閑話な日常
お読みいただきありがとうございます。
たくさんの方に読者登録していただき嬉しく、調子に乗って話が泥臭くなる前に小話を挟んでみました。
「へぇ」程度に読んでいただければ嬉しいです。
「少し宜しいかしら」
「はい?」
折姫保育園開園から一週間。
子供達に囲まれ充実した毎日を送っていた折姫に、突然声がかかった。
後ろ手に侍っていた乳母がヒィッと息を引く。
芙蓉殿の更衣である。
更衣とは季節、行事に合わせ主上の衣裳替えを奉仕する女官のことだ。主に主上の寝所に侍り、後宮において女御に次ぐ位。故に求められれば夜を共にすることもある。
勿論、主上は白百合殿の中宮を絶賛寵愛中の為、芙蓉殿の更衣は寝所へ呼ばれたことはない。(折姫と同じく)更衣とは名ばかりで芙蓉殿で日々暇をもて余す、寂しい女だ。
何故乳母が折姫にしがみつきぷるぷる震え怯えているかというと、更衣の顔が「一発シメてやるから体育館裏にこいやぁあ」と語っているからである。
いってきまーす、と言いたいところだが折姫達は絶賛色鬼タイム中。乳母が折姫の衣裳にしがみついているのは絶賛「桜色」タイムだから。
「申し訳ございません、このお遊戯が終わるまで少々御待ちいただけますか」
「……わたくしより、遊戯を優先させるですってぇ?」
ふんっ、と憤り踵を返した更衣。すれ違った鬼役のアスナがその姿を眺め、こう言い放った。
「赤色とーまれ!」
子供達が一斉に更衣の赤毛を引っ張り合う。ずるり、不自然な方向へ落ちたのを見届け、折姫はあちゃーと扇を広げた。
「……かつらだ」
「づらだ」
「づら」
「づら」
「づら」
「づら」
「ひぃいいいい──っ!」
赤毛を抱いて退いていく更衣は見事な天然パーマ。鏡都で女を頑張るにはカツラも必要なのか。地毛の方がくるくるして可愛いのに、と見送っているとアスナが首に巻き付いた。
「えへへー、折姫様つかまえたー」
「こらっ、わざと赤色を選びましたね?」
「だってあの方、嫌なかんじ」
周りの子供達も共犯だ。
そして折姫もまた、わざと捕まった。
「白色とーまれ!」
園内に目立つ白は紙くらいしかない。その紙も先程総て片してある。準備万端、目指すは縁の白い狩衣……!
いざ、第二目標。
ミカドに抱き付く園児追いかけ自らダーイブ作戦!
「白、みーっけ」
「やめんか、気色悪い」
「…………」
ミカドに抱き付いたのはカヲルだけだった。折姫はカヲルへ「なに邪魔してくれちゃってんの、空気読めや」と蔑視を送る。
胸の奥で舌打ちし、その後は半ばヤケクソになって園児を追いかけ回した。
「いつまでこうしてるつもりだ」
「こうしてやるのさ」
「く、首を絞めるなぁあっ」
通えば必ず此方へ気が向くと思っていたが、折姫の視線の先にはいつもミカドがいる。
同じ日に生まれた兄弟の、一体何が違うというのだ。折姫はこのいけすかない男のどこに惚れたというのだろう。
「じぃー」
「ちゅーだね、姉上」
「うん、ちゅーしようとしてるね」
二人の男を見上げるは二人の姫君、アスナとコトハ。
「変な噂を流してみろ──」
「きゃあっ」
「おこったぁあっ」
ミカドはふざけ逃げるようにして折姫の元へと去る姫君達を温かく、そして微かに嬉しそうに見送った。アスナとコトハだからこそ、こうしてミカドをからかうことができるが、他の子供は近寄ることすらしない。子供に好かれない体質なのではなく、覇気が強すぎるのだ。自分では抑えられぬほどに。普通の子供なら目があっただけで泣いてしまう。
その為、いつからか縁の隅や柱の陰を選んで座るようになった。
好きでそうなった訳ではない。根は明るく優しい男だ。それを知っているからカヲルはいつも、ミカドの姿を気にかけている。
同情などではなく、単純に友として。
「が、しかしだ。今は恋敵」
「恋敵? 対等に肩を並べてからいえ」
「何をーっ、絶っ対、奪ってやるからなぁ!」
「五月蝿い。耳が壊れる」
扇で追い払われ、そして誘われるように桜が咲く方へと足を流す。
ミカドとは対照的に、折姫の周りには何もしていなくとも子供が集まる。親が迎えにきても折姫の袂をつかんで離さない。
まるで花の蜜だ。
たちこめる甘い空気に自然と吸い寄せられてしまう。
「俺は蝶か」
「蝶々? 蛾の間違いではなくて。夜行性で光り物好きー」
「光り物?」
「今日もきらびやかな御姉様方がズラリ並んでカヲルを待っていらっしゃいますわよ。今夜はどちらに休まれるのかしらって」
呆れた顔で指差す縁に並ぶは、役を終え集まった女官達。
このうちの半数がミカド目当てだということに、折姫はいまだ気付いていない。当の本人は逃げていないが。
「ミカド様がいなくなっちゃったし、私も帰ろー」
「待て、誤解したまま行くな」
こんなことになるなら後宮の女には手を出さなかったものを、と自身の腰の軽さに後悔しながら、また折姫の後を追いかける。
その背を怨めしく見据える芙蓉の衣が、うっすらと蒼白い鬼火を纏っていた。




