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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第2章 百線繚乱
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 ゆったりとした赤い上下の服に、青色のマント。

 明らかに権力者といった感じの服装だけど、高圧的な雰囲気は全くない。

 ジャンのように飄々とはしていないし、気さくなお兄さんって感じだ。


「ご、ゴットフリート殿下!」


 その姿を確認したリエルさんが瞬間的にビクッと身体を震わせ、背筋を伸ばす。

 そうか、この人が――――ゴットフリート殿下。

 王位後継候補の一人か。

 確か王様の甥、つまりアルテ姫の従兄にあたるお人だ。

 俺も姿勢を正さないと。


「そ、その……彼とは偶然ここで」

「別に密会を怪しんでた訳ではないよ。君が定期的に見回りをしているのは知っているし……」


 そう言いながら、ゴットフリート殿下は俺の方に目を向けてきた。

 イケメンとか優男って訳じゃなく、男性ホルモンが多めな感じで眉毛が太く唇もブ厚い。

 でも表情が柔らかなんで、威圧感は殆どない。


「彼なら、この宮殿に興味を持つのも当然だろうからね」


 その言葉は、異世界の件を除いた俺の素性について、ある程度知っている事を意味していた。

 そういえば、ベンヴェヌートもそうだったな。

 ま、よくよく考えてみたら、俺の立場って"王女が突然地方から連れてきた外国人画家"なんだし、怪しまれるのも素性を調べられるのも当然か。


「初めまして、ユーリ君。ゴットフリート=カミーユ=サージェントだ。ウィステリアで注目されているそうだな。絵も見させて貰った」


「す、すいません……」


「ははは、何を謝る事があるのかな? 小生は貴殿の絵を面白いと思っているよ。こっちこそ、小生の画家が無礼な口を利いたようですまないね。彼はどうにもプライドが高くてね。他人の絵を認めたがらないところがあるんだ」


 ゴットフリート殿下は快活に微笑み、握手の為の手を差し出してくる。

 小生の画家……あのベンヴェヌートとかいう宮廷絵師か。


「アルテにも話を聞いている。彼女が貴殿の絵を語る時の目がとても熱烈でね。貴殿の事はずっと気になっていた。こうして会う事が出来て嬉しいよ」


「こちらこそ、ゴットフリート殿下の事はアルテ姫から伺っています。お目にかかれて光栄です」 


 俺は差し出された手を握り、思いっきり作り笑いを浮かべた。

 決して悪い印象の人じゃないんだけど、致命的にノリが合わない。

 こっちはインドア全開、日本出身イラストレーター。

 そもそも握手自体が違和感ありまくりだ。


「ところで……貴殿に会ったら是非聞きたいと思っていた事があったんだよ」


 戸惑い気味の俺に、ゴットフリート殿下は真面目な顔で尋ねてくる。

 その内容は――――


「貴殿は画家という職業を不憫だと思った事はないかね?」


 思わず眉をひそめたくなるようなものだった。

 不憫……ときたか。

 いや、カメリア語だから日本語のそれとはニュアンスが違うかもしれないけど……


「ゴットフリート殿下……!」


 リエルさんが困惑の表情で介入してきたあたり、多分そう違わないんだろう。

 不憫、つまり画家が可哀想な存在って言いたいのか?


「誤解のないように先に言っておくが、小生は決して画家を軽視はしていない。寧ろ尊敬し、だからこそ私財を投げ打って若き才能の発掘、育成を行っている」


 そういえばこの人、古典派の画家達を取り仕切ってるんだっけ。

 言うなれば国内最大級のパトロンだ。

 なら当然、画家を見下したりはしてないだろう。

 となると……


「だからこそ小生は不憫に思うのだよ。深く関わっているからこそ知っている事がある。どれだけの才能があっても、どれだけ技術を身につけていても、世間から全く評価されない哀れな画家が大勢いる現実。残念だが、人生の最期まで無名のままで終わった才能豊かな画家は大勢いると小生は思っているよ」


