〈怪盗〉さんリンゴを狩る
動きのない話は書きにくいのでとっととネコメさんをアキバに帰らせたい……
朝食を終えて自室へと戻った私は収穫に役立つであろう〈魔法の鞄〉の中身を整理し空きを用意して待ち合わせをしたエントランスでアシュレイを待っていた。
この宮殿ではぼーっと壁にもたれていると次々と〈妖精〉たちがかまってくれと集まってくる。
どの子も背丈が殆ど幼稚園児程度で精神年齢も精々小学生低学年程度なものだから相手をしていると幼稚園の保母さんにでもなった気分だ。
その子たちの相手をしてやってしばらくするとてとてとと小走りでアシュレイが見知らぬ男性二人を連れてやってきた。
「お待たせしましたー!
すみません、遅れちゃって」
「いえ、私も今来たところよ。
それでそちらの方たちは貴女のギルドメンバー?」
「いえ、彼らは今外に狩りにでかけてます。
肉を食べたいって言ってたので湖まで〈湖氷イノシシ〉を狩りに行くみたいです。
なのでうまくいけば今日は牡丹ステーキですね」
じゃあ、アシュレイと一緒に来た彼らはどちらさまなのだろう。
そう疑問に思った私の考えが分かったのか彼女はすぐに説明してくれる。
「こちらの方たちは食堂で調理担当の方たちです。
二人だけじゃ食堂備蓄分の果樹を持って帰るのも大変なのでついてきてもらいました!」
「そう、よろしくね。
えーと」
「こちらレイモンさん、西欧サーバー、ヴィアデフルールから移ってきた盗剣士さんです
お料理が上手でここの厨房を取り仕切るお母さんみたいなポジションです」
そう言ってアシュレイが紹介した彼は栗毛の髪に碧の目をした〈ヒューマン〉の青年だ。
一見なよっとした体格に見えるが節々はがっしりしているイケメンといった感じだ。
両手には一抱えほどもある薔薇の花束を抱えているがいったいどうしたのだろう。
「よろしく、マドモアゼル・ネコメ。
ボクはレイモンだ。
今日は君のような美しい方と出会えた素晴らしい日だ。
この出会いを記念して今日は君にこの薔薇の花束を贈るよ」
その白い歯を煌めかせながら漫画的表現なら後ろに花でも咲き誇ってそうなキザな笑顔で薔薇の花束を渡してくる。
いや、今渡されても邪魔なだけなんだけども。
「ど、どうも。
……ねえ、アシュレイちゃんこの人何?」
「あはは、何かパリ男ってロールプレイを自分に課してるらしくて異様に何か間違った感のあるキザな性格なんです。
これでもいい人なので程々に流して付き合ってあげてください」
「ああ……、そう……。
じゃあ、こちらからもよろしくね。
今日の朝食、美味しかったわ。
あと、私はマドモアゼルじゃなくてマダムよ、色男さん」
「なんと、そうでしたか。
では改めてマダム・ネコメ、よろしく」
「へぇ、ネコメさんって結婚してたんですね。
それでこちらがジョエルくん」
次にアシュレイが紹介してくれたのは灰色の髪をした中背の〈狼牙族〉の少年だ。
どことなくあどけない様子が残っていて多分中身は中学生くらいだろうか。
「ジョエルだ。
……よろしく」
ぶっきらぼうに言う彼はどうやら見知らぬ女性に接するのに慣れていないらしく無愛想だ。
まるっきり中学生男子の具現みたいな少年のようだ。
「そう、よろしく。
私はネコメ、好きに呼んでね」
「じゃあ、行きましょうか!」
そう言うアシュレイに続いて私たちが玄関を出て歩き出すと後ろからドタドタと騒がし気な足音が聞こえた。
振り返ると動きやすそうなワンピースへと着替えたタイターニアが走ってくるのが見える。
「妾も行くのじゃ。
べ、別にお主らのリンゴ狩りが楽しそうだったからとかではないぞ?
