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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第3章 苦心惨憺の背景
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0312


 絵……?

 それが『お父様を救って下さい』とか『カメリア王国を背負う覚悟』とかとどう繋がるんだ?


「近々、王家主催のコンテストが開催されますの。主旨は、国王陛下たるお父様の目に留まる絵を募集するというものですわ。コンテスト名は〈カメリア国王杯〉。カメリア王国の歴史上、最も大規模なコンテストになるでしょう」


 メアリー姫は大げさなくらい身振り手振りをつけ、そう説明した。

 要するに、国王に献上する絵を国中から募集するコンテストって事なんだろうか。


「まさか、俺に幻想派の代表としてコンテストに参加しろと?」


 確か国王は幻想派のパトロン的立場だった。

 それならさっきのメアリー姫の発言と繋がるけど――――


「いえ。違いますわ」


 そんな俺の憶測は、神妙な顔で否定された。


「……ここから先を話すには、ユーリにも相応の覚悟を持って貰う必要がありますの。国家機密……いえ、それ以上の重大な事実を話さなければなりませんから」


 国家機密以上……?

 な、なんか急に重々しい話になってきたな。

 正直言って、あんまり期待や責任は背負いたくない性格なんだけど――――


「どう? ユーリ。それでも、わたくしやアルテを助けて下さる?」


「ええ。話を聞かせて下さい」


 ――――アルテ姫の名前を出されたら、仕方がない。

 彼女は俺の弟子だからな。

 多分、人生で唯一の。


「頼もしいですわね。その覚悟、しかと受け止めましたわ」


 そう言い終えた後、メアリー姫は咳払いを一つし、口元を引き締め、俺の目をじっと眺めた。


「奇しくも、先に貴方が自身の過去を晒す流れになりましたけど……これからわたくしがお話するのは、ヌードストローム家の過去であり、国王たるお父様、ヒューゴ=ヌードストロームの過去ですわ」


「国王の……?」


「お父様は、亜獣に魅入られていまいましたの」


 そう話し出したメアリー姫の顔は、今まで見た事がないほど強張っていた。

 亜獣って……あの亜獣だよな?

 一体どういう事だ?


「お父様はわたくしやアルテが生まれる前……国王となる前から『不思議な物』に目がない人だったそうですわ。幻想派の絵を好み支援しているのも、政治的な理由は一切なく、単にお父様自身の好みの問題ですのよ」


「亜獣に魅入られたのも、その嗜好から?」


 俺の問いに、メアリー姫は小さく頷く。


「このカメリア王国に亜獣が出現したのは、今からおよそ一〇年前。それから五年ほど経って、陽性亜獣という人間を襲う亜獣が存在すると正式に認定されましたわ」


 一〇年前か……話には聞いてたけど、本当に最近なんだな。


「そもそも、亜獣って何なんですか? いきなり新種の生き物が現れるのって、この世……この国ではよくある事なんですか?」


「いえ、恐らく初めてですわね。亜獣の正体、出現理由については様々な推論がありますけれど、どの説も推測の域を出ませんわ。本命は既存の動物の突然変異。だからこそ"亜獣"と名付けられたのですけれど」


「成程」


「他の説としては、主にファンタジックなものが多いですわね。別の世界から現れた侵略者、魔法使いが悪人を異形の者へと変えた、人間を淘汰すべく召喚された神の使い……言うまでもなく、全て妄言レベルのものですわ」


 異世界人の立場としては、妄言とも言い切れないと思うんだが……それを言う訳にもいかない。

 というか、俺と同じように別の世界からやって来たって説が一番しっくり来る。

 逆に言えば、俺は亜獣と同じ形でこのリコリス・ラジアータへ来たのかもしれない。


「とはいえ、その謎の生物が人間を脅かしているのは紛れもない事実。にも拘わらず、お父様は軍を積極的に動かしませんでしたの」


「亜獣を討伐したくないから……?」


「そうですわ。その結果、冒険者ギルドに亜獣対策を丸投げする事態になってしまいましたわ」


 そう一気に捲し立てたメアリー姫は、心なしか肩を震わせていた。

 怒りなのか、悲しみなのか、民衆への謝意なのか――――或いは、全部なのか。

 娘である彼女が背負うには、余りに理不尽な感情ばかりだ。


「どうして、国王様はそこまで亜獣を……?」


「理由は二段階に分けられるのではないかと」


 誰にともなく呟いた俺の疑問に、沈黙を貫いていたリエルさんが重い口を開く。


「亜獣はリコリス・ラジアータの生態系とは異なる、突然現れた異質な生き物なんです。元々、陛下は不思議な物を好んでいましたので、関心を抱くのは自然の成り行きでした」


「それが一段階目ですか」


「はい。ですが陽性亜獣絶滅後、亜獣によってもたらされた被害の実態が続々と明らかになってからは陛下もお考えを変えられ、亜獣対策を講じるよう御指示を出したんです。ですが……」


「あの女が、あの女の描く亜獣がお父様を惑わせたのですわ」


 メアリー姫が歯軋りしながら呟いた"あの女"。

 聞き覚えがある。

 王城でも確か、そんなニュアンスで憎々しく話していた。


「〈黒の画家〉イヴ=マグリット……ですね?」


「はい。亜獣を専門にしている画家で、元ハイドランジア四英雄の一人」


「……ぅえ!?」


 思わずマヌケ声で叫んでしまった。

 四英雄って……ジャンやパオロと仲間だったって事かよ!

