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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第2章 百線繚乱
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「ところで話は変わるけど」


 場が荒れた事を憂慮してか、ジャンが努めて明るく話題転換を試みる。


「どうやら近日中に、ハイドランジアにアルテ殿下がお見えになるらしいんだ」


「……」


 暫し沈黙の後――――


「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

「ええええええ……ええええええええ……っ!」


 ミルクルを思わず吹き出しそうになるほどの、エミリオちゃんとルカの絶叫。

 いや、俺も驚いたけど。


 アルテ殿下――――アルテ=ヌードストローム。

 カメリア王国を統べる王族、ヌードストローム家の第二王女の名前だ。

 色々ツッコみたい名前だけど、それより何より……


「何でまた、王女様がハイドランジアに……?」


「それは私から説明させて頂きます」


 眉間を揉みながらの俺の質問に反応したのは、リエルさん。

 騎士という立場上、彼女が関係しているのは想像に難くないけど……


「実は元々、ナルシサスとハイドランジアの視察を行う予定だったのは他ならぬ殿下だったのです。国内を視察に回るのは殿下の公務なので。ですが、陛下が体調を崩されて、その看病をという事で……」


「って事は、リエルさんは代理?」


「はい。幸いにも陛下の体調は直ぐに回復して、既に全快なさったので殿下も公務に戻られたのですが……両ギルドへの視察をあらためて行われるとの御意向をしたためたお手紙が、先日私の所に届きまして」


 それは……責任感が強いとも言えるけど、既にリエルさんが視察してるんだから単なる税金の無駄遣いになるんじゃ?

 とはいえ、社会体制が玉虫色の日本とは違って、ここカメリア王国は『王国』ってくらいだから、完全に君主制。

 専制君主制にしろ立憲君主制にしろ、王様がムチャクチャ偉いのは確かなんだから、王族の批判なんて騎士の前でウッカリ口にすれば、とんでもない目に遭うだろう。

 それくらいの事は、異世界人でもわかる。


「もうウィステリアに御滞在されているみたいなんだ。早ければ三日後くらいには御来訪なされるだろうから、心の準備だけはしておいて欲しいと思ってね」


「ひああ……王女様が……」


「あたしは無関係……このギルドとは無関係……無関係なのにピリピリする……」


 エミリオちゃんだけでなく、ギルド員でもないルカまで緊張を露わにしていた。

 俺はというと――――ハッキリ言って全くピンと来ない。

 エライ人との対面なんて、俺の人生には無縁のイベントだからな。

 せいぜい、自分が挿絵を担当したラノベのレーベルの編集長、キャラデザをやったゲーム会社の社長くらいだ。

 王族と比較するのは無理がある。


「さすがです、ユーリ先生」


 イメージが湧かずボーッとしていた俺に、リエルさんが騎士らしくない屈託のない笑みを向けた。


「へ? 何が?」


「殿下が来られると聞いても、まるで動じない……その胆力こそが勇気の源。子供を助ける為に路地裏から飛び出したのも、現実とはまるで違う絵を描けるのも、その精神性があってこそですね!」


「……いや、そんな事は」


「謙遜なさらないで下さい。とても立派だと思います」


 別に謙遜なんかじゃない。

 完全に過大評価、というか誤解だ。


 ハッキリ言って、俺は褒められるのが苦手だ。

 慣れてないから、とかじゃない。

 褒められるイコール自分に対するハードルが上がる、というネガティブ思考が原因だ。

 お褒めの言葉を頂くのはありがたいけど、どうしてもそこには『期待しているから、次はその期待以上のものを見せて欲しい』ってニュアンスが含まれている気がしてならない。


 絵はいい。

 何だかんだ言って、自分の武器。

 どれだけ下手でも個性がなくても、自信が全くない訳じゃない。

 ないのならそもそも続けてないしな。


 でも自分自身、特に人間性に関しては違う。

 自分の醜い部分、ズルい部分、ヘタレな部分、弱い部分、しょーもない部分を何度も実感してきた。

 これで自信を持てと言う方が酷だ。

 だから、ハードルを上げて貰っちゃ困る。


「僕もユーリには常に堂々としていて欲しいよ。君の存在は僕にとっても、ウィステリアにとっても誇らしいモノなんだから」


「ジャン……お前、俺の性格を知ってて言ってるよな?」


「こういう機会がないと、中々説得出来そうにないからね。それに、君にはアルテ殿下との拝謁の際にはもっと自信ありげにして貰わないと困るんだ。絶好の好機だからさ」


 絶好の好機……?


