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落ちぶれ絵師の正しい異世界報復記  作者: 馬面
第1章 下書きの日々
14/68

0113

 クレイン少年の証言通り、《絵ギルド》の反響は俺たちの予想を遥かに越えていた。

 発売から二週間が経過した現時点での注文数は、一五五〇冊。

 既に版は作ってるとはいえ、それでも一日に製本出来る数は三〇〇冊が限度らしい。

 増え続ける注文にどこまで対応出来るかは未知数だ。


 とはいえ、元いた世界と違って手作業中心だから仕方がないところ。

 委託先の製本業者が、ほぼ毎日総出で《絵ギルド》を作っている状態だというし、贅沢は言ってられない。


「注文書が何枚あっても足りないね……やれやれ」


 ハイドランジアの受付カウンターで山積みになった注文書を前に、ジャンが朝っぱらから嬉しい悲鳴を上げる。

 実際、馬車運輸から届く注文書は日に日に増えていて、新たな注文書を印刷するだけでもかなりの負担をランタナ印刷工房に強いている。

 でも、他に仕事を受けてくれる印刷所はないんだから、頑張って貰うしかない。


 にしても……ここまでのスタートダッシュは想像してなかった。

 仮に成功するとしても、もっとジワジワ広がって行くとか、偶々有名な画家や貴族のボンボンあたりの目に留まってそこから大ブレイク、って感じを想定していたからな。

 最初に買った宝くじで一等が当たったようなモンだ。

 余りにも都合が良すぎる展開に、思わず本当にこれが現実かと疑いを持ってしまう。


「ところでユーリ。利益の分配はどうしよう?」


「ああ、それな……」


 元いた世界では、イラストレーターとしての仕事の報酬は主に原稿料って形で支払われていた。

 俺の場合は、ペーペーだった最初のラノベは相場より低め。

 その一作目がヒットしたおかげで、二作目からは割と多めに貰った。

 ソーシャルゲーム用のイラストはほぼ相場通り。

 マンガ家や小説家と違って、印税を貰うケースは少ないらしい(俺は貰った事がない)。


 今回の《絵ギルド》はそもそも相場が存在しない、未知の商売。

 言い値でどうとでもなる状況ではあるけど――――


「取り敢えず、ハイドランジアの経営が安定するまでは全額そっちに回してくれよ。その代わり、衣食住はこれまで通りで頼むな」


「……え?」


「え? じゃないよ。ここは『君ならそう言うと思ってたよ』とか、そういうリアクションくれよ。折角カッコ付けたのに馬鹿みたいじゃんか」


 それとも、俺が自分の取り分を声高に主張すると思ってたのか、コイツは。


「あのう、お金は貰える時に貰っておいた方がいいと思いますよ」


 突然ニュッとカウンターの外側からエミリオちゃんが顔を出し、中々現実的な事を言ってきた。

 若くして冒険者って職業に就き、今も銃剣を背負っている彼女の言葉は決して軽くない。


「それに関しては死ぬほど同意するけど、そもそも俺は一年もタダでハイドランジアに寝泊まりしてるからな。宿泊費を返すって意味でも、変更はなし」


 実際には、決してカッコ付けてる訳じゃない。

 俺は別に一攫千金を狙って《絵ギルド》を描いた訳じゃないんだ。

 過去の自分への報復、そして人生の逆襲。

 その昇っていく感覚を得るには、ハイドランジアを一刻も早く栄えさせたい。


「そのう、ユーリ先生がそれでいいのであれば、それでいいです」


 余り食いつかず、エミリオちゃんの顔がカウンターの下に沈んでいく。

 ……それにしても、もう少し褒めてくれてもよさそうなモンだけど。

 そんな俺の願いが届いたのか――――


「立派な心がけです。感服しました」


 ――――と、歯切れのいい快活な褒め言葉が聞こえてきた。

 何処かで聞き覚えのある女声。

 声のした入り口の方に目を向けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。


 真っ白な羽根の髪飾りを付けた、銀髪の女性。

 服装はドイツ軍の軍服っぽいオーバーコートとブーツで、これも全部真っ白。

 肌もかなり白い。

 腰に下げた細身の剣と思しき武器の鞘までも白い。

 白尽くしの女性だ。


 表情にしろ姿勢にしろビシッとした雰囲気だけど、顔の作りはクールビューティって訳でもなく、むしろ高校生くらいに見える。

 身長は俺と殆ど同じくらいで、女性としては結構高い。

 全体的にスリムな体型ながら、オーバーコートの上からもわかるくらい胸は大きい。


 ……で、何者?


