7 世界をもっと、楽しくしなきゃいけないと思うんだ
エルミナ、アスレイ間は広大な砂漠によって本来は遮られていたが、ここ数年の開発により砂漠地帯は狭められ、現在は人が歩いての国境横断も可能となっている。
北に目を向けると、灰色の風景が見える。工業施設帯だ。今抜けてきた市街地同様に、砂漠を埋め立てて作られたもの。
「ワーパ列島の信仰では禁忌にあたるはずです。自然のものを捻じ曲げるというのは」
「地球の裏のことなど知ったことじゃないだろうけどな」
軽く警戒をしながら、急ぎ気味に砂漠を歩いていく。何も遮蔽物がないというのは危険だった。
「砂が口に入るんだけど!」
喚きながら進む香の後ろを、姫はついていく。進路をとる他二人は、更に先を行っている。ともすれば視界が砂に埋まって見失いそうだ。
「国境警備隊は」前に追いついて姫は言った。「何度か見たけれど、相手にならないと思う。筒の武器は用意されてるかもしれないけど」
「元より眼中にない」
「……でしょうね」
周囲を見渡す。国境付近となると嫌でも想起してしまう。
「鉄車両……」
「恐らく来ますね」
予測を働かせることはできるだろうか。車両に乗ったこともあり、エルミナ軍と直に接した自分なら。書物で齧っただけの戦術知識だが。姫は思考する。
「……敵はわたしたちを確実に倒したいはず。これだけ好き勝手に蹂躙してきたから」
「心理考察から入るのはいいですね」
姫は頷いて続ける。
「確実に倒すには、戦力差は当然……。あとは退路を断つこと。セオリーに則れば砂漠中腹が狙い目になる。動きがもし感知されているなら、立ち止まればその瞬間に攻撃が始まる可能性も高い」
「二手に分かれよう」
香が突然言った。
「敵の虚を突くにはこれしかないよ。さぁ早く」
「な、なんでわたしの手を既に掴んでるの?」
「二人きりになりたいだけだろ、お前」
「ち、ちがうって。なんとなく姫と話したいだけだって」
「誤魔化してるのに殆ど内容変わってないぞ……」
「狙われてる状況で話したいとか無茶ですしね……」
香はぐっと姫を引っ張った。
「とにかく、姫はあたしのものなんだ! 忍にけがされた体を綺麗にしてあげるんだ!」涙目。「気づいたんだ、自分の気持ちに。姫、あたし、もう間違えないから……」
「今間違えてるよお前は!」
空いていた片手を忍が取った。二人に引っ張られる形となり、姫は悲鳴を上げる。
「ああっ、腋がガラ空きです!」
正面にやってきた沙智が、くすぐり攻撃を仕掛けてきた。姫は王女にあるまじき声を上げて、足をじたばたさせた。
あり得ない。今にも攻撃されるかという状況で。しかもわたし、下着穿いてないし。暴れるたびに丸見えになってるし。それに……、と……、
止まってるし……。
発砲音が鼓膜をつんざいた。
砂地に伏せた香が刀を抜く。「ちょっと様子見に」
「様子見がてら全滅させてこい」
「がってん」
うつ伏せの姫たちを置いて、香は飛び出す。途端、発砲音が乱れ飛んだ。音から判断するに軽く五十はいる。無茶だ。
「くそ、速い」
「何者なんだ」
エルミナ兵の声が聞こえた。
「帝国軍特務隊、桃山香少尉だ! ちゅっ」
「あいつ、名乗り上げてる」
「投げキッスもしてますね」
「……」
「性に興味深々の十五歳乙女だ! 誰かあたしにいけないことを教えてください!」
直後、男の断末魔が連続した。
「そうして大人の女になって、本気で愛したい子がいるんです! リサ・サリア・アスレイという子です!」
「秘匿は!?」
思わず叫んでしまった姫は、忍によって再度伏せさせられる。弾が頭上を通過した。