「実はアルテ殿下、《絵だけで描いてみた冒険者ギルドの報告書》を読んでいるらしいんだ」


「はい。殿下は絵画への熱意を人一倍持っていらっしゃる方なので……私がルカに送って貰った《絵ギルド》をお読みになられたようです」


「普及用に……何冊か送っておいた……」


 ジャンの説明に、リエルさんとルカが補足を入れてくる。

 俺の絵を王女様が見た……だと?

 それってマズくないか?


 王族の人達は絵画コレクションが趣味と、前にジャンが言っていた。

 って事は、格式高い絵を集めてる人達に違いない。

 元いた世界でいうところのレオナルド・ダ・ヴィンチとかクロード・モネとか。

 どう考えても、俺の絵を気に入る筈がない。

 美術、芸術への愚弄とか言われるに決まってる!


「正直、今回ばかりは僕も君と同意見だ。とても楽観視出来る相手じゃない」


 俺は悶えるだけで何も言ってないんだが、ジャンは俺の心を読み切ってそう告げてきた。


「あ、あのう……リエル様、王女様は怒っていらっしゃるのですか?」


「わかりません。伝書コルーで受け取ったお手紙には、御感想までは書かれていなかったので」


「それは……怒ってる可能性大……無言の圧力を感じる……」


 エミリアちゃん、リエルさん、ルカのやり取りを聞きながら、俺の心臓がみるみる鼓動を速くしていく。

 これって……もしかして人生最大の危機なんじゃないか?


 コルーってのは伝書鳩みたいな鳥らしいが、世界的にかなり稀少な鳥らしく、一部の金持ちしか使えない伝達方法だ。

 途中で他の鳥に襲われたり怪我したりするリスクを考えると、よほどの緊急時か重要な連絡以外では使わないだろう。


 俺……磔の刑とかにされちゃうかも。


「だからこそ、ユーリ。君には堂々としていて欲しい。現代美術を無視した新時代の旗手として、前衛芸術の盟主としてアルテ王女と向き合って欲しいんだ」


 ジャンの言いたい事はわかる。

 仮に俺が王女に嫌われれば、王女のハイドランジアに対する心証は最悪になる。

 今、ハイドランジアの存亡は彼女の父親である王様にかかっている訳で、絶対にそれだけは避けなければならない。


 かといって、遜るのも得策とは言えない。

 元々弱い立場の人間が下手に出ても何も変わらない。


 なら、一か八か『これが俺の絵ですけど、何か?』ってくらい威風堂々としておけば、もしかしたら認めてくれるかもしれない。

 ハッタリって割と大事だからな。

 特にこの手の分野においては。


「ま、やれるだけの事はやるよ……ここまで来た以上は」


 頭痛やら吐き気やら、突然の体調不良に苛まれつつも、俺はそう返事した。

 そう上手くいくとは思えないけど――――





「ユーリ、って言ったわね。あんたの絵、このカメリア王国の第二王女アルテ=ヌードストロームは絶対に認めないからね!」


 ああっ、やっぱりダメだった!


 もしかしたら案外『最高の絵ですわ!』とか言われる展開をちょこっとだけ期待してたんだけど、ダメだったかーっ!