「あ……すいません。自己紹介が遅れました。私、こういう者です」


 その白尽くめの女性はカウンターまで近付いて来ると、懐から小さい革製のケースを取り出し、その中にあるカードのような物を俺に手渡してきた。

 もしかして名刺かな?

 どれどれ……


《カメリア王国従属"白の騎士会"会員番号〇〇二――――》


 ……読めない。

 読み書きも大分出来るようになったけど、見た事ない単語や人の名前はまだまだ多いからなあ。

 国名と会員番号は辛うじてわかるけど……


「白の騎士会……? そうか、君がルカの……」


 俺の隣にいるジャンが、名刺と眼前の女性を交互に見やる。

 女性は一つ頷き、胸の辺りに手を置いて小さく会釈した。


「お初にお目にかかります、ジャン=ファブリアーノ殿。私はリエル=ジェンティーレ。ルカの従妹で、新米の騎士です」


 リエル=ジェンティーレ――――会員番号の下にカメリア語で記してあるのがどうやら彼女の名前らしい。

 だけど、それ以上に気になったのが、今ジャンが呟いた言葉。

 名刺を見ての発言だから、多分肩書きなんだと思うけど……


「ジャン、説明頼む。カメリア王国と会員番号の間の字」


「ああ、確かに難しいかもね。これは"白の騎士会"って言って……」


「王宮に仕える女性騎士を中心に結成された団体の事です。海外の方には馴染みがないかもしれませんね」


 海外の方、って言ったな今。

 どうして俺の(仮初の)境遇を知っているんだ……?


「あ……失礼しました。実はルカから貴方の事を手紙で教えて貰っていて……画家のユーリ先生でいらっしゃいますよね?」


「あー、そういう事ですか。少し驚きましたけど理解しました」


 騎士と知った事で、思わず丁寧語で対応。

 といっても、カメリア語の丁寧語は日本語よりかなり単純で、話始めに英語でいう『プリーズ』的な単語を付けるだけだ。


「そちらにいらっしゃるのは、冒険者のエミリオさんですね?」


「そ、そうですっ。初めまして、エミリオ=ステラと申します。騎士様にお会い出来て光栄ですっ」


 いつの間にかカウンターの内側に来ていたエミリオちゃんは巨大権力に弱いのか、必要以上にヘコヘコしていた。


「それはそうと、リエル様。騎士である貴女がこの街に来た目的は……総合ギルドの視察ですか? それとも……冒険者ギルドの閉鎖を勧告しに?」


 一方、ジャンは逆に涼しい顔して鋭い質問をリエルさんへ投げかける。


 ……そうだよ。

 冒険者ギルドを潰して、総合ギルドを促進しようとしてるのは国。

 国に仕える騎士が来たって事は、その政策の推進が目的と考えるのが妥当だ。

 もしそうなら、このリエルって女性は俺達の敵って事になる。

 和やかに自己紹介してる場合じゃない。


「そうですね。仕事内容はその通りです。来年建設予定の総合ギルドを視察して、暫くその母体となる傭兵ギルド〈ナルシサス〉でお仕事を手伝いつつ監査する予定でした」


 果たして、ジャンの見解は正しかった。


「同時に、冒険者ギルド〈ハイドランジア〉の閉鎖勧告も――――」


 女性騎士リエルの目が一瞬にして獲物を狙う肉食動物のように鋭くなる。


 従妹というだけあって、ルカとよく似ていて幼さの残る顔立ちだけど、表情やまとう空気、話し方でこうも印象が変わるものなのか。


 一触即発。

 そう思っていた俺は――――


「――――行う予定でしたけど、事情が変わりました」


 突然コロッと表情を元に戻し、柔らかく微笑むリエルさんに思わず見とれてしまった。


 ルカやエミリオちゃんとは違う、地に足のついた口調と笑顔。

 精神的に大人だ。

 このリコリス・ラジアータに来て初めてまともな女性と会話してる気がする。


 ……な、なんか緊張してきた。

 女性慣れしてない弊害がこんな所で……!


