Vol.1
心地よい感覚で聖也はベッドのサイドテーブルに置いた携帯を取り時刻を確かめた。いつもそうするのが聖也の習慣になっている。目が覚めてしばらくははっきりした感覚が戻らなくてぼーっとしているが、そのうち今日の予定を一つ一つ確認していく。
今日は締切りが近づいた原稿を出版社宛てに送るのが主な予定だ。納得がいったとは言えないが、短編なのでこのへんで手を打つことにしようと決めていた。
少し伸びた髪がぼさぼさになっているのにもかまわず、脱ぎっぱなしのセーターを素肌の上に着て、渋色のコーロデュイのパンツをそそくさとはいた。
十時に梓が来ることになっている。どうせ職場の愚痴でも言いに来るんだろう……、そうは思ったものの、そんな時に限って頼りなげな面持ちで頼ってくる梓のことを無碍に扱うこともできず、話だけは聞くことにしている。
聖也はまだ四十そこそこだが、梓はもうすぐ五十に手の届きそうな年。梓とは出版社に原稿のことで出入りをしているうち顔見知りになり、離婚したばかりだという彼女のことが気になって慰めるつもりで食事に誘ってから時々会うようになっていた。
とはいえ、元亭主の愚痴を掘り返して、離婚した今もぐちぐちと聖也に訴えたり、上司が離婚した途端セクハラまがいの態度をとるようになったとかを一方的に聞くだけのことだった。
聖也は時々、僕は年上の彼女とどうしてこんな付き合いをしてるんだろうと思うことがある。
「聖也さんって、ほんとにしっかりしてるのね。わたしなんかいくつになってもだめ。だからあなたといるとなんだかお父さんと話してるみたい……」
おいおい、それはないだろ。聖也はそう思うのだが、梓と話していると、自分も気持ちが晴れてくるのを感じていた。
毎日、ひとりでパソコンに向かって呟いている自分。物書きはパソコンのキーを打ちながら自分の気持ちを訴えているようなものだ。独りで呟いて、それが本として出版され飯が食えるのだから、こんなにありがたいことはないと思っているが、時々やりきれない孤独感に襲われるのも否めない。そんな時、梓の声が聞きたいなと思う。
梓は自分が年上なのに聖也に頼り切っていることをすまなく思っているのか、時々贈りものをしてくる。
母親が死んでから、自分のことを親身に思ってくれる者はもういないのだと割り切っている聖也にとって、梓は姉のようでもあり時には晩年の落ち着いた夫婦のような感覚さえ持っていた。会って何をするでもない。何年も連れ添った夫婦が傍にいるだけでお互い安心していられる、そんな感覚だった。