 そりゃそうだよなあ。

 余りにもこれまでが順調すぎたんで、感覚がマヒしてたのかもしれない。


 ――――と、そう痛感したのは、レストランにて王女がハイドランジアに来ると聞いた翌日の早朝の事。

 早くて三日後って話だったのに、他の視察を全部後回しにして、ここハイドランジアを最優先で訪れたらしい。


「ちょっと、聞いてんの!? 姫が話してるのに何ボーッとしてんのよ! 姫はカメリア王国第二王女、アルテ=ヌードストロームなのよ!」


 一人称が姫と判明したアルテ王女は、王女らしくない俗っぽいカメリア語を使って大声で捲し立ててきた。


 中身はともかく、その風貌は王女だけあって華やか。

 目鼻立ちの整った顔で、金色の中に微かな赤みを含むセミロングのブロンドの髪がその顔に良く似合っているし、服装も清潔感があって庶民的な雰囲気が一切ない。

 年齢と身体と胸のサイズはエミリオちゃんと同じくらいだけど、まとう空気はまるで違い、王女オーラがビンビンと伝わってくる。


 こうなった以上、平謝りするしかないか……?


 すいません、別にリコリス・ラジアータやカメリア王国の美術史を蔑ろにした訳じゃないんです。

 俺のいた世界ではこの絵柄が当たり前だったんです。

 っていうか俺、異世界から来たんです。

 本当は仕事も全くないヘボイラストレーターでニート寸前の落ちぶれ絵師なんです。


 そう何もかもブチまけてしまうか?


 いや……そんな述懐をしたところで到底信じて貰えないだろう。

 やっぱり当初の予定通り、強気で行くしかない。

 俺の性格とは相容れない態度だけど……やるだけやってみよう。

 口調も出来るだけそれっぽくして――――


「王女様の声はしかとこの耳に届いています。が、例え王女様の目に留まらずとも、或いはお怒りを買ったとしても、これが自分の絵。ユーリという絵描きの魂なのです」


「……魂だとぉーっ?」


 結果、火に油を注いだ感じになった!


「そんな抽象的な思想だから、あんな常識を無視した表現になるのね。よーくわかったわ。どうやら抜本的な対策が必要ね」


「へ……?」


「ユーリ。あんたをカメリア王国第二王女の名にかけて矯正するわ。具体的には、王城の一室に監禁して我が国の美的感覚を身につけて貰う。あんな絵が市民の間でもて囃されるなんて、カメリア王国の汚点よ!」


 そ、そこまで言うか……?

 なんでこういう人達は、自分に合わないイラストだからってそれを理由に人格攻撃してくるんだ。


『この個性のなさには絵師の無難で当たり障りのない、つまらない人生観が垣間見える』とか!

『こんな程度の絵でイラストレーターになってる時点で甘えた人生送ってきた証』とか!


 お前ら、何の権利があってそこまで人を腐すんだ!?

 こんなイラストを放置していたら業界がダメになるとか言って、お前それ本気で思ってんのか!?

 もっと上手くなって欲しいからとか、そんで実際に上手くなったら自分の手柄とでも言いたいのか!?

 ただ単に他人にダメ出しをするのが好きなだけの粗探し野郎なんじゃねえのか!?


 ……と、心の中で言いたい事を全部吐き出したんで、取り敢えず落ち着いた。

 いや、落ち着いたところで待ってるのは非情な現実なんだけど。


 監禁って……自分に向けられる言葉とは夢にも思わなかった。

 そんなカメリア語、学ぶんじゃなかったよ。


「僭越ながらアルテ王女、彼は……」


「黙りこくりなさい、ジャン。あんたはあんたで嫌疑をかけられた身でしょ? 姫に意見を言える立場じゃないんだからね」


「それは……」


 流石のジャンも、相手が王族となると相手が悪い。

 まして、権力に弱いエミリオちゃんなんて硬直してしまってさっきから一切動いてない。

 騎士のリエルさんも、王女に逆らえる筈がなく沈黙。

 俺を助けてくれる人間は、この場にも、そしてこの国の何処にもいない。


「善は急げよ。リエル、帰る準備をなさい。この異端画家を一刻も早く王城へ連れて帰るのよ!」


「は、はい! 直ぐに!」


 こうして俺は――――まるで魔女裁判にかけられる一般人のような心境で王女に拉致監禁される事となった。

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