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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第2章 百線繚乱
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 ここに着くまでに目にしていた他の絵もそうだけど、大学生男子の平均的な身長であるところの俺の目の位置とほぼ同じ高さに、パーティションロープ的な区切りも設置せずに展示している。

 これじゃいつ盗まれてもおかしくない。

 監視カメラなんてある訳でもないし。

 恐らく警備員と思しき、やたら柄の悪い兄ちゃんの姿はあるけど、見回りもせず壁により掛かって欠伸なんかしてる。


「ジャック=ジェラール氏は巨匠なのにケチなんでしゅー。一番お金をかけない方法で展示しろ、って言われたから仕方ないんでしゅー。警備も〈ナルシサス〉から二人雇っただけでしゅー」


 自覚はあったらしく、シャロンさんは慌てて自己弁護を始めた。

 警備員のあの仕事ぶりから察するに、どうやら警備はガバガバ。

 画家も興行師も傭兵ギルドも、全員がグダグダじゃん……


 ま、他人の悪口は言うまい。

 問題は消えた絵画の行方だ。


 この状況だと、盗まれたと考えるのが妥当だろうけど……問題は時間帯だ。

 ギャラリーはそれほど多くないけど、かといって閑散としてる訳じゃない。

 少なくとも開館時間中に盗むのは無理だろう。


「シャロンさん。もし犯人に心当たりがあるなら、教えて頂けませんか?」


 思案の最中、リエルさんが大胆にもそう問いかける。

 もし開館時間前の犯行なら、侵入者の痕跡があった筈。

 ないなら――――


「……これから言う事、誰にも言わないで欲しいでしゅー」


「わかりました。騎士の名にかけて、決して口外はしません」


 そう告げるリエルさんに対し、シャロンさんは特に驚いた様子は見せない。

 彼女が騎士というのは亜獣騒動の際にルピナス中に知れ渡っていたからな。

 シャロンさんも、リエルさんがいるからこそハイドランジアに依頼してきたのかもしれない。


「実は……」


 その騎士の言葉を信じ、シャロンさんは目星を付けているらしき人物へ視線を送る。

 それは――――


「あのナルシサスの警備が怪しいでしゅー」


「……やっぱり」


 そんな気がしてたんで、驚きはなかった。

 だって状況的に身内の犯行っぽかったし。

 警察に届けないのも、ナルシサスと警察の癒着を知っているからこそだろう。


「この辺りで開くイベントはナルシサスが取り仕切ってるでしゅー。だから私の取り分も少ないでしゅー。彼奴ら、溺死寸前の一番苦しい状態のまま五十年生きればいいんでしゅー」


 語尾からは想像も出来ない毒舌ぶり。

 それだけご立腹って事は、確証があるんだろう。


 にしても……参ったな。

 まさかこんな形でナルシサスと事を構えるなんて思わなかった。

 ジャン不在の中で、あんまり身勝手な行動は出来ないし……


「お願いでしゅー! あのロクすっぽ仕事もしないクセに偉そうなファック野郎を取り調べしてくだしゅー! ナルシサスに接待されている騎士様にしか出来ません!」


 最終的にシャロンさんはそうぶっちゃけた。

 最初からリエルさん頼りだったって訳か。

 きっと、一旦受理して現場まで来れば断られないだろうという計算あってこそ、このタイミングでの情報開示――――流石はイベンター、しっかりしてるわ。


「わかりました。私が直接彼に聞いてみます」


「いいんですか? リエルさん、ナルシサスとは対立出来ない立場なんじゃ……」


「だからこそ、です。内側から見てきたナルシサスは、決して健全とは言い難い状況でした。もし彼らが犯人だとしたら、騎士として彼らを是正しなければなりません」


 どうにも及び腰になってしまう俺とは違い、リエルさんに迷いはない。

 これが騎士の精神……眩しい、眩し過ぎる!


