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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第1章 下書きの日々
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 ジャンと同じ栗色の髪を左右でまとめた髪型は、いわゆるツインテール。

 幼い顔立ちで、美人ってよりはおっとり系。

 体型は中肉中背って感じで、胸のサイズも含め普通。

 エプロンみたいな前掛けをしていて、少女趣味全開と言わんばかりにピンクの花柄模様がキラキラ目に眩しい。


 それなのに……何故こんなに暗いんだ?


 声と姿だけを切り取ると魔法少女モノにでも出て来そうなコケティッシュさなのに。

 口調だけを切り取るとホラー映画にでも出て来そうな、貞子的な印象を受ける。

 アンバランス過ぎてなんか違和感ありまくりだ。


「……で、何の用……? 貴方みたいな疫病神に来られても困る……困る……」


「親方はいるかい? 仕事の話をしに来たんだけど」


「父は……持病の癪で入院中……。今は……あたしがここの親方……あたしが……この印刷所の全権を握ってる……だから気にくわない客が来たら……つい圧死させても……誰も文句言えない……ふふ……ふふふふふふふふ」


 ルカって娘が猟奇的な目でカクカク揺れ、笑い出した。

 なんだ……この女。

 これで病的に痩せてるとか髪が長すぎるとか貞子要素があればまだ受け入れられるけど、ツインテールに童顔に花柄ピンクのエプロンでこんなんやられたら、どう対処すりゃいいのかわからねーぞ。


「確かに"あの時"は悪かったよ。でも僕が直接的な原因じゃないし……」


 戸惑う俺の隣で、ジャンは脳天気に爽やかスマイルを浮かべている。

 どうやら、この対応が日常茶飯事らしい。

 イヤな印刷所だな。


「うるさい……うるさい……貴方の自伝を他の製本止めてまで……刷ってやったのに……料金未払いのまま逃亡したのは貴方の仕事仲間……そのせいでウチは破産寸前に……呪……呪……」


「だから、自伝って言っても僕は一切関与してないんだよ……困ったな」


 怨念を込めヤブ睨みしてくるルカを、ジャンはまるで子供をあやす保育園の先生のように宥めている。


 外見から推察出来る年齢はどっちも同じくらいに見えるんだけど、人間としての性質が違いすぎる。

 これで収拾がつくんだろうか……?


「……ま……別にいいけど……」


「えらいアッサリついたな!」


 今にも呪いの儀式でも始めそうな雰囲気だったこれまでの会話はなんだったんだ。

 とんでもない茶番につき合わされてしまった。


「それで……仕事の話って……何……?」


「あ、聞いてくれるんだ」


「美味しい……話なら。当然……仮に失敗しても……こっちに被害が及ばないの……前提」


 終始顔色の悪いルカに苦笑しつつ、ジャンは(恐らく)仕事の件について説明し始めた。


「――――と、大体こんな感じなんだけど」


「……つまり……そこにいる男性……の絵が……カギになる」


「まあ、そうなるかな」


 ……ルカの表情を見るに、イマイチ信用されてなさそうだ。

 まあ、俺だって初対面の外国人をいきなり信用しろと言われても無理だから仕方がない。

 実際には異世界人だけど。


「まさか……また胡散臭い話に……乗せられたんじゃ……」


「いや、今回の件は僕の発案だし、彼はその協力者というか、運命共同体というか、落ちぶれ仲間っていうか……そういう間柄なんだ」


「落ちぶれた画家と一緒に……再起を図る……? ふふ……ふふふ……」


 あ、ルカがこっちに近付いてくる。

 幽霊みたいにフラフラした動きが不気味すぎるぞ。


 なお、俺は女子にモテた事は一度もないし、女子と会話した事も殆どない。

 だって男子校だったからね!


 周りに女の子が一切いない学校生活。

 それは例えるなら、炭酸と甘みを抜いたコーラだ。

 暗黒しか残らない。


 更に深刻な事に、俺には友達がいなかった。

 だってイラストレーターの仕事やってたからね!

 仕事優先で放課後はダッシュ下校だったから、友達作る機会すらなかった。

 中学時代にはゲームとかアニメとか、そういう会話で盛り上がる友達も二人くらいいたけど、どっちも共学へ行きやがって俺だけが置いて行かれた。


 暗澹たる三年間――――そしてそれと引き替えに得たのが、落ちぶれイラストレーターという肩書き。

 俺の人生って一体……


「ちょっと……聞いてる……? 無視するのは……許せない……呪……呪……」


「初対面の人間を安易に呪うな! ちょっと考え事してただけだ!」


「ご……ごめんなさい……何言ってるか全然わからない……」


 なんか困惑されてるな。

 まあ、日本語で喋ってるし無理もないか。

 ただし『呪』って単語以外何言ってるかわからないのはこっちも同じだ。

 何しろこのルカって女、喋り方が独特なんで俺の知ってるカメリア語の知識がまるで通用しない。


「俺、あんまり女性に慣れてなくてさ。さっきはちょっと戸惑ってたんだ。ジャン、通訳お願い」


「ルカが可愛すぎて、どう話せばいいか迷っていたそうだよ」


「まあ……こんなとある日に愛の告白……あたし罪作りな女……」


 ルカは怒りを鎮め、大げさに息を吐いていた。

 どうやらちゃんと通訳してくれたみたいだ。 


「あらためて紹介するよ。彼はユーリ。外国の絵描きなんだ。で、彼女はルカ。このランタナ印刷工房の親方の娘さん……なんだけど、どうやら今は彼女が実質的な親方らしい」


 ジャンは器用にカメリア語と日本語を使い分け、彼女の事を紹介してくれた。

 親方……ねえ。

 どっちかってーと親玉とか中ボスとかの方がしっくりくる人なんだけど。


「何……見てるの……? 貴方はあたしを愛しているのかもしれないけど……あたしはまだ貴方の事を何も知らない……知らない男に告白されたからって……簡単に全てを許すほど……軽い女じゃないのあたしは……おととい……きやがれ……」


