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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第3章 苦心惨憺の背景
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0316

 巨匠とベンヴェヌートの関係。

 リチャードの妨害工作と自白。

 そして、国王のサイン入り立ち退き状の件――――そこまで話した時点で、一旦説明を止める。


「そこで一つ確認なんですが、一ギルドの立ち退きを強制する為に国王様のサインが入った立ち退き状が用意される事ってあります?」


「国営の施設ならあり得ますわ。そうでない限り、あり得ませんわね」


 ハイドランジアは国の支援こそ受けていたけど、国営の施設じゃない。

 これで確定だ。


「まさか……さっき言っていた"偽造"というのは」


「はい。実際にはリチャードが持って来たみたいですけど、あの様子を見る限り単独犯じゃなく裏でベンヴェヌートが糸を引いていたみたいですね」


 つまり、ハイドランジアをジャンや俺やエミリオちゃんから奪ったのは、あのベンヴェヌートだったって訳だ。

 サイン偽造を示唆しただけであの慌てよう、間違いなくクロだろう。


「含みを持たせておいたんで、証拠をこっちが握っていると誤解してくれたと思います。となれば、幾ら古典派が偉くなったと言っても簡単には揉み消せないですよね。国王の名を騙るなんて重罪でしょうし。例えばこの事を俺がベンヴェヌートの師匠に告げ口すれば、連中はかなり困るでしょう」


「亜獣対策よりも、その件に注力する……と?」


 リエルさんは俺の目論見を正確に把握していた。

 あのナルシストはきっと、自分に起こり得る悲劇を何よりも怖がる。

 俺の口止めや、師匠への確認を優先するだろう。


「ユーリ……貴方、自分の身を危険に晒してまで時間稼ぎを……?」


「古典派に狙われてるのは元々ですし、大した違いはありませんから。それに俺、あの二人はヘドが出るほど嫌いなんで、殆ど私怨ですよ」


 思わず王女相手に汚い言葉を使ってしまった。

 それくらい、あいつらにはハラワタ煮えくり返っている。

 俺や《絵ギルド》への非難や中傷もハラ立つけど、何より許せないのは、自分が気持ち良くなる為に他人を平気で傷付ける、その自分勝手な自己顕示欲。

 その狂気がメアリー姫やリエルさん、そしてこの場にはいないアルテ姫やジャン、ルカまでにも向けられているとなれば、別に正義感や義侠心なんて持ち合わせてない俺でも憤りを覚えるさ。


「……アルテが貴方に懐いた理由が少しわかりましたわ」


 ポツリと、メアリー姫がそう呟く。

 懐かれてた……のか?

 そんな自覚一切ないんだけど。 


「それにしても……本当なんでしょうか? 陛下が国王の座を追われたなんて……」


「まだわかりませんわね。サイン偽造の件からして、あの男の手口はハッタリと捏造に特化していますわ」


 俺もメアリー姫に同感だ。

 クーデターが起きたとメアリー姫に言えば、メアリー姫はその確認の為に王都へ戻るかもしれない。

 その場合、『亜獣に襲われそうになっている市民を放って帰還した』と非難出来るし、姫がここへ残っても国王の事を気にして目の前の事に集中できなくなる。

 どっちにしても連中にとっては有利になるって寸法だ。


「このルピナスへ駆けつけたのも、単に亜獣の出現があったからじゃありませんわね。わたくしがここに滞在していると知っていたからでしょう。そして、『亜獣に魅入られている国王』というネタと亜獣出現という状況を組み合わせ、わたくしの口からお父様の現状について語らざるを得ない状況を作り、それを言質とするつもりだったのですわ」


「私もそう思います。余りこういう事を言うべきじゃないかもしれませんけど、ベンヴェヌート殿には陛下の弱味を握る理由がありますから……」


 リエルさんは優しいから直接的な表現は控えたが、つまりはこういう事だ。 


 古典派が厳しい局面に立たされているのは、これまで何度も聞いている通り。

 だけどあのナルシストは、古典派である自分の絵が時代に取り残されているなんて絶対認めない。

 国王が幻想派に肩入れしているから――――そう責任転嫁しているのが容易に想像出来る。 


 ならば国王が古典派の人物になればいいと思うのが自然。

 それも、一刻も早く。

 その為には、国王の弱味を握って早期退位を促すのが唯一の手段だ。


「まずは真偽の確認が必要ですけれど……これから王都へ戻るのは時間がかかりすぎますわね。伝書コルーでアルテと連絡を取ってみましょう」


「そうですね……国民の安全が最優先ですから。亜獣が飛び回る時間帯を避けて、避難を促すのがいいんじゃないでしょうか」


「ええ。亜獣への警戒を維持しつつ、安全を確保。それで行きましょう」


 どうやら方針が固まったみたいだ。

 にしても、余りにも自然に『国民の安全が最優先』と口にするリエルさんと、それを当然のように受け止めるメアリー姫と比べて、ついさっきまで俺と薄汚れた心理戦をしていたあの連中のなんという心の醜い事よ。