(なんなの……)
西大陸語で少女の卑猥な単語が連発される中、兵士達の死も耳に届いた。発砲の音は途切れ、悲鳴は遠く、大勢あった敵の気配は、全てが砂混じりの風に消えた。
「はあっ、はあっ……」
香は息を切らしていた。白軍服の屍が、遥か先にまで見えた。
「危なかった……。低俗な事を言って敵の注意を逸らすという影下家伝統の技をあたしが知っていなければ……」
「もう細かいことまで突っ込まないが、息切れは喋りながら戦ったせいだと思うぞ」
忍は呆れ声を出したが、そんなふざけたやりとりで誤魔化せる規模じゃない。この砂風の中で、弓矢ならわかるが、恐らく筒は気候の影響を受けない。四方から狙われて生きていられるわけがない。
「どうやったの、香……」
「ん」
姫は起き上がって訊いた。
「人間技じゃないわ。何、今の」
「ひ、姫……。あたしが今ので死んじゃえばよかったって思ってるんだ……」
「違う」
姫が口を開き、言葉を紡ぐ。
「何者なの、あなたは」
同時、香の表情のなかに、
得体の知れないものを見る。
衝撃と粉塵で全ては遮られる。十メートル先であったが、砂の山が丸ごと消え、大穴が出現した。
「投石の類か」忍が言う。
想定はしていた。動く要塞とも言える鉄車両だ。武装があるとすれば投石一択。しかし……、
「速いですね」
「筒の技術かもな。威力もただの投石の比じゃない」
次は逆側、間近に着弾があった。姫は口やら目やらどこそこに砂を食らった。
「く……」
薄目を開けたとき、偶然に見えた。工業地帯方面、曇った空の下、砂山の一つの発光を。
着弾、すぐ背後で衝撃が沸き起こった。
「逃げないと!」
見れば香たちも、発光地点を捉えている。
「行くしかないか」
「あたしが先頭ね」
「私は後ろでいいです」
ざっ。三人、砂を駆け出す。工業地帯方面へ向かって。
「ちょ、ちょっと! 突っ込んでどうするの! あっ——」
姫も香に引っ張られて、突入の流れに混じった。砂山が発光する。もう何度目かわからない衝撃と砂の雨に、姫は泣き叫んだ。
「死んじゃうわよ!」
「大丈夫、見えてるから」
次、右にかなり逸れる、と香は呟いた。右手百メートル先で砂が舞った。発光を繰り返していた砂山は、徐々にその色を落とし始めていた。
「近づかれるのは嫌みたい」
鉄色を露わにした巨山が、砂漠を振動させ後退を始めた。次、思いっきり逸れる。国境付近。香が言うと、遥か遠くで着弾音がした。
「……!」
ふと彼女の顔を見て、姫は驚愕した。砂嵐とも呼べるこの状況で、両眼を見開いている。眼球には砂が固まって付着している。
「次、奇跡的に近い」
正面で爆風が起きた。それでも香は目を閉じない。
鉄車両に変化が起きた。大きく動き出したのだ。国境方面へと、弧を描くような軌道。姫は気に留める余裕もなかったが、砂煙が引いたとき、意味を知った。
新たな歩兵部隊が出現していた。
鉄車両は国境付近で動きを止めた。そして発光。爆風の中、筒の発砲音が乱れ飛ぶ。
二方向からの攻撃だ。伏せて動きを止めれば爆風が、動けば筒が狙う。砂に這いつくばって、祈るしかできなかった。姫は戦場に出たことを心から悔いた。
「行こう」
繋いだ手を引かれた。弾が飛び交う中を立ち上がらされた。
「あたしのやり方、近くで見たらいいよ」
「えっ、や……」
眼前をビュンと何かが掠めた。
「やだっ! やめて、離して!」
数メートル先の砂山が吹き飛んだ。
「いやああぁああぁ!」
「当てる奴、外す奴は顔でわかる」香は前を見据えている。「当てる奴のは避けて、外す奴のは避けなければいい」
