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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第1章 下書きの日々
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0105

「ジャン……」


「参ったね。パオロが総合ギルドの代表……これは想定してなかったよ」


 強がりなのかもしれないけど、ジャンはさっきまでの強張った顔からいつもの飄々とした表情に戻り、椅子にもたれ掛かって溜息を吐いていた。

 例の発作こそ出でいないものの、かなり堪えたらしい。


「それで、さっきのパオロってのはお前とどういう関係なんだ? なんとなく、お前の名前を使って悪さした元仕事仲間じゃなさそうだけど」


「うん。仲間は仲間でも、ギルド繋がりの仲間なんだ」


 ……え?


「彼はここハイドランジアを拠点とした冒険者で、共に亜獣と戦った……元英雄だよ」


 英雄……

 って事はあいつが"ハイドランジア四英雄"の一人?


「彼にとって僕は、英雄の称号とハイドランジアの名を汚した大罪人なんだろう。恨まれてるとは思っていたよ。でも……まさかこんな形で再会するなんてね。ルピナスに来てた事も知らなかった。きっと彼は僕がハイドランジアの受付けをやっているのを知って、それで憤慨して……」


「ストップ。その辺にしとけ」


「……ユーリ?」


 これ以上のネガティブ発言は、俺の古傷も抉りかねない。

 俺も相当なウジウジ体質だから、こういう空気が伝染すると負のスパイラルに陥る。

 もうそれはゴメンだ。

 ここは異世界であり、俺にとっては新世界。

 リスタートの場所なんだから。


「お前は確かに失敗したんだろうよ。人を見る目を誤ったんだからな。それで迷惑をかけた人間もいる。そりゃ決して良い事じゃないよ。責任も取らないといけないだろうよ。でもな、悪意があってやった訳じゃないんだ。所詮、結果論だろ? ましてお前の場合は自分の失態じゃなく、寧ろ被害者だ。お前は十分に罰を受けた。責任はとっただろ。いつまでも非難されるほど罪深い事をしでかしたとは、俺は思わない」


 自分でも驚く程の多弁。

 まあ……半分くらいは自己弁護も含まれてるからだろうけど。

 さて、問題はジャンがどれくらい俺の言葉で回復出来るか――――


「ユーリ……」


「おう」


「今のをカメリア語で完璧に言えれば合格なんだけどな」


 ああ悪かったな日本語だよ今のセリフ全部!


