表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第4章 配色濃厚
59/68

0410


 授賞式当日の王都は、吸い込まれそうな紺碧の空を見上げていた。

 市庁舎に呼び出された日とよく似た天気だ。

 あの日と今日が繋がっているという暗示にも感じられる。


 だとしたら、今日の俺は偉そうに啖呵切っておきながら敗れる道化師か。

 いいさ、構いはしない。

 絵の力だけではどうにもならない事なんて、山ほどある。

 イラストレーターとして、絵描きとして、それは自覚してないといけない。

 その上で、自分の絵に出来る事を目指そう。


「あのう、ユーリ先生。もしかして緊張してらっしゃいますか?」


 そんなエミリオちゃんの指摘を受けた俺は、昨日から何度も何度も自分に言い聞かせてきた敗北主義的な自己主張を一旦止め、現実に目を向けた。


 ここは授賞式が行われる〈アルストロメリア野外劇場〉の控え室。

 高級ホテル〈インパティエンス〉から徒歩五分の所にある、かつては円形闘技場として兵士や傭兵を戦わせた場所だ。

 今は名前を変え、多目的ホールとして格式の高い催しを行う会場となっているらしい。

 元闘技場だけど、ローマのコロッセオみたいな歴史的含蓄を外見から感じる風じゃなく、コンクリート製の比較的新しい、円筒状の建築物となっている。


 建物自体が大きい為、中も当然のようにやたらと広大。

 控え室も広過ぎて、どうにも落ち着かない。


「あれだけ大見得を切って……いざ本番となると緊張なんて……笑……笑……」


「笑笑言うな! 仕方ないだろ、授賞式なんてとんと縁がなかったんだから!」


 ……それどころか、正装自体殆どした例しがないんだよな。

 結婚式も一回しか出席した事ないし。

 元いた世界じゃスーツに埃被ってたくらいだ。


 ちなみに、このカメリア王国での正装は中世ヨーロッパの貴族みたいな妙に原色多めのコーディネート。

 緑のシャツに白いタイツ、赤のジャケットに青のズボンという相当ケバい組み合わせだ。

 この世界では関係のない話だけど、元いた世界の『ズボン』は死語だという風潮は納得いかなかった。

 パンツなんて紛らわしい呼び方よりはよっぽどわかりやすいと思う、個人的に。


 ――――という持論を心の中で訴えていた俺は、ベンヴェヌートとの会話の中にあった言葉を思い出した。


 新しくも無価値。


 あいつにとっては俺がパンツ、自分がズボンってとこか。

 そう考えると、全く気持ちがわからないって訳でもない。

 例えそれが自己利益の保持に特化した主張だとしても。


 でも、極端なんだよ。

 古い物は良い物、新しい物は悪い物、なんて括りが正しい訳ないじゃんか。

 元いた世界でも、一世代前、二世代前の絵柄で若い人達に人気を博していたイラストレーターの人は沢山いた。

 時代に迎合したと揶揄されながらも、"今"の流行に敢えて挑戦するベテランの人もいた。

 大事なのは、その人達が自分の絵を見つめ、他人の絵を見つめ、その結果生み出した作品がどうかってところだ。


「失礼。ユーリ先生、授賞式がそろそろ始まるので、準備を」


 緊張がようやく解れてきたところで、案内役の人が控え室に入ってきた。


「って、クレハさんじゃん!」


「うむ。久しいな。王城以来か」


 リエルさんと同じ白の騎士会所属の騎士。

 騎士にこんなアルバイトがしそうな仕事をさせるなんて……


「貴方があまり緊張しないよう、出来るだけ知った顔でスタッフを固めるというアルテ姫の御配慮だ」


「なっ……何ィィィ!?」


 そんな気の利いた事をあのお姫様が?