「よろしくお願いしましゅー。あ、私が疑ってたってことは内密にお願いしましゅー」


 対照的に中々のゲスっぷりなシャロンさんはこの際置いておくとして……俺も付いて行こう。

 腰巾着っぽくならないように、並行。


「ユーリ先生はシャロンさんと待っていても……」


「ま、一応責任者ですから」


 リエルさんが言いくるめられないか心配、というのが本音だけど、それは隠しておこう。


 そうこうしている内に、警備中とはとても思えないほどダラーッとした傭兵の傍まで移動。

 格好は如何にも傭兵って感じの、薄汚れたコートっぽい防具に身を包んだその男は、異様にギラついた目でこっちを睨んできた。

 だが、リエルさんがいるとわかり、直ぐに目つきを変える。


「な、なんだ。アンタかよ。警備はちゃんとやってるよ。今はちっと休憩中だ」


「休憩なら休憩室でして下さい。仕事中に隙を見せては、傭兵ギルドの名に傷を付けるだけです」


「……チッ」


 説教された途端、傭兵は舌打ちなんてしやがった。

 うわー、やだやだ舌打ち。

 人間性を疑う。


「わかったよ。今からちゃんと見回りするよ。それでいいだろ?」


「いえ。私が貴方に話しかけたのは、別の理由があります」


 その瞬間――――傭兵が反射的にしかめっ面になった。


「既に貴方も知っているかと思いますけど、この展示会に出展されている絵画の内、一枚が紛失しました。何か心当たりは?」


「おいおい、まさかオレを疑ってるのか? 冗談じゃねぇよ、こっちは仕事でわざわざ来てんだぞ? 別に絵なんて興味ねーよ」


「私は心当たりを聞いただけですけど……何かやましい事でもあるんですか?」


 リエルさんも確信したらしい。

 こりゃ間違いなくクロだ。

 余りにも露骨な態度で、で逆に引っかけかと疑うくらいわかりやすい。


「なーんにもねぇよ。騎士様の手を煩わせる事もな」


「なら、その挑発的な言動は控えて下さい。ギルドの品位を……」 


「品位なんか要らねぇんだよ! 傭兵ギルドにそんなもんはよぉ!」


 突然の大声。

 正直言おう。

 俺、ビビリまくりでございます。

 舌打ちも嫌だけど、大きい声出されるのってホント苦手なんだ……小心者だから。


「その様子ですと、以前から私を認めていなかった、と察しますが」


「おお、そうだよ。事あるごとに綺麗事ばっかヌカしてギルドの空気を乱しやがって……大体、女が偉そうにしてるってだけで虫酸が走るんだよ、こっちはよ!」


 どうやら男尊女卑の概念はこの世界にもあるらしい。

 ちなみに、イラストレーター同士の世界にはそんなの微塵もない。

 女性だからこそ描ける絵、男性だからこそ出来る表現、みたいなのはあるかもしれないけど、そこに優劣や格差は一切存在しない。

 ……まあ、イラストレーター同士は、の話だけど。


「お客様がいる前で大声を出さないようお願いします」


「構うモンかよ。こちとら教養も学もねぇ傭兵なんでね。絵の善し悪しがわかりなさるようなインテリな方々は、オレみてぇなヤツ最初っから目にも入れてねぇだろうよ」


 う……なんか耳が痛いぞ。

 この劣等感丸出しな感じ、過去の俺とそこはかとなく似ている。

 声に出して言った事はないけど、内面のやさぐれ方はちょっと近い。


 まさかこいつ、場違いな場所に派遣されて苛ついているのか?