「お前な、人がせっかく……」


「ありがとう。嬉しいよ。君がいてくれて」


 ……今度は素直に感謝かよ。

 つくづく、掴み所のないヤツ。


「と、とにかくな、俺達はやらなきゃ終わりって立場なんだ。邪魔が増えたからって立ち止まれない。そうだろ?」


「そうだね。でも、対処法は考えないといけない。今のままじゃ到底、パオロ達には対抗出来ないよ」


 確かに、建設的な策を講じないとお手上げな相手だ。

 あの金髪坊主はともかく、あいつの親は市長という確かな権力者だしなあ……

 こっちにも同等のバックが欲しいけど、そんなの無理だ。


 ……いや、無理じゃないかもしれない。

 権力って意味では難しいけど、それに匹敵する味方を付ければ良い。


 それは――――圧倒的民意。

 街中の人たちに、こっちのハイドランジアが必要だと訴えて貰う。


 問題は、どうやってその声を広げるか。

 今のやり方だと、せいぜいご近所止まりだ。

 もっと広く、このギルドの存在意義……今やってる事業を知って貰って〈絵付き報告書〉の魅力が伝わるようにしないといけない。

 要は宣伝活動だ。


 元いた世界では、どうやってたっけ。

 例えば、スマホゲーの宣伝はネット上の至る所に広告を表示させてた。

 ラノベは大手レーベルならサイン会などのイベントや目に付く場所での掲示、それ以外だと試し読みや特典、あとはツイッターや公式サイトでの呼びかけ……そんなところか。


 イベント活動なら、こっちでも似たような事は出来る。

 例えば、広場に行ってこれまで描いた報告書を配るとか。

 でも、肝心の報告書がまだ少ないからな……


 作成した報告書は依頼人にプレゼントしてるし、あとはギルドの保存用に絵なしの報告書がもう一部あるのみ。

 それに絵を付けたところで、数はたかが知れてるし――――


 ……待てよ。


「ジャン、この国に本屋ってある? 本だけを売ってる店」


「いや、ないね。雑貨屋や商工ギルドで注文して取り寄せて貰うか、図書館で読むかのどっちかだよ。この国に限らず、外国も同じさ」


 って事は、本屋って概念自体がまだこの世界にはないのかもしれない。

 元いた世界では、本も本屋も当たり前にあったから、却って盲点だった。

 この世界では、本屋ってのは画期的な存在なんだ。

 なら――――


「ユーリ。まさか……」


「ああ。〈絵付き報告書〉を本にして、売る! そうすれば依頼人以外にも報告書を読んで貰えるし、ギルドの運営費も賄えるだろう?」


 これまでは敢えて問題にしてこなかったけど、この運営費も大きな問題だ。

 冒険者ギルドの運営は、国からの援助があって初めて成り立つくらいキツキツ。

 だからこそ取り潰しって流れになってる。


 でも、援助抜きで運営出来るのなら、潰されるいわれはない。

 加えて〈絵付き報告書〉の需要が伸びれば市民からの支持も集められる。

 更に、本屋という特性がギルドに加われば、希少価値もアップ。

 一石三鳥だ。


「問題は、実際に売れるかどうかだけど……この世界で本って売れるものなのか? いや、それ以前に絵か。絵は売れるのか?」


「ああ、それについては説明しておいた方がよさそうだね。この世界というより、カメリア王国についての説明になるけど」


 説明好きなのか、ジャンは何処か楽しそうに解説を始めた。


「このカメリア王国は、別名『美術大国』と言われるくらい美術に力を入れている国でね。特に絵画については、王家代々宮廷絵師を何人も抱えて絵を描かせているくらいなんだよ。パトロンになってる方も多いんだ」


「そ、そうなの?」


「うん。だから、貴族王族富裕層は勿論、一般市民の絵に対する好奇心や購買意欲も余所の国より遥かにあるんだ。流行り廃りはあるけど、画家の地位は基本的に他の職業よりかなり高いと思う」


 随分とまあ、俺にとって都合のいい事実が判明した。

 つまり、〈絵付き報告書〉が売れるだけの土壌はあるって事か。


 このリコリス・ラジアータには写真がない。

 よって、簡単に景色の一部を切り取って保存する事は出来ない。

 元いた世界じゃ携帯とスマホの普及で『全国民カメラマン化』状態だったけど、この世界で特定の風景、一コマのビジュアルを記録するのは絵であり、画家だ。

 だからこそ、絵の需要、必要性はかなり大きいんだろう。


「一般的に、絵画を購入する動機としては『その画家の絵が家に飾ってあれば家の格が上がる』っていうステータス重視のケースと、単純に絵を気に入って買うケースの二つが主だね。当然、僕らは後者を狙う事になる」