半歩横に動く。二人の間を音が通過した。
香は駆け出す。濡れた足でついていくだけの姫。虚ろな視界の中に血飛沫が飛ぶ。
「落ち着いて、一人一人倒す」
三人目が既に倒れている。
「大局的な視点も忘れずに」
国境付近に目をやる。と、鉄車両が再度動き出した。
「あたしたちが歩兵を、忍たちが鉄車両を追った」言った通りの光景があった。国境方面に走る二人の影。そして、車両から出撃したらしい歩兵部隊。「次、どうなるかは大体わかる」
またも弧を描く動きで、鉄車両は市街地方面へと走る。
十人目の喉を突いて、香は言う。
「戦略っていうのは見えない部分を補う為のもので……何もかも見えてるならそんなの必要ない……っていうのがあたしの持論で」
刀を離し、右手を広げた。
「……ま、面倒くさいだけなんだけど」
轟音と砂煙が鉄車両を包んだ。
巨大なそのシルエットが、一瞬斜めに傾いた。ずどんと四股を踏んだ際、砂煙の中から歪んだ車輪がいくつも放り出された。
「爆薬……」
「走行機構は脆いと思って、砂に埋めときましたぁ」
香はピースをした。
「ぐるぐる回って歩兵で囲む戦法。慎重策はわかるけど、だからって油断してちゃ世話ないよね。……さて」
跪いた歩兵の喉から小太刀を抜き取る。「まずはこいつらを片付けよっか」
香はゆっくりと歩き出す。思い出したかのように、囲んでいた歩兵は筒を構えた。発砲。当たらない。香は避けてはいない。発砲。当たらない。軽く身を傾けて、直後の発砲は二人の耳の横を通り抜けた。
姫はもう恐怖は湧かなかった。戦場を掌握する感覚がすぐそばにある。わたしの手を引いている。行く先には勝利しかない。
「撃ち方やめ!」
白軍服の一人が声を上げた。
「ルルバーン将軍からの直令である、第七火銃隊、撤退せよ」
一瞬のざわつき。
「撤退!」
再度の掛け声で、残り四十程の歩兵隊は後退を始めた。
「何……」
見れば忍たち側の歩兵隊にも同じことが起きていた。未だ砂煙に包まれた鉄車両からも、歩兵が列となって出てきている。
拡声された声が発された。
『アズマの精鋭よ、見事であった。我が名はルルバーン』
雄々しい老兵を思わせる声だ。「ルルバーン……? なんだっけ」と香。
姫が硬直した。
「ルルバーン・バリスター……西大陸戦争の英雄……」
国家密集地帯であった西大陸東岸で三十年続いた争い。収めたのは名もなき傭兵部隊と資産家達だった。今のエルミナの母体となったその集団の、前線で不敗を誇っていた傭兵がルルバーンである。
「今は公に名前は聞かなくなった。……でもエルミナの外交が侵略であったのなら、彼が未だ軍属であるのも頷ける」
驚くべきはその適応だった。ルルバーンが活躍した時代と今では戦術も技術も違う。彼は歩兵部隊と鉄車両の連携を完璧に制御していた。紛れもない、戦の才。
……だが、それに勝ったのだ。香は、特務は。
『まったくアズマは卑怯なだけの国かと思えば、まっとうに強い奴もいたもんよ。侮っていた。負けを認めよう』
鉄車両が音を立てて揺れた。
『次は勝ちにいかせてもらう』
白い蒸気が噴き出した。車両背面が割れ、展開する。
外れた鉄柱、鉄板が勢いよく飛び、砂上に突き刺さる。
それは、立ち上がった。
全長十五メートル、鉄の巨人。
『陸戦兵器ウォリアスだ。東の格闘戦術と西の科学技術、最先端の勝負といこうじゃないか!』
地鳴りが起きた。身をすくめてしまった姫は、目を戻した先に何もいないことに気づく。
「え?」
「上。そのまま動かないで」
