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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第3章 苦心惨憺の背景
34/68

0303

「寄付……ね……?」


「ああ。多額の寄付を総合ギルドにすれば、その謝礼をする機会が設けられる筈」


 前にリチャードが言っていた。

 総合ギルド建設にあたって寄付をしてくれた市民へ謝礼の挨拶に行くと。


 ギルド建設は市が働きかけていたから、その手助けをした市民へリチャードと新代表のパオロが挨拶回りをするのは自然だ。

 なら、既に総合ギルドが建った現時点で多額の寄付をすれば、挨拶に来るのはパオロ、もしくは――――ジャン。


「ルカ。リチャードから利益を奪われて以降の半年で《絵ギルド》はどれくらい売れてるかな?」


「そうね……正確な数字は後で確認するけど……この半年で一〇〇〇〇部くらい……」


「一〇〇〇〇部か……」


 最初の一ヶ月が五〇〇〇部だった事を考えると、半年で一〇〇〇〇部なら悪くない動きだ。

 俺が王都に行っていた間はロクに宣伝もしてない訳だしな。

 でも、正直もっと行ってるという期待があったのも事実で、ちょっとガッカリしている自分もいた。


「そのう、お引っ越しに手間取ったりインクが切れたり印刷機のレバーが折れたりして四ヶ月くらい印刷出来なかったのでは」


「しーっ……しーっ……」


「……おい」


 隠蔽を図ろうとしたルカにジト目を向けつつも、こっそり安堵。

 実質二ヶ月で一〇〇〇〇部なら、ペースは全く落ちてない。

 流通経路を確保して宣伝を打てば、まだまだ伸ばせそうだ。


 ただ、ジャンが不在になった事でその確保自体が難しくなっている。

 何しろ、この国は元いた世界のような流通システムが確立していない。

 信用出来る相手に任せないと、とんでもない事になる。


 ウィステリア近辺に商品を流通させるのは現状でも問題ないけど、そこから更に販路を拡大させるとなると、その区域ごとにツテが必要。

 俺は勿論、ルカやエミリオちゃんにもそんなツテはない。


「ちなみに……一〇〇〇〇部分の利益の大半は……初期投資に充ててるから……」


「まあ、こんだけデカい印刷所建てりゃそうなるわな」


 要するに、貯金は殆どない。

 これから寄付する金を稼いでいく必要がある。


 どうしよう。

 このまま《絵ギルド》だけを売り続けていくべきか?

 もし十分な寄付金が貯まる前に売上が止まってしまったら、作戦はパーだ。


 それならいっそ――――


「いっそ、続編を出すべきか……」


「あ、あのう、出せるんでしょうか?」


「……」


 エミリオちゃんの直球な質問に、俺は思わず口を噤んだ。

 ジャン不在、何より冒険者ギルド〈ハイドランジア〉がなくなった今、報告書は手元に一切ない。

《絵ギルド》のコンセプトを遵守すれば、原作者不在により続刊不可能と言える。


「あのう、わたし、総合ギルドのお仕事をたくさん貰えるよう頑張ります! ユーリ先生、その様子を描いて下さい! それでジャン様を助けられるなら……!」


「エミリオちゃん……」


 微妙にあざとい気もするが、その心意気は素直に受け止めよう。

 ただ、エミリオちゃんの申し出は……


「《絵ギルド》はあくまでも……冒険者ギルド〈ハイドランジア〉の報告書でなければダメ……そう思わせないと……ハイドランジアの存続が……不可……不可……」


 ルカの言う通り。

 あの作品はあくまで《絵だけで描いてみた冒険者ギルドの報告書》。

 総合ギルド冒険者部門の為のものじゃない。

 そこをブレさせてしまうと、仮にジャンを解放する事ができても、冒険者ギルドの存在価値を示す事ができなくなる。


 とはいえ、冒険者ギルド〈ハイドランジア〉の復活は難しい状況。

 割り切って、ジャンを助ける為の資金集めに徹するべきかもしれない。


 でも……それでジャンは本当に喜ぶんだろうか。

 あいつの真意を確かめない段階で、《絵ギルド》の原点とも言うべき部分をスポイルさせてしまっていいんだろうか。


「思い切って……カメリア王国以外で……売るっていうのはどう……?」


「海外進出か……」


 実は俺も一応考えた事があるんだ。

 海外でもハイドランジアの名前は知れ渡ってるようだし、そこを舞台とした《絵ギルド》は受けるかもしれない。


 ただ、海外で《絵ギルド》を売るには、まず翻訳家が必要。

 その国の文化に受け入れられるかという調査、本の中の描写が理解して貰えるかというカルチャーギャップの面でも審査が要る。

 この国では称賛のポーズでも余所の国だと侮辱のポーズに該当するとか、よくある話だ。


 そういった事情を考えると、海外進出はリスクが大きいし、何より時間がかかり過ぎる。


「やっぱり国内で売るしかないと思う」


「そう……? 王女に散々ケチつけられた商品だし……国内での普及にはどのみち限界があると思うけど……」


「え」


「え……」


 ……そういや、こっちではアルテ姫に『監禁して矯正する』って宣告されて王城に連れて行かれたんだったな。

 半年も経つとすっかり忘れちまうよ、そんなの。


 そんな訳で、サクッと事情を説明。


「ジャンがリチャードにいじめられている間……王女や女性騎士とイチャイチャ……イチャイチャ……淫猥……淫猥……」


「そのう……ユーリ先生、浮かれすぎだと思います」


 結果、大顰蹙を買ってしまった!

