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折姫【改稿前】  作者: 紫 はなな
桜の御息所
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一折

 日本国東京都郊外。

 入園式を終えた春の保育園。

 時は深夜。

 満開の桜が垂れる軒下で一人、不知火(しらぬい)(いおり)は朝を待っていた。

 不審者でも亡霊でもない。

 保育園と実家は軒を連ねており、まさにその軒下である。

 北東に位置するこの軒下は、正午を回れば陽が陰る。桜が咲き乱れるこの季節は特に気味が悪いと家族さえ近付かないが、織は昔から此処が気に入っていた。

 満月の光にやんわり灯る桜を見上げながら、ずり落ちた眼鏡を直す。

 こんな風に薄暗闇で一人、折り紙を折っていたから目が悪くなってしまったのかもしれない。ふ、と自身を嘲笑しながらまた顔を落とし、人差し指で一折り均していった。


 織は不知火家の四姉妹、四女の末っ子だ。

 両親の教育により姉妹全員、保育士として育てられた。長女と次女は嫁ぎ家にはいないが、保育園には勤めにきている。

 珍しい家族経営の保育園だ。

 問題は跡取りがいないことである。

 両親は不知火保育園に婿を迎え存続することを熱望していた。

 偶然にも織と同級生の男子が、保育園経営の次男である。今時流行らないが両親同士が勝手に盛り上がり、織が小学生の頃からその幼馴染みは婚約者として家に招かれていた。

 幼馴染みとは話に花を咲かせられるほど親しい仲ではないし、彼自身秀でたところもない。だが長年顔を合わせているとそれなりに愛着は湧くものだ。

 織も何年後かには幼馴染みと結婚するのだと受け入れていた。



 ──五時間前までは。



「し……っ、織に聞こえるって」

「いーよ、どーせジメジメ折り紙でも折ってるんだから」


 三女の部屋はこの縁側の真上。

 先程から聞こえよがしに、二人の男女の話し声が頭上から漏れてくる。

 そう、五時間前。

 お風呂だよー、と織が三女を呼んだがなかなか姿を現さないので、寝ているのかしらと思い部屋の扉を開けると、確かに寝ていた。

 三女と幼馴染みが。

 幼馴染みは驚き慌ててベッドからスッ転んだが、三女は髪をかきあげうすら笑った。


「そういうことだから」


 へぇ、そうなんだぁ。と部屋の扉を閉め、今に到るのである。 

 幼馴染みがベッドへ落ちる音を一階のリビングで聞いていた姉二人は、けらけら笑っていた。

 姉伝いに噂を聞き付けた両親はテレビを観ながら「ふぅん、そっちかぁ」の一言で終了。

 誰も織を慰めようとはしなかった。姉二人は織の不幸が大好物だし、両親も跡継ぎが決まればどちらでもいいのだから。

 織の目からだって、一粒も涙がでなかった。

 傷付いていないといえば嘘になるが、それは婚約者という立場があったから。

 泣いて悔しがるほど好きではなかった。自身の胸のうちを知り、ホッとしているくらいだ。

 三女は流行り好きで、身なりだけでなく器量も良い。通ううちに三女へ目がいくのは必然と言える。根暗で影の薄い織と結婚するよりは、彼も幸せだろう。そう思い、織は彼等を祝福することにした。