 ……他人の事は言えないけど。


「ユーリ、貴方は引き続きお父様を正気に戻す為の絵を描いて下さいます事? 亜獣の件はわたくし達が責任をもって対処致しますわ」


「わかりました。くれぐれも無理はしないようにして下さい」


 国民に対して献身的なのは素晴らしいけど、それで彼女達に何かあったらシャレにならない。

 かといって、俺に出来るのはメアリー姫の依頼にしっかり応える事くらいだ。


 いや……あと一つ。


「もし総合ギルドが何か嫌がらせしてくるようなら、ジャンに協力を要請してみて下さい。リエルさんが顔見知りだから問題ないと思いますけど、俺の名前を出せば必ず力を貸してくれると思います」


 幾ら総合ギルドが古典派に染まっていたとしても、ジャンならわかってくれる。

 あいつは俺の相棒なんだから。


「……そうですわね」


 でも、それはあくまでも俺の主観。

 メアリー姫は余り乗り気じゃないらしく、一応はそう返事しつつも声のトーンが懐疑的な事を示していた。


「ではリエル。行きますわよ」


「はい! ユーリ先生、よろしくお願いします!」


 相変わらず歯切れのいい挨拶。

 リエルさんの清涼感溢れる真顔に頷き、俺は二人を見送った。


 なんというか……スゴい事になってきたな。

 国王の精神的な問題、古典派と現王族との確執、亜獣の謎の飛来……スケールの大きな問題ばっかだ。

 しかも俺にとっては全部、他人事とは言えない問題だ。


 でもなあ、俺に出来る事は結局、依頼された絵に全力を尽くす――――これに尽きるんだよな。

 他の事はそれを解決に導ける人達に任せるしかないんだから、仕事に集中しよう。


 亜獣に魅入られた国王を正気に戻す、衝撃的なインパクトを持った絵。

 実のところ、未だに構想すら練れていない。

 衝撃的な絵というと、最初に思いつくのは奇抜であったりグロであったり……要は人間の生理的な部分に訴える絵だろう。


 その手の絵は、描こうと思えば描ける。

 例えば、ピカソのゲルニカみたいな絵。

 勿論同レベルの絵を描く事は出来ないけど、あんな感じのカオスな雰囲気を出した絵を描ければ、それなりにインパクトのある絵に出来るかもしれない。

 この世界にピカソはいないしな。

 だけど、その手のインパクトはある意味《絵ギルド》も同じで、その《絵ギルド》でもダメだったって事は、『こんな絵見た事ない!』という衝撃だけじゃ通用しないって事だ。


 まずは関心を抱いて貰わないといけない。

 その為には、カメリア国王杯での上位進出は必要不可欠だけど、今回が第一回目のコンテストに上位進出のコツとか傾向なんてないだろう。

 俺に出来るのは、国王の心を鷲掴みにするようなモチーフを考える、それだけだ。


 となると……やっぱり、亜獣の絵って事になるのか。


 ――――イヴ=マグリット。


 彼女の名前と顔が真っ先に出て来たのは、単に国王が彼女の絵に魅入られているからじゃない。

 つい最近、不意打ちの再会を果たしたからでもない。


「……」


 実際、視界の隅にその顔があったからだ。

 イヴ=マグリットが俺の横顔を覗き込んでいた!


「なっ、なんだぁ!?」


 一瞬妄想か幻覚かと我を疑ったが、彼女は吐息の音が聞こえるくらい直ぐ近くにいる!

 どういう事だよ!

 無断侵入とか神出鬼没とか、そんなレベルじゃねーぞ!?