「? どうかされましたか?」


「い、いえ。それで……事情が変わったって、一体どういう?」 


「はい。ユーリ先生にも関係のある事なんですけど」


 不意に、リエルさんが俺の方に近付いてくる。

 騎士ならではの所作なのか、足音が一切しない。


「実は……」


「大変です! ユーリ先生大変です! 大事件です!」


 ――――でも、そんな奥ゆかしさはクレイン少年の乱入によって台無しとなった。


「何、どうしたの。こっちは今立て込んでて……」


「ユーリ先生の《絵ギルド》が呪われてるとの噂が流れてるんです!」


 ……はぁ?


「呪われてるって……どの辺にそんな要素があんの」


「それが、《絵ギルド》を購入した家に幽霊が現れたらしいんですよ!」


 ――――幽霊。

 元いた世界だったら、というかエミリオちゃんと出会う前なら鼻で笑っていそうなトピックだ。

 だけど、この世界にはどうやら本当に幽霊がいるらしい。

 少なくとも、そう思っている住民がかなり多くいると思われる。


「購入した全ての家に幽霊が?」


「え? あ、い、いえ。今のところ一件だけみたいです。ただその一件というのが、どうもその……」


 突然面識のないリエルさんに話しかけられ、クレイン少年はしどろもどろ。

 騎士と知ったら卒倒しそうだ。


「えっと、あの有名なロード=デンドロンさんみたいで」


「それはまた……大物の名前が出たね」


 カウンターに肘を付きながら、ジャンが眉をハの字にして嘆いた。 


「ロード=デンドロン。ウィステリアで一番の事業者と言われている人だよ。お隣の国の〈ステラリア王国〉にもパイプを持っていて、珍品や曰く付きの美術品を売買しているみたいだ」


 美術商ってヤツか。

 単に金儲けの為だけに美術品の転売をしてるだけならブローカーって事になるけど……


「どうやら彼自身かなりの珍品好きみたいで、美術品に限らず珍しい物を集め回っているそうだよ。このハイドランジアの経営者と親しいみたいで、以前僕も銀剣勲章を売って欲しいって頼まれた事があってさ」


 だから売ってもいいって思ってたのか……

 何処にでもいるよな、何でもかんでも欲しがるヤツって。


「この国は美術大国だから、コレクターとか変わった物が好きな人が多いんだよ。確か国王陛下もそうだった筈だけど」


 ジャンの視線がリエルさんへ向く。


「はい。そのような話を殿下から聞いた事があります」


 殿下――――この場合、国王の子供を指す言葉としてこれをあててみた。

 男女どっちにも使える言葉だったよな、確か。

 彼女の指す"殿下"が王子か王女かはわからないけど。


「それで、クレイン君。幽霊が出たって騒いでるのは、そのロードさんだけかい?」


「本人が騒いでるかどうかは知りませんけど、そうです! でも、有名人だから影響力が大きくて……」


「噂が広まるのも時間の問題、だね。早い内に手を打たないと、《絵ギルド》の売り上げに影響が出るかもしれない」


 ……との見解をジャンが示す。

 俺はそのロードさんの事は何も知らないし、幽霊の噂がどれくらいのダメージになるのかもイマイチわかってないから、どうにも危機感を持てない。


「あくまで噂だろ? 暫く様子見で良いんじゃないか?」


「ユーリ。噂を甘く見ちゃいけない」


 そういえば、ジャンはその噂で身を滅ぼしたんだったな。

 またコイツのトラウマを発動させるのも何だしな……


「取り敢えず、話くらいは聞いた方がよさそうだよ。僕が行ってくる。顔見知りだから門前払いって事はないだろうし」


「あのう、わたしもお供します! もし本当に幽霊が出るなら、わたし除霊出来ます」


「助かるよ」


 そんな訳で、ジャンはエミリオちゃんを連れ、早速ロード=デンドロンの家へと向かった。

 クレイン少年も仕事に戻り、俺は一人ハイドランジアでお留守番。


「……」


 あ、そういえば騎士様が来てたんだった。

 っていうか、そんな偉い人が来てるのにお茶すら出してねーじゃん!

