〈怪盗〉さんの帰り道
〈妖精女王の隠れ里〉にてちょうど7日の滞在を終え私はヤマトへと帰る準備をしていた。
自室にて荷物を整理し〈魔法の鞄〉を腰につける。
現実に比べて旅をしやすいのはこの鞄のおかげもあるだろう。
現実なら両手がちぎれるほどの荷物でも楽々持ち運びができてスペースを考えず適当に放り込んでも余裕がある。
これが現実にあったならどれほどの値がつくことだろうか。
立つ鳥跡を濁さずを実践し部屋を綺麗に後片付けしエントランスへと降りるとタイターニアとアシュレイがいた。
どうやら見送りをしてくれるようだ。
「それじゃ、帰るわね。
いろいろとお世話になったわ。
タイターニア、アシュレイ」
「たいしたもてなしもできずすまぬな。
これに懲りずいつでも来るといいのじゃ」
「ネコメさん。またアップルパイを一緒に食べましょうね」
「ええ、またあの美味しいアップルパイを食べれるのを楽しみにしてるわ。
またね」
「ああ、またの。
いつでも来るが良い、歓迎するぞ」
「ネコメさん、またお会いしましょうね」
手を振るアシュレイとタイターニアに背を向けて妖精の輪を潜る。
◇
〈妖精の輪〉を抜けると私は月が青白く輝く夜のヤマトの大地を踏みしめていた。西にはミナミの市街から立ち上る光がうっすらと夜を照らしていた。
あちらを真昼にでたから今の時刻は21時くらいだろうか。ミナミの〈冒険者〉が寝静まるにはやや早いがこの一晩でなるべく距離を取らなくてはならない為、夜間行動を長くとれるからちょうどいいだろう。
辺りを見回して人がいないことを確認し歩き出す。
月明かり以外の照明がない街道沿いの林を東へ向けてひたすら進んでいるとどこか寂しい気分になってくる。
行きは大して警戒されるようなことがなかった為、昼に移動していたから気づかなかったが夜のヤマトは不気味だ。
昼とは殆ど別世界の様相を呈している。
〈緑小鬼〉が火を囲んで謎の儀式をしていたり、狼系モンスターと思しき遠吠えが聞こえる。
現実でも夜の街は昼のそれとは全く別の様相をもたらし危険性も上がったがヤマトのフィールドを進むとやはり日本の治安はよかったのだなと実感させられる。
夜に戦闘力の無い大地人が一人で出歩いたりしたらあっという間に死んでしまうだろう。
そのままひたすら東へとひた走っていると脳裏に〈念話〉着信のリンガー音が鳴り響く。
発信元は今回のクエスト依頼元〈D.D.D〉の高山三佐、フレンドリストでヤマトに戻ってきたことを確認してかけてきたのだろう。
さっと索敵し周りに誰もいないことを確認し通話を受ける。
「もしもし。
夜遅くに失礼します、高山です。
ネコメさん、お帰りになったのですか?」
「はい、ネコメよ。
こんばんわ。
ええ、先ほどもどってきたわ」
「そうですか、こちらでもうまく逃げ切れたと確認はしていましたがご無事で何よりです。
今、支障がないようなら報告をお願いします」
「わかったわ。
そうね、確か最終日以外は報告はしていたわよね?
なら、最終日だけでいいかしら」
「はい、そうですね」
そういうことならわかった、と私は高山さんに報告を始める。
まず、ミナミ潜入最終日に技術研究区へと入って判明したタウンゲート再起動の噂を初めとして、ミナミの重要地区のゾーン占有率やら、技術開発の進度、今回の潜入で調査しきれなかった場所、最終日に結構派手にやりあったにもかかわらず衛兵が出現しなかったことからどうもアキバの衛兵とは違う原理で動いているらしいこと、脱出するのにさいしてどれほどの追っ手がかかったか、といった話を伝えた。
「……はい、……はい、……はい」
高山さんは一つずつ伝えているとメモし終わるたびにそれを伝えるためか相槌を打つ。
彼女の自動音声受付を思わせるていねいながらも固い相槌を聞いていると本当に保育士さんだったのだろうかという疑問がひしひしと沸いてくる。
実は保育士というのは隠れ蓑で実は自衛隊秘密部隊の隊員で日本の平和を守っていたのだといったばかげた妄想を掻き立てられる。
そんなどうでもいいことを考えながら報告をしてミナミからの脱出で助けてくれた〈冒険者〉の一団の話まで移った時のこと、それまでは私が一方的に話して彼女は相槌をただ打つだけだったのに反応が返ってきた。
「なるほど、彼らの報告通りに逃げ切れたようですね」
「彼ら?」
「ええ、その〈冒険者〉たちは〈D.D.D〉のギルドメンバーです。
サブ職業の〈吸血鬼〉を知っていますか?
