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4 私たちは小さいんです

「本隊のアスレイ制圧と同時、我々は沿岸よりエルミナに潜入する」

 日程計画を貼り出し、室前に出た忍が説明を始めた。

「本隊の動きと連動する為、作戦の開始日時は未定。よって日付ではなく、一日目、二日目というように経過日数での呼称となる。いいな」

「はーい……」と、包帯の足をさすりながら香。

「まず本隊のアスレイ城外包囲。ここで特務は行動開始する。船でエルミナへ。移動の三日内で制圧は完了するという計算だ」

 三日。椅子に座る姫は違和感を覚えた。母国の包囲、制圧という単語を聞くのは精神的に応えたが、その中でも忍が口にした事実は、充分に耳を疑うものだった。

 いくら近いとは言え、アズマから西大陸はそんな短期間で着く距離ではない。まさか、自分が運ばれてきたときも三日だったとは言わないだろう。暗闇でわからなかったが、一週間はかかっているはずだ。……にしては空腹や排便のペースがおかしいが、あの極限状態では生理機能も狂うんじゃないか。

 昨日のアスレイの使いだって、既に外交目的で出ていた船がわたしの奪還を命じられたのだ。三日は、技術的に無理。アズマは石炭燃料など予想以上に発展していたが、だとしてもこの壁は超えられない。それこそ、沙智があの時言っていたように、最先進国のエルミナでもない限り……。