 その腹いせに、嫌がらせ目的で目に付いた絵を盗んだ可能性もありそうだ。

 単に、どの絵が高価か知らないから、目に付いたのを盗んで後で売るつもり……ってだけかもしれないけど。


「貴方は随分と明け透けに物を言いますね。なら私も遠慮なく、聞きたい事を聞かせて頂きます」


 リエルさんはそんなやさぐれ傭兵に対して、全く怯む様子はない。

 これが、確固たる自分を築き上げた人の姿だ。


「絵を盗んだのは、貴方ですか?」


 声に逡巡が一切ない。

 何処までも澄み切っていて、耳が痛い。


「……証拠はあるのかよ? 証拠もなしにそんな事聞いちまっていいと思ってんのか?」


「騎士権限で、貴方の所持品をチェックします。証拠はそこで」


 リエルさんにはもう確信がある。

 実際、証拠はあるのかと聞く時点で九九%クロだもんな。

 問題は――――


「ああ、そうかよ」


 開き直った時の、この傭兵の行動だ。

 リエルさんに対して好戦的な態度を取っていた彼の次なる一手は容易に想像出来る。

 頭が良さそうには見えないし、俺を人質に……なんて手段を使う事もなさそうだ。


 厄介なのは、警備が二人いる点。

 もう一人も共犯だとしたら、ここでいざこざを起こしている間に絵を持って逃走、なんて事もあり得る――――


「……ッッ!」


 心中でそう懸念を呟いていた俺は、次の瞬間思わず絶句した。

 いや、俺以上に絶句という言葉が似合う人物が目の前にいる。


 犯人確定の傭兵だ。


 何が起こったのかを理解するまで、数瞬を要した。

 何せイラストレーター。

 超人的な目を持ってはいない。

 状況証拠に頼らざるを得ない。


 多分、傭兵は先手を打とうと腰に下げた剣を抜こうとした。

 柄に手をかけているから、それは間違いない。

 でも、抜けなかった。

 リエルさんの細身の剣先が、傭兵の柄を押さえていたから。


 並立していた俺の位置から、リエルさんの行動は見えない。

 でも、隣の人が動いたかどうかくらいは普通、わかる。

 なのに俺は、リエルさんがいつ抜剣したのか、全くわからなかった。

 そして恐らく――――傭兵も。


「騎士権限は、もう少し強く発揮出来ますが?」


 つまり、この場で切り伏せてもお咎めなしですよ、と。

 そうリエルさんは最後通牒を口にした。

 一瞬で――――決着は付いた。


「あ……ああ……遠慮しとくよ」


 先程までの態度から一変、傭兵はみるみる真っ青になっていき、大量の冷や汗を流しっぱにしたままヘラヘラ笑っていた。

 実力差を思い知った、ってトコか。


 っていうか……リエルさん強過ぎだろ!

 亜獣騒動では彼女の戦闘力を測る機会がなかったけど、こんなに強かったのか……

 綺麗で強くて真面目な女性騎士――――


「ぐあああああああああああああああああああああ」


「ど、どうしたんですかユーリ先生! 何かされましたか?」


「いや、どうしても描きたいのに描けないジレンマが奇声になっただけなんで、気にしないで下さい」


「は、はあ」


 変人と思われたかもしれないけど、それはそれでいいのかもしれない。

 俺はこの人とは住む世界が違い過ぎる。

 高嶺の花……というより雲の上の星。


 この瞬間、俺はそう強く意識した。





 それから――――事件解決までは僅か十五分しかかからなかった。

 戦意喪失した傭兵の控え室から、紛失した絵画を発見。

 もう一人の警備員もグルだったらしいけど、リエルさんに屈した傭兵の方が主犯かつ格上だったらしく、悪あがきする事なく騎士権限で逮捕、身柄確保された。

 

 ちなみに、余談が一つ。


「よかった……〈ムニェン〉が無事で本当によかった……」


 発見した絵画を抱きしめながら、リエルさんは不可解な事を呟いていた。


「リエルさん、ムニェンが嫌いじゃなかったんですか? 子供の頃殺されかけたって、さっき」


「はい。それでも……それでも嫌いになれなかったんです。というか、その……好き、なんです」


 殺害されそうになったのに、それでも好きだと……!?