その離職クエストにむかった一団をちょうどミナミからの亡命者受け入れの為に残していたのであなたの救援に向かってもらいました。
交戦になりましたが帰還呪文で無事撤退できましたので心配は無用です」
どうやらあの謎の〈冒険者〉たちは〈D.D.D〉の〈冒険者〉らしい。魔法みたいにいきなり湧いて出たから日頃からいいことをしている私に神様が遣わした天使たちなんじゃいかと心の中で時が立ち昇華されようとしていたがどうやらそうではないらしい。
手際のいいこの指揮官によって用意されたというのなら納得だ。事前に逃走先を伝えておいたのもよかったのだろう。
「そうだったの。
ありがとう、感謝していると伝えておいてもらえる?」
あれだけ助けられて言葉だけというのもどうかと思うし、アキバへと帰ったら菓子折りでももって挨拶をしに行こうか。
「はい、承りました」
「でも、亡命者受け入れはできなくなったのよね?
迷惑かけたわね」
「いえ、今のところ亡命希望者はいなかったようですし問題ありません。
お気になさらず」
「じゃあ、あなたの配慮に対して謝るのはおかしいでしょうしありがとうといっておくわ」
「ええ、どういたしまして」
私の中に残っていた疑問も解決し、すがすがしい気分で夜の林を駆ける速度もあがるというものだ。
その後、事前の打ち合わせ通り妖精女王の元へとたどり着けたことを話して報告は一段落し、帰還へ向けての話に移った。
「それで、帰ってきたということはもう帰還の為の行動へと移っているということでよろしいですか?」
「ええ、そうだけどもうアキバに戻っても大丈夫よね?
ほかに偵察すべきところはない?
〈聖宮イセ〉、〈イコマ〉あたりならちょうど帰り道に近いし楽に寄っていけそうだけれど」
イコマ、イセにはウェストランデの重鎮、斎宮家の拠点があり、ウェストランデとミナミが協調姿勢を取った以上何らかの重要な情報が隠れていないとも限らない。
というか結構な確率で大きな情報が隠れているだろう。
それに、プレイヤータウンでない為滞在する〈冒険者〉の数は少ないだろうし、ミナミに比べればその警戒網は緩いはずだから簡単に忍び込むことができそうだ。
「いいえ、プレイヤータウンでない街の偵察は現在アキバをリスポーンポイントに設定されていないあなたにお任せすることはしません。
それにイコマについての詳細情報はもう持っています。イコマは〈吸血鬼〉の離職クエストを受ける場所ですから、貴女を救出した彼らによって大方の報告は受けています。」
そういえば確かにそうだった気がする。〈吸血鬼〉の離職クエストは受けたことがないからよく知らないが。
「それに今はまだ警戒状態が厳しいようですから。
帰還行動へと完全移行してもらって構いません。
また、アキバでお会いしましょう」
「そうね。
それじゃあおやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
最後に挨拶をして通話が終了する。
「おやすみといってもまだまだ私は寝れないんだけどねっ」
パンパンと顔をはたいて気合いを入れなおす。
そのまま速度をぐっと上げて走りながら連絡をすべき相手がいることを思い出す。
仕事が終わったからにはギルドマスターに報告しなくては。
フレンドリストからウチのギルドマスター、あぽろを呼び出し、〈念話〉をかける。
まだ、起きているだろうかと少し思ったがまあ身内だ、寝ているところを起こしても罰は当たるまい。
そんな気持ちとは裏腹に数秒で〈念話〉が通話状態になる。
通話先から甘ったるくていかにも眠そうにとろとろとした声が聞こえてくる。
「あー、もしもしネコメちゃんかい?
こんな夜更けにどったの?」
「おこしちゃった?