上空から、巨大な脚が降ってきた。
爆風が起きた。姫は吹き飛び、砂上を転がった。
『赤髪の女、見ていたぞ。目視で弾を避けていたな』
砂を吐き、姫は顔を上げる。香は距離をとって巨人の前にいた。小太刀が抜かれる。
『手加減はせんぞ。貴様の魂に、少女ならざるものを見た。いざ——』
鉄の腕が降り上がり、降下した。砂が一帯を覆った。突風に、またも姫は吹き飛ばされた。
「かお、るっ、……香ーー!」
更に一撃。蹴りが放たれる。砂漠が削れ、遥か先の空を黄に染めた。
「姫さん」
背後から沙智の声がかかった。
「離れましょう。巻き添えになります」
走って迎えに来たらしい。忍が姫の手を取った。
「あり得ない。あんなのおかしい……」
ふらふらと砂を走る。狂ったような姫の呟き。
「人型の、巨人。創作の中でしかあり得ないものよ。あんな細い脚で、自重を支えられるわけ……」
「硬くて軽い金属を連中は作ったんだろ。現実はそう言ってる」
忍は嘲るように言った。
巨人の攻撃は続いている。振り返らずとも地鳴りの度にわかった。
「桃山さんを信じるしかないですね」沙智が立ち止まる。「あの人が無理なら正直私たちも自信ないんで」
ガギン。鉄を叩く鋭い音が響いた。三人が振り返ると、巨人は動きを止めていた。
巨大な首だけが徐々に動く。こちらに向けて。
「無理ーーーー!」
砂煙の中から香が飛び出して来た。
「刀効かないし、勝てるわけない! 折れたし!」
半分になった小太刀を放った。
「おい、こっち来るな」
「狙いは桃山さんなんですから」
「だって無理だもん!」
姫は「香死んで! 死んできて!」と繰り返していた。香が生きていたことにまず驚き、さらに敵を引き付けたまま合流してきたことに錯乱した為である。
巨人は跳んだ。姫の絶叫は、圧倒的質量の降下音と落下衝撃にかき消された。咄嗟に手を掴まれ、姫は吹き飛びながらも姿勢を保った。着地と同時に走り出せた。転んでいればどうなっていたかわからない。手の先の赤髪の少女に感謝した。
「ありが——」
「姫……死ぬときはいっしょだよね……」
「いっ、いやああああああああ!」
忍と沙智はまるで他人のように離れていく。「待って、待って!」手はがっしりと掴まれている。「離してぇ!」ウォリアス、再度の跳躍。「ひあああぁああぁーーー!!」
瞬間、頭が押さえられる。砂に顔を埋め、姫は転倒した。風をごうと切り眼前に降りた巨人を、
どん! 砂の爆発が包んだ。
目一杯の砂煙を浴びて、埋まりかけの姫が顔を上げた。
「さっき予備で仕掛けておいたぶん」香は楽しそうに言った。
「は、離れて。苦しい」
覆いかぶさる香の下でじたばたとした。
「ここに隠れてた方がいいよ」
「……え」
「倒せてないし」
二人を覆っていた影が動いた。着地の姿勢から、巨人は立ち上がった。
「爆風に当てればどこか脆い部分わかるかもって思ったけど、何ともないっぽいね。……まぁ頑張ってみるから、タイミングよく逃げてよ」
腰から鞘が落ちる。残り一本の小太刀を構えていた。
巨人が振り向く。少女は駆け出す。
振られた腕を掻い潜り、一瞬で背後へ。そこに、人では不可能なもう片腕の軌道が襲いかかる。
猛烈な砂塵が止んだ後に、香の姿はない。
——巨人の、振り上げた腕の上である。
『ぬ?』
香は吹き飛ぶ。制御するルルバーンが慌てて振り払ったように見えた。続け様、もう片腕の突きが空中の香を捉える。しかしまたも香は腕に飛びついた。
『このっ』
鉄の両腕の衝突を、寸でで香は躱した。ウォリアスの背を伝って砂上に着地。踵での攻撃を屈んで躱す。
