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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第3章 苦心惨憺の背景
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「ひっ、ひああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺と一緒にその本を見ていたエミリオちゃんが絶叫、のち卒倒。


 無理もない。

 そこには、エミリオちゃんそっくりのキャラが――――全裸になって頬を染めている絵が描かれていた。


「ルカ、これって……」


「そう……《絵ギルド》を模造して……しかもエロくした本」


 ニヤリと笑み、ルカが一つ頷く。

 何に対しての頷きなのかはともかく、俺は直ぐに事情を察した。


 これは――――《絵ギルド》の同人誌だ!


 元いた世界では、マンガ、アニメ、ラノベなどが人気作品になると即刻二次創作物が溢れかえっていた。

 そしてその多くは、エロ。

 エロ同人だ。

 まさかこのリコリス・ラジアータでも同じ現象が起こるとは……


「随分と嬉しそうね……そんなにエロい絵が好きなの……? 卑猥……卑猥……」


「違う違う。俺もついに同人のターゲットにされる身分になったのかと思うと、つい」 


「……同人……?」


 わからないのも無理はない。

 同人に対応するカメリア語なんてないから、そのまま日本語で言った言葉だし。


 それはともかく、これは大問題だ。

 まだ普及している最中にこんな物が出てくるとなると、今後更に増える可能性が高い。

《絵ギルド》を買おうとした人がこっちの同人版を手に取るなんて事になれば、イメージダウンは避けられないぞ。

 かといって、元いた世界ですらグレーだった同人誌を取り締まる法律なんてこの世界にある訳ないし…… 


 いや、待てよ。


 ちょっと冷静に考えてみよう。

 同人誌が出た作品が人気を落とすなんて事、元いた世界で起こったか?

 なかったからこそ、グレーであってもお咎めナシだった筈だ。


 なら、この世界でも同じ事が言えるんじゃないか?

 それどころか……


「ルカ、一つ確認したい事がある。こういう複製はよくあるのか?」


「ない事はない……有名な神話をパクってエロい本にするとか……割とある……こっちとしては売れてくれればなんでもいい……」


「OK。なら、もっと儲けられる方法を思いついたから協力しろ」


 俺がそう断言すると同時に、エミリオちゃんがビョンとバネ仕掛けのように飛び起きた。


「な、なんでそんな話になるんですかっ!? 回収して下さい! こんな本が出回ってるなんて、わたしもう表歩けませんっ! ひあああああああああああ」


 そしてテンパったジャン並に取り乱す。

 いや、無理もない話だけど。


「落ち着きなさい……エミリオ……確かにこの本に出ている女冒険者は色々と卑猥な目に遭っているけれど……これは貴女本人じゃないから……くふふ」


「笑ってるじゃないですかっ! わたしが周りからエッチな目で見られるのを想像して、笑ってるじゃないですかもーっもーっ!」


 泣きながらルカに抗議するエミリオちゃんは、思ったより余裕があるようにも見えた。

 これなら言いくるめられそうだ。


 ええ、そうなんです。

 言いくるめる必要があるんです、彼女を。


「……で……もっと儲けられる方法って……?」


「ああ。でもその説明の前に状況を整理しよう。これから俺らが何をすべきか」


 俺の声が冷静だったからか、ルカは真剣な眼差しを俺に向けた。

 エミリオちゃんは相変わらず大泣きしているけど、まあいい。


「これから俺達は、金を稼がなくちゃならない。それもかなりの金額を」


 そう宣言すると同時に、エミリオちゃんが泣き止んだ。

 金という言葉に反応したらしい。

 恐ろしい子。


「そのう、わたしのエッチな本を回収する為の資金でしょうか。だとしたら、わたし協力します。がんばって働きますっ」


「そうか。ちなみに答えはノーだ」


「ひああ!?」


 可哀想だけど、今は君を第一に考える訳にはいかないんだよ、エミリオちゃん。

 最優先すべきは――――


「さっき言っていた……寄付金ね……」


「その通り。まずはパオロ、出来ればジャン本人と接する事の出来る機会を作る」


 前にジャンは言っていた。

 このウィステリアは長らく財政難に苦しんでいると。

 総合ギルドだって、見た目はハデだが余裕綽々で運営してる訳じゃない……きっと。

《絵ギルド》の過去の利益を吸収したのも、その現れだ。


 かといって、王族が否定している《絵ギルド》の権利まで奪えば、国策の為に動いているという今までの主張と食い違う事になる。

 ジャンの出した条件を呑んだのは、その為だろう。


 寄付金の話があれば、かなりの確率で食いついて来る筈。

 それなりの金額を積めば、今度もよろしくって意味も込めて、それなりの立場の人間を挨拶に向かわせるだろう。

 そして、挨拶なんていう面倒な仕事はジャンに押しつけられる可能性大。

 勝算、我にアリだ。


「あのう、理屈はわかりますけど、生々しいというか……悪い人が企むような作戦という気が」


「綺麗事……言っている場合じゃない……世の中金……金……アンド権力……」


 そんなエミリオちゃんとルカの会話に、俺は一創作者としてジレンマを感じた。


 もし俺が今のこの苦境をエピソードにしてマンガを描くなら、きっとこういう展開のストーリーにするだろう。


 追い込まれたイラストレーター、ユーリは自分の持つ唯一の武器である絵を使って、市長に考えを改めるよう説得を試みる。

 その絵とは、市長が子供の頃に見た風景。

 ハイドランジアに多くの冒険者が集う、活気ある街。

 その絵の力で、市長にハイドランジアの輝かしき時代を思い出して貰う。

 最初は鼻で笑っていた市長だったが、その絵を見た直後に涙を浮かべ、次第にそれは嗚咽へ変わっていった。

 その絵には、若かりし日の彼が思い焦がれた初恋の女性が描かれていた。

 ユーリは告げる。

『このギルドは、街の歴史そのものなんです。多くの市民が足を踏み入れ、そして思い出を刻んでいった。貴方もそうであるように』

 その言葉にハッとした市長は、思い悩んだ末に立ち退き状を破り捨てる。

『思い出が人の歴史であるならば、このギルドは市民にとって貴重な記録。無論、私にとってもだ。ようやく気づいたよ、私は愚かだった。ハイドランジアそのままにしておこう』

