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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第3章 苦心惨憺の背景
33/68

0302


 ――――それは余りにも唐突に、そして迅速に行われたという。


 俺がアルテ姫に連れ去られた翌日の事だった。

 冒険者ギルド〈ハイドランジア〉に、数人の取り巻きを引き連れた市長の息子リチャードが現れ、ジャンに国王のサインが入った書類を突きつけてきたそうだ。


 そこに書かれていたのは、ハイドランジアのあらゆる権利を市が買い取るという内容。

 以前、フクロウっぽい亜獣がルピナスを騒がせたあの事件を契機に、ギルドの一本化と亜獣対策を早急に進めるべきとの判断が下され、ハイドランジアを総合ギルドの一部として吸収合併する事が正式に決まったらしい。


 ハイドランジアの運営者は不在だが、国王の許可が出ている以上は関係ない。

 カメリア王国は決して絶対王制じゃないけど、王が市に許可し市長が息子に委託した以上、例え法的根拠がなくとも、リチャードの訴えと書面の記述には公的な強制力があるに等しい。


 それでもジャンは抵抗を示した。

 国の政策として国王が冒険者ギルドの削減を行っている以上、今の形のハイドランジアがなくなるのは仕方がない。

 傭兵ギルド〈ナルシサス〉に吸収合併され、総合ギルドの一部になるという時代の流れは甘んじて受け入れる。


 でも、俺達が作り上げた《絵ギルド》の権利だけは絶対に譲らない――――エミリオちゃんの見ている前で、ジャンはそう断言したそうだ。


 それに対し、リチャードはジャンに二つの条件を突きつけた。

 一つは、これまでに《絵ギルド》で得た利益も含め、全ての資産を総合ギルドに吸収させる事。

 もう一つは、ジャンが総合ギルドの副支配人となり、かつてジャンの仲間だったパオロ=シュナーベルの下で働く事。


 一見、いいポストを与えて貰ったように感じるこの条件だが、リチャードのジャンに対する日頃の言動からして、とてもそうは思えない。

 閑職ならまだ良い方で、恐らくは副支配人とは名ばかりの雑務担当、最悪の場合はまともに報酬すら出ない状況でコキ使われる可能性もある。


 ジャンにその可能性が気付けない筈ない。

 だが、二つ返事で了承したらしい。


 ジャンは、《絵ギルド》を守ったんだ。

 自分が守り続けてきた冒険者ギルド〈ハイドランジア〉と、自分の未来を引き換えにして――――





「……以上が……貴方がルピナスから離れて半年の間にあった出来事……そして真実」


 レストラン〈ペレグリナ〉でこれまでの経緯を一通り語り終えたルカはフルーツを挟んだアムンをはむっと頬張り、恍惚の表情を浮かべていた。

 好物なのはわかるが、この内容の直後にそんな顔をされると深刻さがイマイチ伝わって来ない。


「うう……ジャン様、可哀想です……」


 一方、エミリオちゃんはしくしくと泣きながら何かのモモ肉を頬張っていた。

 獣肉を貪り食う姿が妙にサマになっているのは冒険者だからなのか、可愛い外見とは裏腹に中身は肉食系だからなのか。


「でも、おかしくないか? あの亜獣騒動を解決に導いたの、俺とエミリオちゃんだろ? ハイドランジアの存在意義を示した事にならないの?」


「市街地防衛の観点でいえば……街中への亜獣の侵入を許して混乱を招いた時点で……ダメダメ……それにナルシサスを強化するのが吸収合併の表向きの目的だから……」


 そうか、ハイドランジアが優秀なら余計に吸収する事に意義が生まれるのか。

 結果的に、俺も今回の件に一枚噛んでしまっていたのかもしれない。


「噂では……来年をメドに亜獣被害の対策委員会が設立予定……それもギルドの一本化を急ぐ理由……」


「今のポンコツ傭兵ギルドじゃ、対策委員会が出来ようが無意味だもんな」


 来るべき時が来た、といえるのかもしれない。

 実際、人間を襲う陽性亜獣はもういないといっても、あんな巨大な生き物相手に何の対策もされていないのは大問題だ。

 フクロウ亜獣の時は偶々エミリオちゃんがグッドタイミングで近付いてくれたからどうにかなったものの、あと少し遅かったら……


「……ところでエミリオちゃん、今は何処で何をしてるの?」


「そのう、実はルカさんの印刷所でお手伝いを」


「《絵ギルド》は相変わらず絶好調……だから増刷に対応する為に印刷機を新調……サイズ的に前の家じゃ狭いから移転……人手が足りないから増員……」


 つまり、その増員の一環としてエミリオちゃんをランタナ印刷工房に招いた、と。

 エミリオちゃん、ギルド止めちゃったのかな。

 いくら冒険者ギルドじゃなくなったとはいえ、総合ギルドの中にも冒険者としての仕事はあるだろうから、登録を希望すれば受け付けて貰えたと思うんだが……


「あのう、登録はしているんです。西部支店に」


「あ、そうなんだ」


「ですけど、あんまりお仕事が頂けなくて。除霊のお仕事をたまーに貰えるくらいです。でも、この地域では余りタゲテス教が盛んではないのか、除霊しただけで奇異の目で見られたりもします」