やっと今回の依頼が終わったから連絡をね」
「ふわぁ~あ、うんまあ大丈夫だよ。
ちょっとうとうとしてただけ。
じゃあ、帰りはいつくらいになるのかな?」
「うーん、そうね。
まだ東大阪のあたりだから一週間くらいかしら」
「そんなにかかるのかい?」
「まぁ、徒歩だもの。
ハーフガイアでも260くらいはあるからねぇ」
「まぁ、気長に待ってるからゆっくり帰ってきておくれよ。
あ、そうだ!お土産は八つ橋でよろしく!」
「はぁ、そんなものあるわけないでしょ」
「いやいや、無いわけないでしょ。
こっちでも東○ばななとか〈冒険者〉たちが再現してたりするし。
もっと伝統的なお菓子である八つ橋となれば当然再現している〈冒険者〉がいるはずだよ」
「仮にあったとしても買えないわよ。
ミナミ所属の〈冒険者〉はミナミ所属の〈冒険者〉にしかものを売らないのよ」
そう言ってミナミの取引制度、というより配給制度をあぽろに伝える。
「何だそれ。配給制ってミナミは共産主義社会か何かかい?」
もしくは戦時の社会か。
まあ、どちらでもいいけど。
「ワタシにはちょっと耐えられないかな。
ん?
ああ、おやすみライブラ君」
そう言って嘆くさまを聞いているとあぽろは誰かに驚いた様子で話が途切れる。
「ん?
ライブラが近くにいるの?
男日照りだからってこんな時間に学生を寝室に連れ込むのはどうかと思うわよ?」
ライブラというのはウチのギルドメンバーで大学生の男の子だ。
大学生が男の子に入るかどうかなんてのは論が分かれるところだろうが。子持ちのおばさんからすればまぁ男の子といった感じだ。
「何を失敬な。
現実の彼ならともかく声が男のTS幼女をベッドに連れ込むような倒錯した趣味はないよ!」
とはいっても現実では男でもこの世界では声が男の容姿が幼女の変な〈召喚術士〉だから部屋に連れ込んでもなにも楽しくないが。
連れ込んでも精々プラトニックラブを楽しむくらいで性欲を発散することはできまい。
「ん?ああ、君のこと君のこと。
相手?ネコメちゃんだよ」
「どうかしたの?」
「いや、ライブラ君がさっきの大声を聞いてたみたいで、ちょっとね。
ああ、ちょっと待っててね?」
そういうとあぽろはライブラと〈念話〉を通話にしたまま話し出す。
横着者だから一旦切ってかけなおすという選択肢がないのだろう。
ずぼらな独身女感がこういう細かいところで顔を出すのだなと感心し反面教師にしようと思う。
現実に帰れたとしてもずぼらになって夫や娘に幻滅されてしまってはしようがない。
幸せな生活は細かい気配りから始まるのだ。
「うん、お仕事終わって帰ってくるみたいだよ。
今、東大阪のあたりだから多分一週間くらいだってさ。
ああ、……そうそう」
「ん?行ってくれるの?
うーん、じゃあお願いしようかな。
うん、おやすみ」
話がおわったのか、私に向かって話しかけてくる。
「お待たせ。
ライブラ君がネコメちゃんを迎えに行ってくれるってさ」
「迎えに?」
「そうそう、ネコメちゃんは歩きだから一週間もかかるわけでしょ?
だったら彼が召喚獣で飛んで迎えに行きましょうか?だってさ」
「うーん、それならありがたいけどいいの?」
確かに彼の従者には空を飛べる子もいるし迎えに来てくれればありがたいが迷惑ではないだろうか。
「いいよいいよ。どうせ彼も一日中だらだらしてるだけだし使ってくれちゃって。
本人が言い出したことだしね。」
「そう、ありがとう」
「じゃあ、私はそろそろ寝るから後は二人で打ち合わせてね。
おやすみ」
「ええ、おやすみ」
あぽろとの〈念話〉を終えるころには〈イコマ〉へと続く山の前まで来ていた。
今晩の内にどうにか〈イガの隠れ里 〉あたりまでは行きつきたいが耐隠密性が高い〈イガの隠れ里〉で野営するのはいかがなものか。
もう少し手前で野営するべきか、それとも一気にイガを超えるべきか。
そんなことを考えながらひたすら東へと走っていた。
ほうれんそうを重んじる〈冒険者〉ネコメによる丸々一話連絡回