 そう言い残し、市長はクールに去って行った。

 めでたし、めでたし。


 ――――こんな感じの、実に夢があって綺麗な話。

 多くの人が、そう思ってくれるに違いない。


 ……でも、同時にこんな懸念も発生する。


 このマンガ、面白いか?

 ありきたり過ぎやしないか?

 リアリティがなさ過ぎやしないか?


 綺麗事ばっかりで塗り固めた物語は、何処か白々しくなってしまう。

 それは俺が汚れてしまってるからかもしれない。


 たかが絵一つで市長の心を掴めるかよ。

 金積むか、権力者に頼んで脅して貰うか、二つに一つだろ?

 その絵がムチャクチャ高額で売れるか、歴史に残るような名画なら話は別だけどな。


 ……なんて考えが浮かんでしまう。

 だから俺は、このエピソードを自然に描ききる事は出来ない。

 俺がマンガを描けないのは、こういう所が原因かもしれない。


 綺麗事で綺麗なストーリーを描きたい。

 だけど心の中に、そんな物語は陳腐だと馬鹿にする自分もいる。


 理想と現実。

 誠実と堅実。

 俺はどっちを選ぶべきか――――


 よし、決めた。


「これから俺は、この《絵ギルド》を真似たエロい本を描いた作者の所へ行く」


「これ以上わたしの絵を描かないようにお説教をするんですね!」


「いや、もっと描け、どんどん描けと促しに」


「ひああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


 エミリオちゃん、再度卒倒。

 でも今度は一瞬で意識を戻し、手を使わず立ち上がってきた。

 何気にすげぇ。


「どどどどどど、どういう事ですかっ!?」


「落ち着きなさい……落ち着くのエミリオ……」


 ルカが突然、エミリオちゃんの脇腹にドスッと拳を入れる。


「ふぐっ」


「お金を……取る気ね……それがさっき言った『もっと儲けられる方法』なのね……」


 流石ルカ、理解が早い。


「ああ。原作使用料として、売り上げの五割を貰う。当然、嫌とは言わせない」


 俺は堪えきれない笑みを押し殺しつつ、そう断言した。


 元いた世界では、同人誌が幾ら売れようと原作者には無関係。

 原作使用料を取るという事は、公式にその同人誌を許可する事に繋がるから現実的には無理だけど、ここは異世界。

 著作権が存在するかどうかは不明だけど、仮に存在している場合は違法だと指摘すれば良いし、なけりゃ原作者として『こいつは俺の作品を穢した最低なヤツだ』と世間に訴えるぞと脅してやればいい。

 どっちにしても、俺の出す条件を呑まざるを得ない筈。


「売り上げの五割が入れば、《絵ギルド》の続編を出さなくても相当な儲けになる。同人誌が増えれば、今後もこの印刷所への持ち込みも増えるだろうから、ルカの家も儲かる。どうだ?」


「とても合理的……そして建設的……完璧……この計画は完璧……」


 ルカはご満悦だ。

 一方、エミリオちゃんは――――


「ぶくぶくぶく……」


 ルカの一撃で気絶中。

 っていうか、冒険者が印刷所の娘に一撃で伸されちゃダメだよ。


「そのエロい本の作者はあたしが知っている……住んでいる場所も……早速行って脅してやって頂戴……」


「ああ。一刻も早くジャンを助ける為にな」


「そう……一刻も早くジャンを助ける為に……一刻も早くジャンを助ける為に」


 しつこいくらい『ジャンの為』を連呼し、俺はルカから住所を聞き、そこへ向かって――――


「そのう……ジャン様の為にわたしが辛いのを堪え忍んでいる事、いつかジャン様にユーリ先生の口から伝えて下さいね」


 行こうとした俺の脚を掴み、エミリオちゃんがそう訴えてきた。

 最早腹黒さを隠そうともしないところがいっそ清々しい。


「わかったよ。エミリオちゃん、君の犠牲は決して無駄にはしない」


「ひああ……」


 その涙は嬉し涙か、それとも懺悔の涙か。

 なんにせよ、俺の中で彼女のキャラクターは完全に『腹黒ロリ』で固まった。


「ところで……ユーリ……貴方これから何処で寝泊まりするつもり……?」


「あ」


 そういえば、ハイドランジアが総合ギルドに吸収された時点で俺の住む場所もなくなった事になるのか。

 ジャンの移籍が衝撃的過ぎて、自分の不幸にまで頭が回らなかった。


「確かに、他人の家に乗り込む前に自分の家を探せって話だな。近くの宿で部屋を借りるか」


「もしよかったら……あたしが面倒を見てあげるけど……」


「え?」


 もしかして、このランタナ印刷工房に泊めてくれるとか?

 これだけデカい建物なら、空き部屋の一つや二つありそうだし――――


「いいロケーションの宿を……紹介してあげる……高級……高額」


「紹介料ぶんどる気満々じゃねーか!」


 ……ともあれ。


 新たな拠点と目標を得た俺は、再びこのルピナスで生活する事となった。



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