「ああ。俺はまだ無名だからな」


 逆に言えば、名前で誤魔化せない立場。

 自然と身が引き締まる。


「ところで、本にするって事は印刷物として売り出すんだよね? 大量生産して単価を抑える感じかな?」


「ああ。自分の絵に高い値段つけるのも気が引けるし。でも、この世界の印刷技術で大量生産なんて可能なのか?」


「それは問題ない。君のいた世界の水準には及ばないかもしれないけど、例えば一〇〇冊の本を作るくらいは直ぐに出来るよ」


 一〇〇冊か。

 元いた世界で言えば『初めて同人誌を売りに出すぞ!』って時くらいの部数だよな。

 でも、ルピナスの街に広めるには十分な数だ。


 性能に関しても、滲んだり掠れたりさえしなければ問題なし。

 色を付ける予定もないから、カラー印刷である必要もない。


 というか俺、アナログのカラーリングが致命的にヘタなんだよな……水彩もカラーインクも色合わせの時点でもうダメダメだった。

 唯一どうにか使いこなせたのがカラーマーカー。

 でもこの世界にマーカーは存在しないらしく、当然デジタルによるペイントも不可とあって、色を付けるのは諦めざるを得ない。

 油絵とか習ってればよかったかな……


「何か問題があるかい?」


「いや。それで、肝心の印刷所は?」


「"善は急げ"。君の故郷の言葉だったね。早速行こう」


 どこか昂揚した様子で立ち上がるジャン。

 俺も外出着に着替えて、早速出発――――そして到着。


「ここか!」


「このウィステリア印刷所は、市の名前が付いてるだけあってこの街一番の印刷所でね。万能樹脂を動力にした最新型の印刷機が置いてあるんだ」


 確かに、周囲の建物よりも大きいし、流行ってる感がある。

 にしても……万能樹脂を動力にした印刷機ってどんなものなんだろ。

 そもそも万能樹脂って何だって話だけど、まあそれは今はいい。

 問題は今ここにある印刷機の性能だ。


 俺が元いた世界の製本は、オフセット印刷が主流だった。

 ゴムブランケットというゴム製のシートに一旦転写してから紙媒体に印刷する様式の印刷機だ。

 その他にもオンデマンド印刷とか、同人誌だとコピー本とかもあるけど、俺は同人誌を作った事がないからその辺はあんまり詳しくない。


 一度だけ見た事がある印刷所の印刷機は相当デカかったな。

 なんか『トラックの荷台にロッカールーム』みたいな感じだった。


 当然、万能樹脂動力の印刷機とやらにオフセット印刷の水準は求められないけど……最新式ってくらいだし、相当高価な機械だろうから多分大丈夫――――


「……って、そういや印刷の為の資金はあるのか? 本を作るにはそれなりにまとまった金が必要だろ?」


「それについては心当たりがあるから安心しなよ」


 ジャンはキザったらしい物言いで断言した。

 不安がない訳じゃないけど……そこまで言うんならビジネスパートナーを信じるとしよう。


 そんな訳で、目の前のウィステリア印刷所に入ってみる。

 当然ながら日本の印刷所とは別モノ。

 赤レンガの壁に囲まれたハイドランジアとも違う妙に黒々としたコンクリートの壁が奇妙な圧迫感を生み出している。


 そして、その室内で特に目に付くのが――――何かの装置。

 全長……五メートルくらいありそうだ。


 中央にどデカいハンドルみたいな輪っかがあって、その周囲に階段やら台やら足場やら機織り機みたいなモノやら、色んな部位が取り付けられていて、まるでラスボスのようなごった煮感と威圧感を醸し出している。


 あ、ちなみにこの世界の長さの単位はメートルじゃなくて『ステラ』というらしい。

 重さは『リア』。

 センチやキロといった概念はなく、一つの単位しかない。

 厳密に測量した訳じゃないけど、一ステラは六センチメートルくらい。

 一リアは六〇グラムくらいだ。

 なんでも、『ステラリア』という名前の鳥の卵の標準的な高さと重さが基準になっているらしい。


 ま、俺の中では未だに長さはメートル、重さはグラムなんだけど。

 これが改められた時、俺はこの世界に完全に溶け込んだって言えそうだ。


「所長は……あ、いたいた」


 薄暗い空間で細い手を振り、ジャンは奥で新聞を読んでいるゴツい顔のオッサンに声を掛けていた。

 交渉をするつもりなんだろう。

 だが――――オッサンの方は全く反応を見せない。

 明らかにジャンの声は聞こえてる筈なのに、新聞から目を離そうとしない。


「あの、すいません……」


「帰りな。ここはお前みたいなヤツのいる場所じゃねぇ」


 オッサンに何かを言われ、ジャンの白い顔が青くなっていく。

 俺にはまだ早口のカメリア語はわからないけど、よほどキツい事を言われたんだろうか……?


