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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第2章 百線繚乱
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《絵だけで描いてみた冒険者ギルドの報告書》。

 通称――――《絵ギルド》。


 カメリア王国のウィステリア市でかつて栄華を極めた冒険者ギルド〈ハイドランジア〉の存続の為に俺達が作ったその本は、瞬く間にウィステリアで話題騒然となり、注文数は僅か一ヶ月で五〇〇〇冊を突破した。


 一日平均の注文数が三〇〇冊を越え、一日に製本可能な限界値を上回った為、注文しても暫く商品を届けるまで待って貰わなければならない。

 それでも注文は日に日に増え続けている。


 正直、予想を遥かに上回るスタートダッシュだ。

 元いた世界でもイラストを担当した最初のラノベがヒットしたけど、今回はその比じゃない。

 部数的に言えばラノベの方が上だろうけど、何しろ値段も販路も作品への貢献度も全然違う。


 ラノベの価格は大体六〇〇円前後。

 その五〇倍の値段の本が限定された販路のみで五〇〇〇部売れるってのは、元いた世界じゃ考えられないことだ。

 何よりこの《絵ギルド》、原作こそ報告書だけど、それ以外の部分はほぼ俺が作り上げた物。

 本のタイトルを付ける経験なんて当然初めてだ。


 自分で書いた本のタイトルを自分で決める――――当たり前のような事だけど、実際はそうじゃないらしい。

 ラノベの新人賞で受賞した作品の多くは改題されているけど、その案を作者が出しているケースはそう多くない。

 仕方がない事とはいえ、自分の考案していないタイトルで世に出たその作品を、作者はどこまで愛する事が出来るんだろうか。

 イラストレーターの俺には、作家さんの葛藤はわからない。


 そういう意味でも、《絵ギルド》は俺にとって恵まれた作品だ。

 この本が売れて本当に良かったと素直に思える。

 幸せな事だ。


 とはいえ、いつまでも多幸感に身を委ねている訳にはいかない。

 俺達の目的はあくまでもハイドランジアを閉鎖するという国策に待ったをかける事。

 その為には、ウィステリア全土、出来ればカメリア王国全土にまで届くくらいの広い範囲で評判になって貰う必要がある。


 早々に次の一手を打っておくべきなんだけど――――


「……うう、済まないユーリ……僕が不甲斐ないばっかりに……」


 あの亜獣騒動から一週間が経過したこの日、俺は《絵ギルド》の今後の展望について何一つ明確な回答を得ないまま、体調の優れないジャンの看病をしていた。


 主な症状は目眩、倦怠感、吐き気。

 持病はないと言うし、恐らく疲労だろう。 


「亜獣の牽制で神経すり減らした翌日からずっと業者と交渉してたんだろ? ヘバッて当然だ。しばらく休んでろって」


「でも、僕がいないとギルドは……」


「受付くらい俺でも出来るよ。そもそも基本、人が寄りつかない落ち目ギルドなんだし、仕事は大して多くないだろ?」


「しれっと酷い事言うね……」


 ハイドランジアで世話になって一年、大した手伝いはしてないけど、ジャンがどんな対応をしているかは常に見てきた。 

 報告書をまとめるのだけは後日ジャンに任せるとして、それ以外は十分代役を果たせる筈だ。


「……わかった。今日一日だけ休ませて貰う。ユーリ、ハイドランジアを……よろしく頼む」


 大げさなジャンの物言いに苦笑しつつ部屋を出た俺は、まず一階のギルドホールへと降りて受付の椅子に腰を下ろす。

 このハイドランジアは出入り口に鍵をかけない為、受付が居ればOPEN、居なければCLOSEという暗黙のルールが存在する。

 だからこそ受付の存在は重要だ。


 とはいえ、流石に居るだけで仕事が成立するほどヌルい仕事でもない。

 まずは前日の依頼の確認から始めるとしよう。


 冒険者ギルドの受付がする仕事は基本、依頼管理だ。

 顧客が依頼をしに来たら、話を聞いてそれをわかりやすく簡潔にまとめる。

 そしてその内容をボードに貼り、登録している冒険者に開示する。

 場合によっては、依頼者が冒険者を指名する事もあるし、受付が冒険者を指名する事もあるが、とにかく依頼者と冒険者の仲介人である事には変わりない。


 その後、冒険者が依頼を果たしたかどうかを確認し、無事果たした場合は報告書に経過と成果をまとめる。

 果たせなかった場合は、別の冒険者に任せるか、開示を継続するかを決める。

 依頼内容によっては、不成立と判断し依頼主に知らせる事もある。

『このギルドには貴方の依頼を果たす能力がありませんでした』と。

 これはかなり辛い作業だ。


 ……とはいえ、依頼自体が極端に少ないのがハイドランジアの現状。

《絵ギルド》のヒットで風向きが変わる事を期待していたけど、まだその効果は出ていない。

 まあ、現段階でそこまで求めるのは贅沢かもしれないけど。


「おはようございます……あれ? ジャン様がいる筈の受付にどうしてユーリ先生が?」


 やけに説明臭い口調で現れたのは、ハイドランジアの数少ない登録冒険者の一人、エミリオちゃん。

 というか……稼働している冒険者は彼女が唯一と言っていいかもしれない。


 総合ギルドに三人の冒険者を引き抜かれて以来、目に見えて冒険者の出席率が低下してしまった。

 そしてトドメはあの亜獣襲来。

 元々低レベルの冒険者しかいなかったところに、命を落としかねない強敵出現となれば、逃げ出すのも無理はない。

《絵ギルド》の好調さとは裏腹に、冒険者ギルド〈ハイドランジア〉は風前の灯火だ。