 なんという無償の愛。

 俺には理解出来ない。


「だ、だって仕方ないじゃないですか! このフワモコな姿をどうすれば嫌いになれるんですか!?」


「いや、そこは普通に生物としての自己防衛本能とか、憎しみとか、恐怖とか」


「そんな……! このフワモコに恐怖なんて……私には出来ません!」


 リエルさんは半泣きでそう訴えてくる。

 どうやら、あの発言の時の目と震えは恨みや怒りじゃなく、葛藤によるものだったらしい。

 巨匠が描いたというムニェンの絵を、それはもう愛おしそうに抱きかかえる彼女の姿は完全に乙女。

 傭兵を制した時の姿と今のリエルさんはまるで別人だ。


 ……あれだ。

 ギャップ萌えだ。

 萌えって言葉は死語かもしれないけど、代用出来る表現が思いつかない。


 ともあれ、依頼は無事達成。

 リエルさんの色んな面を知る事が出来たし、俺的には有意義だった。


「それにしても、あの傭兵は無様でしゅー。警備として論外、強盗としても三流でしゅー。よりによってあの絵を選ぶなんてアホでしゅーね」


 満足し口元を緩めていた俺に、シャロンさんがやれやれと言った様子で話しかけてくる。

 相当頭に来ていたのか、犯人がお縄頂戴となった事で俺以上に満足げだ。


「あのムニェンの絵、そんなに評価低いんですか?」


「ジャック=ジェラール氏は古典派の巨匠で、重厚で壮大な絵が得意なのでしゅー。その〈ムニェン〉は普段と画風が全然違ってて、幻想派っぽい絵でしゅー。多分手抜きでしゅー」


「そんな! こんなに可愛いのに!?」


 若干、リエルさんがキャラ崩壊していた。

 騎士をも惑わすムニェン……恐るべし。

 かわいいは正義であり、小悪魔だ。


 にしても、あの傭兵はなんでまた、そんな画風の違う絵を選んだんだろう。

 嫌がらせ目的にせよ、換金目的にせよ、シャロンさんの言うように敢えてあの絵を選ぶ理由はないように思うけどな。

 幾ら絵に明るくないとはいっても、高そうな絵は雰囲気で大体わかるだろうに。

 無駄に謎だな……


「今回はありがとでしゅー。助かりましたでしゅー」


 なんかモヤモヤとしていた最中、シャロンさんが相変わらず気の抜けた語尾でお礼を言ってきた。


「もし今後イベントを開く機会があったら声をかけて下さいでしゅー。九厘引きで請け負うでしゅー」


「九厘!?」


 のび太の打率より低い!

 そんな割引、小銭増やすだけの嫌がらせじゃねーか!


 ……と、そう叫ぶ前に、シャロンさんは俺達の前から姿を消していた。

 今後俺達が何かイベントを開く機会があるかどうかはわからないけど、あの人に頼むのはやめておこう。


「それじゃリエルさん、その絵を戻して帰りましょう。一応、まだ仕事時間なんで……」


「は、はい! そうですよね、すいません」


 名残惜しそうにしていたけど、まさか俺がその絵を買い取ってプレゼントする訳にもいかないしな。

 というか、他人の絵をプレゼントするなんて、俺には無理だ。

 それが出来るイラストレーターはきっと、自分の絵に絶大な自信があるんだろう。

 確固たる自分があれば、見栄は勿論、プライドとかこだわりすら不要なんだ、きっと。


「あの……ユーリ先生」


 絵を戻し、会場を出てハイドランジアへ戻る途中、リエルさんが少し普段と違う声色で話しかけてくる。

 その時点で、言われる事は何となく察していた。


「描きませんよ。実物見た事ないし」


「そ、そんな! まだ頼んでもいないのに!」


「描きません。《絵ギルド》にリエルさんを登場させていいのなら考えますけど」


「うう……断腸の思いで諦めます」


 これでも乗ってこないか……残念。

 仕方がない、次の手を考えないと。

 まだもう少し猶予はある。

 リエルさんがハイドランジアにいる間に、なんとか説得しよう。



 ――――その考えが甘かったと痛感したのは、それから一週間後の事だった。



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