その赤い電車は
某携帯メール小説に応募して、落選したものです。短いのは、千文字以内という規定によるものです。ご了承下さい。
その赤い電車は、赤茶色の錆びたレールの上を今日も走り続けている。その電車が走る様はガタンゴトンという表現以外、似合う言葉は見つからなくて、いつも心地よい振動を与えてくれる。
車両はどれもポストに似た赤色をしていて、ホームと電車の間は狭く、急いでいても安心して乗ることができる。
でも今日だけは、窓から見える町並みも景色も時間の流れさえもが違ってしまっていた。
「やっちゃった……」
不安が強く胸を押して情けない声が漏れた。平日の通勤ラッシュを過ぎた車内は、私の独り言など気にとめる人は誰もおらず、目前の空間に溶けていく。
徹夜で完成させた発表レポートを抱えて飛び乗った電車で、空席を見つけて座ってしまったのが間違いだったのかもしれない。気付けば、壇上で発表するはずだった授業は残り三十分という時間帯で、逆立ちしたって寝坊ですっぽかした現実は揺るがない。
「またやっちゃったよ……」
大学に入ってからの遅刻はこれで二度目だった。最初は土砂降りの雨の日で、スニーカーの爪先から水が浸透して、一歩踏みしめる度にぐちゃぐちゃと肌にまとわりつくのが気持ち悪かった。それでもこの電車の揺れに身を任せていると、心地よくて爆発的な眠りに誘われたのだった。
お気に入りの傘の存在も忘れて、慌てて降りたが、一限目の授業には間に合わなかった。
そんなことを思い出していると、バックの中の携帯が明滅しているのに気付いた。条件反射でそれを開くと、新着メール一件の文字が浮かぶ。指先が宙を泳ぎつつボタンを押す。差出人は大学の友人からだ。文面を見ると、頭から冷水をかぶったみたいな衝撃。
『一限休講だって! 先生風邪ひいたらしいよ、ラッキー。お昼一緒に食べよ!』
返信せずに、携帯を閉じる。気付けば電車は降りるはずの駅だった。
「あはは、馬鹿みたい」
小走りで階段を駆け降り、駅員さんに定期を見せて後は走るだけ。でも、私の目にある物が飛びこんだ。
「すみません。あの傘、私のなんですけど」
「あぁ、あなたのですか。どうぞ、もう忘れないようにね」
駅員室の窓に立ててあったのは、あの日忘れた傘。受け取ったそれが自分のだと確かめるため、開く。歪んだ花が咲き、私の胸はまた萎んだ。
「明日から早起きしよう」
誰かが乱暴に使ったのか、骨組みは外側へ折れていた。ガタンゴトンと電車はまた走り出していた。
光の矢の如く、すらすらっと冒頭から書けた作品でした。規定により描写をだいぶ削りましたが、個人的には気にいっています。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。