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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第1章 下書きの日々
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 けれど、ここでまた問題が一つ浮上――――


「……こんな封書が届いたよ」


 本の編集を始めようと報告書をまとめていた際、ジャンがポツリと呟いたその一言が発端となった。


 俺と、手伝いの為に残ってくれたエミリオちゃん、そして印刷の為の準備をレクチャーしに来ていたルカの三人が同時にジャンの方を見る。

 ここんとこ、彼女達二人と会話する機会が多かったせいで、俺の女の子苦手意識はこの二人限定でかなり和らぎつつあった。


「読んでもいいのか?」


「ああ……読んでみてくれ」


 妙に憔悴しているジャンから手紙を受け取り、広げてみる。

 当然、そこにはカメリア語の羅列。


「……ダメだ。聞くのと読むのとでは全然違う。まるで頭に入ってこない」


 英語なら、聞き取りより読み書きの方が慣れてるんだけど、カメリア語の場合、そもそも字に全くなじみがないからな……


「どれどれ……ふふ……ふふふ……これは悲惨……悲惨……」


「ひああ……酷いですっ」


 な、なんかルカとエミリオちゃんの反応が怖いんだけど。

 これはもしや……苦情か?

〈絵付き報告書〉への苦情なのか?


「俺の絵への苦情だとしたら! 俺は一切その手紙を見ないと誓おう!」


「……違う……これはジャンへの苦情……『絵は可愛くてステキだけど、エミリオ君の健気さが文からは伝わってこない。残念だ』……だって……ふふ」


 何!?

 絵じゃなくて、文章へのダメ出しだったのか……?

 よかった……俺への苦情じゃなくて本当によかった。


「……」


 多少、ジャンの視線が痛いけどそれは仕方ない。

 自分の描いたモノが叩かれるのは辛いからな。


 俺も元いた世界では、ツイッターやら感想サイトへの書き込みやらで散々叩かれたもんだ。

 まあ、手紙ってのはそれらとはまた破壊力が違う気がするけど。


「まだ……続きが……『報告書の文章からは事務的な冷たい印象を受ける。美しい言葉でも流れるような文面でもなく、ただの記号に過ぎない。これではせっかくの温かい絵が台無しだ。文を書いた人間は死ねばいいと思う』……ふふ」


「ひああ! 死ねなんて、そんなっ……! なんでそんな事言うんですかっ!?」


 エミリオちゃん、憤慨。

 俺は言われ慣れてるけどねー。


「ふふ……いいんだよ、エミリオ君」


 ジャンが爽やかな笑顔でそう諭す。

 ただし、目は完全に三白眼になっていた。

 ゲッ、これヤバい時のジャンだ!


「全ての責任は僕にある。僕は……僕はまた、やってしまったんだよ。僕はまたやってしまったんだ僕は僕は僕はまた失敗してしまったのさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 案の定、病的な言い回しで叫び出したぞ!

 リチャードにネチネチ過去の事を言われた時と同じだ!


「そ、そんなことありませんようっ! ジャン様の書いた報告書、とっても読みやすくてわたしは好きです!」


 ジャンを尊敬しているらしいエミリオちゃんは即刻フォローを入れたが――――


「……あたしは……その手紙の感想に賛成……絵が図抜けてるだけに……ジャンの文章力じゃ……全然……全然……全然追いつけてない……」


 ルカは執拗にジャンの報告書にダメ出し!

 引き合いに出された俺の絵が持ち上げられてるだけに複雑だ……


「そうだよね、ルカの言う通りだよ! 僕の文章力じゃユーリの足を引っ張るだけさ! 何が『君は絵を描いてくれればそれでいい』だ! 何が『ただし失敗は許されない』だ! 僕は恥ずかしい! 過去の自分が恥ずかしくて死ぬ! いや死んだ! 僕はもう死んだ! 死んだのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」


「ジャン様っ!? ジャン様が口からカニのような泡をっ!?」


 この世界にもカニはいるらしい。

 まあ、人間がいるくらいだからカニだっているだろう。


 にしても、ジャンの文章ってそんなに下手なのか?

 カメリア語はかなり勉強したし、今や日常会話には不自由しないくらいになってきたけど、今の俺に読み物として上手いか下手かの判断は無理。

 そもそも、イラストレーターの俺に文章の善し悪しはよくわからないし。


「こうなったジャンは……しばらく使い物にならない……」


「誰のせいだよ、誰の」


「半日くらいしたら……収まるから……それまで編集作業を進めておきましょう……おー……」


 爛々とした目でルカが右手を高々と上げ、そう促す。

 一方、エミリオちゃんはジャンの豹変した姿に涙目でアワアワ。

 そりゃ、憧れの男がこんな錯乱したんじゃ動揺もするわな。


「ひああ……だ、ダメよっ、ダメダメっ。これしきで挫けちゃダメダメっ。こういう時こそ、わたしが献身的に支えないとっ……」


「なんか……打算が見えた気が……」


「それは俺達の心が荒んでるからそう見えるだけだ、きっと」 


 俺とルカは顔を見合わせ、どちらともなく編集作業を再開した。

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