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6 異世界で会ったのは『大阪のおばちゃん』でした。・・・あれ?

「着きましたよ」

 薫の言葉に、優雄はゆっくりと眼を開けた。

 空間転移とやらは慣れないうちは気分が悪くなりそうなほどの不思議体験だった。身体と心がずれるような感覚、とでも言えばいいのだろうか。足元がグラついているような感覚が残っていて、眼を開けた途端に眩暈に襲われる。

「だ、大丈夫ですか?」

 ふらついた身体を支えてくれた薫に礼を言い、改めて周りを見回す。

「・・・森?」

 辺りは木と草と花ばかり。一面緑だらけで、ここまで生い茂っている場所を、今まで見た事がない。柔らかく差し込む陽光が木々の間から零れている。そのおかげか、空気が綺麗でとても心地いい場所だった。


 何だろう。何か懐かしいというか、安心する。


 先程までいた日本ではこんな場所など見た事がない。探せば自然が残る場所はあるだろうが、少なくともこの森と同じものは存在しないだろう。

 それほどに清浄な空気に満たされた場所だった。


 ・・・というか、夜じゃないのか。


 向こうの世界では夜だったが、こっちの世界ではまだ朝らしい。別に眠くはないので問題はないが。

「ここは清浄の森と呼ばれています。魔獣は入り込む事が出来ないので、昔の人間はこの近くに街を作ったのです。今ではたくさんの人間が暮らしています」

 ここから少し歩いた所にある街に向かうのだと言うので、優雄は彼女の後をついていった。

「清浄の森、か。名前の通りの場所なんだな」

 優雄が今まで見た事がない花が咲いていた。とても可愛い小さな花だ。見ていると心が癒されそうだ。中にはバラに似た花も見つけたが、棘がないし香りも優しくて花の妖精だという薫のような花だと思った。・・・恥ずかしくて彼女には言えないが。

「そういえば優雄様、木内さんの事があって忘れておりましたが、見えているのですか?」

「え?」

「視力が悪くて眼鏡をかけていらっしゃったのでしょう?」

「あれ?」

 思わず自分の眼元をペタペタと触ってみた。やはり眼鏡がない。

 確か眼鏡は木内さんが暴れた時にどこかに飛んでったような・・・

 そこまで考えて、ハッと気付く。


「何で見えてんだ!?」


 そうなのだ。眼鏡がなければぼやけて目の前の物の判別さえ難しいほどだったはずの視力が、どういうわけか回復していた。

「魔法か? 薫、俺に何かしたか?」

 勢い込んで訊ねると、ビックリしたように眼を瞬いた薫が首を横に振る。

「私は何も・・・むしろご自分でなさったのでは?」

「自分で? そんな事出来るわけないだろ。俺は魔法も使えないのに・・・」

「ですが、ミシュレを魔法で追い返したのは優雄様ですよ?」

 ・・・そうだった。自分には記憶がないので何とも言えないが、薫と木内の傷を治して堕天使を追い払った事は彼女から聞いていた。それなら自分で視力を何とかしたのかもしれない。

「・・・魔法すごいって感心すべき?」

「ご自分の力ですのに・・・」

 あくまで自信なさげに呟く優雄に、薫は苦笑混じりに溜息を吐く。

「ああ、もう少しで見えてきますよ」

 そう言ってほっそりした指で差した先に、木々の切れ間から光を反射して輝く壁面が見えた。つい眩しくて一瞬目を閉じるが、瞼を持ち上げると開けた視界いっぱいに真っ白な建造物が立ち並んでいた。中央に見えるのは一番大きくて立派なお城。その周りを城下町というやつか、たくさんの市街が取り囲んでいる。

「綺麗だな・・・」

 ポツリと呟くと、薫が同意するように深く頷く。

「この街は百年前から変わっていません。天使を象徴する白を基調に、昔の人間はこの街を平和のシンボルとして作ったそうですよ」

「そうか・・・」

 白く輝く建造物に見惚れながら、優雄は思った。平和を願いながらも堕天使の強襲に曝された人間の悲しみを。そして・・・人間の拒絶を形にした街を見る、堕天使の切なさを。

「・・・え?」

 優雄は自分で自分に問い返した。

(俺、何で堕天使の肩を持つような事考えてんだ・・・?)

 一人首を傾げていると、並んで街を見ていた薫が「解除」と呟いて本来の姿に戻った。掌に収まるほど小さい彼女が、優雄のためにずっと頑張ってくれていたのだと思うと、愛しさも一入ひとしおである。感激のあまり泣きそうになっていた優雄は、先程疑問に思った事はすっかり忘れてしまった。



「ようこそ、平和を象徴する白亜の街、カエラスへ」

 綺麗な虹色の羽を動かしながら飛ぶローズ(薫の事だ)の案内で、優雄は城に向かっていた。城までは城下町を通るため、人々の好奇の眼がピッタリとついてくる。悪気がないのは分かっているが、どうも落ち着かない。