「何度ノックしても出てこなかったから、仕方なく次善策として私の存在を貴方に報せるべく、視覚領域への侵入を試みた。要するに目の届く位置に来た」


「来た、じゃないですよ! あんまり驚かさないで下さい!」


「そうは言っても時間がない。緊急事態だから。貴方の力が必要。直ぐ来て欲しい」


 と、唐突だな……

 そもそも、俺の何処に緊急事態を解決出来る要素があるんだ?


「いいから来て」


「ちょ、ちょっと……!」


 強引に腕を掴まれた俺は、恐怖四割、困惑四割、女の人に触れられてちょっとドキドキ二割の心境で宿の廊下へと引きずり出された。

 そして――――


「……隣?」


「私が借りている部屋」


 入室と同時に、とんでもない事が判明した!


「……ま、まさか……ストーカー……?」


 そんな発想が思わず脳内に滲み出る。

 宮廷に住む画家がわざわざこのルピナスまでやって来て、更に同じ宿の隣の部屋に宿泊しているとなると、自意識過剰とは言えないよな……流石に。

 サイン会の時の再会も、ストーカーっぽい登場だったし。


「あ、あの、イヴさん? 貴女は一体……」


「あれを」


 怖々とここに宿まっている理由を尋ねようとした俺の声には耳を傾けず、イヴさんは室内のある一点を指差した。


 そこには――――


「……ゴキブリ?」


 確かこの世界での名前は……ダメだ、最後のゴゴゴゴしか思い出せない。

 もうゴゴゴゴでいいや。


「で、あれがどうしたんですか?」


「私が"黒の画家"と呼ばれているからか、稀に私があの不浄な生き物に親近感を抱いているのではないかと誤解する輩がいるけれど、本意じゃない。私はあれが苦手。大嫌い。寧ろ天敵。この世界が誕生する前からの宿敵」


 今までの彼女のイメージをブチ壊すほどの饒舌ぶり。

 そこまで嫌いなのか。

 以前王宮でも感じた事だけど、どうやら彼女は熱心なタゲテス教信者で間違いないらしい。

 まあ、ゴキブリを親の敵ってくらいに嫌う人は元いた世界にも結構いたから、信者がどうこうって話じゃないのかもしれないけど。


「この宿は清潔だと聞いて宿泊を決意したというのに。どうしてこのような絶望の淵に。このままでは破滅まっしぐら」


 にしても、大げさ過ぎやしないかと思うけど。


「……で、要は俺にあれを始末しろと?」


「最早一刻の猶予もない。お願い」


 最後の方は割と普通にお願いされた。

 仕方ない、ちゃちゃっと始末するとしよう。

 引き籠もり生活の時には随分と名勝負を繰り広げた好敵手だったし、久々に血が騒ぐぜ。


「見せましょう、元ニート寸前イラストレーターの底力を!」


 二〇分後――――


「中々手強かったな……だが俺の敵じゃない」


 何事かと駆けつけた宿のスタッフに丸めた紙を渡し、額に滲む汗を拭う。

 戦地が廊下にまで及ぶ激戦だった。

 ただし絵には描きたくない。


「本当に助かった。あの不浄の生物を相手に見事な戦いだった」


 廊下からイヴさんの部屋へ戻ると、拍手で迎えられた。

 名勝負の後は何時の日も清々しい。


「ではこれで」


「いや待て。どうして貴女がここにいるんですか」


 拍手しながら扉を閉めようとしたイヴさんに対し、右足ストッパーで対抗。

 誤魔化そうったってそうはいかない。

 もし本当にストーカーだとしたら、ここで止めさせないと。


 とはいえ、流石にいきなり『貴女は俺のストーカーですか?』なんて聞くのは気が引けるし、逆上されても困る。

 まずは当たり障りのない理由から入って、徐々に追い詰めよう。

 彼女がこのルピナスに来た、もっともらしい理由といえば――――


「亜獣絡みですか? 今、街の上空には亜獣が飛び交っていますし」


 彼女は亜獣専門の画家。

 突拍子もない推測じゃないから、彼女が仮にストーカーだとしたらこれ幸いと即座に肯定するだろう。

 そこで更なるツッコミを入れていけば、どこかで矛盾が生じる筈。

 そんな展開にもっていければ――――


「……」


 ……あれ、思ってたリアクションと違うな。

 イヴさんは口元に手を当て、難しい顔で虚空を仰いでいた。


「どうやら、思っていた以上に貴方は深入りしているらしい」


 そして、視線を俺の方に固定し、そんな意味深な発言。

 睨んでる訳じゃないんだろうけど、まだ完全に彼女への苦手意識が払拭出来てないからか、やけに居心地が悪くなる。


「え、えっと……なんの事ですか?」


「今更惚けるのは無意味。そして貴方がそこまで真実に迫っているのなら、相応の対応が必要」


「は?」


「来て」


 余りにも短いその一言を残し、イヴさんはと唐突に自室を出て、俺に背を向け廊下を歩き出した。

 ついて来い、と言っているのはわかる。

 わかるけど……なんか怖い。

 俺はこれから、何を明かされようとしているんだ?