 いやいやいやいや、言うほど良い思いした訳じゃないんだけどな。

 嫌味も沢山言われたし。


「でも……妙……妙……」


「な、何がだよ」


「てっきり……貴方の《絵ギルド》のせいで……リチャードが国王のサイン入り立ち退き状を手に入れられたとばかり思っていたから……」


 ……そう言われてみると、確かに妙だな。


 ジャンが総合ギルドの副支配人になったっていう事実のインパクトが大きすぎて、ついその過程をスルーしちゃってたけど、たかだか一つのギルドを潰す為に国王のサインが入った立ち退き状をわざわざ発行するか……?

 元いた世界で例えるなら、会社を一つ潰すのに総理大臣が書類にサインするようなものだよな。

 幾らギルド削減を提唱してるとはいっても、無理がある。


 そもそも、そんなオールマイティパスみたいなモンが貰えるなら、とっくの昔に申請していただろうし、申請出来るのならジャンへの脅しに使ってた筈。

 にも拘らず、誰も怪しまなかったのは、アルテ姫が《絵ギルド》を(体面上)ボロクソに言っていたからだろう。


「王女の御意向は国王様の御意向……国王様はあのクソみたいな《絵ギルド》を発行しているこのハイドランジアを……一刻も早く正常化させる為に立ち退きを許可されたのだ……あの金髪サル野郎はそう言っていたらしい……」


「あのう、わたし直接聞きました。確かにそう言っていました」


 その場に居合わせたというエミリオちゃんが言うんだから間違いない。

 あの野郎……やりやがったな。


 リチャードの行動は一応、筋が通っているように見える。

《絵ギルド》を快く思っていない国王が、王女を使いに出し作者を連行。

 同時に立ち退き状を発行しており、それをリチャードが持ってきた。


 そう言われればジャンも納得するしかない。

 実際、俺はアルテ姫に酷評され、連れて行かれたんだから。


 でも事実は違う。

 アルテ姫は《絵ギルド》に好意的だったし、少なくとも彼女の口から国王が《絵ギルド》を毛嫌いしているという話は聞いた事がない。

 古典派にはケチョンケチョンに貶されたけど、幻想派からの評価は概ねよかったし、その幻想派を束ねる国王が酷評しているとは考え辛い。


 だとしたら、リチャードがなんで国王のサイン入り立ち退き状を持っていたのか?

 答えは一つしかない。


「そのう、もしかしてあの立ち退き状は」


「そう……恐らく偽物……偽物……」


 ルカはともかく、エミリオちゃんですら即刻理解出来るほどの簡単な答えだ。

 国王のサインを真似て描いた偽物なんだろう。

 市長の息子なら、国王のサインを見る機会くらいあるだろうし。


 とはいえ、平常時にそれを見せてもジャンが引っかかる筈がない。

 亜獣騒動でルピナスの傭兵ギルドの強化が必須となり、なおかつアルテ姫が《絵ギルド》を酷評したタイミングだったからこそ、説得力が出たんだ。


 元々偽物の立ち退き状を用意していて使うタイミングを窺っていたのか、アルテ姫の発言と行動を聞いて急いで用意したのか、それはわからない。

 何にしても、偽物の可能性が高いのは確かだ。


「アルテ姫に頼んで、国王が本当にそんなサインをしたか確かめてみるか?」


「無駄……無駄……偽造サインなんてとっくに処分してしまっている……それを見たのはジャン他数名だけ……」


 確固たる証拠はないから、『そんなモン知らん』とすっ惚けられればそれで終了、か。

 納品したイラスト群を何ヶ月か経った後で『契約は交わしたけど金払えなくなったからやっぱ返すね♪』と突っ返されるくらい理不尽だ。


「あのう、わたし……あの人、許せません。卑怯な真似をしてジャン様を傷付けて……絶対に許せませんっ!」


「わかったから……銃口をこっちに向けないで……」


 怒りの余り、エミリオちゃんが暴走気味だ。

 とはいえ、確かにリチャードの野郎は許せない。


 一番の報復は、あの野郎が長らく進めてきて、達成したと思っているであろう『冒険者ギルド〈ハイドランジア〉消滅計画』の破綻だ。

 つまり、ハイドランジアの復活、そしてジャンの解放。

 その為にも、寄付金を貯めてジャンかパオロと接触したい。


 でも、《絵ギルド》の続編を描くのは色々とリスクも多いし、時間もかかる。

 かといって、《絵ギルド》の売り上げだけで溜めるとなると、手元に現金を揃えるのに数ヶ月はかかりそうだ。


 何かないだろうか。

 もっと手っ取り早く寄付金を稼げる方法が。


「そういえば……偽物で思い出したけど……」


 頭からスチームを出している俺の隣で、ルカがゴソゴソと木製の戸棚の引き出しから何かを取り出してくる。


「《絵ギルド》について……こういう物が出回っている……」


「へ?」


 どうやらエミリオちゃんも知らなかったらしい。

 見た感じ、印刷物のようだけど…… 


「いいから……見てみて……」


 何処かワクワクしている様子のルカに促され、俺はその本を手に取った。

 見本誌的な物なのか、そういう仕様なのか、表紙は真っ白の紙。

 製本はキチンとされているから、商品なんだろうけど……


「……ん?」


 表紙を捲ると、既視感のある絵が飛び込んで来た。

 これは……絵柄こそ似ていないけど、完全に《絵ギルド》のキャラクターデザインと一致している。

 エミリオちゃんと酷似したキャラもいた。


 不審に思いつつ、更にページを捲ってみると――――


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