「ローズさま!」

 突然聞こえてきたのは高く幼い声。四、五歳ぐらいの可愛い女の子だった。

 転びそうになりながらも一生懸命走ってローズのもとまでやってくる。

「ローズさま! ウェンね、泣かなかったよ! 待ってる間、泣かなかったよ!」

「偉かったね、ウェン」

 女の子のリンゴのように赤い頬を小さい手で撫でてやりながら、ローズが笑う。

「ユリウスさまは?」

 小さく首を傾げる姿はとても愛らしい。

 キュンとなった胸を押さえながら、優雄は自分はロリコンじゃない、ロリコンじゃない、と心の中で強く念じていた。

「こちらがユリウス様よ。今は優雄様と仰るの」

 ローズに促されて女の子がおずおずと見上げてくる。ぱっちりとした大きな瞳に、好奇心と緊張の色が見て取れた。

「優雄様。この子はウェンディと言って、私のお友達です」

 紹介されたウェンディは行儀良くぺこりと頭を下げた。


 こんなに素直で行儀が良い子供が日本にいただろうか・・・少なくとも自分の周りにはいなかった。


 優雄は膝をついて子供の目線に合わせると、微笑を浮かべて「よろしく」と挨拶した。するともともと赤かった頬が益々朱に染まる。

 眼鏡がない素顔はあのいじめっ子の木内でさえ押し黙ったほどの美形なのだ。幼いとはいえ、女の子が見惚れるのも無理はない(ローズ談)。

 ポーッと見惚れている彼女の頭を撫でていると、向こうから「ウェンディ!」と名前を呼ぶ声がした。

「勝手に行っちゃ駄目って言ってるだろ! 転んで怪我したらどうする・・・の・・・」

 どうやらウェンディの母親のようだ。彼女はウェンディを注意しながら連れて行こうとしたが、優雄を見てピタリと動きを止めた。

「・・・あの?」

 黙ったままの母親を不思議に思って声をかけると、ハッと我に返ったように眼を瞬かせた彼女は、素早くボサボサの髪を整えた。

「やだよぉ、こんな美形にこんな姿見せちまって・・・恥ずかしいよ」

 顔を赤くしながら服まで整え始める。

 見たところまだ二十代後半だと思う。若いのだから自分を綺麗に見せたい気持ちは理解できるが。

「恥ずかしくないですよ。頑張っている姿じゃないですか。とても魅力的です」

 そのままでいい、という気持ちで言ったのだが、彼女はさらに顔を真っ赤にして埃を払うようにバタバタと服を叩いている。さすが親子なだけあって、赤くなっている顔はそっくりだ。

「ハイネ。こちらはユリウス様の生まれ変わりである優雄様よ」

「ええっ!? ユリウス様の!?」

 苦笑混じりのローズの紹介に、ウェンディの母、ハイネは驚愕して、赤い顔から一転真っ青になってしまった。

「も、申し訳ありません! まさかユリウス様の生まれ変わりの方だとは思わず・・・し、失礼いたしました!」

 娘の頭をグイッと掴んで一緒に頭を下げる。だがそれ以上に慌てたのが優雄だ。


「やめてください!」


 と大声を出してしまった。周りから視線が集まる中、逃げ出したい気持ちを抑え込んでゆっくりと口を開く。

「何も失礼な事なんてされてませんし、俺はあなた方と同じ人間なんです。頭を下げられるほど偉いわけじゃない」

「ですが・・・」

「普通に接してください。俺はまだ十七歳の子供なんですから」

 やっと頭を上げてくれたハイネがジッと優雄を見上げてくる。その眼に尊敬の色が見えたので、駄目か・・・? と優雄は不安になる。が、それは無用の心配だったようだ。

「そうかい? じゃあ普段通りでやらせてもらうよ。どうも私にゃ敬語は無理っぽいからねぇ」

 実にあっけらかんと言われて、拍子抜けしたほどである。


 さっきまでの緊張は一体・・・


 傍らからクスクスと笑い声が聞こえて、そちらを見るとローズが肩を震わせて笑っていた。

「・・・ローズ、分かってて黙ってただろ」

「す、すいません。ハイネは見た目は若いですが、中身はもうおばさんみたいな感じで・・・。何と言いましたか・・・ああ、『大阪のおばちゃん』に近いです」

「・・・これまた分かり易い表現をありがとうっ」

 憮然とした優雄だが、おかげでみんなの肩の力が抜けたのか普通に声をかけてきてくれたのでまあよしとしよう。

 カエラスの人達は基本的に明るく陽気な人柄らしい。まさにローズが称した『大阪のおばちゃん』だ。だが城に近付くにつれてその物々しい警護に緊張が高まっていく。

「お城って事は・・・王様がいたり、とか?」

「はい。この国を治めるアリウス公がおられます」

「・・・・・・」


 そんな人に会えってか。庶民の俺に会えってか。・・・ぶっちゃけ勘弁してほしい。


 そんな心の声を読んだのか(っていうか顔に出てる?)、ローズは優雄の肩に止まって頬を撫でてくれた。

「大丈夫ですよ。アリウス公もカエラスの人間ですよ?」


 つまり明るく陽気で『大阪のおばちゃん』風だと。


「・・・別の意味で辟易しそうだ・・・」

 ボソリと呟くと、ローズは腹を抱えて笑ってくれたのだった。

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