「当たんないよ!」
腕が巻き起こす剛風を乗りこなし、
「あと二十時間はやれるね!」
砂塵を突っ切って、
「その間にあんた眠くなっちゃうんじゃないの!」
鉄を、刹那で避ける。
「ああっと、その前に……」
次の一撃は、香の位置を大きく外れた。
見当違いの砂煙が舞う。
「西の最先端がもうポンコツのようだ」
歪に噛み合う鉄の音。擦れる音。巨人の肘からである。
「あ」姫は気づいた。両肘の軟質素材が破れている。中身は複雑な関節機構だ。砂が入れば……。
「もう左手で右後ろ狙ったりとかできないね。幾らで造ったか知らんけどご愁傷様〜。ところで、バババーン将軍いまどこ? 胸のあたり? 刀差し込んだら開くかな?」
姫の後ろから沙智と忍がやってきた。
「あら」
「終わったか」
姫は感涙の顔で振り向いた。「凄い! 凄いわ彼女!」
香は不満げに頬を膨らませた。
「応答、なし。……ま、いっか。足とかも壊してやれば、いずれ出てくるだろうし」
刀を振る。
後ろの姫たちを見て、
「どーでもいいけど、ずっと上みすぎで首痛い!」
笑ったそのとき、応答がなされる。
一本の鉄塊と化した巨人の右腕が、緩やかに上げられる。
掲げると呼ぶには低すぎる。その腕は、香に向けて伸ばされていた。
手首が外れ落ちた。一門の発射口が覗いた。
砂地は焼け飛んだ。
高熱が姫の周囲を襲った。息を吸えなくなった。忍に引かれ、咽びながら走った。
香は砂を転げていた。砲門が頭上から狙っていた。赤の爆風の中、巨人の足元を駆けた。
『大砲がないと思ったか』
跳躍、ウォリアスは距離をとる。
『砲兵は外したが、私は当てるぞ』
発射、香の走る眼前を捉える。しかし直前に反転していた香は大きく吹き飛ぶのみ。着地と同時に三連射。これはどれも大きく外れる。香の周囲三方向を焼いた。
「——!」
『逃げられまい』
放たれた高熱の弾は、立ち止まった足元を直撃する。
少女は爆炎に飲まれた。
「いや……」
姫は見ている。忍に身体を引かれて、泣き叫びながら。
「いやあぁ!」
香の姿が脳裏をめぐった。無邪気な笑い顔。勝手気ままに向けられた好意。突き刺すような冷たさ。
抱きしめてくれた温もり。
永遠に終わる瞬間を、想像できなかった。それは常に側にあったのに。
何故だかわからない。他の誰の死よりも、絶望が襲った。
「と、もだち」
答えは口にしていた。
「わたしの、初めての、ともだち」
膝から崩れ落ち、香が消えた景色を見つめた。
巨人は砲門を上昇させていた。離れた姫たちを照準した。
黒の炎が揺れた。
「全知全能の神の子」
呟いた忍の目の先に、風が起きる。
「容姿端麗、銀の髪」
黒煙は断ち割れ、
「人の上に、作られし人」
消えゆく砂塵に影が浮く。
「帝——」
銀髪の少女が立つ。
姫は驚きより、見惚れるのが先立った。軍服のあちこちが焼け焦げ、肌色が覗く。視線は静かに敵を見据える。掲げた小太刀。全てを銀色が彩る。
『無傷だと』
声と同時に発射された砲弾が、縦に割れる。
さらに横一閃、立ったままの香の四方に爆炎が散った。
次の発射の間に、そこには誰もいない。香は地上八メートル、巨人の腹部に取り付いている。狙いを定め、刀を突き刺す。
「外れ」
隙間から引き抜いた刀身は折れ曲がっていた。壁面を蹴り、胸部の装甲に手をかける。刀を突き刺す。外れ。ボロボロの刃が戻ってきた。
曲がらない巨人の腕が、大振りの勢いで自らの胸部を捉えた。しかし香はさらに上にいる。巨人の頭部に——、
刀が差し込まれた。
引き抜いた瞬間、砂漠の空に血の雫が舞った。