「……」

 ――エルミナの外交官が帰らないようです。返答もないとのこと。

 そうか。エルミナの船。信じられないが、あの国は海を高速で渡る技術を開発していて、特務はそれを奪取した。三日というのが真実なら、それしか考えられない。

「あ、姫は知らないよね」香が言った。

 それに反応して、忍が、

「エルミナの船が一隻あるんだ。従来の二倍の航行速度が出る」

 やっぱり……。

「船員もついてくる。彼らの協力で潜入が楽になる運びだ」

「外交官……」

「知っていたのか。つまりそういうことだ。使い途のある捕虜は生かす」

 忍は更に日程の次の項を指す。

「桃山じゃないが、潜入さえしてしまえば後はどうとでもなる。港には軍基地があるらしいので、そこの調査。状況が許せば荒らす」

 この忍も、どれだけ自信があるんだ。大国の軍施設を、たったこれだけの人数でやれるというのか。

 いや、昨日の戦いぶりを見れば、あるいはとも思ってしまうが。

『一日目~三日目、調査(基地破壊)』と日程に書かれた。大雑把過ぎる。

「要はほとんどアドリブ重視ですな、今回も」

「本隊の状況や船との兼ね合いもある。連絡……は、通信は難しいだろうが、都度計画は立て直す。ただ今までと変わってくるのは――」

 視線が姫に向いた。

「……本当に彼女も連れていくのか」

「当然」と胸を張る香。

「言ったら悪いですが、重荷になりますよ」と沙智。

 事実だ。沙智は未知数だが、他二人の邪魔には必ずなる。元々は兵士でもない、ただいればいいだけの王女だったのだ。それが諜報活動など。

「訓練を施す。ある程度はマシになるはず。それに、価値もある。同盟国の王女に、敵はおいそれと手出しできない」

「……」

 いざとなれば正体を明かし、盾にすることを意味している。

「最低限走れるようにすれば、充分戦力として機能するよ。どうですか隊長殿」

「どうですかと言われてもな。出立時点での結果を見ないことには」

「必死でしごきますから! 姫と一緒にどうしても行きたいんです!」

「……まぁ、やってみれば」

 忍は溜息をついて、再び日程に向き直る。

 香は隣の姫を、爛々と輝く瞳で見つめた。

「がんばろーね!」

 だんだん、彼女が苦手になってきた。


「はあっ、……はあっ」

 トラックをあと二周、規定タイムを切らなければ、着衣を一枚脱ぐ。

「あと五秒!」

 ゴールラインで香が叫ぶ。無理だ。一〇〇メートル以上ある。

 カウント超過十秒で、姫はゴール通過。泣きそうになりながら軍服のシャツを脱いだ。

「おおっ」

 中から出てきたのは冬用の肌着である。作戦室に散らかっていたのを直感で着てきて正解だった。

「次の二周を三分です、姫さん」

 沙智が超過タイムを引いて次の規定を出した。無理に決まってる。もう六周している。体が限界なのにノルマは狭まっていく。

「なんで、あなたの発想ってこうなのよ! 品がなさすぎるわ!」

 走りながら香への不満をぶちまけた。

「それはあたしが人の羞恥で喜ぶ下衆だからです。げへへへ!」

 上は肌着に、下はズボン。上半身を晒すか、下着を晒すか。顔も知らない男性兵達が施設の窓から見ている。どちらも嫌だ。

「お、スピード上がったな」半周地点で忍が言った。ペースを維持して走る。顔が熱い。走っているせいか、恥ずかしいせいか。

 ゴール地点を突っ切る。「一分十秒経過です!」

「おおっ、早い」香が目を剥いた。

 いける、いける! 姫はさらに脚を前に、腕を大振りにしてトラックを駆ける。半周地点で忍が「頑張れ頑張れ」と手を叩く。よし、あと一〇〇メートル。

「すみません姫さん、計算違いでした。あと三秒でゴールして下さい!」

 姫は派手に転倒した。

 もう泣きながらゴールを切り、ズボンを脱ぎ捨てた。これで走りやすくなった、走りやすくなった……と念じながら、上も下も一枚だけの姿で夢中で手足を動かした。

「今下着で走っているのはアスレイ国王女です! あと二周を二分半切れなかったら、彼女はおっぱいを晒します! 王女のおっぱいです! お前ら見たいかー!」

 香が施設に向かって叫んだ。秘匿も糞もない。

「香、殺してやる! あなたが死ねば世界が平和になる!」

「うぇ? あたしが死んだら姫も死ぬんじゃなかったの!?」

「何もかも憎悪に変わったわ! 死んで! わたしの為に!」

 一周した。沙智が驚いた声を上げた。「一分二十秒! 今度は正確です!」

「もう! はぁ、はぁ、脱いでも脱がないでも一発殴ってやるから! はぁっ、そこを動くな香!」

 姫はぐんぐんとスピードを上げた。半周地点、忍の「えええ」という声が遠ざかっていく。コーナーを鋭く決め、最期の直線。