「……そうでしょうね」


 耳の痛い話だ。

 画家って職業は、パトロン抜きで生きていくのは難しい。

 それは元いた世界の画家も全く同じだ。

 そして、それは中世の時代だけじゃなく、現代においても変わらない。


 イラストレーターが絵の仕事だけで生計を立てられるケースはごく稀だ。

 技術が高ければ大丈夫かというと、そうとも限らない。


 技術のない人間の言い訳だ、甘えだと言われかねないけど、甘えなんてとんでもない。

 これ以上ない過酷な現実だ。

 どれだけ上手でどれだけ美しい絵が描けても、食っていけるとは限らないんだから。

 まして下手の横好きがどれだけの確率で生きていけるのか、って話だ。


 じゃあ、どんなイラストレーターが絵だけで食っていけるのか。

 それは――――パトロンとの出会いに恵まれるかどうかにかかっている。


 イラストレーターのパトロンは様々だ。

 例えば有名原作者。

 或いは人気ゲーム会社。

 お得意先の編集部。

 これらも立派なパトロンだ。 


 また、誰かのヒモになるパターンもある。

 こういうのもパトロンと言えるだろう。


 パトロンがイラストレーターに求めるものは、才能や技術の場合もあれば、商品的価値や名声の場合もある。

 人柄だって加味されるかもしれない。

 この人に描かせよう、この人に描かせてあげたいという温情もまた、確かな需要の一端だ。


 そういう人との出会いがあるかないかで、食っていけるかどうかが決まる。

 勿論、その出会いの可能性を高める為には、相応の技術、絵柄、社交性を習得する努力が必要なのは言うまでもない。


 でも、ゴットフリート殿下の言うように、高い技術を身につけても食べていけないイラストレーターは確実にいる。

 そして、そういう人達がいるからと、全ては運次第、努力は無価値だと言い訳して努力をしないイラストレーターもいる。

 元いた世界の俺だ。


 ヒットするもしないも時の運。

 同じ絵柄、同じ水準の技術で描いたのに、ヒットした作品とそうでない作品があるってのは、そういう事だろ?

 落ちぶれたのは、運が続かなかったからだ。

 ――――今にして思えば、こんな声が心の中にあった。


 恥をかくのを恐れず、色んな編集部やゲーム開発会社に仕事を下さいとお願いすれば、違った未来が待っていたかもしれない。

 苦手な風景描写をもっと磨いていれば、誰かが声を掛けてくれたかもしれない。

 でも、今こう思えるのは、《絵ギルド》の成功体験があったからだ。

 腐っている状態で、腐っていく自分を止めるのは難しい。


「絵に"答え"はない。芸術作品を真に理解し、評価できる人間など滅多にいないのだよ。技術のない画家の拙い絵が大勢に評価される事もあれば、その逆もある。結果、技術の習得に意味を見出せなくなる画家が出て来てしまう。だからこそ小生は、画家を支援するのだ。絵に正当な値段が付けば、画家は安心して技術を高め、感性を鍛え、芸術性を身につける作業に没頭出来る。それが美術大国たるカメリア王国の発展にも繋がると信じてな」


 長い長い説明を終え、ゴットフリート殿下は俺の先――――というより俺の背後に目を向けた。


「貴殿はどう思う? メアリー」


 ……メアリー?

 どっかで聞いた名前だ。


「もう何度も議論した通りですわ。わたくしは貴方とは真逆の意見ですのよ。芸術などとお高くとまっていては、そこに発展はありませんわ」


 名前の通り、声は女性のものだった。

 ってか、アルテ姫とそっくり。

 振り向きつつ、俺はメアリーという名前の心当たりをようやく思い出した。


 王位後継候補の一人で、アルテ姫の実姉――――メアリー=ヌードストローム。

 確か写実派のパトロンだったっけ。

 そんな彼女への第一印象は、振り向いた瞬間に心が発したこの一言。


「縦ロール!」


 これ。

 いや、現実では一度も見た事なかったんで。

 赤みを含むブロンドの髪はアルテ姫と同じだけど、向こうがセミロングなのに対し、こっちはロングの縦ロール。


 ディス・イズ・お嬢様!

 そんな感じだ。


 顔立ちもアルテ姫を更に華やかにしたような感じ。

 何より服装が……完全に社交界用の派手派手なドレス。

 アルテ姫より更に"姫"って感じの人だ。

 体型は胸も含めほぼ同じだけど。


「メアリー様……どうしてここに?」


 困惑した面持ちで、リエルさんが問う。

 それでも若干だか砕けているあたり、親しい間柄なのがわかる。

 アルテ姫との姉妹仲も良好との事、その姫に仕える騎士とも仲がいいんだろう。


「近くを通りかかったら声が聞こえましたの。で、あなたが噂の『異端児』クンかしら?」


「異端児……」


 適応する日本語のこの嫌な響きときたら。

 俺、そんな呼ばれ方してんのか……まあ、異世界からの迷い人だからある意味大正解なんだけどさ。


「ユーリ先生、この方はアルテ殿下の――――」


「姉のメアリーですの。貴方の事はアルテから嫌ってほど聞かされてるから自己紹介は不要ですわよ。というか、思ったより普通ですのね。あんな訳のわからない絵を書くくらいだから、変態っぽい輩を予想していましたのに」


 ライン辺りで書かれたらイラッと来そうな内容。

 けど、表情が朗らかだからか、まるで嫌味がない。

 この辺、アルテ姫と共通した部分だ。


 それはいいけど、どうも彼女には俺の絵がハマってないらしい。

 写実派の親玉だから仕方ないか……真逆の方向性だし。


「でも、わたくしやゴットに囲まれても堂々としてるのは大したものですわね。そこは高ポイント。そうですわね……一〇メアリーポイント差し上げますわ!」


 メアリー様は俺に一〇ポイントくれたが、正直どうでもいい。

 それより、俺はこの実物縦ロールを前に、どうしても彼女を描きたい衝動に駆られていた。

 くっ……縦ロール、なんて魔力だ。


「その飢えた獣みたいな目……二四〇〇〇〇〇〇メアリーポイント!」


「桁!」


 今度は思わずツッコまずにはいられなかった。

 出会って二分で累計二四〇〇〇〇一〇ポイントって何なんだ。


「さて……メアリー、ここに貴殿と小生、そして彼とリエル君が揃ったのも何かの縁。この国の未来について語り明かそうではないか」


「嫌ですわ。何故わたくしがそんな暇な事しなきゃいけませんの? 大体、ゴットって昔から老けてますの、考えも顔も。わたくしとは何もかも合わないから、いつも討論の最後はグダグダになるでしょう?」


