
扉の先に広がっていた光景。見張りをしていた兵士は勿論この主塔の警備を担っていた近衛兵達。その彼らの見るも無残な死体が無造作に転がり地面が赤く染め上げられていた。
月明かりがこの地獄絵図を作り出した張本人達を照らし出す。
返り血を浴びて赤く染まった銀の大鎧を纏い、同じく刃を朱で染め上げたパルチザンを手にしているのはキリュベリア王国に仕えている近衛兵達。その彼らが、この国と民を守護する仲間を殺害していた。
この悲惨な現状を目の当たりにしたレナスも当然動揺を隠せていない。
「ちょ、ちょっと貴方達何をしてるの!? 自分達の仲間を殺すなんて気は確か!?」
「ちょっと待てレナス! 何か様子が変だ」
それは直ぐに起きた。仲間殺しと言う大罪を犯した近衛兵達の身体が激しく不気味に揺れ始める。
そして次の瞬間。纏っている大鎧が弾け飛んだ。
露になった近衛兵の肉体は人間としてものではない。異常なまでに発達した筋肉に紫色の肌。顔も鋭い牙を並べた醜悪なものへと大きく変形している。
「人間か……ここで我らと出会った事を不運と思うがいい」
悪魔……それがこの難攻不落と言われたキリュベリア王国に姿を現した。
「そんな! どうして魔物がここに!?」
「さぁな! でもやるべき事は一つだろ!」
ハルカは太刀を抜く。戦う相手が人間でないのなら悪食を使う必要性は皆無。
咆哮を上げ襲い掛かってくる悪魔。ハルカは太刀を構え迎え撃つ。
月明かりの元中空を駆け抜ける銀閃が魔物達を容赦なく切り裂く。それに合わせるようにもう一つの銀閃が駆けた。
「はぁぁぁっ!!」
レナスの剣が魔物を唐竹から一直線に真下へと向かって駆け抜け、一番堅牢である頭蓋骨を容赦なく断ち切る。
全ての悪魔を倒し、ハルカは近くに倒れている悪魔へと近付いた。
「ば、馬鹿な……我々がこうも容易く……敗れるなど……!」
その悪魔は右手と左足を両断されているがまだ息をしている。
ハルカにとって殺してしまう事は容易い。だが情報を収集する為にわざと一体だけ生き残らせたのだ。
「さてと、お前達が何者か教えてもらおうか?」
喉物に切先を定めハルカは尋問を行う。
「……くっくっく。貴様は何者かは知らんが我々を倒したところでもう手遅れだ。作戦は既に決行されている」
「なんだと?」
「難攻不落と言われたキリュベリア王国……だが、内部から攻められればどうかな?」
その時である。遠くで突如大爆発が起こった。
爆炎が夜空へと登り、爆風によって吹き飛んだ城の残骸が宙を舞い上がる。
瞬く間に騒がしくなるキリュベリア城内。耳を澄ませれば兵士達が慌ただしく現場へと向かう足音と何事かと言い合う喧騒が聞こえてくる。
そして第二、第三と次々と大爆発が起こり続けた。
燃え盛る炎がキリュベリア城を包み込み漆黒の夜空をその輝きで赤々と照らしている。
「……ん?」
南の方角より遠くの空で何かが光った。
赤い輝きを放つそれは徐々に大きくなっていく。
あれは何か。ハルカは目を凝らし、暫く眺め―――
「なっ!?」
驚愕に目を見開いた。
赤い輝きの正体。それは轟々と燃え盛る炎の塊だった。真っ直ぐと飛んでくる巨大な炎の塊が外壁に直撃。けたたましい爆発音と共に壁が大きく破壊されその残骸が町へと降り注いだ。
「し、城が……町が……!」
自分の家である城と民が暮らしている町が紅蓮の炎に焼かれている光景を目の当たりにし、現実を受け入れられないと言う様子で呆然と立ち尽くすレナス。
ハルカは魔物の左腕に刃を突き立てた。
「ぐあぁぁぁっ!!」
「……誰の差し金だ?」
「ぐあ……はぁ……は、はっはっは! 冥土の土産に教えてやろう――我らが主は数年前よりこの計画を立てていた。その作戦を実行する為に選ばれたのが我々だ。主はその力で我らを人間と変身させこのキリュベリア王国へと侵入させた、記憶を封じ人間であると洗脳を施してな」
「それである条件を達成したら洗脳が解けて記憶が蘇るシステムか?」
「くっくっく……察しがいいな。我らは近衛兵としてキリュベリア国王の信頼を得る為に数々の功績を挙げてきた。時には任務にて同族を、同胞をもこの手に掛けてきた。だが全ては我らが主の為。そして今我らが主の願いが成就されようとしている……」
「親玉は誰だ? そいつの最終目的はなんだ?」
「我らが主の目的はキリュベリア王国を崩壊させ魔王としての地位を高め全ての頂点に立つこと。そして我らが主は……炎帝と貴様達人間が呼び恐れているイリュデリデ様だ」