 メアリー姫の見解によると、彼女は国王を惑わせた張本人だ。

 もしかしたら、この国を乗っ取ろうと画策しているのかもしれない。

 でも、俺が彼女に抱いている恐怖は、そういうわかりやすい悪への恐れとは違う。


 彼女が何かを知っている。

 それは王城で彼女と会った時からずっと感じていた。

 もしかしたらそれは、俺がこの世界に――――リコリス・ラジアータに存在する理由についてかもしれない、と畏怖していた。


 その理由次第では、俺はもうこの世界の住民じゃなくなるかもしれない。

 夢から醒めるように、何もかも消えてしまうのかも。

 だったら、関わらない方が良い。

 目を逸らした方が良い。


 なのに――――俺はというと、イヴさんの背中を必死に追いかけていた。

 俺の憂慮が実は杞憂に過ぎないと確かめたいからだ。

 目に入れたくないと思う一方で、懸念そのものが消えてなくなって欲しいと思っているからだ。


 過去に何度も経験がある。

 自分の書いた絵に対して、ネット上でどうせボロカス言われてるんだろうなと思いながらも、ついつい感想を見てしまうあの心理。

 今俺を突き動かしているのは、あれと同じだ。


 成長してねーなあ、俺。


 ……いや、でもこうして自覚出来てるだけマシなのかもしれない。

 かなりの緊張はあるけど、どこかで開き直っている自分もいる。

 鬼が出ようが蛇が出ようが、今ならきっと受け止められる。

 そんな妙にハイな気持ちで、イヴさんの背中を一心不乱に追いかけた結果、俺が辿り着いたのはというと――――


「な……」


 総合ギルド〈ハイドランジア〉だった。

 思わず言葉を失う俺に気を使いもせず、イヴさんはそそくさとギルド内へ入り、受付けに何か一言残して右奥へと向かって行く。

 呼び止める間もない。

 俺にとってこのギルドは超アウェイなんだけど……ええい、仕方ない!


「失礼します!」


 若干荒い語調でそう挨拶しつつ、イヴさんを追う。

 以前ジャンに会おうと乗り込んだ時は門前払いを受けたけど、今回はお咎めなしだった。

 恐らくイヴさんの権限で出禁が解除されたんだろう。

 宮廷絵師、恐るべし。


「……」


 そんな事を考えている間にも、イヴさんは速度を一向に緩めず、無言で歩を進めて行く。

 二階、三階――――と彼女の背中を眺めながら階段を上り、四階に到着。

 外から見る限り、ここが最上階だ。


「こっちへ」


 ようやく言葉を発したと思ったら、こっちの返事も待たずツカツカと奥へ進んで行くイヴさん。

 どうしてこう、この手の職種ってマイペースな性格な人が多いんだろう。

 ……マイペースだからこそやってられる仕事なんだけどさ。


「入って」


 どうやら目的の場所へ着いたらしい。

 扉のプレートには〈総支配人室〉と書いてある。

 ジャンは副支配人だから、その上の役職って事は……代表のパオロが使ってる部屋だ。

 って事は当然、あいつが待ってるのか。


「あの、入る前に聞いておきたい事が」


「いいから入って」


「ちょっ……! せめて心の準備を……!」


 こっちの要求を一切無視し、イヴさんは俺の腕を掴み、総支配人室へと引っ張り込んだ。

 なんでこんなに強引なんだ――――と怒りや疑問を口にする間もなく、強制入室。

 そこで俺を待っていたのは。


「イヴ、一体どうしたんだい? 君がそんなドタバタとしているのは珍しい……」


 予期しない人物だった。

 そしてそれは、ここ最近ずっと目標の一つとして掲げていた対面だった。


「ジャン……?」


「ユーリ……?」


 待望だった筈の久々の再会は、余りに唐突過ぎた為か、なんかやけに間の抜けたものになってしまった。



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