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Vol.3

約束の日の朝、梓は黒いパンツにグリーンのジャンパーを羽織り、買ったばかりの帆布で作られた真紅のザックをしょって聖也の家に来た。

「カラフルだね。足元は大丈夫?」

「この靴でいいでしょ。途中までは車なんだし」

そう言って、編み上げの靴を履いた足をにゅっと聖也の目の前に上げて見せた。

 

上下黒の服に白いナップザック、サングラスをかけると、いつも家でこつこつ物書きをしている人間とは思えないほど恰好よくて、長身の聖也はまるで雑誌に載っているモデルのようだ。

「ねえ、聖也さんには好きなひといないの?」

「いないよ。別に興味もないし……梓ちゃんが時々来てくれて外に連れ出してくれるだろ。それで充分なんだ」

「聖也さん女性に興味ないの?」

「ないといえば嘘になるけど、無ければ無いで忘れてるよ」

「結婚はしないの?」

「面倒くさいよ」

「そうなんだ」

「梓ちゃんとこうして気楽に付き合ってるの楽しいしね」

「うん。わたしも,,,,,,」

「うまが合うもんな、俺たち」

「もう五年になるかしら?」

「うん。梓ちゃんは再婚する気ないの?」

「今さらこりごりだわ。一度離婚すると冷めるものなのよ。聖也さんは亡くなった奥さんを愛してたから、いい思い出があるでしょ。わたしにはそういうのないもの」

「そうなんだ。じゃあ僕が保護者になってやるよ」

「それなら安心だわね」

ふたりは顔を見合わせてくすんと笑った。



山の駐車場に車を止め、そこから尾根伝いに歩きながら、ふたりは四方に広がる景色を満喫していた。三月の終わりとはいえまだ山の風は冷たい。梓の期待をほんの少し満足させるかのように、道端にちらほら小さな花が咲いていた。十年前に作ったホームページに植物の写真を載せている梓は、野草の名前には多少の心得があった。

 花を見つけるたびにデジカメを近づけて写真を撮っている梓を見て、聖也は微笑ましい気がしていた。自分にもし子供がいたらこんな気持ちになるのかなと、まるで父親になったかのような錯覚をしているのだった。

「梓ちゃんは趣味が豊富だね」

「仕事ばかりじゃ壊れちゃうわ」

 三十分も歩くと、頂き付近に休憩所があった。観光客用に建てられたもので、備えつけの木製のテーブルとベンチがあり、そこからも外の景色を眺めることができた。

「そろそろ弁当食べないか」

「そうね。けさこれ作ってきたの」

「料理も結構いけるんだ」

「まあ、そこそこだけど……」

「僕は料理はうまいんだよ」

「あら!そうなの?」

「こんど作ってやるよ。味噌汁」

「ん?」

「朝は味噌汁がいいだろ?」

「えっ、あさ?」

「そう、朝だよ」

聖也はからかうように梓を見た。梓はそれが聖也の本気ではないことは分かっていた。




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