らぶあんどすらんぷ
「……」
「どうしたの、いつになく深刻な顔して」
「あー、いや、ちょっとな……」
後ろの席で、顔を顰めて机を睨みつけている友人に質問してみたその返答は、思いのほか気の抜けるものだった。
僕は少し考えてからまた口を開く。
「聞き役は必要?」
彼が要らないと言うのなら、僕は何も聞かない。それが僕らの距離。付きすぎず、離れすぎず、程よいところに居る。お互いに確認し合ったことはないけれど、それは暗黙のルールのようになっていた。
「……かも、しれない。聞いてくれるか?」
「聞く気がなかったら言わないよ」
「……ありがとな」
やっぱり、変だ。そう思った。だって、いつもの彼なら、こんなに素直に礼を言ったりしないから。こいつは、どんなに些細な、短い一言も、何かしらの冗談で飾る奴なんだ。……一体、何があったんだろう。
「昨日から、満足のいくもんが書けなくてな」
「題材は?」
「ネタはあるんだ。それこそ、数え切れないくらいに。人生全てが物語のネタだからな。」
「ははっ、またそれ?」
「受けを狙って言ってるんじゃないぞ。これは、本気で思ってることだ」
「……そのようだね。目が本気だ」
「俺はいつでも本気だぜ?」
「本気の出しすぎで倒れる前に休みなよ」
「わかってる。……で、だな。浮かばないんだ、次が」
冗談の言い合いのような、いつもと同じ調子の会話を挟みながらも、友人の相談事は続く。
「と、いうと?」
「いつもだったら、次の一文が次々に浮かんでくるんだ。だが、それが全くない。何を考えていようと、最終的には思考が一箇所に戻っちまうんだ」
「その一箇所っていうのは、何?」
「んー……」
彼は、軽く頭を掻いて、それから声を潜めて僕に言う。
「お前さ、隣のクラスの斉野って女子、知ってるか?」
「斉野? 下の名前は?」
「えーと……、唯、だったかな。唯一の唯」
「あぁ、その子なら、委員会が一緒だよ。美化委員会。斉野さんが、どうかしたの?」
「……一箇所」
彼がぼそりと呟く
「思考の行き着く一箇所、なんだ。斉野は」
「……へぇ」
「何なんだろうな、これ。噂に聞くスランプってやつか?」
「はは……」
真面目な表情でそんなことを言う彼に、つい苦笑してしまう。なんだ、まさか気づいてないのか、こいつ。
「もしそうだったら……恐ろしいな、スランプというのは」
……友人よ、僕は断言しよう。それは、スランプなどではないと。
それは、”恋”というものだ、と。