久しぶりにあそこを視察するのも女王の役目じゃからの」
謎のツンデレっぽい言動を挟んでタイターニアは「同行したいと申し出る。
ウキウキとした顔で寄ってくる彼女はどうみても義務感から来るようには見えない。
多分、楽しそうな話を聞くと参加せずにはいられない妖精特有の享楽的な気質の表れだろう。
でもまあ別段拒む理由もないか。
アシュレイもそう考えたようで同意を示す。
「はい、わかってますよ。
みんなで行った方が楽しいですしね。
タイターニア様も一緒に行きましょうか」
そう会話する二人は妹とその面倒を見る姉のようで微笑ましい。
「おお、タイターニア様。
ご機嫌麗しゅう、今日もお美しい。
貴女の笑顔は地上を照らしだす夏の太陽のようだ。
私が今日はお供いたしましょう」
「なんじゃレイモン、今日もお主は気持ち悪さが絶好調じゃの。
そんな風に口説いても妾にはオーベロンという夫が居るから靡くことはないぞ」
「ええ、存じていますとも。
既婚者であっても女性と見たら分け隔てなく口説く、それがパリ男というものですから」
いや、それは絶対に違うでしょ。
本物のパリ男に謝れと言いたい。
「では改めて行きましょうか」
そう言ってアシュレイがタイターニアの手を取って歩き出した。
◇
「へぇ、こんなに立派な果樹園があったのね。
いや、果樹園というよりはただの果樹がいっぱいある森だけれど」
果樹園は大樹の宮殿から出て大樹の影にある〈妖精の輪〉付近に咲き誇る蒼銀色の花園を抜けてしばらく歩いた場所に存在した。
鬱蒼とした雑然とした印象を受ける森の木々に林檎やら梨やらが節操なしに実っている。
現実の果樹園は割と整備されていて樹木ごとに固められていたり列が作られているものだけどここは本当に鬱蒼とした森の木に果樹がなっているといった感じだ。
日照とか良くなさそうだけれどその辺はどうなっているんだろうか。
「すごいですよね。
現実感がなくておとぎ話にでてきそうな森でそれでもフルーツの味は一級ですしやっぱり異世界なんだなって感じですよね」
「そうじゃろそうじゃろ。
ここは妾自慢の果樹園じゃからの。
オーベロンにいつでも好きなだけ食べられる果樹園を作ってくれたら一度逢引きしてやると言ったら張り切って作りおっての。
お蔭でいつでもフルーツを食べ放題じゃ。
妾が頼めばあやつはなんでもしてくれるぞ」
「素敵な旦那さんですねえ」
素敵な旦那というか便利な旦那というか。
タイターニアはこんな可愛い顔してどうやら男に貢がせまくる結構な悪女らしい。
「女怖い……」
ジョエルが遠くでぼそっと呟いたのを聞かなかったことにしてリンゴを狩る。
「しかし、いろいろ成ってるのね。
バナナって絶対こんなところになる果物じゃないでしょ」
まあ、少なくとも北欧サーバーで採れるようなフルーツではないだろう。
「そんなの序の口ですよ!
ほら、見てください。
サポジラですよ!」
「サポジラって何よ?」
「樹皮がチューイングガムの材料になる木らしいんですけど実がとっても甘いんですよ。
こういう珍しい果物は現実ではそうそう食べることってないですけどここでは色々揃ってて楽しいですよ」
「へぇ、知らなかったわ」
「多分、〈エルダー・テイル〉で存在した果実の中でレイド報酬やダンジョン報酬みたいな特別な入手法が設定されてるもの以外は殆どそろってるんじゃないかな。
ホント、料理人としての腕の見せ所が多くていい場所だよ」
レイモンがそう考察するが、確かにそうであってもおかしくないと思える量と種類だ。
大きいデパートの青果店よりもよほど多様なものが存在するようだ。
アシュレイに勧められたサポジラを一つもいでかじってみると黒糖みたいな甘味に梨のような食感で非常においしい。
「おいしいね、これ」
「そうですよね。
こっちに来てからフルーツに関しては結構舌が肥えちゃいました」
「スーパーで品定めする主婦時代の気分で来たんだけど全部いい感じだから気合い入れて選ぶ必要あんまりないわね。
ちょっと肩透かしだわ」
「でもほら!
ネコメさんの獲った分は色艶とかすごいですよ!
やっぱり主婦力ですね」
「いや、これは〈怪盗〉のスキルの効果よ。
あ、クリティカルしたわ」
獲ったリンゴがいきなり変色し金色に輝く。
「なんですか、その怪現象!
怖っ!」
「〈怪盗〉はね他人の所有アイテムを取得した時、確率でその品質を上げるパッシブがあるのよ。
スティール成功でアイテムの質が良くなる怪盗らしいスキルよね。
この果樹園はタイターニアの所有物だからそこから獲ったものにも有効ってわけ」
「へぇ、便利ですねぇ」
「だから、これも〈妖精のリンゴ〉からこれにランクアップしたってわけ
って、何よこれ」
光が収まった手元を見るとリンゴが光を弾いて殆ど金色と言っていいほど輝いている、アイテム名は〈智慧の実〉?