 しかも元冒険者って事は、亜獣と戦ってたのか?

 国王が亜獣LOVE状態って事実より数段驚いたぞ。


「英雄の一人として王城に招かれた彼女は、亜獣の絵だけを何枚も描き、それを陛下に献上していました。それをきっかけに、陛下の亜獣への情念が再燃したんです」


「寧ろ悪化していますわ。〈黒の画家〉の称号を与え、王宮に住まわせたのも、彼女の描く亜獣の絵を独占する為でしょうから」


 王様が女性に惑わされ、傀儡と化す物語は幾つか知ってる。

 でも、その場合は女性自身に入れ込むケースが殆どだ。

 彼女の絵には、一度平常心を取り戻した国王を再び惑わせるだけの強い魅力があったって事か。


 確かに、彼女の描く亜獣には人を惹きつける何かがあった気がする。

 言葉では説明できないけど、真に迫るものがあった。

 他の人の絵にあんまり関心がない俺ですら、触発されるほどの。


「今のお父様は、あの女の描く亜獣の絵にしか興味を示さないほど自分自身を見失っておられますの。誰にも会わせる事が出来ない状態なのですわ」


 だから謁見を断わってたのか。

 でも、そんな状態だと王城での暮らしも普通には出来ないんじゃ――――


「……あ」


「どうしましたの?」


「あ、いえ、何でも」


 俺は言葉を濁しつつ、以前王城にいた時に見かけた、とある男性を思い出していた。

 アルテ姫の祝賀会を一時抜け出して、アニュアス宮殿で時間を潰そうとしたあの時、イヴさんの描いた亜獣の絵を食い入るように眺めていた、頬の痩けた五〇歳くらいの男。


 もしかして、あの人が国王……?

 もしそうなら、メアリー姫の説明通り、自分自身だけじゃなく色んなものを見失っている状態かもしれない。


 そして、その時に一緒にいたイヴさん。

 もしあの男性が国王なら、彼女の口の利き方は明らかに変だった。

 まさか――――彼女が国王をあんな状態にしてるのか?


「えっと、ここまでの話を聞く限り、イヴ=マグリットが国の実権を握る為に自分の絵で国王様を惑わせている諸悪の根源のように思えますけど、実際のところはどうなんです?」


 一瞬、自分があの日見た光景をそのまま話そうかとも思ったけど、流石にそれは躊躇せざるを得なかった。

 きっと、あの状態の父親を見られたと知るのは不本意だろう。


「それが、わからないんです。私達も彼女の動向には常に目を光らせていますけど……」


「もしかして、遠征先で再会したあの時、実はイヴさんを尾行してたとか?」


 リエルさんはコクリと首肯。

 王女と騎士が宮廷絵師を追いかけ回してたのか……なんとまあ。


「一応言っておきますけど、あの女を追いかけ回す為だけに王都を離れていた訳ではありませんわ。〈亜獣被害対策検討委員会〉の根回しの途中に偶然、あの女を見かけただけですからね」


「は、はあ」


 結局、王女&騎士の尾行という構図に変わりはない。

 生返事にもなるってもんだ。


「そういえば、先日この街に有翼種亜獣が出現した事案の報告を受けていますわ。もしお父様が正常なら、貴方を危険な目に遭わせずに済んだのでしょう。娘として、父に代わって謝罪しますわ」


 戸惑っていた俺に、更なる戸惑いを提供する突然の謝罪。

 王女に頭を下げられるなんて、ただただ恐縮しかない。


「そ、そんな事ないですよ。それより、国王がそこまで亜獣に入れ込んでいるとなると、貴女が亜獣対策の委員会を指揮するのは相当大変なんじゃないですか?」


「ええ……それなりに」


 リエルさんと顔を見合わせ、メアリー姫は大きく溜息を吐く。

 公務じゃなくお忍びでの活動を強いられているのは、表立って動けないからなのかもしれない。

 王女ともあろう立場の人が、コソコソと親の尻拭いの為に動き回らないと

 いけないなんて……不憫だ。


「以上が、わたくし達が今置かれている現状ですわ。これらを踏まえた上で、ユーリに〈カメリア国王杯〉へと参加して欲しい理由は一つ」


 ここまで詳細を聞けば、答えは想像に難くない。

 国王の――――


「お父様の目を覚ます、強烈な絵を描いて欲しいのです」


 だよな、やっぱり。

 コンテスト自体、その為に企画されたものなんだろう。


「これまであらゆる手を尽くしてきましたけれど、どの手段も奏功しませんでしたわ。このコンテストが恐らく、最後の賭け。最後の希望……ですわ」


 案の定、メアリー姫は切羽詰まった表情で俺の予想を裏付けた。

 国王の件を表沙汰にしていないとはいえ、何しろ王家主催の大規模なコンテスト。

 何千何万という応募作が殺到するに違いない。

 それでも、こうして俺に参加を促すくらい望みは薄いんだろう。

 国王の重篤さが窺える。


「実はアルテ殿下が貴方をお城に連れて来る前に、陛下に《絵ギルド》を見せていたんです。そうしたら、今まで亜獣の絵以外に関心を示されなかった陛下が、真剣な顔で《絵ギルド》の絵をじっと眺めていらしたみたいで」