「熱ーー! 超熱かったし!」
焦げ跡から覗く二の腕を摩って、銀髪の少女は嘆きを上げた。服は他にも穴だらけで、局部こそ見えないもの悲惨なことになっていた。
「破っていいか」忍が手をかける。
「やめっ、やめて! 脱がされるのは」
「苦手らしいな」意地悪く笑う。「でも丁度いいだろ。全裸でのエルミナ潜入……」
「それお前の罰ゲームだし!」
取っ組み合いになる二人。そのうち本当に香の服が破けてくる。悲鳴を上げて香は距離をとった。
「あのー……」
沙智が手を上げた。
「その髪、なんなんですか」
「はえ? 髪?」
気づいていないらしい。姫が一番長い横髪を取って、顔前に上げてみせた。うそっ! と声が上がった。
「がっつり染めたのに何故に!?」
「熱にやられたんだろ」
「どーすんの、アズマに戻れないじゃん。ていうか本軍にも合流できない……」
香は涙目になった。「全裸が全てを誤魔化せるんじゃないか」と忍が言って、また取っ組み合いになった。
「帝、だったのね」
半裸寸前の香が振り返る。
「正確には帝一族だけど、他はみんな死んだから、繰り上がってあたしが帝かな。だから配下である影下家の娘は足を舐めたらいいよ。蒸れまくってぐちょぐちょだけど、美少女で帝だから汚くない」
「二文字で済まそう。死ね」
またも険悪になる二人を、沙智が引き離した。
「何故、こんなことをしているんです……。何故国民から隠れて」
「……めんどいから」
そういうの、どうでもいいし。左手の傷を摩りながら。
「神の加護が本当にあったかは知らないが、一族が滅び、国は厄災に見舞われた」忍が言った。「当時幼かった帝の子が今更生きていたと言ったところで、変わるものは僅かだ」
「帝の、子……」
姫と呼ばれる身分だ。
「戦争をしなければ国が滅びるのは変わらないし、色々が血で汚れたのも変わらない。出ていけば、現状を責められるかもしれない。……それでも、私は沙智と同じように思う」苦々しい表情になった。「こいつは……この方は、民の前に立つべきだ。戦争となった今だからこそ、一つの国を——」
「加護なんてなかったよ」
銀髪を俯かせて、香は左手を強く握る。
「飽和が滅ばせたんだ。国も、一族も。……時間が、ゆっくり進みすぎたんだ。その中で憎しみは育っていった。」
おもむろに欠けた小太刀を取り、腕に近づけた。
「戦いの中であたしは、強い」
刃面を腕で擦った。ぼろりと小太刀は崩れ、あとには無傷の腕があった。
「穏やかな傷だけ残る」
首筋には、姫が引っ掻いた痕があった。
「帝の全知全能なんてこんなもんだよ。あとはちょっと覚えがよかったり、速く走れたりとかさ。奇跡みたいな力はあり得ない。……だいたい親戚同士で醜く争って死んだんだよ。子供の前で言い合って、物投げ合って。そんな馬鹿な連中に加護なんて、あるわけない……。うっ、うぅ……」
「桃山、嘘泣きはやめろ」
香はぎくっと肩を上げた。悪戯っぽい顔を見せて、逃げるように砂漠を駆け出す。「まぁ、だからね」
「世界をもっと、楽しくしなきゃいけないと思うんだ」
砂に埋れたウォリアスの頭が蹴られた。
「生きるか死ぬかの駆け引き、男女の性みたいなことでもいい。世界に鮮明な色がないと、敵も味方もわからなくなっちゃうから」
流れ出す老兵の血が、靴を浸していた。
「こういうの、もっとやろうよ」
「……」
神は其の子に何を与えたか。人に見えぬものを見ることか。
殺戮の道を行く彼女は正常だった。いくつもの屍と血の海に、光る希望を見据えていた。
夢を追う少女そのものだった。




