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Vol.6

 そうこうしているうちに、例年よりたっぷりの雨量を伴って六月の雨季が訪れた。そのことがいっそう聖也の気持ちを憂鬱にさせていたが、そういう気分にどっぷりつかっていると、現実と妄想の狭間でうごめく怪しげな錯覚が執筆をいつもより加速させているのを、まるで他人事のように感じている聖也だった。

 

 うだるような夏の盛りが過ぎてもまだまだ尾を引いている熱気の中で、エアコンの温度を二度ほど下げて、聖也はソファに横たわり眠るでもなくただ目を閉じて、少しひんやりしてきた冷気を感じていた。

 まだ本格的には冬が明けていない今年の春の初めに梓と登った山の尾根の光景が浮かんでは消えて、すぐ傍で梓の笑い声が聞こえるような気がした。

……聖也さん、好きな人はいないの?

 あのとき、どうして好きなのは君だよ、と言えなかったんだろう。自分の思いと同じ気持ちでいるはずの梓も、もしかして同じだったのではないだろうか。聖也は今年一杯連絡がなかったら、思い切ってある行動に移す決心をしていた。そのことが自分のこれからの生活を一新するかもしれないという、うっすらとした喜びさえ生まれ始めていたのだった。



 十月二十一日は聖也の誕生日。時を合わせるように、ポストに一枚の封書が入っていた。

 出版社からの文書以外ほとんど手紙らしきものは入っていない聖也のマンションのポストだ。中を覗いてみると、白い四角な封書が一通入っている。梓からのものだった。

 聖也は、うれしいというより胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。何か不吉な予感さえして開けるのが怖い。そんな気がしたのだ。

 

  Tomy dear Seiya

  

    Happy birthday !

 

 ただそれだけの文字。しかも英文で……。どうして日本語で近況を書いてないのだろう?聖也はもどかしさに怒りさえ覚えていた。



 

 聖也は梓がいる所へ行くことに決めた。この便りによると梓は異国の湖のある町にいたのだ。ひっそりと誰に会うこともなく僕のことをずっと思って過ごしていたに違いない。聖也は自分の気持ちと同じ思いでいる梓の気持を想像することができた。

 

――合わせ鏡のふたり……。

 僕が思っていることは梓も思っている。そう信じることができる自分に幸せを感じていた。聖也は湖畔で絵を描いている梓を思い浮かべていた。

 

 

* * *

 

機内から見えるうろこ雲が眼の前に広がる度に、自分が雲の中に居る仙人のような気分になっていた。乗務員のアナウンスの声も夢の中から聞こえているような気がした。

乗り換えのホノルルが近づいていた。




 梓がどんな姿になっていようと、自分は彼女の傍を離れない。聖也はそう思っていた。もし梓が今までとはまったく別人のような姿になっていたとしても自分の気持ちは誓って変わらないだろうと……。

 

 聖也は、もしやと思いながら、ベッドに横たわる梓の姿を想像した。化粧っ気のないやつれた梓の傍で手を握っている自分の姿が浮かんだ。台所に立って梓のために食事を作り、天気の好い日には梓を車椅子に乗せて散歩している光景が頭をよぎった。

「きれいな湖だねぇ」

「ほんと」

「今日はいい顔してるよ、梓ちゃん」

「聖也さんの傍にいるからかもよ」

そこにはにっこり笑っている梓が生きていた。

 

 夢とも現実ともつかぬ中で、聖也はこれから梓と共に歩む未来へのしあわせを心に描いているのだった。

「まもなくホノルルに到着です」の機内アナウンスがはっきり聞こえてきた。










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