「ジャンは疲労困憊で今日は休み。二階で寝てるから、お見舞いでもしてあげてよ」


「ひああ!? いいんですか!? そんな反則行為に及んでもいいんですか!?」


「……何故見舞いが反則?」


「大丈夫でしょうか……弱っているジャン様を優しく看病しても法律に違反しないでしょうか」


 要するに、下心に対する罪悪感で悶絶しているらしい。

 打算的なのか純粋なのか微妙なラインだ。


「あのう……例えばですけど、先程のユーリ先生の発言が正式な依頼だとしたら、それってお仕事ですから不健全な行為には該当しませんよね」


「あ、打算に振り切った」


「違いますよう! お仕事の名目があれば、自制が利くのではと!」


 一理ある――――とも言い切れない絶妙な言い訳だった。

 とはいえ、言い訳は大事だ。

 人間、正論や正道だけでは生きていけないし、自分を誤魔化す事で心の安寧を保っていかないと罪悪感に屈してしまうからね。

 俺はその事をよく知っている。


「わかったよ。それじゃあらためて依頼する。エミリオちゃん、ジャンの面倒見てやっ」

「わかりました! 僭越ながらエミリオ=ステラ、ジャン様を手厚く介抱します!」 


 言い終わる前に俺の視界からエミリオちゃんが消えた。

 なんて移動速度。

 まさかこんな形でエミリオちゃんの戦闘能力の一端を垣間見るとは。


 ともあれ、本日最初の依頼者は俺自身。

 唯一と言っていい稼働中の冒険者を身内の看病に当てるというのもどうかと思うけど、本人の希望だから仕方がない。

 それに、今のハイドランジアにはもう一人――――


「おはようございます」

「ぬをっと!」


 今まさに、想像しようとした人が実際に現れた事で、俺は思わず椅子から転げ落ちそうになった。


 彼女――――リエル=ジェンティーレさんは冒険者ではなく、騎士。

 ゲストという形で、一時的ながらハイドランジアのお手伝いをしてくれている。


「……えっと、もしかして今のはユーリ先生の故郷のご挨拶ですか?」


「ち、違います。単なる奇声なんで気にしないで下さい」


「はあ……わかりました」


 苦笑しながら、リエルさんは俺のいる受付へと近付いてくる。


 この一週間、王国の騎士という偉い立場でありながら、彼女はとても精力的に手伝いをしてくれている。

 亜獣の出現こそないけど、酔っ払った荒くれの制圧や暴走した馬車への対処など、様々な問題に対し迅速かつ的確に対処してくれている。

 おかげで、今のところ保留状態の依頼は一つもない。


 出来れば、リエルさんが解決した依頼の報告書を《絵ギルド》の二巻に収録したいんだけど……今のところ、その了承は得られていない。

 なんとかして、彼女が滞在している内に口説き落としたいところだ。


「ところでユーリ先生、どうして受付に?」


「あ、はい。実はジャンが疲労で伏せってしまって、代理で。もしジャンに取り次ぎが必要な案件があったら俺に言ってくれれば」


 もしかしたら、リエルさんに直接依頼が行っているかもしれないし、ジャンがまだまとめていない依頼があるのかもしれない。

 その辺りの確認も、代理の務めだ。


「いえ。その……ジャン殿に用事がある訳ではないんですけど」


 妙に歯切れの悪い物言いで、リエルさんは俺の顔をじっと眺める。

 な、なんだ?

 自慢じゃないけど、他人に顔を二秒以上凝視されると羞恥心で息が詰まるんだけどな、俺。

 ましてこんな綺麗な女性に見つめられるなんて経験は皆無。

 物凄い勢いで神経が摩耗していく。


「実は昨日、依頼主の方からお礼にとこれを頂きまして」


「お礼?」


 朝っぱらから妙な疲労感包まれていた俺は、一端深呼吸し、リエルさんの差し出したそれを手にとってみた。

 これは――――入場券?

 カメリア語の印刷文字で確かにそう記されている。


「近くで著名な画家の方の個展が開かれているそうなんです。もう一枚頂きました」


 個展の入場券か。

 そういえば、この国は美術に注力しているってジャンが行ってたな。

 この手のイベントは頻繁に行われているのかもしれない。


「ええと、ハイドランジアでは依頼者から貰ったお礼は金品の質量に関係なく貰った人の物、って事になってるみたいです。だからそれはリエルさんが貰って下さい」


 ジャン曰く、『お礼をしてくれた人はその冒険者へ気持ちを届けたい訳だから、それをギルドが管理する訳にはいかないよ』との事。

 ま、チップみたいな物だな。


「でも……騎士という立場上、受け取ってもいいんでしょうか」


「その辺のルールはわかりませんけど、多分いいんじゃないですか? 渡した人だって、ギルドに預けられるより自分を助けてくれた人に使って貰った方が嬉しいですよ」


 特に奇を衒うでもなく、路傍の石ころみたいな正論……のつもり。

 にも拘わらず、リエルさんは俺の方をまた凝視し始めた。


「な、何ですか?」


「あ。いえ、すいません。失礼しました」


 顔に何か付いている――――というベタな展開も特になく、リエルさんは慌てて視線を逸らす。


「……」


 そしてそのまま、難しい顔で動かなくなってしまった。

 俺、何かやらかしたか?

 カメリア語はかなり覚えたつもりだけど、細部はまだ怪しいし、無自覚で他人を不快にする発言をしちゃってたかも……?


「あの、リエルさん。俺――――」

「ごめんくださいましゅー。こちら、冒険者ギルドで合っておりますでしょうか?」


 お伺いを立てようとしたまさにその時、ウェスタンドアがゆっくり開いて訪問者が現れた。 


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