 元いた世界じゃ他人と接する機会は滅多になく、ハイドランジアでも接客はジャンが殆どやってたから、常識的な対応すら身についていない俺なのでした。


「すっ、すいません! 直ぐにお茶を持って来ますんで。奥のテーブルでお待ち下さい!」


「あ、はい。お構いなく」


 バタバタとギルドの奥の台所に向かい、〈ラメラメ〉という植物の葉を乾燥させた物を一掴み、ティーポット風の陶器に入れる。

 次はお湯だ。

 このリコリス・ラジアータにはガスも電気もない。

 お湯を沸かす時には暖炉の火を使う。


 最初は面倒そうだと思ったもんだけど、実際にはそうでもない。

 暖炉の上に鉄製の柵が設置されてるんで、その上にやかんを乗せ、沸騰させるだけ。

 やかんはやたら重く、取っ手の所も熱くなるから厚手のミトンが必須と、流石に元いた世界のようにはいかないけど、手間は大差ない。


 暖炉の火は万能樹脂を塗った炭で焚いている。

 可燃性が高いらしく、火打ち石で割と簡単に点くのがありがたい。


 ……よし、お湯ドバー。

 容器に入れておいたラメラメの葉によって、綺麗な琥珀色のお茶、ラメラメ茶が出来上がる。

 日本の緑茶や紅茶よりクセが強いから、あんまり好みじゃないけど。


「わざわざすいません。頂きます」


 ホールの奥に並ぶテーブルの一つに向かい、チョコンと座っていたリエルさんに急いで出したラメラメ茶の評価は――――


「美味しいです」


 恐縮しそうになるほど、上品な笑顔だった。


 うーん、この人、本当に品があるな。

 でもお高く止まった感じは一切なく、親しみ易さも醸し出している。

 だから騎士という身分ではあっても、そして女性が苦手な俺でも、どうにか話しかける事が出来る。


「あの、さっきは途中で話の腰が折れちゃいましたけど……」


「あ、はい。ハイドランジアの閉鎖勧告についてのお話でしたね」


 そう、それ。

 確か俺にも関係する事って言ってたけど……


「実は、閉鎖勧告をするのは時期尚早との結論に到りましたので、勧告ではなく調査でここへ参りました」


「調査……ですか。実績を見るとか、そういう事ですか?」


「はい。それで事前にルカと連絡を取ってみたら、ハイドランジアから一風変わった商品が発売されたと聞いて……」


「その売り上げ次第では……閉鎖を見送る可能性も……なきにしも……あらら」


 余りにも唐突に出現したルカに、俺は思わずペン先を突きつけていた。


「あらら、じゃねーよ! ごめん下さいくらい言えや!」


「赤子をあやすような優しさで……言ったんだけど……それよりもリエル……お久……お久……」


「お手紙でやり取りしてたから、あんまりそういう感じしないよね」


 ルカは俺を軽くいなし、リエルさんと再会の挨拶を交わしていた。

 確か、従姉妹同士だったよな。

 似てない、恐ろしく似てない親類だ。

 いやま、従姉妹が似てなくても何の不思議もないけどさ。


「暫くこの街に留まるのなら……案内しようと思って来たの……」


「あ、だったらお願いしようかな」 


「そんな訳だから……ユーリ……貴方は一人で寂しくお留守番……孤独……孤独……」


 孤独を連呼する辺り、他人に殺意を芽生えさせるプロだな、この女は。

 とはいえ、従妹の為にわざわざ案内役を買って出に来た辺り、人格破綻者とも言えないか。

 ……《絵ギルド》の印刷、ちゃんとやってるんだろな。 


「ではユーリ先生、失礼します」


 そんなルカと共に席を立ったリエルさんは、わざわざ俺の前まで来て深々と一礼し、ギルドを出て行った。

 なんというか、人間として圧倒的にちゃんとしてる。

 過去の失態とか、落ちぶれとか、そういうのとは無縁なんだろうな。


 さて、そんな彼女もいなくなり、今度こそ本当に一人。

 ジャン達が帰ってくるまで、一人寂しく絵でも描いて待つとするか――――

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