「姫、まだ残り二周だよ! そ、そこで終わったら一枚脱衣だからね!」

「うるさい! 殴らせろ! もうおまえが脱げ!」

 猛進する姫に、香はあわてて退避する。「二分二十二秒……」沙智の呟きを掻き消してコース外へ飛び出し、姫は香を追い回した。


「どうした桃山。天罰が下ったか」

 草村大佐は作戦室で香の姿を見るなり言った。足には包帯、体各所に引っかき傷。涙目である。

「天罰……? こんないい子がどうして?」

 言うと同時、隣の姫が睨んだ。香は萎縮した。

「よくわからんが、隊内で力の均衡が取れているのはいいことだ。ご苦労、影下少尉」

「はっ」

「しかもなんで忍が褒められてるのぉ……」

 嘆く香を放置して、大佐は特務への報告を進める。

「作戦の経過だが、そう順調ではない。苦戦というほどでもないが、特務の行動開始にはまだ早い」

「都合いいよ。姫に刀も教えないとだもん」

「……それに関しては、司令部は何も言えん。貴様らに任せる。頼むぞ影下」

「おい、責任重大だな……」忍は苦笑いした。

「順調でないというのは、エルミナの加勢ですか」

 沙智の問いに、大佐が答える。

「それも予測していたが、今のところはない。アスレイは自力で粘っているようだ」

 彼は姫の方を極力見ない。

「冷たいんだねぇ、エルミナって」

 傷をさすりながら香が言った。

 今、戦っている。国の兵達が、父が、母が……。姫の心をどうしようもない気持ちが苛んだ。

 香を叩いて、引っかいて、怒りをぶつけた。でも、現実は何も変わらない。進軍は止まらず、助けも来ず、アスレイは滅びる。

 空想に生きた国の末路だ。救いようがなかったのだ。この国にだって人はいるし、守るべき暮らしがある。神は強者に微笑んだ。それだけ。

 机の下で拳を握りしめた。今、耐えることが命を繋げるのと同義だった。

「あとは退路ですね。沙智の方でやってもらっていますが、アスレイとの国境付近というのも最悪考えて――」

 忍の声が止まった。

 姫の涙に気づいたからだ。

「う……う……」

 香が優しく笑んで、指でそれを拭った。

「わたしは……、生きたい。皆が、死んでいるのに、わたしだけ……」

「姫は生きるべきだもん」

「遠く、離れれば、国のことはどうでもいい……。わたしは、近くのものしか見ないし、大事じゃないのよ……」

「それはもう子供の駄々だ」

 忍はそう言って、大佐への報告を再開した。

「姫、お風呂入ろう」あやすような香の声。

「いや……」

「ゆっくりお湯に使って、寝ればすっきりするよ。銭湯行こう。姫はどこそこ金色だから目立つよ~」

「花の湯? いいですね」沙智も乗った。

「おいおい、秘匿……」

 無駄と悟ったか、忍は言うのをやめた。ガタガタと退席が相次ぐ室内で、大佐との打ち合わせが続く。

 香に手を引かれ、姫は廊下を歩く。すれ違う男性兵と視線が合う。姫の存在を知らない者の方が今や少ないだろう。

「銭湯で姫を自慢してきまーす」

 軍を舐めたような敬礼を連発する。彼女こそ子供じゃないか。姫は俯き、とりあえず涙を拭いた。

 沙智が後ろからちょこちょこ付いてきて、三人、軍施設を出た。夕焼け空の下を歩いてすぐ、商店街入り口付近の煙突の立った建物……、まさかこうも早く来ることになるとは。

 女と書かれたのれんをくぐって、番台の若い女性に香が声をかけた。軍は無料で入れるとのこと。板張りの部屋で二人はてきぱきと服を脱ぎはじめる。姫は周りの裸の女性達を気にしつつ、上着に手をかけた。

「さっさとしましょう」後ろから沙智に、上一式をすぽんと脱がされた。

 ずるっ。下は香が全部ずらした。

 金髪で、肌の色も面立ちも違う少女に、番台を含む全員が目をやった。

「アスレイの姫。アスレイの姫」香がにやついて指差しながら浴場へと姫を押していく。湯気の沸き立つ中を、裸で三人進む。沙智が木の椅子を並べて、姫は座らせられた。

「姫はおへそから洗うからね。そして全裸でないと用が足せない」

「そうなんですか!?」

「半年お世話をしてきたあたしが言うんだから当然。夜のお世話とかね。あ、姫、これはスケベ椅子といって……」

「介護用の椅子ですね」

 ……この変態をどうにかしてほしい。

「何よ、夜のお世話って。変なこと言わないで。ふ、普通に首筋から洗うわよ」

「あたしは女の子のなかで一番汚く、ある意味一番神秘なところから洗いますね」

「いい加減にして」

「私は眼鏡から洗います」

「沙智って雑だなぁ」

 三人、湯に浸かった。軍の利用者を想定しているだけあり、室内は広く、浴槽は大きい。この時間帯は一般客が多くて、姫の周りは見知らぬ裸の女性でいっぱいだった。子連れの客もいる。