 織が眠れないのは別に彼等のせいだけではない。

 家業とはいえ、織は春に短大を卒業したばかりの新米保育士だ。初日を終えた織は明日への不安と興奮で園児顔負けに眠れず、羊を数える代わりに折り紙でコマを折っていた。


 織は、折り紙が好きだ。

 ちいさな頃、折った鶴が綺麗だと両親に褒められたことがある。

 褒められたのはその一度きりだから、よく覚えている。

 保育士にとって、無駄にはならないスキルでもある。

 織は長女のようにピアノが上手く弾けない。次女のように絵が上手くない。況して、三女のように万能で愛されキャラでもない。

 だからコツコツと折り紙を折っては子供達に配り、難しい細工を披露しては皆を驚かせた。 

 姉達には暗いだの、ダサいだの散々こけにされているが、織にはこれしか特技がない。

 三女に「子供達への賄賂だ」と言われた時は流石に沈んだが、それでも織は折り紙をやめなかった。

 その時には指が勝手に折り紙を求め、やめられなくなっていた。


「ゆうきくん……、かなちゃん、こうたくん……」


 色とりどりのコマが咲く縁側で、織はガクリと肩を落とした。

 全園児、二四〇名分。後ひとつ。

 何度数えても、後ひとつ足りない。後ひとつなのに、折り紙が足りない。

 自室に下がればいくらでも予備はあったが、今退けばそのままベッドに沈んでしまいそうだ。

 眠れず始めた作業が今、眠りを妨げていることに気付きげんなりする。

 溜め息を溢しそうになり、慌てて口を塞いだその時──。

 白い折り紙が一枚、二枚、何処からともなく、織の膝に舞い降りた。桜の花びらのようだと思えば、ちゃんと花びらもくっついている。

 あまり子供に好かれる色ではないが、桜の花びらを忍ばせておけば喜ばれるかもしれない。

 軸となる紙に花びらを挟むと、最後のひとつをゆっくり、ゆっくりと思いを込め、折っていった。


「かおるくん、と」


 床に置き、くるくる回すと白い紙に花びらが透け、淡い桃色に見えてくる。

 眠い目を擦り、春の情緒に酔いしれたのは束の間。


「え……? なに────」


 回り続けるコマを軸に蒼白い光の円が敷かれていく。

 内にいた織はヒッと息を引くが、それもまた束の間。

 床が抜けたような、短い落下が織を襲った。

 



            * 




 ──処、移りて。


 小さな島国、鏡都の正中部に位置する皇宮御所。

 その辺境、春の桜の壺。

 識陣が消えた畳場で男が二人、女を一人囲っていた。


「なんつーか……地味だな」

「つつしみ深いのだろう」

「ちっちぇ」

「おくゆかしいと言え」

「乳も、ちっちぇな」

「おくゆかしいと言え!」

「第一、なんだ? この(うすもの)(ひとえ)は」

「禍々しい獣が描かれているな。後程浄め、処分しよう」

「それに髪が短いぞ」

「娘の国の流行りだろう」

「娘っつったな、お前。やっぱりどうみても娘だよな」

「ぐぅ」

「あーあ、二十過ぎっていうから、どんな教養深い貴婦人かと想像したのによぅ」

「娘に失礼ではないか」

「娘っつったな、お前」

「娘、顔をあげよ」


 いかにもガッカリなご様子の金髪碧眼に、フォローするつもりが墓穴を掘る黒髪美男。

 無理もない。

 艶やかな姉達とは異なり、織は小柄で、地味だった。

 商店街で一目惚れして買った上下セット千円の真っ赤なファンシーパンダ柄パジャマに身に纏っていても、まだ地味だった。

 艶はあるがその黒髪は顎先で切られており、肌は白いが顔の半分は瓶底眼鏡で隠されている。

 眼鏡を知らない二人の男は、(せん)の一種なのだろうと解いた。惚けた口許を隠さず、目を隠すとは何とも滑稽に見える。

 顔を見合せる二人。先に名乗り出たのは黒髪だった。


「私の名はミカド」


 金髪が後に続く。


「俺はカヲルだ」


 次にはミカドが織に筆を持たせ、その筆先に白い折り紙を滑り込ませた。


「漢字は書けますか」

「はい」

「では、星と桜を」

「はい」


 言われるがまま筆を流す。

 織が書き終えると間を置かず、ミカドはその紙を手の内に拐っていってしまった。

 その横でつまらなそうに欠伸を溢したカヲルがミカドに問い掛ける。


「で、どうするよ」

「事は終えた」

「だよな」

「…………」

「…………」

「ところでカヲル、昨夜も薔薇の局にものの()が出たと話しておったが」

「そうそう、ありゃ眠れねぇよ」

「そろそろ、その刻だな。いくか?」

「いくか」

「ゆこう」

「ゆこう」


 そういうことに、なった。




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