閑話休養
冬桜の君/十折続編
牛車に乗った春宮夫婦の行く末
沢、沢と細波が耳をくすぐる。
重い身体を起こし物見を覗けば、牛車は白浜の中にいた。
空は白じみ、御所でみる空と相違ない。
習慣とは恐ろしい、いつもと同じ刻に起きてしまったようだ。
寝た、というよりは一刻足らずの仮眠だったが。
空になった瓶子や盃が散乱し、そのすぐ隣ではミカドの素足が投げ出されている。その先を辿れば薄い掛け衣も暑苦しいのか、一糸纏わぬ姿で寝転んでいるではないか。
さすが十六歳、露な背中もツルスベです。
「これが噂の朝チュンというやつですか──! わぷ」
現実を必死に受け止めている最中に、また夢の中へと引きずりこまれた。
このうっすら明るいお天道様の下で、ごにょごにょは血を吐くほど恥ずかしいのですが。
流石のミカドもその余裕はないようで、折姫を押し倒した後は首筋にひとつキスを落とすだけ、猫のようにゴロゴロと唸った。
「……私としたことが」
「はい?」
「ごめんなさい。え、と、いや、すまない。も少し自重します」
なにか思い出されたようで、また首筋に猫のようにゴロゴロと顔を擦ってくる。
なんとも言えない羞恥心が折姫にも沸き上がってきた。
昨夜、ミカドが何を施したのか知らないが覚悟していた痛みは然程なかった。だがその代償は折姫にとってまさに未知なる遭遇であり、女としての悦びを知っ……正直に言えば、気持ちよかった。これに至ってはミカドが何を施したのか全く知りたくもないが何かしたに違いない。一回二回までは自覚があり堪え忍んでいた気がするが、三回目あたりからもうどうにもならなくて、今まで発したことのないような声をあげていた気がする。
思い出そうとする度に心臓が躍りだし、すっかり目が覚めてしまった。
「あ、あの、ここはどこですかっ、海が綺麗ですねっ」
出発地点である港町とは明らかに様相が異なる。白い砂浜はどこまでも続き、波間がエメラルドグリーンに輝いている。それに北の海にしてはやけにじっとりと暑く湿度が高い。
「沖縄だ」
O-KI-NA-WA-?
折姫は理解するのに五秒かかった。
はっ、と思い出したように服を手繰るがあいにくワンピース。いつも着ている下衣より断然着にくく、手間取っている間に剥ぎ取られてしまった。
「何をそんなに焦っているの」
ヒシッと腰を掴み見上げてくる。そのお綺麗な顔で全力上目遣いは破壊力半端ないです。
「だっ、だって、日本は人の行き来がはげしくて、みつかったら大変です!」
公然ワイセツなんて言葉が脳裏にチラつく。
「安心して。ここは離れ小島だし、結界を張っているから人の目には見えない」
声は聞こえるけど、とニコォ悪い顔をする。
次には胸に埋まり、舌で肌をくすぐった。
「ミ、ミカド様!」
「だから、声は聞こえるって」
「~~~~~~!」
「お腹空いたら言って、つかい猫を喚べば持ってくる。二週間は蓄えてあるから」
折姫は目をくるくる回した。
牛の足がのんびり屋さんなことは十二分に理解しているが、それにしたって三日程度で御所へ戻れると思っていた。それが朝起きて沖縄、二週間となると牛の矛先などもう全く関係がなくなっている。
つまるところ、ミカドは二週間休養するつもりで事前に準備していたということだ。
初夜の先読み程度では甘かった。
陰陽師の力を申し分無く私欲に使う、そんなところはやっぱりまだ子供だ。
折姫の胸の内を読んだのか、ミカドは子供で何が悪い、と少し膨れっ面になった。
「貴女には存分に甘えると、そう決めたんです」
そういえば、本人が意識しているのかいないのか、どこか甘えた口調だ。
「それにこの一年半の労役、二週間の蜜月では足りないくらいですよ」
「み、みつげつ……?」
「知らない? 欧州では一月は楽しむらしい」
「知りませんっ」
「私は楽しむよ。どれほど淫らで美しいものか知ってしまったから。それに、朝と呼ぶにはまだ早すぎる」
「お腹空きましたっ」
「喚べるものなら喚んでみなさい」
「自重はっ」
「どうやら無理。膳より貴方が欲しい」
十六歳の回復力にゾッとする。
気合いでなんとか喚んでみせようと口を開けるが、ミカドはその唇を強引に奪い、印を結べぬよう指を絡ませた。
「いい? 声は、外に聞こえるからね」
念を押され、ぼっ、と顔に火がつく。
周りに声が漏れていたことも恥ずかしいが、昨夜頻りにあげていた嬌声を冷静に聞かれていたことはもっと恥ずかしい。
「でも我慢はしないで」
折姫の声、凄くもえるから。
遠退く意識のなか、余計な言葉を耳が拾った。
燃える? 萌える?