「なんだと?」
「何事だ!?」
主塔より剣を手にした下着姿の男が現れた。
先程まで妻と夫婦としての営みを楽しんでいた彼こそがこのキリュベリア王国の国王、ロイ・キリュベリアである。非常事態だけに身なりを整える事が出来なかったのは百歩譲るとして、国王が下着一枚だけと言うのは実に格好がつかない。残念なイケメンとは、彼の為にある言葉だと言えよう。
だが今は緊急事態。娘であるレナスも自分の父親が下着姿である事を全く気にしていない様子で彼の元へと駆け寄った。
「お父様!」
「レ、レナスお前はどうやって部屋の外に!? それよりもそこにいる男は誰だ、これは何事なのだ!?」
「詳しい説明は後でします、ですが今は事態を収集する事が先決です。魔王イリュデリデがこの国に侵攻してきました!」
「な、なんだと!?」
「ロ、ロイ様! ご無事ですか!?」
一人の兵士が慌ただしい様子で駆け寄ってきた。
「現状を報告せよ!」
「み、南の方角より魔物の大軍が押し寄せてきています! 更に城内より多数の魔物が突如出現! 既に味方の兵士達が応戦しておりますがこのままでは押し切られてしまいます……!」
「馬鹿な……この城内では魔物や悪魔達を寄せ付けない結界が張ってあるのだぞ!」
「まさか……さっきの爆発で城の結界が破壊されたの!?」
「はっはっは! 貴様らがどうしようがもう遅い! 計画が実行された今、もう誰にも止める事は出来ない!! キリュベリアの国王よ、貴様はもう終わりだ。貴様もこの国も我らが主によって一夜にして全てが灰塵と――」
ハルカは悪魔の喉を突き刺しトドメを刺した。
「破壊工作にトロイの木馬か……敵ながらやってくれるな」
「ロイ様!」
「……なんとしてでも魔物達の侵攻を食い止め、民を安全な場所へ避難させるのだ!」
「はっ!」
敬礼を取った後走り去っていく兵士。その頭上に夜空から炎が降り注ぎ兵士を包み込む。炎の熱によって肉が焼かれるその激痛に痛みの声を上げる事もなく包み込まれてから一瞬で燃え散った兵士。
炎は轟々と燃え盛る火柱となってその場に残り、やがて人へと姿形を変えた。
炎が燃えている赤い重鎧。黒い短髪に矢尻のように鋭く尖った耳。炎のように赤い瞳をギラギラと怪しく輝かせ不敵な笑みを浮かべている口元から鋭い犬歯を覗かせている一人の大男。
「イリュデリデ……!」
炎帝の異名を持つ魔王、イリュデリデが姿を現した。
「こうして会うのは初めてだな――ロイ・キリュベリア……キリュベリア王国の国王よ」
「貴様……イリュデリデ!」
「難攻不落と呼ばれたこの国を落とせば、この大陸中に存在する全ての種族は我に逆らわず頭を垂れ下げるだろう。光栄に思うがいい、お前達はこの我の野望を成就する為の礎となれるのだ」
イリュデリデの右手に重鎧と同じく赤い大剣が現れる。それに伴い城内に出現し兵士達との交戦を抜けた魔物達が一斉にこの主塔へと押し寄せてきた。
数は当然此方の倍。応戦に出た兵士との戦闘で手負いの者も少なからずいるが数の時点では相手に分がある事に変わりはない。
「ちょっと……幾らなんでも多すぎるでしょこれ!」
剣を構えるレナス。その顔に余裕の色は見られない。
“黒薔薇”として暗躍していた時彼女が相手にしていたのは決まって人間ばかり。つまり本物の魔物との戦闘は今回が初めてとなる。
人間とは違った姿形。そこからどのような動きが、攻撃が繰り出されるのか。初めて魔物を目にする彼女にとってそれは未知の領域。故に不安を抱いてしまうのは無理もない話だ。
「レナス、お前は国王と一緒に逃げろ。主塔にいるお袋さんも忘れるな」
「あ、貴方一人で戦うつもりなの!? この数に……それにイリュデリデもいるのよ! 勝てる訳ないじゃない!」
「そこの小娘の言う通りたぞ小僧。貴様一人でこの我に勝てるとは……随分と大きく出たな」
「誰も俺一人でどうにかするとは言ってないだろ? “俺達”だ」
ハルカは太刀を天に掲げる。
その合図に合わせて上空より弓矢の雨がイリュデリデ達に降り注いだ。
外で待機しているフレイア達に伝えた作戦。万が一単独での潜入任務中に何かしらアクシデントが発生した場合現場を離れるように最初は指示していた。
だが彼女達はこれを呑まなかった。自分達だけ逃げる事は絶対にしないと頑なに拒んだのである。