「こんな大勢とお風呂なんて初めて……」

「アスレイじゃあり得ないよね。まして王城じゃ」

 香はどこから持ってきたのか、アヒルのおもちゃを泳がせた。

 姫の半分にも満たないくらいの子が、それに反応した。香は女の子と遊び出した。姫は湯のなかで体を縮めて、じっと見つめる。

「……ここが好きになったら」

 言いかけて、はっとしてやめた。

「いいですよ。聞かせてください」

 沙智は朗らかに笑んだ。姫は子供のような声で続けた。

「……好きになったら、わたしはここの味方をする。態度はどうあれ、心のなかで」

「気に入ったんですか? アズマが」

「あなたも香も、忍も……好き」姫はだんだん沈んでいく。「ぶくぶくぶく……」

 沙智に支えられて、姫は浮上した。

「だけど、父も、母も好き」

 また零れた涙が、湯に落ちていく。悲しみをたたえた青の目に、沙智の眼鏡がかけられた。……意味がわからない。

「私たちは小さいんです」

 沙智は姫の髪を撫でた。

「世界の流れと、大勢の人の想いに飲まれるだけ。思い通りになることなんて、少ない」

「……」

「お姫様だってそうなのだから、きっと誰もがそう。耐えながら生きている」

「……うん」

 曇ったレンズの奥で、何も気にせず姫は泣いた。


「いきなり大声出すんだから驚きましたよ」

「だって全身傷だらけなの忘れててさぁ。うー……超染みる」

 真っ赤になった肌をさすりながら浴場を出る。姫が眼鏡を上げて板張りの更衣室を見ると、同時、沙智が床に足をひっかけ、香ともつれ合って転んだ。

「いいい……。今敏感なんだからやめてよ……」

「すみません。何も見えなくて」

 姫は眼鏡を返した。

「……」

 その拍子に、つい笑ってしまったことに彼女は気づかず、

 だから、二人が顔を見合わせて嬉しそうにした理由にも、姫は気づかないままだった。


 軍施設内剣道場、原則としてここでの抜刀行為、実戦を想定した訓練は厳禁であるのだが、同施設内の実戦演習場は男性兵で満員、特務の一存で貸切れる場所がここのみだった為、沙智も忍も何も言わずに藁の的を持ち込み、

「やあっ!」

「次、間髪入れず下から斬り込む」

「だああっ!」

 姫の短刀の訓練となった。彼女がアズマに来てから三日目の夜である。

 野外トラックでの走り込みは継続している。香はあの手この手で姫の全力を引き出させ、記録を上げている。今日はそれに加え、会敵の際の戦術を仕込もうというのだ。

 人を模した藁の束に、次々と剣跡が付けられていく。三十分無休だが、体力がついているのだろう、姫の動きは鈍らない。それに、案外これが楽しいというのもあった。

「動きが過剰になってきてる」忍が言った。

「だってノリノリですもん、姫さん」

「じゃあ自信をなくさせてあげよう。貸してみそ」

 香に言われ、短刀を手渡した。

 姫の位置と入れ替わるように一歩踏み出し、一閃。

 藁が切断された。

 以後の姫の動きは、非常に頼りないものになった。

「えい」

「全然切れてないぞ」

「繊細ですね……姫さん」

「そんなことないわ。上の技術を見て、意欲が上がったところだもの。えい」

「かわいすぎる、姫……。心が折れてるのに気づいてない……」

 それでも忍の一からの手ほどきにより、短刀の扱いは基本に則った安定したものになっていった。

「踏み出し、敵を斬りつけるまでの動きをいくつも覚えるのがいい。首を狙うもの、腹を狙うもの、脚を狙うもの」

 忍が後ろについて、動作を誘導する。

「うん……」

「三種、手段があれば余裕に繋がる。これで大抵は勝てる」

「はい……」

「まぁ頑張れば勝てるっしょ」

「精神論はいいんだよ、桃山」

「八割方、気合いでなんとかなりますよね」

「姫、こいつらの言うことは聞いちゃだめだ」

 天井近くの窓からは夜の空が見える。

 突くのと捻るのを連続した動作。そのまま相手を蹴り倒し、次を狙う為の体の動き。視線のとり方。だんだん本格的になってきた。

 確かに、さっきまでのは遊びだった。これは人を殺す為の技だ。

 姫は踏み出す。突き出した刃は、藁の首を音もなく刺した。

 人を殺す……。彼女たちと共にいれば、いずれわたしにもその時がくる。

 散乱した藁と的を片付け、剣道場と併設の簡易浴場で汗を流した。香が「もうここで寝ない?」と言い出したが、忍は一秒と待たずに拒否した。

「二人はどこで寝ているの」

 姫が訊いた。

「女子寮です。本部施設の裏の」

「別にここに泊まったっていいけどな。特務の権限でどうにかなるし。ただ桃山と一緒なのは絶対嫌だ。姫も気をつけろ。朝起きたら自分のからだが穢されていないか調べた方がいいぞ」