「そ、その……」


「お前は確かにこの街の英雄だった。そして当時はガキだった。だから周りにチヤホヤされて浮つくのは仕方がねぇ。だがな、お前のした事は『だから許してやろう』じゃ済まねぇんだよ。今のお前と関わるのは、この街で生きる人間にとっちゃ裏切り行為だ。とっとと消えな」


「……わかりました。突然お邪魔してすいませんでした」


 長めのセリフを吐いたオッサンに一礼し、ジャンが振り向く。

 その顔は――――


「行こう、ユーリ」


 日本語でそう俺に呼びかけたその顔は、いつものジャンだった。

 幸い、発作は起こらなかったらしい。


「……」


 ルピナスの街路を黙って歩くジャンの姿を二歩後ろから眺め、俺はついさっきの印刷所でのやり取りを何となく思い返していた。

 にべもない、とはああいう対応を言うんだろう。


 カメリア語とはいえ、ジャンが何も仕事について話せなかったのは流石にわかる。

 つまり、それだけ忌避されてるって事だ。

 明らかに性格が悪そうなあのリチャードだけじゃなく、こんな立派な印刷所の所長に門前払いを食らうとはな。


 人は誰にでも辛い過去がある。

 俺にだってある。

 出来れば思い出したくない、他人に話すなんて以ての外――――そんな過去だ。


 だから、俺もなるべくジャンの過去について深く聞く事はしないできた。

 今もそれは変わらない。

 パオロの事についてもそうだけど、ジャンが自分から言い出さない限り俺から聞く気はない。


 元英雄――――日本に住んでいた俺には全く縁のない存在。

 物語の中に出てくるその手の肩書きのキャラは、大体ジジイか続きモノの前主人公ってパターンだけど、ジャンのような扱いをされているキャラは見た事がない。


 ジャンの信用が失墜したのは、ジャンの名前を使って悪事を働いた元仕事仲間の所為だ。

 その悪事ってのがよっぽど酷かったのか、英雄から悪党への転落がよっぽどセンセーショナルだったのか……


「何も言わないんだね」


 無言を貫いていたジャンが、歩きながら振り返る。

 涙の跡でもあれば絵になる場面だけど、普通のはにかむような笑顔だった。


「ま、落ちるところまで落ちた者同士、気持ちはわかるからな」


「……助かるよ」


 言葉は少なかったけど、ジャンの声には今までにない強い感情が籠もっているように聞こえた。

 表面上、悲壮感は一切出してないけど、さっきの一幕はそれなりに堪えたみたいだ。


「でも実際問題、本の印刷はどうするつもりだ? あの調子じゃさっきの印刷所は使わせて貰えそうにないぞ」


「ルピナスにはもう一件、印刷所があるんだ。そこへ頼みに行く」


 それは朗報――――話を聞いた直後はそう思った。

 けれど実際にその印刷所『ランタナ印刷工房』を視界に収めた瞬間、ここが後回しになった理由がよくわかった。


 木造、しかも手作り感満載の建物。

 ガラスのない窓。

 傾いた看板。

 随所に見られる経年劣化の証。


「……本当に営業中?」


「その点は問題ないよ。ただ、僕を嫌ってるって意味ではさっきと同じ。いや、こっちの方がより嫌われてるかもしれない」


 そんな不穏な事を言いながら、ジャンはランタナ印刷工房に入っていった。

 外装に輪を掛け、中はかなり痛んでいる。

 部屋の角には例外なく蜘蛛ののようなものが張ってあるし床に穴が空いてる所も散見される。


 そして問題の印刷機だけど……


「動くのか……? これ」


 ウィステリア印刷所の印刷機よりかなり小ぶりで、小型のプレス機みたいな外見……なのはまだいいとして、なんか全体的に錆びてる気がする。

 しかもスティック型のハンドルにまで蜘蛛の巣が張ってあるし……


「これ、手動?」


「ああ。かなり力を入れてハンドルを下げないとしっかり印刷されない所は難点だけど、それ以外は問題ないと思うよ。運が味方してくれれば」


「……俺のカメリア語の理解が正しいとしたら、今の表現スゴい不安なんだけど」


「失礼な事を言わないで……大丈夫だから商売出来てるの……」


 奥から、ヤケに辛気臭い響きのカメリア語。

 女の子の声で、幼い感じのいわゆる『アニメ声』なのに、明るさが一切ない。


「やあ、ルカ。久し振り」


「ええ……貴方に酷い目に遭わされて泣き寝入りして以来……」


「誤解されるような事言わないでよ」


 ジャンにルカと呼ばれたその娘は、出てくるなりねっとりとしたジト目でこっちを睨んできた。

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