「だからこそ、客観的な意見が期待できる二人がいる今、激論を交わしたいのだが……ま、気乗りしないのなら無理強いはしないよ」


 ゴットフリート殿下は残念そうに首を横に振る。

 議論好き、らしい。

 ますますノリが合わない。


「それはそうと……貴方がこんな時間にこの場所を訪れた理由は、察するにこの絵かしら?」


 心中で嘆息していた俺の顔を、メアリー姫は値踏みするような目で見上げてきた。

 鋭いな……見事に言い当てられた。


「〈黒の画家〉イヴ=マグリット。お父様が一番気に入ってる宮廷絵師の絵ですわね」


「そうなんですか? そういえば、幻想派を取り仕切ってるのは国王陛下でしたっけ」


「そ。お忙しいから謁見は出来ませんけれど。ミーハー気分で王の間に行っても、無駄足どころか見張りの兵から恫喝されるだけですわよ?」


 いや、別に王様に会いたいなんてこれっぽっちも思ってないんだけどな……もし俺がリコリス・ラジアータ出身だったら『一目だけでも王様に!』とか思ってたんだろうか。


「それにしても……あの女、気に入りませんわ」


 カルチャーギャップを痛感していた俺を尻目に、メアリー姫は黒の画家が描いた絵画をキッと睨みつけ、露骨に嫌悪感を示していた。

 その隣では、ゴットフリート殿下が顎に手を当て、何やら思案顔を作っている。


「ふむ。小生も彼女については少しばかり不可解なものを感じているよ。どうも亜獣しか描いていないようだしね」


 亜獣しか描かない?

 いや、別にモチーフを固定する事自体はおかしくないけど……


「その辺のところ、君はどう思っているのかね? メアリー」


「さあ? 一画家のモチーフの偏重など、わたくしの知るところではありませんわ。それより、リエル」


 メアリー姫の視線が、絵からリエルさんへ移動する。

 なんだろう、妙に艶めかしい。


「え? わ、私が何か……」


「最近、わたくしとやけに疎遠じゃありませんこと? アルテばっかり構って……何? わたくしとの関係終わりにしたいと、そういう意思表示なのかしら?」


「な、な、な……何を言ってるんですか!」


 明らかに冗談という顔でぶーっと頬を膨らませるメアリー姫に対し、リエルさんは本気で慌てている。

 微笑ましい日常の光景なんだろうけど、なんか百合百合してて卑猥だ。

 縦ロール姫と堅物騎士……くっ、描きたい。

 いっそここで描いてしまおうか。

 百合属性に目覚めてしまいそうだ。


「リエル。こんなむさい野郎どもは放っておいて、今日はわたくしの部屋に泊まりなさいな。これは命令ですわよ。いい?」


「い、いえ、自分はアルテ殿下の寝室を護衛しなければ……ああっ、引っ張らないで下さい!」


「それじゃゴット、ごめんあそばせ。それからユーリ」


 リエルさんを無理矢理引っ張って行こうとするメアリー姫は、俺にニッコリ微笑み――――


「もしアルテを泣かしたら、グロ絵のモチーフにして差し上げますわ。覚悟なさい」 


 そんな恐ろしい事を言い残し、ズリズリと去って行った。

 ……王族にあんな事言われたらマジで実現しそうで嫌すぎるんだが。


「ま、本気ではないよ。彼女はああ見えて優しいからね。さて、小生も部屋に戻るとしよう。ユーリ君、今度是非この国と絵画の未来について朝まで語り合おうではないか。小生の部屋のドアはいつでも開いているよ」


 肩を落とす俺の隣で、ゴットフリート殿下は最後そんなゾワッとするような言葉を放ち、俺に手を振りつつ離れていった。


 ……疲れた。

 王族が相手だからという訳じゃなく、単純にあの二人のパーソナリティに疲れた。


 でも、二人とも決して嫌な性格じゃなさそうだ。

 特にメアリー姫は、アルテ姫や国王への愛情が感じ取れる発言が目立ったし、家族思いなのが伝わってきた。

 姉妹仲は良好なんだろう。


 ……ま、王族の人間関係なんて俺には関係ないけどさ。

 未だに王族って存在自体にピンと来ないし。


 さてと、俺もとっとと自室に戻るとしよう。


 にしても――――


「……黒の画家、か」


 あらためて俺は、その絵を眺めた。

 この迫力あるデフォルメに対抗するには、俺もこの絵と真逆の方向へ向かって進化するしかなさそうだ。

 そう心に誓いつつ、俺はこのリコリス・ラジアータに来て初めて……いや、恐らくは生まれて初めて、自分の道というものをハッキリと見つめた。

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