「……」

 気づけば四人床に座り込んで、泊まるとはいかないまでも雑談の流れだ。

「あの、特務って、何なのかしら……。今更だけど」

「今日はよく姫が喋るな」

「体動かしたから気分がいいんでしょ。いいよいいよ。あたしとの将来の話もしよっか」

 姫はもう当然のように流して、

「所属することになるなら知っておこうと思って」

 自分の置かれている状況が掴めないのは本能的に心地が悪い。捕虜に近い扱いと思っていたうちはよかったが、刀まで教わり任務に加わることになるのでは話も違ってくる。

 属さなくてはならない。少なくとも行動を共にするうちは。

「権限のことか。まぁ確かに他よりは自由が効くが、諜報の実動部隊である故だな。極秘で何でもやれる為だよ」

「その気になれば司令室と同等に人を動かせるよ。やらないけど」

 そこだ。重要な部門とはいえ一部隊が、そこまで独立した力を持っていいのか。制御が効かなくなる。

 忍の人間性は信頼に足るものかもしれないが、だとしても権限が大き過ぎる。まるで――、

 軍の核が、司令部ではなく、ここにあるような。

「一応、特務は精鋭ですからね」沙智は自慢げに言った。「代々帝に使える家系の影下さん。幼い頃から戦闘術を学ばれて、実践経験も豊富」

「やめろ」と顔を背ける忍。

「私はたいしたことないですけど、情報処理の腕を買われたんですね。ほんとにたいしたことないんですけど」

 にやにやとしている。

「凄いわよ。西大陸語は現地の人より通じるし」

 姫が褒めると、沙智は至福そうな顔をした。

「そして、軍学校の入学卒業試験を学科実技共に首席通過の桃山さん。文句なしの超天才です」

「ま、勤勉の賜物ですよ。ははは」

 ……え?

「て、天才……? 首席?」

 失礼だが、このアズマという国は学術レベルが極端に低いのではと思ってしまった。よりによって香がトップ……。

 だが、刀の教官として優秀な忍や流暢な外国語を話す沙智を差し置いてのそれだ。アズマ全体が何だとしても、その評価は覆らない。

「確かに……」

 じっと香の顔を見つめた。戦いに関しては散々見せられたし、語学だって、以前の話が本当なら短期間でアスレイの言葉を憶えたことになる。天才と言われても納得できる。

「いくら器がよくても、方向が間違っていれば話にならない。桃山は興味のあることしか憶えないからな」

「だって興味ないもん」

「性知識が異様に豊富なんですよね……。医学の領域ですよ」

「いいじゃん! 妄想の種なんだ!」

 こほん、と咳払いで話題を変える。

「わたしは、何の役に立てる……?」

「なにいってんの。姫はいるだけで」

「あなたは最低限いるだけでいい」忍が言った。「この国の人間じゃないし、私たちに恨みもあるだろう」

「……」

「桃山が何をさせようと、あなたの心は変わらない。無理はしなくていい」

「……ここにいるからには、わたしも戦いたい。……いえ、多くは望まない。せめて足を引っ張らないようにしたい。その上で、役に立てるのなら」

「有難いです、姫。ですが」

「エルミナのことを知ってる。少しだけれど」

 姫は巨大鉄車両のことを話した。

「軍事転用も既にしていると考えられるわ。もしかしたら逆に、あの技術が軍事からのスピンオフだったのかも」

 自分はどこまでも馬鹿かもしれない。この者たちの、世界を荒らす手助けをしようというのだ。

 仕方ない。誰もが守る為に戦っている。わたしもそうするだけだ。

 今を守りたい。今目に映って、色を発しているものを。

「当然、後者だろう。周辺国の吸収も、武力による強引なものでないとあの早さは説明がつかない」

「ここ数年の話ですからね。危険な国ですよ。滑稽な話、アズマと同種の臭いがします」

「よくわからん。噛み砕いて説明を」

「本当に天才なの? あなた」

 沙智が香の方に居住まいを正して言う。

「エルミナの外交官、私と影下さんが対処したんですが、話し合いどころではなかったです、最初から」

「武装だよ。兵士が十名。刀剣に、見慣れない筒状の、恐らく武器だ。使用法も不明。訊くために数名生かしておいたんだが、服毒で自害された。残ったのは非戦闘員の船員だけだ」