智慧の実というと某宗教の教典ぐらいしか思い当たるものがない、だとしたらこれは殆どリンゴの最上級品だ。
いくらランクアップするといっても限度がある。
元のアイテムランクどれだけ高いのよという話だ。
「おお、なんじゃそのリンゴは今まで見た中で一番うまそうじゃの」
「じゃあ、食べてみる?」
「良いのか?では遠慮なく」
そういって私が手渡したリンゴにかぶりつくタイターニア。
「うまい、ほっぺたが落ちそうなくらいうまいんじゃが。
何か……そう、罪の味がするのう。
こう、禁断というか」
「そう、やっぱりアレなのね」
「アレってなんじゃ!
妾に何を食べさせたのじゃ」
私が言葉を濁したからかぷりぷりと怒り出すタイターニア。
確かにアレなんて濁されては自分が何を食べたのか心配にもなるだろう。
「気にしないで、ちょっと品質が高すぎるだけでただのリンゴのはずよ。
このスキルはアイテム種別はそのままでちょっと品質を上に変えるだけだし、元の素材が良すぎただけよ」
「そうなんですか。
やっぱり、この果樹園はすごかったんですねえ
さすがタイターニア様の果樹園です」
「なんじゃ、褒められておるのか?
なら良いか」
けろっと機嫌を取り直してリンゴを頬張るタイターニア、なんだかまるきり子供を見てる気分にさせられる。
「うん、これもうまい。
さすがは我が果樹園、物が違うな
おお、アシュレイよ、それも妾に献上するのだな。
よいよい、大儀である」
パクパクと与えれば与えるだけ食べるタイターニアにひたすら餌付けしていると先ほどから違う場所で収穫に励んでいた男二人が戻ってきた。
どうやら彼らが持ち運べる分の収穫は終えたらしい。
「マドモアゼル・アシュレイ。
こちらはとりあえず取り終えたよ」
そういって先ほどまで黙々と収穫をして戻ってきたレイモンとジョエルはそれぞれ大きなかごを2つ抱え背中の背嚢にも山盛りにしている。
〈魔法の鞄〉にさえ入りきらないような量を収穫してきたらしい。
「お疲れ様です。
レイモンさん、ジョエルくん。
こちらも後少しでいっぱいですからちょっと待っていてくださいね」
「いやいや、お嬢さん方に働かせて男手が休むなんてとんでもない。
ボクも手伝うよ」
そうしてレイモンが作業を手伝い始めると、もう仕事を終えた気分だったのか座り込んで伸びをしていたジョエルが自分だけ休んでいることに気まずさを覚えたのか少し嫌な顔をしつつも渋々立ち上がる。
私たちが戯れて食べ比べをして作業が遅れたのだから少し申し訳ない。
5人で暫し黙々と作業に取り組みリンゴを収穫していると終わるころには太陽が直上にまで昇っていた。。
◇
「ふぅ、終わった終わった」
「お疲れ様ですー
じゃあ、早速戻って作業に入りましょうか!」
「そうだね、早く帰ってマダム・ネコメとタイターニア様の為にこの腕を振るうとしようか」
「じゃあ、帰りますか」
「早く帰ってお主らのパイが食べたいのじゃ」
タイターニアが鼻歌を唄いながら先頭を切って歩き出す。
「あー、長い時間上を向いて中腰気味だったし腰が痛い気がするわ。
腰痛のバステついてない?」
「んー、……ついてませんね。
〈冒険者〉の身体がそんなに軟な訳ないですし気のせいですよ」
「そうね。
心がおばさんだからそんな気がしたのかもしれないわ」
「いえ、ネコメさんはおばさんなんかじゃないですよ!
お若いじゃないですか!」
腰痛というのは家事とは切っても切れないものだったから主婦業に専念していた私にはそういう先入観がついているのかもしれない。
久方ぶりに長時間中腰で作業下から幻痛となって表れたのだろう。
「そう?ありがと。
言われてみれば全然痛くない気がしてきたわ
私は若い、私は若い、私は若い」
三度念じて腰をぐりぐりとひねって見せる。
「よし!大丈夫!」
私は腰に何の違和感も感じないことに若くなったような気分になって走り出した。
次回、話が飛んでるかもしれないけどいいよね……