 とほー、という擬音が聞こえてきそうな顔でエミリオちゃんが両手の人差し指を合わせ、項垂れた。 

 要するに、ジャンの関係者って理由で干されているんだろう。

 印刷業務は生活の為のアルバイトってとこか。


 例の亜獣騒動の決着を付けた事で一時はやたら持て囃された彼女だが、ジャンが総合ギルドに行ってからはどうもパッとしないらしい。


「今のわたしは落ちぶれ冒険者なんです。ジャン様やユーリ先生に合わせる顔がありません」


「さっき再会した時に俺から目を逸らしたのって、そういう事だったのか」


「あたしは……ただの冗談だったんだけど……真に受けられて困惑……困惑……」


 悪質な冗談で俺の豆腐メンタルをグチャッとしたルカには後で仕返しするとして、どうやら二人にはちゃんと覚えて貰っていたらしい。

 とはいえ、安堵の溜息よりもエミリオちゃんへの同情心の方が強めに出た。

 落ちぶれてる時って、知り合いと顔合わせたくないんだよな……嫌ってほど気持ちがわかる。


「そんな訳で……暇なエミリオには……ジャンの現状についてギルド内で聞き取り調査をして貰ってる……」


「でも、殆ど把握出来ていない、と」


「そう……箝口令が敷かれている……ジャン包囲網……」


 あの黒服も、ボディーガードってよりは監視役っぽかったし……よっぽどジャンを取り逃がしたくないらしい。


「ジャンはある意味……ハイドランジアの象徴的な存在……だからジャンを取り込んでおく事で……冒険者ギルド〈ハイドランジア〉の……かつての栄光がまだ通用する諸外国への……アピール要素になる……のかも……」

「美味しいトコ取り、か」


 ギルドの名前、ジャンの名前。

 それらを最大限に利用し、総合ギルドの存在を外国へ売っていく算段なのか。

 脚本家も絵師もディレクターもケンカ別れしちゃったのに、それでも続編を出してるゲームシリーズのようだ。


 まあ、中にはそんな状況からでも良作になる稀なケースはあるけど、大抵はタイトル負けしてクソゲー認定される。

 総合ギルド〈ハイドランジア〉も、破滅の道へ着々と進んでいる気がしてならない。

 そうなってしまえば、もう復活もクソもない。

 まとめて潰れるだけだ。


「そのう……ジャン様とお会い出来る機会がないか色々探ってるんですけど、上手くいかなくて。役立たずですいません……とほー」


「エミリオは……まだマシ……一番大事な局面で……その場にいなかった役立たずもいる事だし……記憶から抹消されても仕方ない……仕方ない……」


「抹消した張本人が言うな!」


 とはいえ、ルカの発言は耳が痛い。

 アルテ姫と知り合いになった事で、ハイドランジア存続を王様に訴える足掛かりになればと思っていたんだけど、足掛かりどころか足元が崩れてしまった現状では、ここ半年の俺の行動は何の役にも立たなかった事になる。


 でも、こうなってしまった以上、幾ら悔いても仕方がない。

 冒険者ギルド〈ハイドランジア〉が総合ギルドの一部になってしまった以上、俺らに出来る事なんて何も…… 


 いや待て、直ぐに諦めるな。

 何か手立てはある筈だ。


 現実問題、再独立ってのは不可能だろう。

 同じ出版社のマンガ雑誌に吸収合併された雑誌が再度独立するなんて話、聞いた試しがない。

 仮にどれだけ売上が持ち直したとしても、一度合併したものをまた切り離すメリットがないんだ。


 現状を受け入れて、例え総合ギルドの中の一部門だとしても、総合ギルド〈ハイドランジア〉西部支店として名前と建物は残ったんだから良しとするか?

 いや……ダメだろ。

 ジャンが残したかったのは、あんな銀行みたいな施設じゃなく、あいつが冒険者として所属していた頃の活気あるハイドランジア――――


「……」


「あのう……ユーリ先生? 深刻な顔してどうしたんですか?」


「いや、そういえばジャンって、ギルドの存続は切望してたけど、活性化についてはあんまり訴えてなかったなと思って」


 いつの間にか、俺の中で勝手に『ジャンはハイドランジアを昔のような活気ある状態に戻したいに違いない』ってなってたけど、本当にそうなのか?