 何の話をしてるのかはわからないけど、何となく気が立ってるような雰囲気は感じ取れた。


「絵を見せて欲しいそうだよ」


「……本当にその通訳は合ってるのか? 尺おかしくないか?」


「問題ないね。それより、早く見せてやりなよ。君の絵を」


 描く本人より自信ありげに、ジャンが促してくる。

 まあ……仕事の説明をする上で俺の絵の紹介は外せないだろうし、仕方ないか。

 女子に見せるとなると、男キャラの方がよさそうだ。

 この子がジャン並に俺の絵を評価してくれるとは思えないけど――――





「――――こ……こんっな絵がこの世にあるなんて……っ! これは売れる……売れるに決まってるんるん……っ!」


「だそうだよ」


「初対面でキャラ崩壊だと……!?」


 しかも、さっきまで常に冷めた表情だったルカの顔がやけに火照ってる!

 興奮してるのか!?

 胸元を開けて若干肌を露出させた俺の男キャラの絵に興奮してるのか!?

 ……ああ、この手の絵の需要って世界を選ばないんだなあ。


「前衛的な絵って、不気味な雰囲気の絵が多いから一般人には受け入れられない事が多いんだけど……この絵は特に女子や子供に受けると思うんだ。ルカもそう思わないか?」 


「そ、そうねっ……貴方の説明はよくわからないけど……この絵はきっと受ける……色も付いてない……線だけの絵なのに……こんなに……こんなに胸がドッキドキ……っ!」


 俺の描いたイラストを抱きながら、ルカはズイッと俺に顔を寄せてきた。

 ち、近い……


「ユーリ……この絵……あたしにくれる……?」


 ……と言っているように熱を帯びた目で訴えてくる。

 多分その解釈で間違いないだろう。


「か、構わないけど。製本、受けてくれるのかな……?」


「任せて……例え在庫の山になっても……あたしが責任持って友達に売りさばいてあげる……だから他にももっと……もっと描いてあたしの渇きを潤して……っ!」


「引き受けてくれるそうだよ」


 相変わらず翻訳の尺がおかしいけど、まあいい。


 まさかここまで俺の絵がリコリス・ラジアータの住人に受け入れられるとは。

 しかも苦手な男の絵まで。

 俺の絵ってより『マンガ絵』『萌え絵』って言った方が正しいんだろうけど、今は敢えて俺の絵って事にしておこう。

 だってこの世界でこういう絵を描くのは俺一人だからな!


「ジャン……ユーリが泣きながら笑っていて……不気味極まりないんだけど……」


「君に絵が受け入れられたのが泣くほど嬉しかったんだろう。気にしないでいいよ」


 そんな訳で、印刷所の問題はクリア。

 次のステップへ――――


「それで……本を作るのはいいんだけど……肝心の資金はどうする……の?」


 ……あ、その問題が残ってた。

 ジャンは心当たりがあるって言ってたけど……


「ああ。これを売ろうと思ってね。それなりのお金になる筈だよ」


 そう断言してジャンが懐から取り出したのは――――鞘付きのナイフだった。

 その鞘の装飾から、一目でただのナイフじゃないとわかるくらい豪華な外見。

 元英雄だけあって立派な武器持ってるな……と感心している俺の傍でルカの顔がみるみる青ざめていった。


「そ……それっ……王様から貰った『銀剣勲章』じゃないの……よーっ!?」


 そして再度キャラ崩壊。

 ってか、本当はこっちが素なんじゃないか?


「うん。もう僕には不要な物だから」


「そういう問題じゃないでしょ……っ!? アホなの貴方……っ! ユーリも……ボケーっと見てないで止めて……っ!」


 ――――と、そんなこんなで三〇分ほど大騒ぎした結果、銀剣勲章とやらは抵当としてルカが預かり、代わりにルカが自分の貯金で製本の初版分を前貸ししてくれる事になった。


 結果的にルカがパトロンになったようなもの。

 まさか、ジャンはここまで計算してたんだろうか――――


「あの勲章って売ったらダメだったのか。知らなかったよ」


 ……どうやら違うらしい。


「ま、これで印刷の問題はクリアしたし、早い内にハイドランジアの冒険者にも本の作成と売買について説明しようか」


「あ、ああ……」


 本当に大丈夫なのか、と問いかけようとした俺の袖をルカがついついっと引っ張る。

 そして、いきなりジェスチャーを始めた。

 微妙に要領を得ないものだったんで、正解を導き出すのにはかなり苦労したけど、要約すると以下の通り。


『ジャンは……一見冷静で頭いいけど……実は天然で暴走気質……。あと……お人好しで騙されやすい……。だから……貴方がしっかりしないとダメ……。ジャンが暴走しないよう注意しておくよう……に……』


 ――――あとで聞いた話だけど、ジャンとルカは幼なじみらしい。

 突然英雄になって、その後転落していった幼なじみが心配みたいだ。


 もしかしたら、ジャンの事が好きなのかもしれない。

 いや、幼なじみってだけですぐ恋愛に結び付けるのは短絡的というかいかにも恋愛脳って感じでよくないと思うんだけど。


 何にしても――――


「男子校出身の俺にケンカを売ってるとしか思えないな。はっは」


「い、いきなり何?」


「いや、なんでもない。あとで絵に描いて惨殺するだけだ」


「……前々から思ってたけど、君って暗いよね」


 がーん。


 ……とまあ、そんな感じで俺らの報復は第二ステージへと突入した。



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