8 約束を、思い出しました。・・・待たせすぎたな。
展開が早いデス・・・。
途中何度か休憩を入れ、夜は野宿と通りかかった町の宿に宿泊した。お金はアリウスから貰っていたし、町ではユリウスの名前は出さなかったので、問題なく進む事が出来た。
だがその間何度か魔獣に襲われており、優雄は異形の者の存在を初めて認識した。話には聞いていたが、聞くのと見るのとでは全然違う。
見た目は動物のようだった。猪や鹿、熊などに似た、だがどこか異形の者達。牙が通常よりも鋭く、角や爪も凶器と呼べるほどに尖っていた。身体が濁った灰色をしており、眼が血のように赤く光る。そこには理性と呼べる色が全く見られなかった。
堕天使が相手なら全く効かなかったローズの攻撃魔法は、魔獣相手なら効果があった。光に貫かれた魔獣は、ぼろぼろとその身を塵に変えて跡形もなく消え去る。これで人間の魂まで消滅してしまうのだから、内心では魔獣達に同情してしまっていた(ローズには口が裂けても言えないが)。
他に堕天使の奇襲があるかと思ったのだが、何故か彼らには襲われず、二人は無事破邪の谷に着いたのだった。
「おかしくないか? ここまで来るのに堕天使に襲われないなんて・・・」
「確かに・・・またミシュレが襲ってくるかもしれないと思っていたのですが・・・」
何だろう・・・アイヴズは俺をここへ来させたかったって事か・・・?
優雄は自分の中の違和感がまた大きくなっている事に戸惑っていた。
この先を進めば何か分かるかもしれない。
二人は顔を見合わせ、一つ頷くと注意深く辺りを見ながら歩き出した。
周りは草一つ生えていない赤茶けた土ばかりだった。二人が足を踏み入れたのは左右を絶壁に挟まれた細い道。二人が肩を並べて歩けば狭く感じるほどの幅である。ところどころ隆起した壁を避けながらしばらく進むと、道の幅が少しずつ大きくなっていった。
足が疲れてさすがに息切れしてきた頃、白い霧のようなものが渦巻いている場所に出た。まるで透明な壁があるかのように白い霧はこちらとあちらを隔てている。
「これが・・・邪気?」
「はい。この中に入った者は長くいすぎると身体に変調をきたします。ユリウス様の結界によって邪気が溢れだす事はありませんが」
「・・・・・・」
また違和感が大きくなった。白い霧は邪気だと言われたからか。
という事は・・・邪気ではない・・・?
戸惑いと共に、胸の奥から何かが込み上げてきた。その何かに突き動かされるように、優雄は右手を上げて白い霧に触れた。
(別に嫌な感じはしない・・・な・・・)
「優雄様?」
右手を上げたまま動きを止めてしまった優雄に、ローズは不思議に思って声をかける。するとハッとしたように肩を揺らした優雄がゆっくりとこちらを振り返って言った。
「ここから先は俺だけで行く」
「え!?」
彼が何故こんな事を言うのか分からなかった。はっきり言って、彼の性格でこんな強気な発言をするとは思えない。
おまけに、ローズは以前にも同じようなセリフを聞いた事がある。
「優雄様、まさか・・・」
眼を見開いてその秀麗な顔を見上げると、見慣れた微笑がそこにあった。
「『私』が入った後、何があっても君はここで待っていてくれ」
そう言って、彼は霧の中へ入っていった。
ローズは呆然としたまま呟く。
「ユリウス様・・・?」
優雄はゆっくりとした足取りで霧の中心、アイヴズが封印されていた場所へ向かっていた。周りは霧に囲まれていて何も見えないが、目的地へ向かう足取りに迷いはない。
不思議な感覚だった。霧に触れた途端、手を通して何かが流れ込んできた。それによって霧が邪気ではない事に気付いた。いや、思い出した。目的地へ近付くごとに記憶が戻っていくのだ。
『お前は馬鹿だよ。あんな奴らの言う事聞いて。あいつらは自分が弱いくせにお前を認めようとしないだけだ』
頭の中に聞こえてきたのは低い男の声。口は悪いが、声には心配そうな響きが感じられる。
『彼』はいつも自分の心配をしてくれた。態度は悪くとも、根は優しい事をよく知っている。
やがて視界に入ってきたのは大きく抉れたように穴が開いた地面。ここにアイヴズは封印されていた。
優雄はその中に入って跪くと、ザラザラと赤茶けた石や砂が混ざった地面を手で撫でる。
「最後に交わした約束、果たすよ」
そのために生まれ変わってきたのだから。