 意外だ。

 なんだかんだでメアリー姫の妹なんだな……


「貴方の絵を模写するようになって、アルテ姫は少し変わられたように思う。他人の良い部分を吸収しておられるように感じる」


「良い部分を吸収……」


「この場合はメアリー殿下の良い部分、だな。あの方がいかにもしそうな御配慮だろう?」


 確かにそうだ。

 他人の絵を教えて貰うってのはつまり、他人の良い部分を自分に取り込む事。

 それを通して人間的にアルテ姫が成長したのなら、こんなに嬉しい事はない。

 この俺が、ニート寸前のイラストレーターだった俺が他人の成長に寄与するなんてなあ。 


「本番前に良い事聞いたよ。ありがとう、クレハさん」


「ならばよし。一〇分後に野外ホールの楽屋へ来てくれ。折角の晴れ舞台、堂々としておられよ」


 あまり表情を変えないクレハさんが薄く微笑み、部屋を出て行った。

 その様子を見届けた後、俺はルカとエミリオちゃんに顔を向ける。


「二人とも、来賓用の控え室に戻っておいてくれ。暫く一人で集中したい」


 そして、そう懇願した。

 スピーチの練習は散々やったし、今更準備も何もないんだけど、心はしっかり作っておきたい。


「了解……エミリオ……行きましょう……」


 そそくさと退室しようとするルカ。

 それに対し、エミリオちゃんはその場で迷ったような表情をしながらモジモジしていた。


「あのう、ユーリ先生」


「ん? あ、もしかしてジャンか? あいつさっきから見かけないんだよな。何処にいるんだか」


「いえその、そうではなく……あ、ありがとうございました!」


 え、いきなり何だ?

 祝福ならまだしも、礼を言われる筋合いないぞ。


「そのう……わたし、ジャン様に憧れて冒険者の道を選んだんですけど……実は家族に大反対されて家出して来たんです」


「え? そうなの?」


「この子……除霊に関しては天才的みたい……彼女が家出した時には……タゲテス教最大の損失とか言われて大騒ぎになったとか……」


 先に事情を聞いていたのか、ルカが補足を入れてくる。

 まさか除霊師としてそこまでの才能があったとは。

 そういや、ハイドランジアの幽霊をアッサリ除霊してたもんな。

 あれがどれくらスゴいのかなんて、全然わからなかったけど。


「あのう、それでジャン様のいるハイドランジアに来たんです。正直ダメ元で……でも、温かく迎えて頂き、おかげで今は総隊長などと呼ばれるようになりました」


「それは別に俺が関与してる話じゃないでしょ? エミリオちゃんの除霊がスゴいってだけだし」


「でも、《絵ギルド》の幽霊騒動の件でロード=デンドロンさんとお知り合いになれて、その御縁での抜擢だって聞きました」


 成程、新市長との縁結び、って訳か。

 エミリオちゃんが権力者に弱いのは、それなりに社会の波に揉まれて、自分の力じゃどうしようもない事があると知ったからかもしれない。


「そのう、おかげで人生を切り開けた気がします。本当にありがとうございました」


 エミリオちゃんはペコリとお辞儀をして、俺への感謝を締めた。


「いやいや、何を仰るの。エミリオちゃんを描かなかったら《絵ギルド》は全然受けなかったかもしれないし、今回の《親子の再会》でも描かせて貰ったし。礼言うのはこっちだよ。ありがとう」