どっち、どっちも? かけた、モエにかけたのか?
それでも必死に声をあげないように努めるが、両手を奪われ塞ぐことができず、ミカドの思うがまま陽は昇った。
*
身体を清め軽く腹を満たした後、二人はあてもない話をしながら波打ち際を歩いた。人気がないわけだ、真夏の八重島は歩いていられない猛暑。
足裏に感じる地熱に耐えきれず、はしゃぎながら逃げ込んだ洞窟で、ミカドは世界地図を広げた。
「折姫はどこへいきたい?」
ヨーロッパでもアメリカでも世界の裏側でも連れていってあげる。そう言うが、パスポートを持たず国を航るのは忍びない。ミカドは真顔で悩む生真面目な折姫をクスクス笑った。
では日本中を旅しようとガイドマップを開けば、食べ物や甘味のところばかり食いつく。小柄でも女らしい体つきはこの食い気ありきかと、またクスクスと笑い、最後は悲しげに唇を結んだ。
「好きなだけ食べておきなさい。往来は最後になるから」
「最後……、ですか」
「主上の詔だ、そう世界を跨ぐべきではないと」
主上の言い分は解る。世界の往来はどこか魂の一部が歪むような、嫌に不気味な感覚に襲われる。決して身体にはよくない、互いの世界にもきっと、よい影響を及ぼすものではないのだろう。
ミカドは母国へ帰れぬ妻のために、この蜜月を捧げてくれた。そう思うと幸せで涙が溢れた。
その涙をどう受け取ったのか、ミカドの大きな手が優しく髪を撫でる。
「折姫の里にも帰ろうか」
「いえ……それは」
一度訣別した家族に再び逢うのは、それこそ悪い結果を生みそうだ。
それよりも折姫は目の前の夫が気にかかる。まだ若いのに何もない南国を一番に選ぶなんて、疲れきったサラリーマンみたいだ。はやくミカドを癒してあげたい。
残念ながら折姫の母性愛は、この後すぐに蔑ろにされる。
「ミカド様の行きたいところは?」
「私はそうだな、まずはこの浅瀬で泳ぎながら──」
折姫は暑さから逃れ辿り着いたつもりだろうが、ミカドはこの洞窟目当てに島を選んでいる。薄暗く水温もいい塩梅にぬるま湯い。いつまでも肌を重ねていられそうだ。
ミカドはニコォと折姫に僅かな布の切れ端を渡した。
「ミカド様、なにこれ」
「知らない? 水着」
「知ってます!」
「着なさい」
命じられると拒めない、悲しき後宮女人の性。
なにこれ、スク水しか知らない干物女子には紐にしかみえません。
「知らない? ビキニ」
「知ってます! こっちみないでくださいぃっ」
「みるために着せたんだけど」
「拷問です」
「綺麗ですよ」
恥ずかしいならいらっしゃい、と先に浮かんでいた波間へ誘う。
「いつの間にこんなアイテムを……」
「楽しむと言ったはずです。次は温泉もいいな、もちろん貸し切りで」
「ミカド様!」
「ミカド、でいいよ。私はこれからずっと、貴女の夫なのだから」
ちゅ、と音をたて交わされたキスは止まず、ミカドの手が水着の結び目をほどく。
若き春宮は妻の総てを知った今、尚更歯止めが効かない。小さな白妙は波が浚い、折姫の手の届かぬ岩間に打ち上げられた。
お読みいただきありがとうございます。
次話はクウガ視点です。