「強行制圧のつもりだった……?」

「そもそも連中と外交の予定などない。他国も同じように乗っ取られていったんだろうな。ただ違ったのは、我々も奴らと同等のことを考えていたということだ」

 形は違えど、侵略……。エルミナの行動は平和とは程遠い。

「あたしがアスレイに行ってるあいだの話じゃん。そこ抜かされて話されてもわけわかんないし」

「いや、わかりますよ」

「あとなんかエルミナが悪いみたいな論調だけどさ、むしろいいよ。相手として」

「……まぁそうなるな」

「ぶっ潰せばいいんでしょ」

「あの、試験って、当然不正なのよね? 香」

 なっ、失礼な! と香は憤慨した。首席卒業生に何て口を!

「鉄車両か……」

 忍は考え込む仕草をした。

「でも人が入るなら、入口がある。そこをこじ開ければ良くない?」

「桃山、黙ってろ」

「あれ……試験に戦術論の科目もありましたよね……」

「あったけどその時だけで忘れたんだろ、こいつは」

 香、また膨れる。

「いやいや、でもそれしかないっしょ。どうにかして車両の中に入るしか」

「だから何で逃げる選択肢がないんだ」

「最良は出くわさないことですけどね」

 二人、溜息をつきながら言った。

「まぁ港の基地にそれが置かれているかという話だ。あるならあるで調査対象となる。戦えば直に情報が得られるが、今回に限っては避けるべきだ。車両、それに未知の武器、この二つがどれ程のものかで戦局が決まる。私たちの任務はあくまで調査だ。強引にいけるだけの技量は個々にあるが、そこを忘れるな」

 特に桃山。というか、お前以外には言っていない。忍は付け足してじっと見た。

「無茶はしないよ。命は惜しいもん」

「それでいい」

 言って姫に横目を向ける。

「今回は姫もいる。お前がどんなつもりかは知らないが、彼女は特務と運命を共にするんだ。お前にも人の心はあると私は信じているからな」

「はいはい」

 香は言うなり欠伸をした。

 気づけば、結構な時間を話し込んでいた。また明日も朝から走り込みと刀の訓練だ。香たちも含めそれしかすることのない現状だが、立派な作戦準備という名目だ。疎かにはできない。

「ありがとう、姫」忍が言った。「船の技術から想定はしていたが、これで明確に陸の敵戦力が見えた。明日、司令部にも報告させてもらう」

「ううん、あまり役には立たなかったと思うわ。その、未知の武器の方が目先の脅威になるだろうし」

 忍は首を振った。

「対人戦は、私たちは負けない。本隊の男達もだ。だが鉄の塊が相手となれば、一気に打つ手はない。桃山の言ったような方法がないわけでもないが、とにかく不得手ということだ。非常に助かった」

 手を握られた。

「あなたの親切を受けて戦う、非礼を許してほしい」

「いえ……」

「ちょっと、姫は特務なんだから。他人行儀なのはやめてよ。こら、その手を離せ」

 香が間に割って入る。「なんだよ」と離そうとしない忍。

 苦笑する姫の耳に、横から寝息が聞こえてきた。

 沙智が横になって、穏やかに目を閉じていた。

「あ……」

「あたしも寝よう」

 香も横になった。

「暖かくなってきたからいいが、……私は帰るからな」

「いいわね。みんなで雑魚寝」

 姫も行儀良く横になる。

「じゃあね忍、おやすみ」

「おやすみなさい」

「……」

 立ち上がったまま、動かない忍。

「ん、気にせず寮に帰っていいよ。おやすみ」

 姫の寝息が上がった。心地よい疲労感と眠気に誘われ、僅か数秒の寝入りだった。

「わ、私も寝るか。特務隊として、一人だけ別なのはよくない」

 忍も腰をおろし、仰向けになった。

「……寂しいんだろ~」

「桃山、それ以上ひっついたら斬るからな」

 静かな夜。やがて剣道場には四人の寝息が立つ。

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