これに頭を悩ませたハルカは、アクシデントが起きた場合現場を一時離脱、後にヒロに掴まり上空からの遠距離支援射撃を行うように作戦内容を変更した。ヒロの筋力は見た目に反してリリーとフレイアの二人分の体重であっても軽々と持ち上げ滞空する事が可能である。その能力を活かしての作戦にフレイア達も納得し、ハルカも人を殺めてほしくない重いから彼女達に絶対条件として不殺を誓わせた。
炎で身を守るイリュデリデ。突然の奇襲に対応出来ず矢の雨を浴びて息絶える魔物達。
上空を見上げればヒロに持ち上げられているリリーが弓を構え次弾を既に弦へと番え、同じく捕まっていたフレイアが地上へと降り立ち疾風のような剣技で次々と魔物達を切り捨てていく。
「ご無事ですかハルカ!」
「ナイスタイミングだフレイア、リリー、ヒロ」
「ほぉ、リザードマンにケンタウロス、そしてハーピーか……」
「イリュデリデ、お前の相手は俺が務めさせてもらうぜ」
「抜かせ小僧。人間である貴様がこの我に一騎打ちを申し込むだと? 頭が高いぞ脆弱な人間風情が。そもそも貴様ら人間がこの我の前に立つ事自体が不敬であるぞ」
「高慢な野郎だな――お前と戦う理由なら充分ある。俺が魔王キルトの息子で、お前がアルトロスと戦った事があるからだ」
「魔人!? あの少年は魔人だったのか!?」
「……その黒髪、そうか貴様もまた我と同じ魔人か。そしてあの愚か者が今も尚仕えている最弱の魔王キルトの息子か」
「レナス、ここは俺達が引き受ける。だからお前は早く行け」
「わ、わかったわ、でも絶対に死ぬんじゃないわよ! お父様急ぎましょう!」
「う、うむ……!」
フードの下に隠されていた正体が魔人だと知り驚愕に目を見開くロイを連れてレナスが主塔へと向かったのを確認し、ハルカは改めてイリュデリデを見据え太刀を構えた。
「フレイア、お前はリリーと一緒に雑魚の方を頼む。俺は……あいつを殺る」
「わかりました。ですが無理は絶対にしないで下さい」
「お前こそだフレイア。絶対に死ぬなよ」
「勿論です。貴方のお義母様と逢い結婚を認めてもらい盛大な式を開いて子供を沢山儲け幸せな家庭を築くまでは絶対に死ねません」
「お、おう……ま、まぁ兎に角絶対に死ぬなよ」
「ではご武運を――我が名はフレイア、未来の夫ハルカの妻となる者だ! 我が剣技をとくと見るがいい!」
魔物の大軍へと向かって地を蹴り上げるフレイア。
戦う事が好きな性格であるリザードマンだが、今の彼女は別の意味でやる気に満ち溢れている。鼻息を荒らげ振るう剣は下心に満ち溢れ、強さを求める戦士としての風格は皆無であった。
魔物達を次々と切り裂く中、上空よりリリーが矢を射ちフレイアの援護射撃が正確に眉間を射抜いていく。
その内の一本が彼女の頭部目掛けて空を切り裂く。
リリーの誤射でもなければ、フレイアが自ら射線上に飛び出した訳でもない。リリーが自らの意思を以てフレイアを狙ったのだ。
「い、いきなり何をするリリー!?」
「ハルカはアタシの恋人だって言ってるでしょーが! 抜け駆けは絶対に許さないんだからねフレイア!」
「もう二人共喧嘩しちゃ駄目だよー!」
矢を盾で防ぎつつ魔物を器用に倒すフレイアと、敵味方問わず矢の雨を降らすリリー。
下心に満ち溢れつつも敵の数を的確に減らしていきながら口論を繰り広げている二人の間に挟まれたヒロは必死に仲裁している。
全く緊張感がない三人にハルカは小さく溜息を吐いた。イリュデリデも同じく彼女達のやり取りに呆れ顔を浮かべている。
「……アレが貴様の下僕か」
「下僕じゃない仲間だ。まぁ一癖も二癖もあるけど……俺の大切な存在である事には変わりない」
「仲間か……やはりあの最弱の魔王の血を引くだけの事はある。魔王にとって配下等ただの下僕、駒にすぎん。それに貴様仮にも我と同じく魔人でありながら何故人を守ろうとする?」
「……人は人、他所は他所だ。お前にとやかく言われる憶えはない――それじゃあ俺達をそろそろ始めようかイリュデリデ。お前の首を持って帰ればアルトロスも今回の任務チャラにしてくれるだろ」
「図に乗るなよ小僧!」
怒りを露にするイリュデリデ。その怒りに呼応するかのように火山の如く魔力が放出され、重鎧より燃え上がっていた炎の勢いが増した。
一筋の冷や汗を頬に伝わせ、手にする太刀の柄をしっかりと握り締めるとハルカはイリュデリデへと向かって地を蹴り上げた。