 頭の中で色々と考えていたところに、リエルさんが神妙な顔つきで新たな事実を明かしてきた。


「もしかして、アルテ姫が俺の絵を習おうとしたのって……」


「最初は純粋に《絵ギルド》に衝撃を受けて、関心を示したのだと思いますわ。ただ、お父様が《絵ギルド》に興味を抱いた事で、あの子の第一目的は変わったのでしょうね」


 メアリー姫のその言葉は、多分俺への配慮だろう。

 アルテ姫は最初から、父親が反応を示したという俺の絵を習得して、自分の手で父親を正気に戻そうとしていたんだと思う。

 今思えば、毎日のように親へ自分の描いた絵を見せに行っていたのも、そういう理由があったからに違いない。


 だからといって、アルテ姫を非難しようとか、落胆するとか、そんな感情は全くない。

 仮に俺の絵の事は好きでもなんでもなくて、単に父親の気を引いて目を覚まさせる為だけに俺を利用していたとしても、寧ろ感動すら覚える。


 だって、まだ一〇代半ばのお姫様がだよ?

 俺にアレだけボロクソに言われながら、それでも歯を食いしばって俺の絵を習得しようと努力していたのは、自分の夢や欲が目的なんじゃなくて、父親を救いたいが為だった――――そう言われて、腹が立つヤツなんていないだろう。

 なんて健気なお姫様なんだ。


「残念ながら、アルテの描いた絵では幾らユーリの絵に似せてもお父様は反応を示さなかったようで……わたくしにこの件を打ち明けて来た時、かなり落ち込んでいましたわ。本当なら、最初からユーリにお願いすべきだったのかもしれませんが……」


 そりゃ『国王が亜獣に魅入られている』なんて普通、話せないよな。

 それでも、『お父様に献上する絵を描いて頂戴』とか、理由は言わずに俺に絵を描かせるくらいは出来ただろうけど……


「アルテ殿下は、御自分の力で、御自分の絵で陛下に訴えたかったんだと思います。自分達を見て欲しいと。昔の陛下に戻って欲しいと」


 そのリエルさんの見解が、きっと正解なんだろう。

 アルテ姫も、メアリー姫も、体裁や理屈じゃなく、心から父親を愛している。

 だから、正気に戻って欲しい。

 自分の手で戻してあげたいと願ったんだ。


 俺は――――自分の父親にそこまでの愛情を持っているだろうか?

 多分、持ってない。

 本当の意味で、この姉妹の気持ちを理解する事は出来ないのかもしれない。


「大規模なコンテストで上位に入賞した絵ならば、お父様も一定以上の関心をお示しになるでしょう。そこでお父様に衝撃を与えたいのです。亜獣への執着が吹き飛ぶ程の衝撃を」


 つまり、ただ参加するだけじゃなく、上位に入るような絵を描いてくれって事か。


 彼女は王族。

 俺の絵を無条件で上位に推挙するだけの権力は持っていそうだけど――――


「審査は絵画の権威を召集して厳粛に行いますわ。当然、わたくしは審査員には含まれておりません」


「だと思いました」


 美術大国の冠を誇らしく思う王族なら、ズルはしない。

 このお姫様ならそうするだろう。

 コネは一切なし。

 俺が描く絵がどの程度か、カメリア王国のプロの目によってしっかり評価されるって訳だ。


 正直、怖さはある。

 落選したところで別に俺自身や《絵ギルド》の商品価値が下がったりはしないだろうけど、落とされたらやっぱり凹むし。

 だけど――――


「話はわかりました。〈カメリア国王杯〉、謹んで参加させて頂きます」


 この姉妹、そしてリエルさんの想いに一イラストレーターとして応えたい。

 それだけで、受ける理由としては十分だ。


「本当に……いいんですの? わたくしは王族ですわよ。ここまで身内の、王家の恥を晒してしまった以上、失敗した時には口封じするかもしれませんわよ?」


 俺の表明を受け、メアリー姫がそんな脅迫めいた事を言ってくる。

 冗談という雰囲気じゃない。


 でも本気とも思えない。

 俺の覚悟に対する最終確認なんだろう。

 引き返すなら今しかありませんわよ、と。


 一体どれだけの責任感で、この人は俺に話をしているんだろう。

 俺なんかに身内の、この国で一番偉い人の恥部を晒してまで……その葛藤と決意に比べれば、俺の背負うリスクくらいなんて事はないよな。


「その時は、夜逃げでもしますよ」


 照れ隠しに少しおどけて答えた俺に、メアリー姫は暫く沈黙し――――


「……お父様を、父を、どうかお願いしますわ」


 顔を伏せたまま、王女として、そして娘として、切実な想いを短い言葉に乗せた。



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