《絵ギルド》の制作にしても、あくまでギルドの消滅を防ぐ手立てであって、ギルドそのものをこのランタナ印刷工房みたいに栄えさせようという目的じゃなかった。

 ジャンが本当は何を望んでいるのか、何を願っているのか――――腹を割って話した事がないと、俺は今になってようやく気付いた。


「ジャンの性格上……高望みをしているとは考え難いけど……本人がどう思っているかは本人から直接聞かないと……推測の域を出ない……出ない……」


「だよな」


 ルカの意見に俺も全面的に賛同。

 となると、あいつに会って話を聞くしかない。

 とはいえ、ギルドの人間であるエミリオちゃんですら面会どころか情報すら把握出来ていない現状を考えると、それは相当難しそうだ。


「……一応、もう一回行ってみるか」


 俺はダメ元で総合ギルドへ向かうべく、重い腰を上げた。


 そして一時間後――――


「ダメだ。案の定、出禁食らってた。門前払いもいいトコだ」


 俺の顔を見た瞬間、受付けの女性から笑顔で『お引き取り下さい』。

 粘ったところで、黒服とか傭兵が現れて強制退場ってオチが見えてたんで、スゴスゴと退散せざるを得なかった。


「……厄介ね……ジャンと外部との接触を図らせないつもりかしら……」


「多分。いかにもリチャードが考えそうな嫌がらせだし。正攻法でジャンと対話するのはかなり難しいと思う」


 となれば、正攻法以外の方法を考えなきゃならない。

 今のジャンは総合ギルドの副支配人という立場。

 それを逆手に取って、俺達と会わざるを得ない状況を作れないだろうか……


「そろそろ……休憩時間終了……印刷所に戻って印刷を再開しないと……父にドヤされる……」


 そう告げ、ルカが席を立つ。

 印刷ってのは《絵ギルド》の増刷の事だろう。

 毎日が増刷だから、現在は第二〇〇刷発行とかになってる筈だ。

 そう考えると、ムチャクチャ大ヒットって感じがするよな。


 ハイドランジアが総合ギルドに吸収される以前の儲けは全部リチャードに奪われてしまったけど、《絵ギルド》自体の権利は依然、冒険者ギルド〈ハイドランジア〉にある。

 経営者の代理としてギルドを切り盛りしていたジャンが総合ギルドに移籍した為、現在の《絵ギルド》を管轄する立場にいるのは、そのジャンの代理に名乗り上げたルカとの事。


「……着服してないよな?」


 ランタナ印刷工房に到着した俺は、あらためてビッグサイズになった建物を眺めつつ、割と本気でそんな懸念を抱いた。


「そん……な事する訳な……いじゃな……い失……礼千万……」


「明らかに喋り方がぎこちないんだが」


「ごめんなさい……初期投資を多めに設定して……前借りする形で設備を充実……」


 まあ、それくらいならボーナスとか寄付みたいなもんと思えば……


「あと……特に意味もなくエプロンを豪華仕様に……」


「意味なかったのかよアレ!」


 取り敢えず、あっさり口を割ったルカは悪人にはなりきれない性格だとよくわかった。

 あのジャンの友達だしな。


 ……ジャンの友達、か。


「なあ。ジャンの上司になったっていうパオロ=シュナーベルって人と話、できないかな」


 印刷所の作業場に置かれている椅子に座り、俺は何ともなしにそう問いかけてみた。


「パオロ……今は総合ギルドの代表をやっている……あの……?」


「そうそう。あの人、ジャンの事をそこまで悪く思ってないかもしれないんだよな。ジャンと面会出来るよう取り計らって貰えないかな?」


 亜獣がルピナスで暴れ回った事件で、リチャードの悪巧みを事前に潰してくれたらしいし。

 もしかしたら、力を貸してくれるかもしれない。


「あのう、その方とお会いするのは難しいと思います。総合ギルドの代表ともなると、かなりお偉いさんですから。スケジュールも秒単位で埋まっていると聞きますし」


「お昼時に彼の行きつけの店で張り込んでもダメ? 前にペレグリナでメシ食ってたし」


「そのう、あの時は例外だと思います。普段は一般の人が出入りする所ではお食事しないそうです。というか、殆どのお食事が他のお偉いさんとの懇談会になるそうなので」


 流石エミリオちゃん、権力者に詳しい。

 以前のようにリチャードが連れてくるなんてのも期待できないし、仮に向こうが俺達を敵視していなくとも、私的に会う時間を作る事自体が困難なんだろう。


 私的に、ならな。


「それなら、彼のスケジュールに俺達と会う時間が組み込まれるようにすればいいんじゃないか? 向こうから俺達に接触してくるように」


「へ?」


 エミリオちゃんは意味不明という顔でポカーンと口を開けていた。

 片や、ルカは俺の意図するところに気付いたらしく、ハッと目を見開いた。


 そう。

 その方法とはつまり――――


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