「それなら……あたしにも言うべき……感謝……誠意……」


「ルカの家には現金で誠意見せてるだろ!」


「ちっ……しけてやがるのね……」


 なんて言い草だ。

 とはいえ、ルカへ感謝する気持ちも当然ある。

 単に印刷だけの話じゃない。

 多少口は悪いが、彼女とのやり取りの中には色んな収穫があったし、結構気を使って貰った。


「ま……せいぜい最後の悪あがきをする事ね……悔いのないよう……」


「ではユーリ先生、ご武運を」


 最後に一言残し、二人も控え室を出て行った。

 さて……それじゃ、最後に自分の心を整理するか。


 正直なところ、欲はある。

 色々不利な状況だけど、《親子の再会》がそれを全部ひっくり返して大賞に選ばれるんじゃないか――――そんな欲が。


 これは仕方ないのかもしれない。

 幾ら『もうそれは諦めて国王の件だけに集中しよう』と自分に言い聞かせても、完全に期待が消える事はなかった。

 悲しい哉、俺はそんな器用に気持ちを切り替えられる人間じゃない。

 ならせめて、それを表面に出さないようにしよう。


 ベンヴェヌートはこのコンテストで俺に勝つ事を目的としている。

 敗北者となった俺を大衆の面前に晒し、アニュアス宮殿で受けた屈辱を晴らそうとしている。

 あれだけ根に持ってたんだから、間違いない。


 だとすれば、俺が悔しがる素振りを見せず、屈辱感を出さなければ、ベンヴェヌートの満足度は下がるだろう。

 せめてそれくらいの一太刀は浴びせたい。

 本当は、絵だけの勝負で勝ちたかったけど、それが叶わないのならやむを得ない。

 堂々と負けてやる。


「……ん?」


 そんな俺の決意を小気味よく刺激するかのような、不意打ちのノック音。

 開いてる旨を伝えた一秒後、その扉が開く。

 控え室に入って来たのは――――ジャンだった。


「なんだ、お前か。一体何処をほっつき歩いてたんだよ」


「……」


 ジャンは何も答えない。

 よくよく見ると、妙に表情が虚ろだ。


「どうしたんだ? なんか変だぞ」


「……困るんだ」


 ポツリと妙な事を呟き――――


「君が授賞式のステージに立つのは、とても困るんだ」


 ――――背中に隠し持っていた銃剣の銃口を、俺の方へ向けた。


「……おい」


「ユーリ。君はやり過ぎた。昇り過ぎたんだ」


 その銃剣は、最初の亜獣騒動の時にジャンが手にしたエミリオちゃんの物とは違う。

 恐らくこれが、ジャン愛用の銃剣。


「古典派の重鎮から美味しい話を貰ってね。君を抹消すれば、僕の一生は保証される。君はそれくらい、古典派に畏れられているんだよ」


 そう冷たく言い放ったジャンは、底冷えするような笑みを口元に浮かべた。

 そして――――


「ハイドランジアでの君との日常は楽しかったよ。でも今日でお別れだ。さよなら、相棒」


 静かにそう言い放ち、一瞬だけ寂しそうな顔を浮かべた。

 浮かべた。

 浮かべたのだった。


「……で?」


「いや、で? って……今から僕、君を撃つんだけど。悲哀の言葉とか裏切りへの罵詈雑言とか、そういうの……ない?」


「ンな事より、俺は銃に全く詳しくないから正しい指摘かどうかわかんないんだけど、その銃剣って撃鉄を起こしてなくても撃てるモンなのか?」


 自然と半眼になっていた俺の言葉を受けたジャンは、自分の銃の撃鉄を二度見し、直後にバタンと銃剣を落とした。


「あっちゃー……まさかユーリが撃鉄を知っていたなんて」


「あっちゃー、じゃねーよ! なんのつもりだよ一体! 言っとくけどな、割と心の中ではパニックになってたんだぞ!」


 俺は頭を抱えるジャンを本気で蹴っ飛ばした。


 実際、本当に混乱していた。

 思考が止まって、ジャンの構える銃剣から視点が動かないくらいに。

 だから却って撃鉄の状態に気付けたとさえ言える。


「痛いよユーリ……」


「蹴られて当然の事するからだろ! なんだよこの茶番は!」


「姫の仕込みよ!」


 叫ぶ俺に被せるようにバーンと扉が開き、アルテ姫がしたり顔で登場。

 茶番の黒幕はこいつか!

 王族だけどこいつ呼ばわりでいいだろもう!


「ユーリが緊張してるかと思って、ジャンに頼んで一芝居打って貰ったのよ。クレハに姫の気遣いを聞いて感動してる最中に、自分の友達が実は殺し屋で、古典派からユーリ殺害を依頼されたって芝居。どう? 意外性あったでしょ? 落差あったでしょ? 驚いてホッとして緊張解れたでしょ?」


「解れるか! 却って精神乱れまくったわ! メアリー姫の変なトコまで吸収しやがって! 帰れ王族の楽屋に! さっさと帰れ!」


「ひ、酷い……ユーリの緊張を解す為に寝ないで考えた計画だったのに。ジャンが悪いのよ! あんなポカしちゃって!」


「も、申し訳ないです。ああ、僕はいつもこうなんだ。肝心な……」


「もうその錯乱も見飽きたからやらなくていい! お前も出て行け!」


 二人揃って控え室から蹴り出した。


「うう……ユーリのバカーーーーーーーーーっ!」


 足蹴にしたお姫様が泣きながら控え室から遠ざかって行くが、全く後悔はない。

 ったく……見直して損した。


「えっと、ユーリ」


 まだ息が整わずぜーぜー言っていると、扉からニュッとジャンが顔を出してくる。


「なんだよ」


「アルテ姫は本気で君の事を心配してたから、怒らないであげてくれないか」


「そんなのはわかってるんだよ。アルテ姫にはお前が適当にフォローしといてくれ」


「……僕の知らないところで随分良好な関係を築いたみたいだね」


 ジャンは何故か寂しそうにそう呟き、そして苦笑いを浮かべていた。


「とにかく、今みたいな事態が起こらないとも限らない。気を付けて」


「暗殺者に狙われるイラストレーターがいるか!」


 俺の怒号をいなすように、パタンと扉が閉まる。

 クレハさんが来てから、もう一〇分くらい経過してるだろう。

 ったく……集中する時間が作れなかったじゃねーか。


「じゃ、行くとするか」


 どうやら、その必要もなくなったが――――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